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「知」の集積と活用の場® 産学官連携協議会 成果報告会

公開日:2021.3.29 更新日: 2021.3.30

去る2月3日水曜日、表題の成果会がオンライン発表会で開催されました。
この協議会は平成28年に発足しました。民間企業、生産者、大学、研究機関、非営利法人などの様々な関係者から成り、会員登録は現在3,700名にのぼります。
農林水産、食品分野においてそれぞれ違った分野からの新しい発想や技術を共有し、協力しながら、各会員が組織、分野、地域などの垣根を越えて商品化・事業化を目指し、それぞれが研究開発の取り組むオープンな活動母体を「プラットフォーム」と名付け、積極的に活動しています。

今回の成果会では、農林水産省農林水産技術会議事務局研究推進課産学連携室長・齊賀大昌氏による「知」の集積と活用の場についての概略説明のあと、「研究成果を活かして地域を元気に!」をテーマとして、以下の4つの事例と、現在注目されている話題の新技術が1つ、紹介されました。

事例発表

  1. 香酸柑橘ユコウを中心とした研究開発プラットフォーム
    徳島県産香酸柑橘類の魅力—機能性研究の成果を活かして地域を元気に!—
    徳島大学大学院医歯薬学研究部講師 堤理恵氏
  2. ICTを活用した畜産生産システム開発プラットフォーム
    課題の解決と安全、安心な畜産物の提供を目指して!
    宇都宮大学農学部農業環境工学科教授 池口厚男氏
  3. 植物工場高機能化研究開発プラットフォーム
    低カリウムメロンの栽培技術確立と産学連携での販売 〜ふるさと納税返礼品として〜
    大分大学産学官連携推進機構 知的財産部門長、島根大学客員教授 松下幸之助氏
  4. キチンナノファイバー研究開発プラットフォーム
    カニ殻由来の新素材「キチンナノファイバー」
    鳥取大学工学研究科教授 伊福紳介氏

話題の技術紹介

  • CRISPR/Cas9技術による機能性トマトの開発と未来
    筑波大学生命循環系教授、つくば機能植物イノベーション研究センター長 江面浩氏

この中から、「香酸柑橘ユコウを中心とした研究開発プラットフォーム 徳島県産香酸柑橘類の魅力—機能性研究の成果を活かして地域を元気に!—」、「植物工場高機能化研究開発プラットフォーム カリウムメロンの栽培技術確立と産学連携での販売 〜ふるさと納税返礼品として〜」、話題の新技術「CRISPR/Cas9技術による機能性トマトの開発と未来」の3つについて概要を紹介します。

香酸柑橘ユコウを中心とした研究開発プラットフォーム
徳島県産香酸柑橘類の魅力—機能性研究の成果を活かして地域を元気に!

徳島大学大学院医歯薬学研究部講師 堤理恵氏

徳島県は柑橘の一大生産地と知られ、中でもスダチ、ユズ、「ユコウ(柚香)」、「阿波すず香」といった4種類の香酸柑橘類の生産は日本一となっています。
香酸柑橘類には、果皮、アルベドには食物繊維、フラボノイド、カロテノイドなど、果肉や荷重には有機酸、ペクチン、ビタミンCといった、素晴らしい成分が多く含まれています。特にフラボノイドや有機酸が多く含まれているのが香酸柑橘類の特長です。
しかし、こうした素晴らしい特長を持つ「4つの香酸柑橘類が抱える課題」として、以下のものが挙げられています。

  • ユズ種子の有効利用
  • スダチ果皮の有効利用
  • 柚香生産維持と付加価値の探求
  • 阿波すず香普及と生産拡大

これらに各機能性で対応できないか?と考えたのが今回の研究開発のスタートでした。

まず、最初に着目したのがスダチの果皮に多く含まれる抗肥満作用、スダチ果皮フラボノイド「スダチチン」です。
臨床試験の結果、この成分を摂取することで脂肪サイズを小さくし、体脂肪増加を抑制できることが確認できたため、現在、『Sudachin®スダチン』というサプリを作り、機能性表示食品の申請へと動いています。
また、柑橘果皮の摂取で食後血糖の上昇が抑制されることもわかり(これは「阿波すず香」の果皮で実験)、徳島大学プロデュースで地元の味噌屋と洋菓子店とのコラボで甘酒フローズンヨーグルトを試作しました。血糖値が気になる方も血糖値上昇を抑え、あわせて抗酸化能も持つ美味しい甘酒フローズンヨーグルトの実現が可能となりました。

腹囲の減少、内臓脂肪・皮下脂肪の減少が期待される『Sudachin®スダチン』。
抗酸化能の高い甘酒フローズンヨーグルト。

次に、今回のメインテーマである「ユコウ」について述べようと思います。
「ユコウ」はスダチと同じく300年を超える歴史がある柑橘です。

「ユコウ」はユズとダイダイの自然交雑種。栽培方法はスダチやユズとほぼ同じ。

「ユコウ」は1個5円で取引されている大変安価な「儲からない」柑橘のため、生産者が栽培を辞めてしまうことも多く、その歯止めとして栽培価値を高めることが重要視されています。
「ユコウ」についての民間伝承として、

  1. 腐りにくい(10月に収穫して4月になっても食べられる)
  2. 熟しても木から落ちない
  3. 「ユコウ」を樹木の根元に置いておくと雑草が生えず、害虫も寄り付かない
  4. 収穫後も糖度を増し、春には14度になる

というものがあります。
このなかの3に着目し、このような抗菌性が科学的に認められれば、付加価値を高められるのでは?と思い、「ユコウ」についての研究を始めました。

様々な研究を行った結果、「ユコウ」には果汁中にフラボノイドが多く含まれていることがわかりました。柑橘類の場合、果皮にフラボノイドがあるのはよく知られていますが、果汁に多く含まれるのが「ユコウ」ならではの特長です。
フラボノイドには抗菌効果があるため、「ユコウ」の果汁で抗菌効果を試してみたところ、大腸菌、ブドウ球菌、カビに対して阻止円を形成することがわかりました。
ちなみにユズ、スダチ、エタノールでは阻止円は形成されませんでした。

ユコウの大腸菌抗菌効果を示した写真。ユコウの果汁の周りには「阻止円」ができ、菌が周囲に寄り付かない様子がわかる。ブドウ球菌、パン酵母を用いた真菌でも同様の阻止円ができた。

また、「ユコウ」果汁摂取マウスの腸内細菌叢変化についても調べてみたところ、抗肥満、抗糖尿病作用として知られる善玉菌Akkermansia属の増加が認められ、高脂肪誘導性耐糖能異常が改善されることもわかりました。さらに、「ユコウ」果汁の継続摂取で唾液中の抗菌ペプチドを増加させるため、歯周病菌の減少や口臭の低下など、口腔環境も整えることも判明しています。

これらの研究成果を背景に、私たちは2020年7月、徳島県産の柑橘類を製品化するためのベンチャー起業・株式会社Citlian(シトリアン)を設立、「ユコウ」果汁を使った石鹸、ドリンクや酢などを商品化しました。

 

ユコウを手軽に摂取できる酢やドリンクなどを販売。

今後も大学ベンチャーを活用して「ユコウ」の機能性を生かしたドリンクや食品、抗菌性を利用した商品や口腔ケア商品を展開していこうと考えています。地域から達成するSDGsの見本として、また徳島県産柑橘の魅力を発信続けて地域を元気にしていきたいと考えています。

カリウムメロンの栽培技術確立と産学連携での販売
〜ふるさと納税返礼品として〜

大分大学産学官連携推進機構・知的財産部門長
島根大学客員教授 松下幸之助氏

私たちの研究は、中山間地域の活性化を目的としてスタートしました。この地域の特徴を活かした「儲かる農業ビジネス」の創出、島根大学発の成果のブランド化という役割を担い、活動を続けています。
そのためのアクションとして、シリーズブランドの権利化を目指し、本研究で生み出したものを「しまね夢○○」と名付け、現在、2つの商標を取得しています。
それが今回紹介する「しまね夢メロン」「しまね夢こむぎ」です。

「しまね夢メロン」は、島根大学が研究開発した、メロンの美味しさはそのままに、培養液によりカリウム量を約40%に大幅カットしたメロンです。中山間地域の遊休農業となっているハウス活用を想定して開発されたもので、カリウムを制限しなければならない慢性腎臓病患者でも食べることができるメロンは、患者のクオリティオブライフの向上に役立ちます。
2018年にテスト販売がスタート、現在では松江市のふるさと納税の返礼品にもなっており、アイスや会席料理などにも取り入れられ、6次産業化アイテムとしても人気が出ています。

「しまね夢メロン」(画像上)。その他、しまね夢メロンを使った氷菓(画像中)や、低カリウム会席(画像下)も開発。「しまね夢メロン」はコロナ禍のなか、2020年度に売上高1,262万円を達成(税込、関連商品も含む)。

次に「しまね夢こむぎ」ですが、これは多くの人々が悩んでいる小麦アレルギーをなくしたい、との考えから研究を始めました。
まずは小麦アレルギーの主要抗原を特定。1万2,000種ある小麦のコレクションから低アレルゲン小麦の品種特定を行い、望ましい特性の小麦種と連続戻し交配により、固定化に成功しました。
申し添えておきますが、これは遺伝子組換え作物ではありません。動物実験や栽培特性の検討、風味の確認などのプロセスを経て現在、中山間地域の耕作放棄地となった棚田を活用し、「しまね夢こむぎ」生産が始まっています。
6次産業化へのアクセスとして、「しまね夢こむぎ」を使ったパン類の試作、棚田での山菜採りとうどん打ち体験をエコツーリズムパッケージ化しようとする計画もスタートしています。日本棚田百選にも選ばれたこともある美しい島根の中山間地域は、高齢化による耕作放棄地となっていますが、地元の方々と協力しながら、米栽培から「しまね夢こむぎ」に転換することで地域の活性化に貢献していきたいと考えています。

「しまね夢こむぎ」を使用した菓子パン(画像上)や、エコツーリズムと連動させたうどん打ち体験計画(画像下)も進行中。

そして現在、植物工場において使い切りで使える生ワサビ「しまね夢ワサビ」を開発中です。
交流式電気分解の効果により、辛味成分の分解、養液の病原菌死滅化を可能にし、3ヵ月で直径2cmという生ワサビ(塊茎部)の短期生長を実現させました。小さめの生ワサビは使い切りで無駄のないもので、衛生面から見てもおすすめです。
さらに今後、電気分解自動制御と精密温調技術を活かし、生ワサビの工業生産化への研究着手へと舵を切っていきます。その先には、生ワサビの植物工場パッケージの製品化、全国的なワサビ田の復活、そしてワサビの機能性の抽出というビジョンを見据えています。

「しまね夢ワサビ」は、現在の「with/postコロナ」時代に合ったニーズになると期待されている。

また、2020年12月より、JAXAとの共同研究で始めたのが月面農場への展開です。
ワサビの植物工場で活用した電気分解技術を応用させて、宇宙での稲、大豆、ジャガイモ、トマトなどの栽培や、宇宙系で発生するプロセス水、尿処理水の有効活用を目指し、研究を推進していきます。

CRISPR/Cas9技術による機能性トマトの開発と未来

筑波大学生命循環系教授
つくば機能植物イノベーション研究センター長 江面浩氏

2020年12月に厚生労働省がゲノム編集技術を使った食品として受理した「シシリアンルージュハイギャバ」。ストレスの緩和、血圧の上昇を抑える効果があるとして注目の「GABA」を多く含む機能性トマトとして期待されていますが、ここまでの軌跡を今回、紹介します。

この研究を進めるにあたり、私たちの研究チームではまず、実験トマト品種を使い、トマト変異体から有用遺伝子を特定することを可能にし、ゲノム編集による小さな遺伝子突然変異で、高日持ち性、高糖度、高機能性、受粉作業削減といった、重要形質が改良されることを突き止めました。全生物が持っているアミノ酸の一つで、抑制性の神経伝達物質であるy—アミノ酸、血圧上昇抑制効果、ストレス緩和の機能を持つ、「GABA」の含有量の高い機能性トマトを作り出せることが確認できたのです。
この成果を経て2018年、私たちは筑波大学発のベンチャー「サナテックシード株式会社」を設立、GABA高蓄積トマトの開発へ本格的に動き出しました。

その後も私たちは研究を進め、すでに市販されている「シシリアンルージュ」を用い、GABAを高めるためのゲノム編集を行いました(下図参照)。
アミノ酸の一つであるGABAは、トマトの体内でグルタミン酸から生成されますが、ここでGABA生合成酵素であるGADCRISPR/Cas9を使ってゲノム編集でフタを削り、GADを常に活性化させることにより、GABAの安定的な蓄積に効果的であることがわかりました。このゲノム編集により開発されたのが、GABAの含有量の多いトマト系統品種「#87-17」です。

高濃度GABAトマトを作出するために行ったゲノム編集技術の概要。CRISPR/Cas9でGADの蓋を削り、GADを常に活性化できるようにした。

その後、「#87-17」を親系統として作られたF1品種として「シシリアンルージュ ハイギャバ」を開発、家庭菜園苗向けに予約販売を開始しました。
「シシリアンルージュ ハイギャバ」は通常のトマトより5〜6倍のGABAを含む、機能性トマトです。「シシリアンルージュ ハイギャバ」は、トマト1個にヒトの望ましい摂取量である25mg前後のGABAが含まれており、1個食せば十分なGABAを摂取できるため、大変効率的です。

GABAを多く含む機能性トマト「シシリアンルージュ ハイギャバ」。

販売までたどり着くまでには、「生物多様性への影響に関する情報」を環境省・農林水産省に、そして「食品に関する情報」として厚生労働省に以下の情報を届け出る必要がありました。2019年、下記の多岐にわたる情報を各官庁に提供しました。各官庁が規則の作成などに迅速に対応してくださり、大変感謝しています。

「シシリアンルージュ  ハイギャバ」は、このような厳しい条件を通過して販売できることが決まった。

家庭菜園用苗から販売を始めたのは、実用化としての第一歩として受け入れやすい層なのでは、と考えたからです。今回は無償提供となっており、1月中旬の時点では、3,700件の申し込みがあります。

今後、広く商品化に取り組んでいきますが、販売が実現されればCRISPR/Cas9によるゲノム編集での販売作物第1号となります。現在、アジア諸国をはじめ各国から声をかけていただくことが多く、ワークショップなども開催しています。
いろいろと規則づくりが必要ですが、これがわが国からのプラットフォームとなり、見本となっていくのだと考えると楽しみです。

 

 

取材協力・資料提供/「知」の集積と活用の場 産学官連携協議会
取材・文/編集部

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