HOME 読みもの 新規就農ガンバリズム 伊豆下田育ち 元気なクレソンを作る! 新規就農ガンバリズム 伊豆下田育ち 元気なクレソンを作る! 新規就農鳥獣害猟師クレソン 公開日:2020.6.19 今回の「新規就農ガンバリズム」では、静岡県下田市でクレソン栽培に取り組むひらたけ農園の平山武三さんにお話をうかがいます。 5年前、下田でクレソンを作り始めた平山武三さん。 伊豆半島の南東部、静岡県下田市は、幕末にペリーが黒船で来航した地として知られています。港町のイメージが強いですが、実際は天城山系の南に位置していて、沿岸部から内陸へ向かうと、山間部に豊かな森が広がっています。 車がすれ違うのもやっと。そんな山道が続く須原地区へ。周囲には小さな段々畑が点在し、既に耕作放棄された場所も見受けられます。中にはイノシシの足跡がくっきり残されている場所もあり、近くに野生獣が生息している気配が伝わってきました。 そんな山道の途中に清流が流れ、小さな橋を渡ったその先に、真新しいビニルハウスが見えてきました。中に入ると川の水を引き込んだプールに、まるで濃いグリーンの絨毯のようにこんもりと緑色の作物が広がっています。 「こちらがクレソンです」 と、平山武三さん(47歳)。まわりの人たちは親しみを込めて、いつも「たけぞう」呼んでいますが、本当は「たけみつ」さんといいます。5年前から下田でクレソンの栽培を始め、「ひらたけ農園」という屋号で、下田市内の飲食店や東京のレストランへ向け販売するようになりました。 川の水をポンプで汲み上げ、クレソンを栽培中。 火鍋屋でクレソンに出会う 下田市出身の平山さんは、就農前は東京や神奈川でオフィス家具関連の会社に勤務していました。以前から、「できれば地元に帰りたい」と考えていましたが、なかなか目ぼしい仕事が見当たらず、思案を巡らせていました。 そんな時、たまたま友人と連れ立って新宿にある「火鍋屋」へ行きました。火鍋というのは中国で生まれた唐辛子入りの真っ赤なスープに、具材をくぐらせて味わう鍋料理。肉や魚、野菜、キノコなどを使うスタイルが一般的です。ところが、 「そこにザルいっぱいのクレソンが出てきたんです。それがものすごくおいしかった」 クレソンはヨーロッパ原産のアブラナ科の多年草。日本には明治時代に伝わったといわれています。水辺で育ち、株別れしてどんどん増えるだけでなく、4〜5月になると小さな白い花が咲き、溢れた種子でまた増える。繁殖力がとても旺盛な植物で、今では全国の水辺に自生しています。 葉と茎にワサビのようなピリッとした辛味があり、「オランダガラシ」とも呼ばれています。ステーキやハンバーグ等、洋食系の肉料理との相性がよく、付け合わせとして人気。かつてはメインディッシュの脇役的な存在でしたが、最近はサラダにしたり、鍋の具材になったり。その独特の辛味を生かして主役を張る料理も登場しています。 平山さんのクレソンは、野生種より葉先が丸くマイルドなのが特徴。 そのあまりのおいしさに感動した平山さん。よくよく調べてみると、クレソンはβカロテン、カリウム、カルシウム等が豊富で、辛味の元である「シニグリン」という成分には利尿作用があるなど、健康にもよい野菜であることがわかってきました。 「これはスーパーフードだ! ビジネスとして可能性を感じました」 日本のクレソンは、田んぼや水辺に自生しているものも多く、故郷の伊豆半島では水辺に生える「野良クレソン」も見かけます。平山さんは、なんとかこれを栽培して、事業化したいと考えるようになりました。 クレソンと劇的に出会った火鍋屋を介して、この店にクレソンを送っている生産者と知り合いました。その話を聞けば聞くほど、「伊豆でも作れるんじゃないか」と思えるようになっていました。 流れる清らかな水が不可欠 クレソンの栽培に最も欠かせないのは水。しかも常に流れる清浄な水が大量に必要です。井戸を掘ったり、水道の水を引いていたのでは、とても間に合いません。クレソンには野生種と栽培物がありますが、市場に出回っているのは大部分が栽培物のようです。日本一の産地は山梨県の道志村。40年以上前に栽培が始まり、生産者が出荷組合を結成している歴史ある産地ですが、ここでは富士山の裾野に湧き出る伏流水を利用して、クレソンの栽培に当たっています。 平山さんのハウスの近くを、清流が流れている。 一方、伊豆半島の中でも下田市の北に位置する伊豆市は、江戸時代から続く日本有数のワサビの産地です。そこには天城山系の急峻な山々に豊かな森があり、清流が流れている場所にワサビ田が広がっています。その下流に位置する下田にも、こんな場所が点在しています。クレソンはワサビと同じアブラナ科の水生植物なので、平山さんは「下田でもクレソンはきっと作れる」と確信。道志村の生産者を何度も訪ねて、栽培方法を学びました。 栽培を始めるにあたり、「クレソンには可能性がある」と応援してくれる出資者も現れました。難しいのは土地選び。他の作物と違い、大量の水が必要なので最初は水田を中心に土地を借り受け、道志村や九州の苗、市販の苗から育てたもの等、いろいろ試してみましたが、最終的に下田の水辺に自生していた野生のクレソンが、一番適していたようです。 クレソンは、田んぼがあれば露地で始められる作物です。それを知った地元の友人が、田んぼを借りられるように持ち主に交渉してくれました。 「お米を作っている田んぼなら、だいたいできます。畔が水を溜めてくれるので、囲いもいりません」 面白いのはその増殖法。種子を播いたり、苗を育てて植えるのではなく、 「白い根のついた茎や葉を刈って、株の隙間にぎゅうぎゅうに詰めていきます。しばらくすると新芽が出てきます」 改植するなら春と秋。夏も可能とのこと。新しい芽が出てどんどん増えていきます。さらに5月になると白い小さな花が咲き、そこからこぼれ落ちた種子から発芽する分もありますが、種子から発芽したものの方がきれいに育つそうです。 平山さんが初めてクレソンを作った年、収穫を目前にして思わぬ出来事が起きました。 「せっかく育ったクレソンが、シカに食べられてしまいました」 伊豆半島は、元々良質なイノシシが獲れる猟場として知られていましたが、近年はシカが急増していて、農産物への被害も増えているのです。その後、周囲を電柵で囲んで、なんとか被害を防いでいます。 1ヵ所だけでは足りない。リスク分散も必要と、さらに別の田んぼを探し始めます。 「クレソンの栽培は、他の野菜に比べて、資材や経費は少なくてすみますが、その代わり水を探すのが大変なんです」 地元の田んぼの持ち主に「クレソンを作らせてください」と頼んでも、なかなか承諾を得られません。田んぼから水を流す時、他所の田んぼに水が移ると、種子が落ちてそこにまたクレソンが生えるのではないか。そんな雑草にも似た感覚で、毛嫌いされてしまうのです。そんな時、 鹿肉とのコラボでクレソンの普及に協力している猟師の黒田さん(左)と。 「水の流れていれば大丈夫。クレソンはなかなか生えないから」 と、他の地主を紹介してくれたのは、南伊豆町の猟師の黒田利貴男さんでした。 地元の仲間の協力を得て 黒田さんは、2015年に㈱森守を設立。地元で捕獲されたシカやイノシシの肉を活用して、加工品を販売する事業を始めました。それとちょうど同じ頃、平山さんはUターン。クレソン事業を始めたばかりで、試行錯誤していました。そんな様子を見て、 「鹿肉とクレソンは相性がいい」 と、鹿肉のミンチを使った「鹿バーガー」に平山さんのクレソンをサンドして販売したり、シカやイノシシの対策について相談に乗ってくれるなど、平山さんがいつも「アニキ」と慕っている、頼もしい存在です。 さらに地元で活躍する平山さんの高校時代の同級生や仲間たちも、最初のうちは他の仕事を掛け持ちしながらクレソンの栽培を手伝ってくれました。また、伊豆急下田駅前の土産物店「下田時計台フロント」店主の長池茂さんは、平山さんの同級生。店頭にクレソンを並べて観光客向けに販売し、「下田に新しい特産品ができました」と、平山さんの写真つきでPRしています。 クレソンは鹿肉との相性がよく、ハンバーガーでコラボ。 観光地の下田には、ホテルやレストラン飲食店も多く、平山さんのクレソンを使った料理も続々と登場。洋食や肉料理だけでなく、居酒屋でもクレソンが主役の「ニンニク炒め」が人気。新しい下田の名物になりつつあります。 ハウスで冬場も安定供給を目指す 栽培を始めて5年。栽培拠点は5ヵ所に増えました。面積は合わせて1haに。今では専属スタッフも2人加わって、3人で栽培を続けています。平山さんが栽培する「ひらたけ農園」のクレソンは、首都圏の飲食店やスーパーでも人気。昨年は、4tを出荷するまでになりましたが、課題はまだまだ尽きません。 「一番困っているのは量。ありがたいことに、注文は一年を通じてコンスタントに入ってくるのですが、4t出してもまだ足りない。雨が降らなくて水が減ると、収量も落ちてしまうので、季節を問わず安定して出荷するのが難しいのです」 注文と売り上げが一番多いのは12月。特に年末の宴会シーズンに注文が増えますが、冬場はどうしても生長が遅く、ニーズに応えきれないのが悩みの種でした。 「気温が下がっても、枯れるわけではないのですが、どうしても葉先が黒くなって、出荷できなくなってしまいます」 安定供給を目指して、ハウスでの栽培もスタート。 そこで冬場も安定的に供給したいと、2018年4月、ハウスを建てて栽培を始めました。この年は、ウレタンパネルを使った水耕栽培にも挑戦。隣に流れる川からポンプで水を汲み上げ、ふたたび川へ流します。 「枠を作って培地を3列に並べて、細いホースで水を流してやってみましたが、水が足りなかったらしく、ぜんぜん収穫できませんでした」 そこでハウスの地面を波トタンで囲い、そこに水を溜めて土耕で栽培する現在の形に変更。田んぼと違い、風が当たらないので、冬でも葉色が緑のクレソンが収穫できるようになりました。 1年中出荷できるクレソン屋に 現在、圃場は5ヵ所に分かれていますが、作業場はハウスの隣の1ヵ所に集約。刈り取ったクレソンを川の水で洗った後、計量、袋詰めして出荷準備を進めます。洗浄中にそこから流れた株が石で堰き止められ、その場に根付くことも。 「川育ちのクレソンは元気がいいので、それを苗にして育てることもあります」 収穫中のクレソンは、足元にぎっしり生えているので、足で踏みつけることも。 「それでも明日になれば、またシャキンと立ち上がります」 鎌を手にしてスパスパ刈り取っていきますが、難しいのがその刈り方。そのポイントとタイミングしだいで、同じ株から次に生えてくる量が変わるのです。冬は長めに刈らないと次が出てこないし、春は花が咲く前に刈ってしまわなければ茎が硬くなってしまいます。タイミングは季節によって微妙に変わりますが、注文が来ると、多少早くても刈り取ってしまう、すると次の葉がなかなか出てこない……そんなジレンマに苛まれています。 洗い場の下流に生えるクレソン。これを苗にすることも。 繁殖力の強いクレソンは、他の作物に比べ、大掛かりな施設や機械も必要なく、水場があればとても育てやすい作物である反面、明確に分類された品種がないマイナークロップ故に、害虫がついても使える農薬が少ない、身近に相談できる生産者や研究者が少ない等、栽培上の課題も数多く残されています。 生長が遅い時は、即効性の尿素を水に溶かし、窒素分を補うこともありますが、それでも劇的な収量UPにはつながらないようです。 平山さんは、さらに生産量を上げようと、新たな圃場を開拓中。とにかく水量の豊富な場所を探しています。 「クレソンを育てるには、水をいっぱい入れて、いっぱい出してやること。水があっても淀んでいる場所はダメ。常に流れていなければ」 下田市と南伊豆町に加え、新たに西伊豆町にも新たな圃場を借りました。 手鎌で株元を刈り取る。収穫のタイミングが収量を左右する。 繁殖力が旺盛で、水場があれば小資本で栽培できる。しかも一年中ニーズがある。クレソンにはそんな頼もしい作物です。しかも、 「6、8、9月になると、知らない取引先からよく電話がかかってきます。『うちに出せるクレソンはありませんか?』。この時期はどこの産地も出せないようです」 この時期に安定的に作れたら、まだまだ伸びる可能性はある。それを実現するには、栽培技術の研究や、クレソン栽培にマッチした土地探しが続きそうです。 新型コロナウィルス感染拡大の影響で、好評だった飲食店向けの注文が激減してしまいました。それでもスーパー向けの出荷は続いているので、栽培と出荷は継続しています。 それでも「経営的にはまだ厳しいですが、クレソンにしてよかった」と、豪快な笑顔で話す平山さん。 今日踏まれても、明日はシャキッと立ち上がる。そんなクレソンと似ています。 ハウス横にある作業場で。伊豆の山と川を味方につけたクレソンの栽培を続ける。 ひらたけ農園のクレソンの注文はこちら(期間限定) 「JAタウン 伊豆下田ひらたけ農園」 https://www.ja-town.com/shop/g/g4301-5201008/ 取材/三好かやの 撮影/岡本譲治 取材協力/ひらたけ農園 平山武三 ㈱森守 黒田利貴男 この記事をシェア 関連記事 2020.11.25 南房総で「鎌1本」から就農 ビワとソラマメを作る! 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