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山梨⇄NZで日本のBudou(ブドウ)を、きっちり栽培

公開日:2020.7.13

1・7haで約15品種 夫婦で栽培

山梨県笛吹市八代町で農家を営む樋口哲也さん(60歳)は、20年前に脱サラして就農。父の圃場を受け継ぎ、妻の静枝さんとブドウを栽培し、生産者を目指す研修生も積極的に受け入れている。

栽培面積は1・7ha。品種は「紫玉」、「巨峰」、「藤稔」、「シャインマスカット」、「クイーンニーナ」、「ロザリオビアンコ」、「マニキュアフィンガー」、「雄宝」、「クイーンセブン」、「マイハート」、「バイオレットキング」、「マスカ・サーティーン」、「マスカット・ノワール」など、試験栽培中の新品種も合わせ、約15種に及ぶ。

就農して20年。一級品を目指して栽培技術を磨いてきた、樋口さん。
樋口さんの栽培する化粧箱入りのシャインマスカットは、高価格で販売されている。

「新品種を作って試して、ダメなら伐採して……の繰り返し。自分がおいしいと感じて、誰かに『食べさせたい』と思った品種に、手をかけています」

品種だけでなく、販売先も農協、直売、高級スーパー、首都圏の洋菓子専門店など多岐にわたっていて、出荷が進む作業場には、多様な品種と荷姿のブドウが並んでいた。

絵も料理もブドウも 最初に一流のものを見よ!

樋口さんは、大学卒業後、埼玉県で大学時代の有志と進学校専門の学習塾を立ち上げ、その経営に携わる。その後、山梨県に帰り、父の引退とともに40歳で農園を引き継いだ。それまで栽培経験はなかったが、「やるからには一流になりたい」と考えた。

「サラリーマン時代、ある方に一流の目を養うなら、絵画なら本物、料理なら三ツ星レストランへ行きなさい。わかる・わからないは関係ない。とにかく最初にいいものを見ろ。そう教えられたのです」

そうして同じ笛吹市八代町でN氏が独自開発した早期成園が可能な長梢剪定「Nロケット整枝剪定法」を学ぶため、N氏の門を叩いた。

果樹園を訪れた9月11日は、台風21・22号の襲来後で、「かなり風で棚が揺すられて、葉がめくれてしまった」と残念そうな表情。それでも雨よけの屋根があるサイドレスハウス内の落果は少なく、例年どおり出荷が進んでいた。

地元産のブドウを用いた洋菓子店「葡萄屋kofu」の古屋浩さん(本誌30ページに登場)によれば、樋口さんのブドウは、「味が甘さ一辺倒ではなく、立体的で、香りが高く、そして外観が美しい」ので、首都圏の洋菓子店のパティシエからも高評価を得ているという。

「樋口さんのシャインマスカットは、他の生産者のブドウとはレベルが違う」と、古屋さん。
女性の指先を思わせる「マニキュアフィンガー」を栽培。
「ゴルビー」に代わる赤色品種として、力を入れている「クイーンニーナ」。

「うちのブドウはすべての粒が房に埋もれず、外側から見えます。そして房の肩からお尻まで糖度がほぼ一緒。そうなるように仕立ててあるのです」

房の粒数も味もきっちり均一に。その房は、どんな栽培技術から生み出されているのだろう?

一様に陽光の当たる園地で「お猪口型」の小さな葉を

「どのブドウにもまんべんなく光を当てるため、畑全面が均等な明るさを保つように管理しています」

7月に2回、8月に2回、摘芯、摘葉を行っている。そのためヴェレーゾンから収穫期にかけて園地全体の明るさが保たれていて、残された葉は一様に小さい。「1枚の葉の細胞数と働きは一緒」と考える樋口さんは、大きな葉を落とすことで、より陽光が入るように仕立てている。それぞれの葉先は上を向いて立っていて、まるで“お猪口”のような形をしている。

それは7月上旬までに行っている「オルガミン®DA」(株式会社パルサーインターナショナル)などの葉面散布剤の効果。小さな葉を数多く茂らせ、果実にまんべんなく陽が当たる園地を実現させている。

そんな樋口さんの圃場は、「1反に樹5本」が基本。N氏譲りの「長梢剪定」をベースに、品種の能力に合わせて主枝を伸ばし、樹冠を広げていく。

実をならすのに最も適しているのは「小指の太さ」の枝で、徒長枝は、「もっと伸びたい」と栄養成長をしている証。1本2〜3m、なかには5mを超える枝もある。

9月11日 笛吹市の圃場にて

圃場のブドウ棚の上に、雨よけのビニールをかけてサイドレスハウスに。
すべての圃場にテンションメーターを設置して、pF値を測定している。

毛細根が微量要素を 吸収できる環境を

樋口さんの栽培法と考え方は、人間の子育てとよく似ていて、それは苗木の系統選抜から始まっている。

「同じ品種でも苗を10本買ってくると、そのなかに優秀なやつがいるわけです。一番優秀な苗の穂を自分で接木して、9本は捨て、一番いい系統を見つける。苗木を買って2年目で見つかることもあるし、3〜4年でわかることもあります」

育てるべき苗木を見出したら、「5歳までに徹底教育」を施す。つまり第1主枝を長男、第2主枝を次男に見立て、長男は立派に育つように手堅く育てる。一方根元に近い次男は、長男に「悪さ」をしがちなので、最初から弱い枝を選ぶ。摘芯などを繰り返し、しっかり「しつけ」る。また、摘芯を行うことによって花芽分化が進み、さらに地中の毛細根が増える効果もあるという。

土作りは、化学肥料は使わず有機質資材を微生物資材で分解し、土を健康にすることを心がけている。

堆肥は牛ふん由来がメイン、10a当たり1t施用。毎年土壌検査を行い、カリ分が多ければバーク堆肥に代えるなどして調整している。さらに微生物資材の「バイオフォース・N-1B」(株式会社バイオフォース)を投入。好気性のアガリエ菌が有機質を分解する際に発生する抗生物質には、土中の悪玉菌を全滅させることはできないが、その働きを抑え込む力がある。

「全国どこの土壌にも微量要素は存在していますが、主根が吸えるのは水とチッ素だけ。微量要素を吸い上げるのは、毛細根なのです」

重要なのがその土地に適した台木選び。原則として樹勢の強い品種には弱い台木、弱い品種には強い台木を選ぶ。樋口さんは主に101-14、3306、3309、5BBのなかから選んでいる。

小さめの葉を残し、葉先が上を向く「お猪口」のような形に育てる。
台風21・22号が通過した後も、地面にはまんべんなく光が当たっている。
樹と支柱の周囲だけ除草剤を使用。樹間の草は刈り敷いて、緑肥として活用。
枝が伸びようとしている時期を見極め、樹勢を生かした長梢栽培を実現。

人材育成を目指し NZに農園設立へ

こうして着々と栽培技術を構築してきた樋口さんは、2012年4月、農業生産法人葡萄専心株式会社を設立した。企業として人材を育てるには、年間雇用が不可欠だが、果樹農家には冬場の収入源がない。そこでインゲンの栽培や、ハウスブドウの促成栽培も検討したが、どうしても踏み切れなかった。

「野菜を始めたら、ブドウとどっちつかずになる。ハウスブドウは露地栽培の味を越えられない。それがわかっていて作るのは、自分のポリシーに反する」

と思い悩む樋口さんの姿を見ていた妻の静枝さんが、

「それなら日本と季節が反対のところへ行って、ブドウを作ればいい」

このひと言をきっかけに、樋口さんは「反対側」について夢中で調べ始めた。チリ、オーストラリア、ニュージーランド(以下NZ)……資料を取り寄せ、ネットで調査を重ねた結果、オーストラリアは生食用ブドウの生産者が多いが、NZはワイン用ブドウがほとんどで、生食用は少ない。南半球で日本のブドウを栽培するなら、NZでと決めた。

とはいえ現地には何の伝もない。そこで大学時代の知人の協力を得て、NZ大使に直談判することに。なんとか直接会う機会を設けてもらい、日本語でプレゼンテーションを行った。

「僕は日本語で自分のパッションを語るだけ。領事の女性は日本語が堪能な方で、僕の想いを大使に伝えてくれました」

こうしてNZでの農園事業がスタートした。初めて現地へ降りたったのは5年前。北島のオークランド、ハミルトン、マタマタなど、生食用ブドウの産地を回ったが、どうもしっくりこない。ところが、

「ネイピアに降りた途端、カラッとしていて肌が『ここだ!』と言いました」

現地でワイナリーを経営している日本人を介してテーブルグレープ(生食用ブドウ)の生産者を紹介してもらい、空いている畑50aを借りることに。大使館の紹介があり、現地で実績のある日本人が同行したことで、信用を獲得。以来、樋口さんは山梨でブドウの仕事が終わる10月、NZへ向かい、現地で日本のブドウを栽培するようになった。

冬場はNZネイピアの農園へ

NZに元からあった品種 Buffaloの収穫作業。
NZにてもともと垣根式で栽培されていた品種を棚式に作り直した。この冬(8月)剪定後に圃場を棚上から撮影。
NZに元からあった品種July Muscatの袋掛け作業。
「テーブルグレープではなく、あくまでもブドウです」と樋口さん。
画期的なブドウ生産者として、現地の新聞にも大きく取り上げられた。
樋口さんのブドウは、現地のマルシェでも人気。

現在ネイピアの農場は、1・2ha。「巨峰」、「バッファロー」、「ジュライマスカット」、「ニューヨークマスカット」などを栽培している。早くから日本に移入され、現地で苗木が販売されている巨峰以外は地元の品種だが、畑にまんべんなく光が当たるブドウ棚と仕立て方は、山梨とまったく一緒だ。

収穫したブドウは、NZ国内で販売。「テーブルグレープ」ではなく、あえて「Budou」と呼んでいる。高級スーパーやフルーツのネット通販サイトで人気に。地元の新聞にも大きく取り上げられた。

「これからは東南アジアや中東をターゲットに、日本から供給できない時期に輸出していきたい」

と樋口さん。NZに農場を構えたのは、日本式のブドウ棚できっちり栽培した日本の品種を海外へ送り出すことと、さらに「人材育成」の場にしたいという想いからだ。

「夏の忙しい時期の仕事をまだ覚えているうちにNZへ行くことで、短期間で栽培技術を身につけられるはず」

目下、冬場のNZ研修システムを構築中だ。ところで、留守の間、山梨の圃場の剪定はどうするのだろう?

「それは妻の静枝が、きっちりやってくれています」

毎年20〜30種類の様々なブドウを用意し、食味検討会兼BBQパーティーを開催。日本全国、世界各国のお客様で賑わう。
冬場は妻静枝さん(写真中)に1.7haの剪定を任せてNZへ。研修生の佐久間健さんはブドウ農家として独立を目指す。

夫婦2人で積み上げてきた栽培技術を引っさげ、南半球へ——日本のBudouの新たな歴史が始まろうとしている。

 

また、カルチべでは本誌「農耕と園藝」連載にて取材した樋口さんや妻の静江さんの「その後」をスピンオフとして、まもなくご紹介する。乞うご期待!

 

 

 

「農耕と園藝」2019年11月号より転載・改変
文/三好かやの 撮影/杉村秀樹 取材協力/株式会社プロヴィンチア

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