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猟師と考える鳥獣害【実践編】 高橋養蜂を守れ!①

公開日:2020.8.31

野生動物の被害が年々深刻化している。静岡県南伊豆町で猟師として野生動物の管理・活用や、森と里、海のつながりまで考えた環境保全に取り組んでいる(株)森守 代表取締役社長  黒田利貴男さんに、山のこと、野生動物のこと、そしてみんなができる鳥獣害対策についてご紹介いただきます。

養蜂家、高橋鉄兵君との出会い

私の住んでいる南伊豆町の隣、下田市で養蜂を営む「高橋養蜂」代表の高橋鉄兵君(40歳)が、私の「森守」に現れたのは、2016年の年末のことでした。

その前から彼のことは知っていて、行き合うたびに「いつか黒田さんのところへ相談に行きます」と言っていました。でも養蜂は生き物相手の仕事です。日々ミツバチの世話に明け暮れていて、彼の話をじっくり聞く機会を、何度も逃していました。

下田市に移住して、養蜂を始めた鉄兵君。

ようやく訪れた、鉄兵君によると……。

「養蜂家にとって、蜜源となる植物はとても大切です。ところがその大事な蜜源植物がシカによって悉く食べ尽くされてしまうんです」

たとえば菜の花などの春先の蜜源植物は、種子を播き、芽が伸び出すと、たちまち食べ尽くされてしまうそうです。そのため秋に搾った蜂蜜をとっておき、花の少ない冬から春までの間、餌として蜂箱の中に入れてやらなければなりません。樹木の花から出る蜜は、その花の数から大量に蜜が搾れます。その大切な蜜を採るために、彼は耕作放棄していたミカン畑を借りたのですが、シカはそのミカンの樹を95%も枯らしてしまったのです。このままでは鉄兵君たちが販売する分がなくなってしまう。そんな状況でした。

蜜源となる植物を、なんとかシカの食害から守ることはできないだろうか。それが彼の相談でした。彼の言葉の端々から「ミツバチの楽園をつくりたい」そんな思いが切々と伝わってきました。

その後もお互い忙しく、なかなか養蜂場へ行けずにいました。そんな時、SNSの画面を通して、彼が少しずつミツバチの楽園を作ろうとしている様子が目に留まったのです。

「なんとかしてやりたい…」

そんな思いから、私は養蜂場の獣害対策に、本腰を入れて取り組むことになりました。

ミツバチの楽園を作ろう

鉄兵君は、元々伊豆の人間ではありません。以前は神奈川県海老名市で生活していたのですが、彼のご両親が下田市出身で、13年前に単身父親の実家に戻ってきたのです。その家には彼のおばあさんが一人で住んでいました。

「伊豆で養蜂をやりたい」

そんな思いから下田に来た当初は、海老名市の家と行ったり来たりしていました。ところが、いつしか戻るのが面倒になったのと、ミツバチの世話にかかりきりになったため、ずっと下田で暮らすようになりました。当時はまだご家族は海老名に住んでいましたが、先に母親が下田で暮らすようになり、続いてサラリーマンだった父親も戻りました。ご両親も、そんな鉄兵君を応援しています。

彼には妹がいて、兄の作る蜂蜜から様々な商品を開発しています。例えば蜜蝋入りのハチミツリップクリーム。蜜蝋とヤギのミルクでつくる石鹸もあります。梱包や瓶詰め、販売、ラベル貼りは、お母さんが担当。ミツバチの楽園を作るため、家族総出で頑張っています。

「ミツバチの楽園を作ろう」
「循環型の農業を」

そんな鉄兵君の思いと家族の願いを実現させるには、蜜源となる農場の獣害対策が不可欠でした。

シカの食害が原因で、地面は土がむき出しになっていた。

鉄兵君が蜜源として借りた場所は、自宅近くのおばあさんが、ご主人が亡くなった後も一人で守ってきたミカン畑で、おばあさんが耕作していた時からシカによる食害が出始めていました。シカはミカンの葉や樹皮が好物です。畑に侵入させまいと電気柵を設置して管理していたのですが、一度でも侵入を許してしまうと、次から次へと被害が広がります。高齢者一人で鉄壁な管理をするのは難しいのも事実。そのため日に日に被害が拡大し、耕作をあきらめざるを得ませんでした。

鉄兵君が、おばあさんから農地を借り受けた時、
「ここは何をやってもダメだよ。それでもいいなら、何をしてもいいから使いなさい」
と言われたそうです。そこで彼は、森の中にポツンと広がる周囲約500mのミカン畑に、同じ柑橘類の中でも農薬を使わずに栽培できるレモンの樹を植えました。

鉄兵君が植えたレモンの苗木。

たしかにそれまで生えていたミカンの樹は、下の方の枝から、シカの口の届かない高さまできっちり枯れています。遠目に見ると、均等に並べられたビーチパラソルのよう。そこは餌を求めて毎日のようにシカが群れで現れます。昼も夜も関係なく、人も恐れずにやってくるのです。地面から出てくる青い芽は伸びる間もなくなります。柵を恐れなくなっているシカ。食害対策の第一歩は、ミカン畑にレモンを植えることでした。

シカ害なのに、イノシシのせい?

都会育ちの鉄兵君は、ずっと野生動物とは無縁の生活を送っていました。だからミツバチを飼い始めたものの、どうすればシカから畑を守れるのか皆目わからず、何もかも手探り状態。私のところに相談に来るまでは、おばあさんが残した電気柵を使うつもりだったそうです。

しかし、その電気柵は所々電線が切れ、傾斜地は草の生えない土手のため、支柱もシカが崩した石や土で倒れ、埋まっていました。それでも彼は草の種子を播きました。

せっかく播いても、
「発芽すると消えてしまう。シカが食べているのだろうか……」
気づいた時には周りと同じ土が剥き出しの状態に。

「どうすればいいんだ??」

そんな彼に、私は対策法を一から十まで教えなければなりません。電話や立ち話だけでは限界があり、現場でレクチャーする必要がありました。私がいくら対策方法を伝えても、実際に対策を行うのは養蜂家の鉄兵君自身だからです。

集落の住民やそこに関わる人たちが、みんなで対策を考える。まずみんなで対策の問題点を座学で学び、その後全員で集落内を歩き、問題点を話し合い、指摘しながら問題解決に向かう「集落診断法」。獣害対策のひとつです。

たとえば、耕作放棄地をどうするのか。空き家の庭に実っている果実をどうすればいいのか、電気柵を道路側に張ってないか、ワイヤーメッシュが下から侵入しやすい張り方になっていないか、電気柵が草に触れていないか……など、チェックポイントは無数にあります。

学びながら作業を習得するために、まず鉄兵君の自宅前のブルーベリー畑から始めました。これもまた蜜源植物です。

高橋養蜂の果樹園を訪れる猟師の黒田利貴男さん。

下見に行った時、このブルーベリー畑もまた被害に遭っていました。イノシシよけの電気柵は設置されていたのですが、シカが侵入していたのです。鉄兵君は、犯人がわからず、「こんな高い枝を誰が折るのだろう?」と思っていたそうです。早急に対策しなければ、民家と民家の間の農地で被害が拡大してしまう。そんな状況でした。

鉄兵君の仲間たちと、ブルーベリーの獣害対策。

食害はイノシシの仕業と勘違い

なぜ、みんな一様に、イノシシの仕業だと思ってしまうのでしょう?

私の住む南伊豆町、高橋養蜂のある下田市、その近隣市町にも同じような状況でした。伊豆半島の中央に位置する天城山系の国有林から離れた沿岸部には、長らくシカがいなかったのです。また、また国有林を有する市町でも、シカたちは里山までは降りて来ませんでした。

伊豆半島の急峻な奥地の山々や河川の源流に広がっている国有林は、元々人の手の入らない原生林が多く、野生動物には住みやすい場所です。そして、狩猟の対象でないシカは、その生息数を伸ばし飽和状態になりました。そのためシカが畑やその土手、道路脇などで、食害を及ぼすようになったのですが、住民たちは誰もが「イノシシのせいだ」と勘違いして、罪を被せてしまうのです。

我々が有害捕獲許可申請書を提出する際、捕獲の対象を「イノシシ」とする場合が多いのですが、実際は「シカ」が捕獲される事案が多発しています。有害捕獲許可では申請した動物しか捕獲はできません。仮にイノシシの許可でシカを捕獲すると、放獣しなければならないのです。そんな事情から、最近は許可申請時に「イノシシ・シカ」と記入する場合が多くなりました。そうすることでわなにかかり、暴れている動物を放すという危険極まりない行為をせずに済み、しっかり止め刺しまで行うことができるようになりました。

イノシシとシカでは、足跡が異なる。

とりあえず、鉄兵君の家の周囲を観察しました。家の裏は山です。よく観察すると高橋家の裏山から家の横へ続くけもの道ができているのがわかりました。たしかにシカの足跡です。イノシシの場合は、ケズメ(副蹄)が開いて足首より両サイドに出ているのが特徴です。シカなら副蹄の跡がつきません。そんなことも説明しながら歩き、観察のポイントなどを手ほどきしました。

そして、ブルーベリー園の周囲をワイヤーメッシュで囲い、その上に半分にカットした園芸用の緑のダンポールを結束バンドで固定。ポールの間に電気柵のワイヤーを張るという対策をとりました。

ワイヤーメッシュとダンポール、電気柵の組み合わせで、シカは侵入を防げる。

その数日後、鉄兵君からこんな話が舞い込みました。
「シカが台所の窓の外に立って、畑を見ていました」

森からブルーベリーを狙って出てきて、畑に侵入できず、困惑していたようです。このように農地のまわりの観察から学ぶことは多いのです。

取材協力/高橋養蜂 高橋鉄兵
文/(株)森守 黒田利貴男
構成/三好かやの

著者プロフィール

黒田利貴男(くろだ・ときお)
1965年静岡県生まれ。小学4年生の時から、猟師の父の後について山を歩く。
21歳で狩猟免許、猟銃所持許可を取得して以来、狩猟期間は猟を続ける。南伊豆の山を知りつくす猟師であると同時に、稲作や林業、しいたけ栽培の経験も持つ。野生獣の管理や活用にとどまらず、それを囲む森と里、海のつながりまでを、視野に入れ活動を続ける。2015 年7月株式会社森守を設立。現在は病気療養を続けながら、森林資源の活用、耕作放棄地の再生、狩猟者や加工処理の人材育成、自然を活用したエコツーリズム等、幅広く活動中。農林水産省が任命する農作物被害対策アドバイザー、南伊豆町町会議員。
㈱森守 http://izu-morimori.jp/

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