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猟師と考える鳥獣害【実践編】高橋養蜂の蜜源植物を守れ!②

公開日:2020.9.30

野生動物の被害が年々深刻化している。静岡県南伊豆町で猟師として野生動物の管理・活用や、森と里、海のつながりまで考えた環境保全に取り組んでいる(株)森守 代表取締役社長  黒田利貴男さんに、山のこと、野生動物のこと、そしてみんなができる鳥獣害対策について教えていただきます。前回に続き、猟師の黒田さんと、下田市で養蜂を営む高橋養蜂代表の高橋鉄兵さんの取り組みをご紹介します。

都会の企業との連携

こうして鉄兵君の自宅前のブルーベリー園の対策はうまくいきました。シカは入りたくても園の中に入れず、柵の前の草を食むばかり。おかげで柵の周囲はまるで芝刈りしたようにすっきりしましたが、中には入れません。次はいよいよ自宅近くの山の中にある、おばあさんに借りたミカン畑の獣害対策です。

周囲は500mほどあるので、少人数で柵を巡らすのは大変です。そんな時、東京から心強い助っ人がやってきました。江東区の清澄白河に本社を構える㈱フォレストシー(本社・東京都江東区)は、狩猟界にIoTを導入。狩猟者向けの通信システム「里山通信」を開発した会社です。

それは、箱わなにセンサーを設置して、捕獲、捕獲時間、場所といった情報を、アプリで通知するというもの。これを使うと高齢の狩猟者も、毎日のわなの見回りが楽になり、労力低減に役立っています。携帯電話の通信圏外でも通信可能な無線電波を利用しているので、低コストで運用することができ、林業従事者や登山者にも役立っています。

森の中で鉄兵君のレクチャーを受ける、フォレストシーのメンバー。

このように都心にも地方が悩む鳥獣害対策に真剣に取り組んでいる企業があるのです。社長の時田義明さんは、
「被害の管理と生息地の管理について、しっかり学びたい」
と、社員と一緒に高橋養蜂へやってきました。

初めて視察に来た時は、養蜂とはどのようなものか、野生動物が養蜂に与える影響は? などについて、実際にハチの巣箱を前にして、現場で学んでいただきました。

「都市に住む人間も、地方の問題に取り組み、地方創生の一助となりたい」

そんな時田社長の思いから、ブルーベリー畑とミカン畑の柵の設置作業に参加していただきました。まずは身をもって農業者の悩み、山林所有者の悩みを知ること。捕獲するだけで獣害問題は解決しないことを知っていただくためにも、こうした試みは必要です。

ミカン畑の柵の設置に取りかかる

地元の仲間や東京からの応援部隊など、さまざまな人たちの協力を得て、いよいよミカン畑の柵の設置が始まりました。目標はイノシシ、シカ、サルに対応できる柵を作ることです。

設置に伴い、一番の問題は予算でした。農地の被害の多い動物に対応する機材は市販されていますが、その金額は高いものになると、1mあたり4000円以上になります。100mに換算すると、40万円以上。高橋養蜂のみかん畑で柵の設置が必要な部分は500mほど。ざっと200万円必要になります。

本体、支柱、ガイシ、電線からなる電気柵一式。

それでも蜜源植物を守るには、コスト面からしっかりサポートしなければなりません。各自治体では「鳥獣害対策協議会」を設立していて、その中に被害防止柵に補助金が交付される仕組みがあります。内容は一律ではありませんが、認定農業者であれば20万円を上限に2分の1、認定農業者でない場合は10万円を上限に2分の1補助を受けられる制度です。これを活用しない手はありません。

高橋養蜂は、静岡県賀茂農林事務所から認定された認定農業者です。ですから20万円までは支援が受けられます。それにはまず市役所へ防護柵の見積もりを添えた申請書を提出しなければなりません。早速、JAに見積もり依頼をしたのですが……

「こりゃ高すぎて、20万の補助があっても到底足りません」

と、鉄兵君。

今、全国でさまざまな企業が被害防止柵を開発、販売していますが、元々収益率の低い農業者からは「まだまだ高い」「手が出ない」という声が聞こえてきます。すると、柵の設置をあきらめるか、間に合わせの材料で作るかになってしまいます。その結果、野生獣の農地への侵入を許してしまうことになりかねません。だからといって、何もしないわけにもいきません。

そんな状況の中、彼と私は広大な農地を柵で囲うことを決断しました。

お金をかけずに食害を防ぐ

それならばと、私は見積りよりも安い金額でできる方法を提案しました。それは管理の容易なワイヤーメッシュ(コンクリート基材)と電気柵器と電線は使います。その代わり、お金のかかる支柱とガイシは使いません。

高価な支柱を、園芸用のダンポールで代用。

簡単に説明すると、ワイヤーメッシュを地面に設置して、その上に絶縁体となる園芸用のダンポールを半分にカットした支柱を立て、電線をビニールテープなどで固定するだけのものです。資機材はホームセンターで調達可能で、それでも補助は受けられます。最終的に費用は50万円ほどに抑えられました。

同じ果樹でもブルーベリー畑とミカン畑では、やり方がまったく違います。ブルーベリー畑は平坦な場所にあり、ミカン畑は周囲を森に囲まれています。その上、急峻な斜面に面しているのです。長い間放置されたその斜面には大きな樹木が生い茂り、畑の方に枝を伸ばしていました。畑が森に吸い込まれる前に処理しておかなければ。森林を後退させる作業も事前に行う必要がありました。

野生動物は、柵の下から侵入する習性があるので、地面とワイヤーメッシュの接地面は平らにしたいのです。それができれば後はそれに沿って電線を張るだけでいい。

森林を後退させ、枯れたミカンの樹を伐採。周囲に柵を張り巡らせた。

ミツバチの楽園作りが始まった!

2018年4月、その作業は始まりました。あらかじめ資機材を畑に運び込み、鉄兵君の仲間の津留崎鎮生君、米農家の中村大喜君、BARのマスターの鈴木勝士君他、多くの友人たちで、枯れたミカンの樹を切って片付け、農園の周りの樹木も伐採しました。

私が指示を出した通りの作業を終えた段階で、鉄兵君から「柵を設置する準備ができました」と連絡がきました。ここからが始まりです。一番重要なワイヤーメッシュの設置は、現場で行う必要があります。この日は東京の㈱フォレストシーのメンバーにも声をかけ、現場に向かいました。

それまでのミカン畑とは、すっかり様子が変わっていました。畑ができた当時の姿になっていました。みんなでワイヤーメッシュを担ぎ、畑の一番高いところを目指して登りました。あらかじめ鉄兵君たちが、登りやすいようにスロープや階段をつけてありました。一番高い地点に登り、「なぜここにシカが集まるのか?」、「いったいどこから来るのか?」、「なぜ森林を後退させたのか?」。そんな話をしました。

シカの集まりやすい環境とは?

高橋養蜂は、下田市内から少し北上した「箕作(みつくり)」地区の山間部にあります。日当たりのよい山の上にある農園です。周囲には、広葉樹林のなかに針葉樹林が植えられた場所が点在しています。シカの本来の住処は、点在する針葉樹林の中にありますが、餌場は広葉樹林の中で、水を求めて近くの沢まで森を下ります。

そんな森の真ん中に、ポカンと空いた穴のようにミカン畑があるわけです。
「ここはシカにとって、楽園のような場所だ」
私は、ミカン畑の一番高い地点で、ここに繋がるけもの道について説明しました。

「あそこに見える針葉樹林から、ここへまっすぐ至るけもの道」
「あそこから下に降りて、沢で水を飲み、ここに上がってくる道」
いずれもシカの生活のための道です。

「だからここはしっかり塞がないと、侵入される」
「下から入られないように、ここは避けよう」
など、動物の生態行動を予測して、シカの嫌がる、もしく侵入不能な柵を作るわけです。

森の実情を説明しながら、防護柵を設置。

地面に対して直角に杭の鉄筋を打ち込みます。それによって、ワイヤーメッシュが地面と平行になります。

「人の手が、動物では鼻になる」
「だから鼻の触るところに障害物を作る」
「特に注意を払う必要があるのは、角になるポイントだ」

こうして侵入防止柵は完成しました。傾斜のあるところは傾斜に対し直角に。角は支柱でしっかり補強しました。ワイヤーメッシュが完成したら、その上に電気柵の線を張ればいい。それまで畑に侵入していたけもの道は、完全に塞がれました。それまで侵入していたシカやイノシシは、柵の中に入り込めず、その外側に、食べ物を求めるようになりました。

一緒に取り組めば、管理できる

こうしてミカン畑の柵は、2018年4月末に完成しました。5月に入り、それまで何も生えなかったところに、草が伸び始めました。それまで不毛の地だと思っていたところに草が芽生える。鉄兵君はとても喜んでいました。

それも束の間、
「草がなくなっている」
と連絡が入りました。シカがどこからともなく柵の中に侵入したのです。すぐさま侵入経路を探し出し、そこを補強しました。それ以降、中には入られていません。

右側が柵の外側。食べ物を求めてくるシカは柵の中には入れない(2019年11月撮影)。

鉄兵君は、私と一緒に作業をしたことで、シカの生態行動などを見て、聞いて覚えた対策を、自ら考え、自らの手で行い、改善しました。その結果が動物の侵入を防ぎ、その後の侵入も防いでいます。

その年の夏はヒマワリのタネを、暮れには冬から春先の蜜源になる菜の花のタネを蒔きました。どちらも見事にシカの食害から守ることができたのです。彼らの目指す「ミツバチの楽園」に一歩も二歩も近づきました。

柵を設置するまでは、毎年菜の花のタネを蒔いては新芽が出ると食害に遭っていました。この場所を借りて3年目にして、初めて菜の花が咲いたのです。蜜を求め飛び回る蜂の羽音が山に響き渡ります。森の中のミカン畑に蜜源ができました。鉄兵君は、涙が出るほど喜んでいました。

土がむき出しのミカン畑に、菜の花が咲いた。

取材協力/高橋養蜂 高橋鉄兵
文/(株)森守 黒田利貴男
構成/三好かやの

著者プロフィール

くろだ・ときお
1965年静岡県生まれ。小学4年生の時から、猟師の父の後について山を歩く。
21歳で狩猟免許、猟銃所持許可を取得して以来、狩猟期間は猟を続ける。南伊豆の山を知りつくす猟師であると同時に、稲作や林業、しいたけ栽培の経験も持つ。野生獣の管理や活用にとどまらず、それを囲む森と里、海のつながりまでを、視野に入れ活動を続ける。2015 年7月株式会社森守を設立。現在は病気療養を続けながら、森林資源の活用、耕作放棄地の再生、狩猟者や加工処理の人材育成、自然を活用したエコツーリズム等、幅広く活動中。農林水産省が任命する農作物被害対策アドバイザー、南伊豆町町会議員

㈱森守
http://izu-morimori.jp

高橋養蜂
https://takahashihoney.net/

 

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