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カルチベートという話

Yu-King
公開日:2020.10.20

おはようございます。Yu-Kingです。

10月も半ばとなり朝夕が冷え込んでくる今日この頃ですが、皆様におかれましても体調管理にはくれぐれもご留意いただければと思います。

当社は今月が期初ということもありますので、寒さに負けずに心機一転気持ちを新たに走り始めるタイミングでもあります。

ただ自分といたしましては、ここから年度決算の業務が年末にかけて列をなして控えており、新しい期に入ってすぐに前期を振り返るタイミングでもあるため、少し複雑な気分で過ごす時期でもあります。

なので、スポーツや読書や食欲に代表されるような、秋ならではの恩恵にあずかることで日々モチベーションを蓄えております。

さてそんなわけで、今回は読書的な観点の話題になります。

お恥ずかしながら自分は本WEBサイトタイトル「カルチベ」から「カルチベート」という英単語を知りました。

あぁそういう意味なんだ、などと思いつつ周辺情報をネットなどで見ていたのですが、その中で、すごく印象に残ったある書籍の文章があったので紹介したいと思います。

それは、太宰治氏の「正義と微笑」です。

この作品の割と初めの方で、たまたま本WEBサイトにゆかりのある方と同名の先生の言葉が書き著されています。

以下、引用になります。

「(前略)勉強というものは、いいものだ。代数や幾何の勉強が、学校を卒業してしまえば、もう何の役にも立たないものだと思っている人もあるようだが、大間違いだ。植物でも、動物でも、物理でも化学でも、時間のゆるす限り勉強して置かなければならん。日常の生活に直接役に立たないような勉強こそ、将来、君たちの人格を完成させるのだ。何も自分の知識を誇る必要はない。勉強して、それから、けろりと忘れてもいいんだ。覚えるということが大事なのではなくて、大事なのは、カルチベートされるということなんだ。カルチュアというのは、公式や単語をたくさん暗記していることでなくて、心を広く持つという事なんだ。つまり、愛するという事を知る事だ。学生時代に不勉強だった人は、社会に出てからも、必ずむごいエゴイストだ。学問なんて、覚えると同時に忘れてしまってもいいものなんだ。けれども、全部忘れてしまっても、その勉強の訓練の底に一つかみの砂金が残っているものだ。これだ。これが貴いのだ。勉強しなければいかん。そうして、その学問を、生活に無理に直接に役立てようとあせってはいかん。ゆったりと、真にカルチベートされた人間になれ!(後略)」(『正義と微笑』太宰治 青空文庫)

引用は以上となります。

自分のような者がこの文章の奥深さやその解釈うんぬんなど多くを語ることはできませんが、純粋に、こういった心持ちでいられることって、自然と気持ちが前向きになり、人として良い意味で強くなれることにつながるのだろうな、と感じました。

縁あって今年の8月からこのブログに参加させていただくこととなりましたが、それによって、確かに一つ自分としてカルチベートな出来事につながったと思っています。同時に、「カルチベ」というタイトルをより身近に感じるようになりました。

そのようなことをふと秋の夜長に思い、本文章を一気に書き下ろしました。
もちろんそのような余裕を持てる術もなく、締切日当日の朝に書き散らした次第です……。

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