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台風にもコロナにも負けないイチジクを!

公開日:2020.10.28

房総半島の南端、館山市でイチジクを栽培する「館山パイオニアファーム」の齊藤拓朗さん、仁美さん夫妻は、13年前に新規就農。イチジク狩りとスイーツが楽しめるカフェが人気です。館山市は都心からのアクセスもよく、気候もおだやか。観光客が数多く訪れるエリアでもありますが、2019年の秋に、2度の台風に見舞われ、大きな被害を受けました。

今年のイチジクは? スイーツは? そして新型コロナの影響は?

あれから1年。現地を訪れました。

故郷の館山市に戻り就農した齊藤拓朗さん、仁美さん。

まずは試食から。イチジクの魅力を力説

農園に訪れた10月8日、イチジクは青々と葉を茂らせ、収穫シーズンを迎えていました。

「1本の樹で1日に1個熟す。だから一熟=イチジクというんです」
イチジク狩りは、そんな解説から始まります。参加者はイチジクの樹を前にして、早くもぎ取りたいところ。でもその前に、試食が待っています。

バナーネ(左)と桝井ドーフィン(右)。もぎ取る前に品種による違いを確認。

個性的な4つの品種を栽培

「こちらが桝井ドーフィン。緑色はバナーネという品種です」

まず農園で栽培している品種とその違いについて説明します。

「えっ? イチジクって品種があるの?」

訪れた人は、まずびっくり。紫色の果皮が美しい「桝井ドーフィン」は、日本で最も多く栽培されている品種で、国産イチジクの約7〜8割を占めるといわれています。もう一種の「バナーネ」は、熟しても緑色の珍しい品種。ねっとりした果肉が特徴です。

「いえいえ、世界には700以上の品種が存在しているといわれているんですよ」

「ええーっ!」

そんな驚きの声も。南アラブ原産で、聖書にも登場するイチジクは、栽培の歴史も古くヨーロッパでは紀元前の昔から栽培されています。それに比べ日本での歴史はまだ浅く、知られていないことが多いのです。

齊藤さんは、この日登場した2品種に加え、小ぶりで濃紫色の果皮が美しい「ネグローネ」、小ぶりでグリーンの「ブルジャソットグリース」も栽培。今年は8月21日〜11月1日までイチジク狩りを開催しました。

桝井ドーフィン
ネグローネ
バナーネ

品種により異なる味わいや、生食以外にもジャムやドライフルーツ等、多様な楽しみ方があること……これまで気づかなかったイチジクの魅力について学んだ後、いよいよハウスに入り、収穫体験が始まります。

「お好きなイチジクを、5個選んでもぎ取ってください」

既に試食済みなので、お目当ての品種は決まっています。よく熟れた果実を選んでもぎ取り、その場で食べても、持ち帰ってもOKです。

「イチジクは、ナシやリンゴのように、たくさん実る果実とは違います。みなさんまるで“宝探し”のよう。お目当ての実を探して楽しまれています。説明しなければ、その魅力がなかなか伝わらない果物でもあるのです」

そんな解説付きの収穫体験が好評で、年々リピーターも増えてきました。ところが……

2度の台風で収穫体験を断念

昨年9月5日。大型の台風15号が房総半島を直撃。収穫体験のシーズンを迎えていた齊藤さんのハウスは、大きくダメージを受けました。最大瞬間風速は、52m/秒。ハウスの骨格は大きく歪み、一部は倒壊。ビニルは剥がれてしまいました。

それでも拓朗さんは、中を片付け、ハウスによじ登り、継ぎ接ぎの応急処置でビニルを補修。10日間の休業を経て満身創痍の状態で営業を再開しました。

★2019年9月20日。台風15号が過ぎ去った後のハウスの様子。

なんとか立ち直り、イチジク狩りとカフェの営業を続けていましたが、10月6日、再び台風19号が襲来します。この時は海水を巻き上げた潮風が吹きまくり、イチジクの葉は、塩害のために茶色く枯れてしまいました。齊藤さんは、この時点でイチジク狩りを断念せざるをえませんでしたが、それでもスイーツショップの営業は続けていました。

2人はイチジクの栽培を始めた当初から、6次化に着目。夏の間収穫したイチジクをジャムやドライに加工しています。仁美さんがカフェで働いていた経験を元に作るパウンドケーキやパフェ、かき氷、地元のケーキ店とコラボしたタルトが人気。オフシーズンも楽しめるスイーツショップも運営しているのです。

★カフェで味わうイチジクのスイーツも人気(2020年9月20日撮影)。

「イチジクの魅力を伝えよう」

開業当時から多くの人にその思いを伝えてきた齊藤さん。訪れた人たちがFacebookやInstagram、HPなどを通して「ここへ来るとホッとする」「イチジク大好き」。そんなコメントが拡散され、それがまた次のお客さんにつながっていきました。そして2度の台風に見舞われた時、

「ボランティアでハウスの修復を手伝ったり、中には義援金を寄付してくださった方もありました。本当に助けていただいた。これもまたイチジクを通して、たくさんの方とつながってきたおかげだと思います」

一年中フルーツが楽しめるように

さて、非農家出身の齊藤夫妻。拓朗さんはかつて、長野県でホームセンターの店長として働いていましたが、28歳で館山へ帰郷。30歳を過ぎた時、「地元の人たちとつながって、地域を盛り上げていきたい」との思いから、農業を志しました。

最初に取り組んだのは、房総半島の特産品で、昔から山間部で栽培されているビワでした。持ち主に畑を借り、そこに植えられていた20本のビワの樹の手入れから始めました。なんとか果実は実ったものの、販売方法がわからず、直売所に並べても思うように売れず、最初の年は「年商5万円」という結果に終わりました。

館山でどんな作物を、どんな風に栽培し、販売していけば、農家として経営が成り立つのだろう? 思案に思案を重ね、たどり着いたのは……

「イチジクを作りたい。そう話すと、まわりの人全員に反対されました」

周囲の反対を押し切って、イチジク栽培をスタートさせた。

それにしてもなぜ、イチジクだったのでしょう?

気候が温暖な房総半島南部は、元々果樹栽培のさかんなエリア。中でも館山市内では1〜5月はイチゴ、4〜6月はビワ、10月末〜年末にかけてミカンが栽培されています。

「7〜9月がぽっかり空白期間になっている。そこにイチジクが加わって、館山で1年中フルーツ狩が楽しめるようになれば、地域を盛り上げられるんじゃないか」

といっても、果実がやわらかくて傷つきやすいイチジクを、完熟状態で箱詰めして市場出荷すると、その魅力がなかか十分伝わりません。また、観光農園を開いてもイチゴやミカンのように、どんどんもぎ取ってしまっては、果実が足りなくなってしまいます。そこで思いついたのが、先に試食してから、好みの果実をもぎ取る現在のスタイルでした。

三密を避けて、もぎ取り体験

あれから1年。今年のイチジクはどうなっているのでしょう?

壊れたハウスの修復も、7月に完了。今シーズンに間に合いました。樹も元気に枝葉を茂らせています。しかし、

「いつもは8月に入るとすぐから摘み取り体験を始めるんですが、今年はスタートが3週間遅れてしまいました」

イチジクは、夏の間、葉を広げながら光合成をして翌シーズンに向けて養分を蓄えています。ところが2度の台風に見舞われた昨年は、葉が枯れて落ちてしまったため、十分に養分を蓄えることができないまま落葉して、冬を迎えました。その分備蓄した養分が足りず、今年は枝の下の方になかなか実がつかなかった模様。その分収穫量は減ってしまいましたが、それでもなんとか8月21日から、イチジク狩りを始めることができました。

さらに今年は、新型コロナウイルス感染症対策にも取り組まなければなりません。

「イチジク狩りは10時30分、11時30分、13時、14時の4回に分散して、一度に10人以上にならないように対応しています」

元々収穫体験は予約制で、少人数のグループを中心に受け入れていたので、コロナ時代にも大きな変更はありませんでした。ハウスも換気が行き届いた開閉式なので、三密を防ぎながらもぎ取りが楽しめます。

その一方で、スイーツショップでは、思い切って座席数とメニュー数を減らしました。人気商品の「イチジクのかき氷」も、今年は提供を控えています。それでも今シーズンは順調に予約が入り、復活したハウスで多くの人たちがイチジク狩りを楽しみました。

開園以来、ずっと化学合成農薬・化学肥料不使用栽培

館山パイオニアファームでは、毎月第一日曜日に「日曜マルシェ」というイベントを開催しています。主催者は、「南房総オーガニック」。館山市や南房総市で新規就農。栽培期間中、化学合成農薬・化学肥料不使用栽培で栽培する5つの農園が所属するグループで、2012年に結成されました。

若手の有機栽培農家が連携し、マルシェを開催するだけでなく、南房総で就農を目指す農業研修生を募集。メンバーの農園で研修を重ね、農家として独立する人も登場しています。「日曜マルシェ」は、そんな仲間と農産物、そして地域住民や観光客の出会いの場でした。

「以前はゲストを招いて賑やかにやっていましたが、今年は新型コロナウイルス感染症対策として、規模と時間を縮小。農産物とその加工品の販売のみを行っています」

※2020年12月からはゲストを呼び、米を使った加工品販売なども順次行う予定。

 

他のグループは野菜やハーブ、コメの栽培農家が中心で、イチジクを栽培しているのは館山パイオニアファームだけ。そもそも殺菌や消毒を行わずに果樹の有機栽培に取り組む農家は珍しいのです。

「うちは化学合成農薬を使わずに栽培しているので、皮ごと安心して召し上がっていただけます。それでも一時はカイガラムシが大発生して大変でした」

カイガラムシは、成虫になると白い固い殻に覆われ、農薬も効かなくなってしまいます。齊藤夫妻は、歯ブラシを使ってこの虫を除去。根気のいる大変な作業ですが、それを厭わず「皮ごと安心して食べられる果実を」を目指しています。さらに、

「借りた土地の土壌がよかったのでしょう。この10年、ずっと化学肥料不使用で栽培しています。」

齊藤さんが農園とカフェを開いたのは、元々肉用牛を育てていた牛舎の隣。元々牧草を育てていた畑で、大量に堆肥が入っていたこともあり、そこに植えたイチジクの苗木はぐんぐん生長。元肥や追肥や葉面散布を施さなくとも、10年間果実をならし続けてきました。

毎年行っている土壌分析の結果を見ても、成分はあまり変わっていないそうです。それでも「そろそろ来年あたりから、肥料を与えようと思います」とのこと。イチジクを植えるなら田んぼではなく、畑だった場所がいいと言われていますが、元々「肥料食い」といわれるイチジクが、無施肥で栽培できる。土壌や気候条件が揃えば、そんな栽培も可能であることを物語っています。

一文字仕立ての主枝の下から出ている新しい枝に主枝を更新する。

栽培を始めて10余年。一文字仕立てで広げた主枝はかなり太くなり、毎年たくさんの側枝を伸ばして果実を実らせてきました。そんな主枝の下から伸び出した細い枝を新しい主枝として伸ばし、古い主枝を切り落とす。そろそろ主枝更新を行う予定とのことです。

葉や枝もとことんフル活用

これまで、自園で実ったイチジクを生果として販売する他、ジャムやドライフルーツ、冷凍保存して、スイーツの材料にすることで、ほぼ全量を活用してきました。

「それでも農業って捨てるものが結構多い。台風と新型コロナを経験して、果実以外の葉っぱや剪定枝。これも利用価値を見いだして、どんどん使っていきたいと思いました」

毎年6月頃、余分な新芽を掻き取る作業を行いますが、この時掻きとった葉を、機械で乾燥させてお茶として販売しています。

毎年切り落とす剪定枝。イチジクの枝は柔らかく、加工に適していて、ドアノブやランプシェードに。地元の伝統工芸「房州切子」の職人さんとのコラボもスタートしました。十分に乾燥させてBBQ用の燃料にするなど、あの手この手で利活用しています。

イチジクの葉のお茶(左)と、地元のメーカーとコラボ商品のドレッシング。
スイーツショップの入口には、剪定枝を活用した把手を。

齊藤さんが2つの台風を経験して、強く感じたのは、

「台風が来る前に、とれる品種がほしい」

これまで栽培してきた4品種は、8月以降に収穫が始まる秋果でしたが、イチジクには6月に収穫できる品種も存在します。齊藤さんは、そんな夏果の「ザ・キング」の苗木を導入しました。収穫が始まるのは再来年以降になりますが、

「イチジクは、作り手のいる場所で、その話を聞きながら、完熟で味わうのがいい」

館山のフルーツ暦がつながって、多くの人が訪れるのを楽しみにしています。

6月に収穫できる「ザ・キング」。新たに栽培を始める。

取材・文/三好かやの(★は三好が撮影) 撮影/杉村秀樹

取材協力/館山パイオニアファーム
https://www.pioneer-farm.jp

南房総オーガニック
https://minamiboso-organic.jimdofree.com/

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