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南房総で「鎌1本」から就農 ビワとソラマメを作る!

公開日:2020.11.25

阪口壮平さん(39歳)は、「自然の中で暮らしたい」と、東京から千葉県の南房総市へ移住。地元の農家で研修を積んで、2017年6月「安房ノ風農園」を設立し、一人で農業に取り組み始めました。

南房総は温暖で暮らしやすく、都会からの移住者の多いエリアですが、多品種多品目栽培に取り組み、やっと「これだ!」と思える作物に力を入れ始めた2019年秋、2度の大型台風に見舞われてしまいます。それまでメインの取引先だったレストランからの注文も、新型コロナウイルス感染症の影響で途絶えてしまい……。

そんな阪口さんのピンチを救ったのは、何だったのでしょう?

10月1日から掘り始める「房州中太ショウガ」

房総半島の在来種にこだわる

10月2日、そぼ降る雨の晴れ間を縫って、阪口さんはショウガの収穫にとりかかっていました。
「この地域で作られていた『房州中太』という品種で、地域としては9月初旬から、私は毎年10月1日から掘り始めます」

そう話しながら引き抜くと、株元が鮮やかなピンク色に染まった、ショウガの根茎が現れました。

元々南房総エリアで栽培されてきた在来種。作付面積全国1位の高知県をはじめ、2位の千葉県でも根茎の大きな「大太」系品種が増える中、やや小ぶりなこのショウガを栽培する人は、年々減っているそうです。

それでも阪口さんは、地元の在来種にこだわって栽培。自作のHPやBASEを通じて「ジンジャーエールやジャム、酢漬けのガリに最適です」等、解説をつけて販売しています。

掘りたての新生姜。土壌消毒なしで栽培。

オーガニック農家が立ち上げた研修制度

千葉県八千代市出身の阪口さんは、以前は東京の広告代理店で働いていました。

「農業の経験はまったくありません。鍬にさわったこともありませんでした」

それでもサラリーマン時代に山登りが好きになり、山へ通ううち、自然の豊かな田舎で暮らしたいと心が地方に向くようになり、ふらりと出向いた「新・農業人フェア」で、南房総市のブースの前で足が止まりました。

「おっ、南房総市で稲刈り体験がある。行ってみよう」

同市が主催する稲刈りイベントに参加した時「南房総オーガニック」という、生産者グループのチラシを手渡されました。

「南房総オーガニック」は、カルチベにも登場した「館山パイオニアファーム」、「おかもファーム」、「南房総太陽農園」で構成されるオーガニックの生産者チーム。野菜、ハーブ、フルーツ農家が中心で、化学肥料や農薬を使わずに栽培し、第一日曜日、合同でマルシェを開催しています。

「農業を始めるなら、無農薬がいい」
と考えた阪口さんは、このグループが農業研修生を受け入れて、新しい生産者の仲間を育成していることを知ります。費用は1カ月3万円。研修期間中、寮や車両、農機具を貸し出すなど、手厚いサポートがあることもわかり、阪口さんは南房総で研修を始めることになりました。

最初の1カ月は、「南房総オーガニック」に所属する農場を転々としながら、「今日はソラマメ、明日はイチジク」という感じで栽培技術を学ぶ日々。「やっぱり野菜を作りたい」と、「南房総太陽農園」で1年間研修を重ねながら、就農への道を探りました。

就農の経緯を淡々と話す、阪口さん

「こちらへ来て最初に買ったのは鎌1本。他には何も持っていませんでした」

就農を志した時、阪口さんは、新規就農者向けに年間150万円を支給する「農業次世代人材投資資金(旧青年就農給付金)」を受給したいと考えていました。ところがなぜかこの年から審査基準が厳しくなり、受給には高いハードルが……。必要な機材はまだ何もありませんでした。

「仕方がないので、最初の年は借りた畑を、研修先の師匠にトラクタで起こしてもらいましたね」
2年目から館山の飲食店でアルバイト。貯まったお金で軽トラや刈り払い機をひとつひとつ買い揃え、栽培を続けていきます。

よし、ソラマメをやろう!

最初に借りた畑は28a。阪口さんは就農当初、ほかのオーガニック農家のように、多品種多品目の野菜を栽培してセットを組み、BOX野菜として販売するスタイルを目指していました。しかし、一人で多品目を作るのは思いの外大変で、うまくできたりできなかったり。試行錯誤が続きます。

「いろいろ作ってみて、結局手元にお金が残ったのはソラマメでした。よし、ソラマメをやろう!」
そう決めた阪口さんは、地元の種苗店を通じて、在来種の「房州早生」と、イタリア生まれの細くて長いソラマメ「ファーベ」に特化して栽培を続けることに。

ところが、昨年の9月と10月、二度にわたり大型台風が房総半島に襲来します。イチゴやビワ等、施設栽培の農家に大きな被害をもたらしました。地元で「ビワ山」と呼ばれる露地の畑も大きな被害を受け、栽培を断念する農家も多かったようです。

ソラマメの「房州早生」の種子

阪口さんのソラマメは、10月10日に播種したばかり。先に播いた食用ナバナは播き直しが必要でしたが、ソラマメは発芽寸前か、直後だったので、そのまま冬を乗り越え、無事年末年始に開花。例年通り4月上旬に収穫を迎えることができました。

元々房総半島はソラマメの産地で、10月に播種をして、4〜5月上旬に収穫を迎えるのですが、気温が上昇するにつれ、アブラムシが発生します。「農薬なしでは作れない」との声もありますが、

「ある程度生長すると、アブラムシは絶対に付きます。そんな時は茎の上部を切ってしまう。いや、むしろ切った方がいいんです」

虫が付いたら芯ごとカットして、先に着いた莢に養分が行き渡るようにします。風通しをよくするために、莢をつける茎を1株あたり7本まで減らして間引く。そんな方法で、無農薬栽培を実現させています。

★イタリア生まれのファーベ
★自家採種も行う「房州早生」

コロナ禍でも、ネットで販売

阪口さんの作るソラマメは、イタリアンやフレンチの料理人を中心に喜ばれていました。特にイタリア生まれのファーベは人気が高く、千葉や東京のレストランが主な販売先でした。ところが……

ようやくソラマメの収穫が始まった4月、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のための緊急事態宣言が出され、レストランからの注文がほとんど途絶えてしまいました。

ソラマメは旬が短く、保存がききません。なんとか販売先を見つけなければ。そんな時、活路を見出したのはネット販売。自身のHPに連動したBASE、「ポケットマルシェ」や「食べチョク」などのサイトに出品したところ、一般の消費者からの注文が急に増えたのです。

4〜5月のソラマメに続き、6月はネットでビワを販売しました。就農後、阪口さんは先輩農家から約10aのビワ山を紹介され、その管理を任されビワを販売するようになっていたのです。房総でも無農薬で栽培するビワは珍しく、東京の青山ファーマーズマーケットに出店した時は、とある有名シェフから「誰かビワを出している人はいない?」と、直接注文を受けたこともあったほどでした。

★山間にあるびわ畑
★千葉県内のマルシェで販売

そのビワ畑は、元々四駆の軽トラでなければ入れない、不便な場所にあり、二度の台風に見舞われた時は、山道の倒木があまりに激しく、道をふさいでなかなか現場にたどり着けませんでした。やむなくチェーンソーを購入して、倒木を片付けながら突き進み、ようやく圃場へたどり着いたそうです。

その後、摘房や袋がけの作業を行い、今年もなんとか収穫に漕ぎ着けることができました。ソラマメ同様、これをネットで販売したところ、関西を中心に全国から注文が舞い込んできました。

「『こんな時に、たまの贅沢ができてよかった』。そんなお礼のお葉書もいただきました」
コロナ禍で外に出られず自宅に引きこもっていた自粛期間中、誰もがおいしいものを探してネットの世界をさまよう中で、「無農薬栽培のビワ」は、多くの人の心にヒットしたようです。

当初は一人で移住して、一人で農業を始めた阪口さんでしたが、その後以前からお付き合いしていた絢子さんと結婚。築150年の古民家を買い取って新居を構え、南房総で一緒に暮らしています。ふだん絢子さんは別のお仕事をしているので、農作業にタッチしないのですが、ビワが売れるこの時期だけは別。出荷作業を手伝ってくれました。

農機具も施肥も軽装備

就農して3年半の間に、増えた農機具といえば、
「4馬力と11馬力の管理機。それから鳥獣害対策に使う電気ヤリ……ぐらいですかね」

大型機械は使わず、相変わらずの軽装備。4馬力の管理機は畝間の中耕に、中古で購入した11馬力は耕運に使用。小型の農機具だけで約50aの畑を管理しています。

中耕用に4馬力の管理機を購入。
隣の畑には小動物の足跡が。電気ヤリで害獣駆除も担当している。

その考えは土づくりにも通じています。

「鶏糞と有機石灰。肥料はそれだけです」

元肥は入れずに、牡蠣殻ベースの有機石灰を散布。草は刈り敷いて圃場に戻しています。ソラマメやズッキーニにはほとんど追肥を与えず育てていますが、栽培期間の長いショウガには、「おまじない程度」に鶏糞を施す。それでも商品価値を上げるポイントは、どこにあるのでしょう?

「肥料は入れた分が全部効くように。作物を植える順番と、植える時期。タネは地元の人に話を聞いて、昔からここで受け継がれた日に蒔くようにしています」

春先には食用ナバナにも挑戦。イタリア生まれの西洋アブラナ「チーマディラーパ」も栽培していますが、日本のものと差別化するのが難しいそうです。

就農してから3年半。台風や感染症、思いもよらぬ事態に次々と見舞われましたが、
「ソラマメとビワ、このふたつを作っていてよかった」

と阪口さん。大変な状況の中でも、なんとか栽培を継続できたのは、台風の時期を免れて育つソラマメと、ネットでも高値で販売できるビワだったおかげ。一人でも「これならなんとか栽培できる」と自ら選んだふたつの作物が、ピンチを救ってくれました。

それはまた、房総半島で長い間栽培されてきた作物でもあります。地域の人に学ぶ適地適作と、環境に負荷を与えない栽培方法。そして地元でオーガニックを続ける仲間たちとのネットワーク。それらが南房総で就農した阪口さんの“いま”を、支え続けています。

納屋では新しいビワの苗がスタンバイ。

 

 

取材・文/三好かやの 撮影/杉村秀樹(★は安房ノ風農園)

 

 

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