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カルチべ取材班 現場参上

樹上で完熟させる「富有柿」 海老名市の市川農園を訪ねて

公開日:2020.12.10
海老名で生まれ育った市川さん。勤めていた会社を2年前に辞めて就農しました。

神奈川県のほぼ中央に位置する海老名市。古くから農業が盛んな土地でしたが、近年では都市開発が進み、住宅地や大型商業施設などが急増。新宿や横浜から電車でおよそ30分という利便性もあいまって県内屈指の人気エリアとなっています。

今回、カルチベ取材班がお話を伺ったのは、海老名市でカキ栽培に取り組んでいる市川農園の市川晋さん。樹上で完熟させる「富有柿」を直売することにこだわり、多くのファンを獲得しています。

市川さんが栽培している富有柿。微妙な形の違いで種あり、種なしがわかるそう。

都市農業ならではのメリットを実感

「うちのカキは、植えてから50〜60年経っています。かつてはモモを栽培していたようですが、曾祖父と祖父が相談してカキに切り替え、当時の最新品種だった富有柿を植えたと聞いています。祖父は僕が生まれる前に他界しているのですが、祖母がカキの栽培を引き継いできました」

市川さんは現在28歳。東北大学農学部を卒業して大学院に進み、遺伝子やバイオエタノールなどの研究に取り組んだのちに農産物の流通商社に入社。日本全国の農産物に触れて、学び、2年前に就農しました。それまで祖母のヨシエさんが中心となって営んできた農業の後継者となったのです。

「主に栽培に携わっているのは僕と祖母で、父と母がほかの仕事をしながら兼業で手伝ってくれています。僕も会社に勤めていた頃は兼業でやろうと思っていたのですが、会社の仕事も農業も中途半端になってしまいそうだったので、会社を辞めて本腰入れて農業に取り組むことにしました」

カキのほかに、野菜や米も栽培している市川さんの作付面積は約8反。周辺には住宅やビルが立ち並ぶ環境で都市農業を展開しています。農地も生産者も減りつつあるこの地で農業を営むのは難しいのでは、と考えた時期もあったそうですが、最近では、住宅街に隣接しているこの環境に大きなメリットを感じているといいます。

「野菜は、周辺の飲食店さんに卸しているほか、基本的には自宅前の無人直売所で販売しています。カキも、11月〜12月の収穫時期に直売所を作って販売します。TwitterなどのSNSで情報を発信すると多くの方が反応してくれて、直接買いに来てくださる近隣の方がどんどん増えたんです。これには自分でもびっくりしましたし、モチベーションも上がり、農業を専業でやりたいという気持ちが強くなりました」

消費者がすぐ近くにいて、新鮮な農作物を直接消費者に届けられることが都市農業の強み。このメリットを活かすには、消費者に向けてしっかりアピールし、認知を広める努力をしていくことも大切だと市川さんは語ります。

住宅に囲まれている市川さんの圃場。「ザ・都市農業といったこの風景、残していきたいと思っています」

瞬時に見極めるカキの摘蕾技術

30本以上の「富有柿」の樹が立ち並ぶカキの圃場は、ご自宅から歩いて5分ほど。やはり住宅街のなかに存在しています。市川さんは子供の頃からこの樹に慣れ親しんできました。

「小さい頃から祖母を手伝いながら、どうしたらおいしい実ができるかといった技術を自分なりに蓄積してきました。カキや果樹栽培の本を読むことも好きでしたね」

糖度の高い果実ができる要因の1つは、50〜60年という樹齢にあるのでは、と市川さんは考えています。

「樹が若いと、生長するための養分は果実より樹木に送られますが、60年も経つと生長が落ち着き、子孫を残すために養分は果実に送られるのでないかと僕は考えています。あまりいわれていないことなのですが、これはうちのカキのアピールポイントだと思っています」

また、開花させる蕾を選択する摘蕾にも、市川さんが培った技術が使われています。一般的には、台風や病害虫などで収量が減ることを見込んで摘蕾は5割程度にとどめ、その後の着果の状況を見極めながら摘果して減らしていきますが、市川さんは蕾の段階で8割程度を落としてしまうといいます。

「植物がエネルギーをいちばん消費するのは、花を咲かせる時ですよね。開花する前に選抜することで、残った蕾に養分をより集中させることができるのです」

このときに重要なのは、落とす蕾と残す蕾を見極めること。

「そのポイントは、蕾の向きです。例えば、樹の上部の枝では下向きについている蕾を残します。上向きの蕾は実がなった時にも上向きになるので日光が当たり過ぎてやけどしてしまい、売り物にならないことが多いのです。それに対して、下部の枝についた蕾は葉で日光が遮られてしまわないように、上向きあるいは横向きのものを残すようにします。また、枝と枝の間の蕾も実がなると枝に当たってしまうので、落とすようにしています」

こうした作業に求められるのはスピード感。無数についた蕾の1つ1つを見て瞬間的にいるかいらないかを判断する技術は、高品質な果樹を生産するために不可欠なのです。

瞬時に判断して摘蕾され、着果した富有柿。1つ1つの日の当たり方も計算されています。

剪定と誘引で低樹高化を目指す

現在の樹高はおよそ3〜4m。当然のことながら、作業は脚立に乗って行っています。市川さんは徐々に樹高を低くしていきたいと考えています。

「剪定しながら新しい枝を育てていくのですが、今後は少しずつ下げていきたいと思っています。結実すると自重で枝も自然に下がってくるのでこれまで誘引はあまりしていなかったのですが、今年、初めて誘引してみました」

日光を求めて上へ上へと伸びていく枝にフックを取り付け、横方向に曲がるように誘引。しかし、枝先はどうしても上に向かって伸びてしまうもの。さらに誘引を施し、段階的に曲げていこうと試行錯誤の最中です。かつて、果樹は大きく育てて収量アップを目指したものですが、今や作業効率も考えながら樹高を調整し、収量アップと品質向上を目指す時代。市川さんも、代々守り続けてきた樹を大切しながら、省力化も視野に入れています。

今年伸びた枝の根元にフックを取り付けて誘引。

「カキの樹の経済寿命といいますか、収穫のピークは30年くらいで、その後はしっかり管理しないと収量が落ちてくるといわれるのですが、うちのカキは60年経ってもしっかりなってくれています。曾祖父の時代から守り続けてきた資産でもありますから、これからも大切にしていきたいですね」

気候変動からカキを守る

近年の激しい気候変動は、市川さんのカキ栽培にも影響を及ぼしています。

「今年の夏は、7月には晴天がほとんどなくずっと雨でしたよね。そして8月にはまったく雨が降らないという厳しい天候でした。でも、台風が来なかったので去年よりは安心しています。去年は2回の台風によって枝が折れたり、果実が傷ついたりしました」

温暖化の影響により、収穫時期がずれてきているとも語ります。取材に伺ったのは11月初旬。本来なら紅葉が始まり、収穫も始まる時期ですが、今年は写真のとおり葉の色は緑色。まだ光合成が行われていて葉に養分が送られている段階で、樹上で熟した実を収穫するまでには2〜3週間を要するといいます。

「最近の収穫時期は11月後半から12月中半くらいまでになりました。本当に遅くなりましたね」

天候などの様々なストレスから樹木を守るために大切なのは、やはり土の状態です。市川さんも土壌診断と改良は欠かしません。

「すべての収穫が終わった年末年始あたりに、土を3サンプルくらいとって土壌診断に出しています。pHが少し高いので改良したいなと思っています。今年初めてカニ殻を撒いてみました。土のなかの微生物はキチン質が好きで、土がふかふかになるんです。以前はカキ殻を使っていたのですが、カルシウムが過剰にならないようにカニ殻にしてみました」

富有柿の圃場に撒いているカニ殻。有機肥料として広く活用されています。

富有柿も野菜も直売所で販売

スーパーなどで販売されるカキは、流通にかかる日数を計算して熟す前に収穫することが一般的ですが、市川さんは樹上で完熟したものを収穫します。その収量は約1.2t。自宅に直売所を開設して販売するほか、通信販売も行っています。甘くて、大きくて、形のいい富有柿は贈答用としても人気が高く、リピーターも増えているといいます。

富有柿の直売所は収穫時期のみの開設ですが、野菜の直売所は毎日オープン。ブロッコリー、ハクサイ、レタス、ネギ、ホウレンソウなどの定番品目のほか、カーボロネロやサボイキャベツといった個性的な野菜も栽培し、販売しています。ハーブ類や、日本では手に入りにくい品目にも取り組み、レストランなどで重宝されることも多いそうです。

自宅前に開設している野菜の無人直売所。POPは市川さんの奥様が作成しています。

「年間通して50品目以上は栽培しているでしょうか。毎週買いに来てくださる方もいるので、飽きさせないようにいろいろな品目を揃えています」

専業として営農するなら1品目に絞って栽培したほうが効率は上がりますが、市川さんはあえて祖母のヨシエさんが続けてきた多品目栽培を継承。栽培技術も受け継いでいるといいます。旬や品種、鮮度にこだわり、地元のお客様に季節の野菜・果樹を味わってほしいと考えているそうです。

「連作障害を防ぐために畑を4分割して品目を回していますが、そうした作付も祖母が昔からやっていた方法に従っています」

今後は、残さを利用した堆肥作りにもトライしたいと意欲的。コーヒーショップで出るコーヒー残さを活用することも考えているといいます。

「地域内で循環できる仕組みを作っていけたらおもしろいなと思っています」

祖母のヨシエさんは86歳。現役で農作業を続けています。「孫が畑を守ってくれていることはありがたいです」
祖母・ヨシエさんの栽培技術が活かされている畑。ここで2人で働けることを市川さんも幸せだと感じています。

ブルーベリーの観光農園を準備中

富有柿と野菜の多品目栽培で多忙な市川さんですが、さらなる事業を計画中。

「ブルーベリーの摘み取り園を2022年にオープンする予定です。ブルーベリーはすでに250株を購入し、ポットで養液栽培を行っています」

これまで野菜やナシを栽培していた圃場をブルーベリー園に切り替える計画は、防草シートを張りめぐらして歩きやすくし、ベビーカーや車椅子でも入りやすい環境に整えるというもの。そして周囲を防鳥ネットで囲んでブルーベリーを守り、来場者が心おきなく味わえる観光農園にしていきたいと語ります。

すでにスタートしている養液栽培は、古くから市川家で利用していた井戸水を引き、プレハブのなかに設置したタンク内の養液とミックス。ブルーベリーのポットにチューブを配して、自動タイマーで潅水しています。

「品種は、ハイブッシュ系とラビットアイ系の30種類くらいを試してみています。生育の様子を見ながら、また、周囲のブルーベリー生産者さんの評価も参考にしながら、品種を選択していく予定です」

ポットで養液栽培中のブルーベリー。摘み取り園の主力品種には「パウダーブルー」「バルドウィン」「スパルタン」などを予定しています。
井戸水と養液をこの装置でミックスして潅水。井戸水は水質検査も行っています。

さらにイチジク栽培にも挑戦!

カキ、ブルーベリーのほかにイチジク栽培にも取り組もうと準備を進めている市川さん。カキの圃場の隣の敷地にまずは防風ネットの外枠を建てることからスタートし、2022年の収穫を目指しています。その環境はというと……やはり、住宅街のど真ん中。

イチジクを植える予定の敷地。1人でコツコツと鉄骨を建てることから始めています。

「こうした環境なので、地域の皆さんの理解がないと継続していけないと思っています。僕自身も周囲の方々に気を配りながら、応援していただけるようになりたいですね。栽培した農産物だけでなく、こうした場所そのものも価値として提供していきたい。これが都市農業の強みでもあるかなと」

イチジクも、ブルーベリーと同様に摘み取りが楽しめるスタイルにしながら、直売所での販売も行う予定。遠方の産地から運ばれてくるイチジクは傷みやすく、スーパーなどの店頭でも日持ちしにくい品目。だからこそ、採れたてを直売所で販売することにメリットがあると考えています。

イチジクは手で皮をむくだけで手軽に食べられ、食物繊維などの栄養素も豊富。ジャムやドライなどの加工にも最適で、なによりも鮮度が命。まさに直売所向きの果実なのです。

近隣の方々は、食べることだけでなく、圃場でイチジクが生長していくのを見守り、熟した果実を自分の手で収穫するという楽しさも味わえます。農産物栽培と人々の暮らしが密接な都市農業だからこそ、多くの人が共有できるメリットだといえるでしょう。

「2022年は、5月〜8月くらいまでブルーベリーを楽しんでいただき、その後にイチジク。そして秋には富有柿を召し上がっていただけるようになると思います。そしてその間に、祖母が作る野菜も楽しんでいただきたいですね」

海老名で味わう旬の果実のローテーション! 2年後が楽しみです!

 

取材協力/市川農園 市川晋
取材・文/高山玲子

 

 

 

 

 

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