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日本バイオスティミュラント協議会 第3回講演会「温暖化による農作物への影響とその対策」 レポート (後編)

公開日:2021.1.15

2020年11月2日~31日、日本バイオスティミュラント協議会による第3回講演会がオンラインで開催された。バイオスティミュラントは、植物や自然環境が持つ本来の力を活用して、植物の成長や品質の向上、貯蔵性を高めるための新しい農業資材。
第3回の講演会では、「温暖化による農作物への影響とその対策」をテーマに、これからの果樹、野菜栽培のあり方とバイオスティミュラントの可能性について4名の研究者が講義した。後編では、「高温ストレスと光合成 ―気孔開孔のコントロール―」「ブドウにおける温暖化対策」についてレポートする。

高温ストレスと光合成 ―気孔開孔のコントロール―

神戸大学大学院農学研究科 准教授 山内 靖雄氏の講演「高温ストレスと光合成 ―気孔開孔のコントロール―」では、2-ヘキセナールによる植物の高温耐性の獲得と、2-ヘキセナールを放出する資材「すずみどり」の効果を紹介。

植物の成長を阻害する環境ストレスは、病害虫などの「生物ストレス」と、干ばつ、塩害、高温、重金属汚染など環境要因によって生育が阻害される「非生物ストレス」に分類される。1982年にBoyerが発表した論文によると、平均的な農業生産量は、最適要件に比べてわずか20%であり、阻害要因のうち70%が非生物ストレスによるものだ。

これまで農薬と肥料によって農業生産性は大きく伸びてきたが、現在は頭打ちの状態にある。さらに生産性を増やすには、非生物ストレスによる損失をいかに回復するかが課題であり、その方策のひとつとしてバイオスティミュラントの活用が期待されている。

バイオスティミュラントで環境ストレスによる損失を補填すれば約1.2倍の増収が可能に。

 

みどりの香りに含まれる2-ヘキセナールの効果

2019年は60~80日間が最高気温30℃を超える真夏日となった。高温化は今後も続き、2080年には4ヵ月近くが真夏日になると考えられている。また、温暖化が進むと雨量も増え、豪雨の頻度が今後さらに増加すると予測される。こうした温暖化による被害への対策として、植物の高温耐性を持たせるバイオスティミュラントとして山内氏が注目しているのが「2-ヘキセナール(青葉アルデヒド)」の効果だ。

草刈りをすると漂うみどりの香りには、様々な揮発性の成分が含まれている。この香りは、葉緑体が破壊される際に発生する物質で、3-ヘキセナール、3-ヘキセノール(青葉アルコール)、3-ヘキセニルアセテート、2-ヘキセノールといった揮発性の化合物が放出される。

植物はこれらの香り成分に反応し、2-ヘキセナール溶液を葉に滴下したところ、葉の表面に反応が起こることが観察されている。

では、具体的にどのような遺伝子が誘導されているかを調べたところ、2-ヘキセノールを処理すると、高温(タンパク質の安定化に関わる遺伝子)、酸化ストレス、活性酸素の消去に関わる遺伝子に誘導されていることが分かった。なお、3-ヘキセナール、3-ヘキセノール、3-ヘキセニルアセテートは、生物ストレスへの防御応答に関わる遺伝子に対して活性化することがわかっている。

高温耐性の獲得には熱ショックタンパク質が必要

植物の高温耐性は、遺伝性高温耐性と獲得性高温耐性の2つがある。
遺伝性の高温耐性は、もともと高温に強いサボテンやランの植物が持つ機構だが、獲得性高温耐性は、すべての植物が持っている機構で、あらかじめ低い温度の高温ストレスを受けることで、より高い温度の高温ストレスに強くなる。
この高温耐性の獲得に重要なのが熱ショックタンパク質(HSP)という物質で、細胞のタンパク質が変化するのを防ぐ役割を持つ。例えば、卵の白身を加熱すると通常は固まるが、熱ショックタンパク質を持っていれば、白身は熱しても固まらなくなる。

植物の場合、44℃で45分の熱を与えると、通常は枯れてしまう。しかし、あらかじめ37℃で60分間の弱い高温ストレスを与えるとHSPが誘導され、その後、44℃45分の高温度条件下でも生き残ることができる。実験によると、HSP誘導処理をした後、24℃下で2日間放置したあとでも高温耐性は持続した。なお、3日間の間隔が開くと、この効果は失われる。

弱い高温ストレスを与える代わりにHSP誘導をする方法としてはエタノールを使う方法がよく知られているが、2-ヘキセナールでも同様の効果を得ることができる。トマトの場合、前処理に用いる2-ヘキセナールの濃度は0.01ppmが適正で、濃すぎると逆に害が出る。 また、2-ヘキセナールによる処理は、高温耐性の獲得のほか蒸散促進の効果もあり、蒸散の気化熱による冷却効果も期待できる。

高温耐性付与資材「すずみどり」

この2-ヘキセナールを使用した資材が「すずみどり」だ。ハウス内に吊るすと、錠剤から2-ヘキセナールが揮発され、植物の高温耐性を誘導する。これは、植物の近隣の植物が放出した香りから害虫などの環境ストレスを感知して自身の防御反応を働かせる「立ち聞き現象」を応用したもの。

すずみどりパッケージ

トマトのハウス内で「すずみどり」を使用したところ、花芽は高温に弱い。無処理区は高温障害による花落ちの被害が43%だったところ、すずみどり処理区では16%まで軽減できたという。

高温対策だけでなく、蒸散を促進する作用により気孔がよく開き、光合成も促進される効果もある。愛知県の電照菊農家では、冬季に「すずみどり」を使用したところ、光合成が促進され、花のサイズが大きなサイズの菊が収穫できたと報告されている。

気化熱効果により、ハウス内の温度、植物体の温度が下がるという報告がある。

<参考動画:https://youtu.be/ALxwJJGAyos

2-ヘキセナールは、炭素と水素と酸素からなる単純な化合物であり、植物が作り出す成分のため、農薬検査でも陰性となる。2-ヘキセナール自体は抗菌作用のある化合物だが、バイオスティミュラントとして使用する場合は微量で効果を示すので、その濃度では抗菌作用はなく環境への影響もほとんどない。2-ヘキセナールは生理機能に働きかけて作用し、熱ショックタンパク質、抗酸化酵素を誘導し、植物本来の免疫を向上させると考えられる。肥料・農薬に加えて、第3の増産対策として活用してみてはいかがだろうか。

 

ブドウにおける温暖化対策

農研機構 果樹研究所 ブドウ・カキ研究領域 上級研究員  杉浦 裕義氏による講演「ブドウにおける温暖化対策」では、ブドウの着色不良への対策として、促進栽培、局所冷房による果房の温度管理、LEDによる補光、光合成物質の分配管理、ABA剤の散布といった技術を紹介した。

果樹は、高温により発芽・開花期と、収穫期のどちらも前進するナシ・モモ・ウメ・クリ等の「果実生育期前進型」、発芽・開花期が前進しながらも収穫期は遅延または不変で、果実の生育期間が長くなるカキ・ブドウ・ミカン・リンゴなどの「果実生育期延長型」グループがあり、果実生育期延長型であるブドウでは、着色不良や遅延が起こる。今後温暖化が進行すると、ブドウの着色不良が全国の産地で発生し、頻度も高くなると予測される。

ブドウ果実の高温による着色不良果(東、2013)。

ブドウの色の濃さは、果皮の色素成分であるアントシアニンの蓄積量によって決まる。アントシアニンの生合成に関わる温度や光といった外的要因と、糖度、ABA(アブシシン酸)といった内的要因をいかに制御するかが着色不良対策のポイントだ。

促成栽培と局所冷房

温度に着目した方法としては、被覆施設により作期を早める促成栽培がある。ポイントは、開花から45日後の着色期が梅雨明け後の盛夏にならないように開花を早めること。促成栽培は、加温施設、燃料費などのコストはかかるが、早出しによる高単価も期待できる。傾斜地では、標高差を利用し、比較的涼しい圃場で着色しにくい品種を栽培し、低い圃場では着色不良に強い品種を育てれば、気象災害に対するリスク分散にもなる。

ブドウの着色は木全体の温度の影響よりも、果実そのものが受ける温度の影響が大きい。そこで、果実を効率よく冷却する局所冷房という方法が考案されている。

スポットクーラーからの冷気をダクトに流し、チューブから各果実袋に送り、果実を冷却する局所冷房。(松田ら、2015)

光を用いた方法

果実の着色には光は必要だが、品種によっては光の感受性が異なり、光の感受性が高い品種には、光環境を制御することで着色促進が期待できる。果実に光を当てる方法として、果実に光が当たるように適度に果実付近の葉を摘葉することが有効だが、過剰な摘葉は日焼けを助長するので要注意。雨避け用に設置する傘資材をより透過性の高いものに変更したり、透明の果実袋を使用するといった方法も普及してきている。

効率よく果実に光を当てるための方法として、光反射資材を利用した技術も用いられている。適正に管理されたピオーネの棚は、地面にも光を通すので、地面に銀色マルチなどで被覆し、光を反射させることで棚下の果実にも光を当てられる。着色だけでなく、光合成も促進される効果も期待できる。

ただし、高温下では光の強弱に関わらず着色不良となるため、適度に遮光しつつ、果実温度の低い夜間に青色LEDライトを照射する手法も有効とされ、実用化に向けて研究開発が進められている。

夜間に青色LEDライトで果実を照射してアントシアニンの生合成を促進する(東、2013)。

ABA散布による着色の促進

アントシアニンの生合成の内的要因には、糖とABAがある。光合成産物が伸びすぎた枝葉に分配されると、糖が不足して着色不良が起こる。これを防ぐ方法としては、木の主幹部分の皮をはぎ取ることで光合成産物が主幹部に送られることを遮り、果実への分配を促す「環状剥皮」という技術があるが、根の伸長を阻害され、木が衰弱することが懸念される。

ブドウの果実の成熟を制御する主要な植物ホルモンであるABAは、果粒が柔らかくなるベレーゾン期に急激に増加し、同時期にアントシアンの含量も増加することから着色にも関与していると考えられる。そこで、ブドウの着色時期にABA水溶液500ppm相当を散布処理すると、直後から着色の促進効果が得られる。

ただし、果実の着色はさまざまな要因が相互的に作用しながら制御されているため、個別の対策を実施しても効果が得られない可能性はある。今後温暖化が進行すれば、これらの技術だけでは対処できなくなる可能性が高く、促成栽培による作期前進や品種更新を検討するべきだろう。
現在、着色不良の問題が起こらない黄緑色のシャインマスカットへの品種更新が進んでいるほか、高温でも着色が優れる品種としてブラックビードやグロースクローネの普及が期待されている。

取材協力/日本バイオスティミュラント協議会
取材 ・文/松下典子

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