農耕と園藝 online カルチべ

生産から流通まで、
農家によりそうWEBサイト

お役立ちリンク集~カルチペディア~
カルチべ取材班 現場参上

発祥の地でのコマツナ栽培 市場出荷から学校給食への転換(前編)

公開日:2021.1.27
東京都江戸川区でコマツナを栽培する小原英行さん

江戸時代に誕生したコマツナ。現在の東京都江戸川区小松川が発祥と言われています。その地で、2代にわたってコマツナ生産を続けている小原英行さんを訪ね、栽培や農業経営のとっておきのコツをお聞きしました。

前編と後編の2部構成でお届けします!

品種リレーで周年栽培

「うちの圃場は自宅の周りだけなんです。栽培面積は770坪、2反5畝くらいでしょうか。この広さで農家として食っていけるのか? って思われるかもしれませんよね(笑)」

都営新宿線瑞江駅から徒歩15分の住宅密集地、近くには高速道路や幹線道路が走るという環境で、小原さんはコマツナだけを栽培することにこだわります。

「祖父の代からこの場所で農業をやっています。当初は米やほかの野菜を生産していたのですが、しだいにコマツナ専門になったようです。その頃、セロリ栽培の第一人者の方がこの辺りで鉄骨での施設栽培を始めたそうです。セロリは高価だからハウス栽培でも利益が出るけれど、ほかの野菜をハウスで作っても儲からないっていわれていたらしいですが、父は、竹の材料などを使っていち早くビニールハウスを造ったと聞いています」

父親から農業経営を引き継ぎ、19棟のハウスをフル活用してコマツナの周年栽培を手がける小原さん。現在は、父親はサポートに回り、小原さんを中心に2人で栽培を続けています。

収穫を待つ「いなむら」。ハウス内をこまめにチェックして潅水や換気で環境をコントロール。

父親の時代には市場にコマツナを卸していましたが、10年程前に学校給食用としての販売ルートを構築。
現在では生産量の約9割を都内の小中学校の給食用として出荷しています。

コンスタントに給食用として毎日出荷するだけでなく、単位面積あたりの収量を上げるために注力しているのが、品種リレーです。

「収穫時期が少しずつずれるように播種しますが、栽培日数が伸びる時期と早まる時期を考慮しながら、データを取りつつ研究しています」

取材をした2020年11月には、冬期の伸長性に優れ、抽苔が遅い品種「はまつづき」の播種が行われていました。

「はまつづきが終わったら、日照時間が長くなるのに合わせて2月中旬に中晩生の『いなむら』に変えます。5月からは、真夏でもよく太って耐暑性のある品種『ひと夏の恋』に変え、9月にまた『いなむら』、11月頭の1週間だけ『なかまち』に変え、その後、『はまつづき』に戻して1周となります」

発芽した「なかまち」。奥の区画は播種日をずらしているため生育が進んでいます。

また、ハウスの棟ごとに品種を変えたり、1棟を4区画に分けて播種のタイミングをずらしたりといった方法で常に収穫できる態勢を築き、現在では給食食材の卸業者4社に出荷。コマツナの給食メニューの人気が高まって注文数も急増したため、4人の生産者でグループを作り、分担して出荷する仕組みも確立しました。

「卸業者4社の注文は、4人のグループでメールを共有して、だれがどの注文に対応するかをコントロールしています」

一人ひとりでも安定出荷が可能なレベルの生産者が集まることにより、個人では達成できないレベルの安定生産を確立することができています。例えば、想定外の病害発生、天候不良や生産工程におけるミスなどがあった場合でも、グループの誰かがフォローできるようになっています。

大きく育てて作業効率をアップ!

かつて、市場に出荷していた頃は、規格に合わせて栽培することが求められ、大きく育ったコマツナは取引対象にならないこともありました。しかし、学校給食用の場合は決められた規格はなく、大きめの株に育てたほうが調理しやすいと喜ばれることもあるといいます。

「市場では敬遠されたサイズが、給食用では『大きくて立派ですね』といわれます。収穫したコマツナを1束1kgにして結束しますが、1株1株を大きく育てたほうが収穫時の省力にもつながるので、来年は株間をもう少し広めにしようと思っていて、どこまで広げるか、実験中です」

コマツナの株間は3〜5cmが一般的ですが、小原さんが考えているのは株間を広げ、大きめの株に育てること。それにより、仮に1kgに束ねるために10本収穫していたところを8本程度に減らすことができ、作業効率を上げることができるといいます。

播種の回数も、市場出荷をしていた頃は年間120回程度でしたが、現在は70回程度に減らすことに成功しています。

「給食の調理師さんや栄養士さんのニーズは、扱いやすくてスピーディーに作業できること、土や虫などの異物混入がないこと、欠品しないこと、そして値段が一定であることだと考えています。
また、流通の業者さんが扱いやすいことも大切です。そのためにも1束は1kgと決めています。そうすれば、流通や調理の現場で重さを量る必要もないですから。
調理師さんは女性が多いこともあり、清潔感のある荷姿にすることもポイントです。食べたいと思ってもらうには見た目の美しさも大切なんですよね」

大きく育てることで生産者の省力が可能となり、調理する際には大きくて扱いやすいと重宝される……市場出荷では考えられなかったことが、現実となっているのです。

ただ今、収穫中。一般的なコマツナ栽培より株間を広めにとっています。

収穫から出荷までの作業プロセス

収穫はもちろん手作業。1株ずつ土から引き抜き、根に付いた土を落とし、1kgずつ結束します。

ここで役立っているのが、土を落とすためのツールは、ビニルハウスの資材で骨組みにビニルをとめるビニペットを活用。コマツナの根をこの切り込みにすっと通すだけで土をすっきり落とすことができるのです。

「以前は手で土を払っていたのですが、これを使えば手が汚れるのを最小限にできます。右手には多少の土が付きますが、左手はきれいなまま。右手で扱うのは農産物で、左手で扱うのは食品、そんなふうに考えています」

ちょっとした工夫により作業の負担が軽減されてスピードもアップ。異物混入を防ぐことができるうえに、美しい荷姿に仕上がると、実に合理的です。

サイズの揃ったコマツナの束をカゴに詰めたら圃場から洗い場へ移動して水洗い。土がほとんど付いていないので、勢いのある水流でさっと洗い流すだけで完了です。水気を切り、冷蔵庫で保管しながら段ボールに詰め、新鮮なうちに出荷します。

土を落とす自作ツール。「僕の叔父がコマツナの露地栽培で使っていたものを真似しました」。
1kgにして結束。1束500円で給食食材の卸業者に出荷しています。
水が勢いよく出るホースも小原さんの自作。根に付いた土が一瞬にして流れ落ちます。
冷蔵庫で保管中。
この段ボールに14束、7000円分を詰めて出荷します。

データはスマホで管理して情報共有

「今年度の売上は、1500万円以上になると予測しています」と語る小原さん。江戸川区の中心、戸建住宅やマンションに囲まれた限りある農地で安定した利益を確保する秘訣は、圃場を無駄なく活用するという作付け方法にもありました。

「親父が使っていた年代物の耕耘機1台で圃場の隅から隅まで耕します。狭いハウスの中で耕耘機をどう動かすかは、親父が考案した昔からの方法で僕もやり始めました。最初は何をやっているのかぜんぜんわからなかったけど、最近は慣れてきて自分でもアレンジしています」

おとうさん直伝の耕し方は、スマホにメモして永久保存。小原家のコマツナ栽培の貴重な財産となっています。

おとうさんの時代から使っている耕耘機。農機はこれ1台。余計な設備投資は不要です。
耕耘機の動かし方をスマホにメモ。いつでもおさらいができます。
限りのある面積を無駄なく使って作付けします。

小原さんのスマホには、農薬の散布履歴も収められています。

「データ管理のソフトを使っているわけではないのですが、どの圃場に、いつ、どの農薬を散布したかをメモしてクラウドに上げています。お客さんに散布歴を出してほしいといわれたら、出先にいてもいつでもわかるようになっています」

チョウ類などの害虫被害は、ハウス内にネットを張ることでしっかり防除。アザミウマなどは、コマツナの生育に合わせて薬剤のローテーションを組み、強い個体が発生しないように管理して必要量を散布しています。

「クレームなどはいただいていませんが、もし消費者から農薬の問い合わせがあった場合に説明できないのはイヤなんです。きちんとした理念と知識のもとに、安全なコマツナをお届けしていることを伝えたいですね」

小原さんのスマホでは播種や出荷の記録も管理しています。4人のグループでデータを共有できるようにして、もし客先で異物が見つかったとしても、いつ、どの圃場から出荷されたものかがわかるようになっています。独自のトレーサビリティを確立しているといっても過言ではありません。

データを記録するだけでなく、仲間たちとのコミュニケーションにもスマホが大活躍。無料通信を使ってつなぎっぱなしにして、栽培作業をしながら農業経営について熱いトークを繰り広げるのだそう。

「Blue Toothのヘッドホンでずっと会話できるようにして、1日6時間くらい話すこともあります」

栽培方法も経営規模も違う友人と語り合うことは、自分の頭のなかに2回分の農業経営スキームができあがるのと同じこと。これによって、自分がどういう経営をしていきたいかが明確になると語ります。栽培作業は1人で黙々とこなすことが多く、孤独感を抱いてしまうこともあるものですが、スマホなどのモバイル機器を使いこなすことで、圃場にいても仲間とコミュニケーションでき、情報収集もできる時代。励まし合ったり、モチベーションを維持することにも活用できそうです。

ワイヤレスのヘッドホンを付けて、収穫作業しながらスマホで会話。

スマホを使いこなし、データ収集や管理も完璧な小原さん。栽培技術のICT化にも積極的かと思いきや……。

「興味はありますが、今はICT化は考えていません。畑を耕耘して、平らにして、播種してくれるところまでオートマチック化できる機械が誕生したら欲しいですけど。それと、高機能のAIを入れるとしたら、人間の目にしかわからないようなデータもとれる精密なセンサーが必要。そのための設置費や維持費は莫大になるでしょう」

潅水用のスプリンクラーはスイッチ1つで稼働するように設置しているものの、土の乾き具合やハウス内の温湿度は、天気予報や自身の目でしっかり管理しています。

圃場拡大はしない、大きな設備投資もしない、作業人員も増やさないという手法をあえて選択している小原さん。そのなかで作業の省力化を実現しながら確実に利益を上げていくという、独自の経営方法を築いているのです。

優先すべきことは何か?

現在、圃場には馬糞堆肥を使用していますが、土作りに対して特にこだわりがあるわけではなく……。

「肥料の勉強会で馬糞堆肥がいいって聞いたので、使ってみています。以前は落ち葉堆肥も使っていました」

落ち葉堆肥との違いはそれほど感じられないというのが正直なところ。しかし、微生物の活性を上げるために堆肥がどういう働きをするかなどは充分に理解しています。

「土中にどんな微生物がいるかといったことは、今はあまり気にしていません。微生物がいることはまちがいないので、活性化するにはどうすればいいかを考えています。そのためには、僕は土壌水分量を保つことが大事だと思っています。作付け回数が多いほど、水やりの回数が多いほど微生物活性は高くなるんです」

かつては土壌分析もコンスタントに行っていましたが、現在は分析することより、そこに確実にいるであろう微生物を元気にすること、そして、その土の上に育つコマツナの品質を上げることが最優先。

「微生物を追求するとなかなか答えが見つからないですよね。でも、大切だということはわかっているので、時間ができたら考えてみたいと思っています。さらにいいコマツナができるかもしれないですしね。微生物のことより気にしているのは肥料の量と濃度です。水分によって溶かされた肥料を根がどうやって吸い上げていくのかというのは、興味深いところですね」

土壌などの自然界の状況は、人間の手ではなかなかコントロールできないもの。そこに時間と労力を費やすより、潅水、施肥など土の上で人間がコントロールできることに力を尽くすことが、小原さんにとってベストな選択なのだと語ります。

「実は、ハウスの中で一部、生長が早い場所があるんです。土壌分析して理由を突きとめようとしましたが、はっきりわからなくて。でも、理由を解明することより、その場所の土の癖をわかって栽培できればいいのだと思っています。もちろん、いつかは解明したいですけど、優先順位としては低いんですね」

生産者の多くは栽培作業に追われ、忙しい日々を送っています。限られた時間の中で優先するべき作業は何なのか、それを決めるのは難しいことだと頭を悩ませる人もいるでしょう。

小原さんのアドバイスは、“利益に直結するところと、人間がコントロールできるところから手をつけていく”こと。

この考え方、1つのヒントになりそうですね。

土は常にふかふかの状態。有機物が豊富に含まれている証拠です。

後編では、小原さんの農業経営の考え方や、コロナ禍を乗り越えるアイデアなどをご紹介します。

お楽しみに!

 

取材・文・撮影/編集部

この記事をシェア