HOME 読みもの カルチべ取材班 現場参上 発祥の地でのコマツナ栽培 市場出荷から学校給食への転換(後編) カルチべ取材班 現場参上 発祥の地でのコマツナ栽培 市場出荷から学校給食への転換(後編) 農業ビジネスコマツナハウス都市農業 公開日:2021.2.9 小原英行さん。ハウス内圃場をフル回転させてコマツナの周年栽培をしています。 東京都江戸川区で2代にわたってコマツナ栽培に取り組む小原英行さん。父親の時代から長年続けてきた市場出荷から大胆な転換をはかり、現在は学校給食用としてコマツナを栽培し、収量の9割を給食食材の卸業者に出荷。生産者仲間と連携しながら安定した農業経営スキームを確立しています。 コマツナの施設栽培のノウハウを紹介した前編に続き、後編では、小原さんならではの農業ビジネスの考え方をお伝えします! 収穫真っ最中のコマツナ圃場。すべての収穫が終わったら、すぐに次の播種に向けて耕耘します。 冷凍加工用としての販路拡大 学校給食の注文に応え、合理的な経営をするためには安定的に出荷できる体制をとることが重要。注文数に満たなかったり大量に余ってしまうという事態はできるだけ避けなければなりません。 そのために小原さんが行ったことは、まず季節によって異なる小松菜の単位面積あたりの収量を把握。1坪あたり〇㎏という予測を、季節、収穫する丈や品種によってデータをとり把握しました。それを元に播種のタイミングや品種、栽培管理によって生産量を可能な限りコントロールしたのです。 また、それでもコントロールしきれない春先暖かくなる時期にとれる膨大な小松菜の収量を冷凍加工用として出荷することにしました。学校給食用として常に余裕を持って栽培するうえで、春先に向けて暖かくなるつまり、「いつからどれくらい暖かくなるか」がわからないことで生まれるデメリットを冷凍加工用として出荷することで、メリットに転換しているのです。 農大に見に行った農業の未来 現在、42歳。東京農業大学の農業経営学科を卒業し、家業のコマツナ栽培を手伝いながら、かつては自転車便でのメッセンジャーのアルバイトもしていました。 「大学では農業経営のノウハウは学ばず、楽しい大学生活を送りました(笑)。メッセンジャーのアルバイトも一生やっていくわけにはいかないと思い、農業を専業でやるようになったんです。やり方は親父に習いました。僕は理屈っぽいので、なんでこれをやるんだろう? ということは常に考えていますね。親父の考え方と自分の考え方の差はなんだろう、とか」 農大に進学したのは、家業を継ぐためというより、農業の未来が明るいのか暗いのかを確かめるためだったと語る小原さん。 「当時、親父は23区内の都市農業の未来は暗いと考えていて、僕には農業を継がなくていいとまで言っていたんです。でも、継ぐか継がないかを考えるために農大に行ってみたら、農業の未来は暗くないということがわかり、俺は農業をやる、と決めました」 大学のゼミの教授の言葉にも背中を押されたといいます。 「君がいる東京都は、農業をやろうとしてもできないところなのだから、やるだけやってみてだめならやめればいい。やる前からやめるべきではない、と。単純だけど、すごくいい言葉だと思いました」 大学時代の仲間とは、現在も熱く語り合う間柄。コロナ禍以前は農業経営討論会という名前でお互いの経営状況をプレゼンし、検討し合う会合も開催していました。様々な考え方の生産者とコミュニケーションをとり、意見交換することには大きなプラス効果があるという小原さん。仲間の体験や考え方を分かち合うことは、人生のなかで何回も農業をやることと同じ、とも語ります。 「僕の農業経営は、2.5反という極小の面積で営むもので、いってみればスーパー異端児(笑)。それでも同じような経営で生き残っている江戸川区内のコマツナ農家同士では何が特殊であるか理解できませんでした。実際は他を知れば、強みも弱みもあるんです。全国の生産者仲間とコミュニケーションすることでそれを知ることができるし、自分の前のレールを照らすことにもなると思っています」 経営のお手本は下町のネジ工場 「僕が経営方針の参考にしているのは、社員5〜10人くらいの中小企業の社長が考えているであろうということです。 例えば、下町のネジ工場。ネジ工場は、取引先が欲しがっているネジを、欲しがっている素材と強度で提供しますよね。農業もこれと同じなんです。商品1つ1つの価格は安いけれど、同じものをたくさん作らなくてはいけない。ちょっと違うのは、農業の場合は天気が安定しないと影響が出ること。ネジ工場でいえば、機械を動かす電源が安定しない、みたいなことでしょうか(笑)」 栽培の過程で合理化をはかることも、中小企業のビジネスモデルがお手本です。利益を得るためにどこをどう変えて合理化するかは、常に考えているそう。 「例えば、変えても変えなくても農業経営に大きな影響が出ないところを一生懸命がんばっても、あまり意味がないんですよね。それよりも、ここをズバッと変えたら影響が大きい、利益も変わる、というところに手をつけるべきだと思っています」 その考えのもとに実践したことの1つが、井戸水を掘ることでした。それまでコマツナの潅水には地面にチューブを設置して水道水を使用していましたが、播種回数も潅水頻度も多いことから、水道料金は高額になっていました。 「そこで、井戸水を掘って潅水チューブからスプリンクラーに変えようと思ったんです。井戸を掘る費用は230万円くらいを予想していたのですが、災害時に井戸水を解放するという条件付きで東京都と江戸川区から補助金が出ました。実質30万円くらいで掘ることができたんです。スプリンクラーの配管には170万円くらいかかりましたけど」 収穫したコマツナの水洗いも、井戸水を使った強い水流で洗い流すことで作業時間の短縮につながりました。 「例えば、250kgを収穫すると、今までは1人で1時間半くらいは水洗い専門に作業をしなくてはいけませんでした。それが、井戸水を利用したパワーの強い水なら40〜50分で終わります。収穫作業で疲れ、体力とモチベーションが落ちているところに作業が早くできるのは助かりますよね。 このように、今まで時間をかけていたところをラクにできる環境に変えることで、1人分の労力が浮くことにもなると考えています」 スプリンクラーで井戸水を散布。 コマツナを水洗いする水槽。こちらも井戸水を活用しています。 生産者仲間と農業経営を論じるときにテーマの1つになるのは、「ラクして儲ける」こと。 「というと言葉は悪いですが(笑)。ズルをするということではなく、経営も、農薬管理も、収穫も計画的に行って、安定した高利益のとれる農業経営を目指す、ということです。省力化して収益を得ることを全体を見て考える、と。農業に限らず、あらゆる産業がそうであるべきだと思っています」 売上を大きくしようとすると、多くの場合は栽培規模の拡大を考えますが、小原さんは作業工程の単純化や労働力の削減、そして、出荷先のニーズをとらえることなどを実現して、収益アップにつなげています。 「生産者が良くなれば農業が良くなるといわれますが、経営者が良くなれば日本の農業が良くなる、というのが僕の持論です。そのコツは、他産業を見本にすることだと思っています」 自身の農業経営は、コンピュータでのシミュレーションゲームのようだとも語ります。 「たとえば、戦国時代をモチーフにしたゲームだとしたら、どれくらいの兵力が、どれくらいの食糧を持って、どれくらいの旅をして戦うか。それと同じだなと。給食の注文はいってみれば敵の兵で、こちらの兵はコマツナ。こちらの兵を収穫して、冷蔵庫に入れて、先発隊として行かせてと、敵の力が強いリアルなゲームです(笑)」 ロジカルな作戦を立てることも、日々楽しんでいる小原さんです。 コロナ禍を乗り越えるアイデア 2020年、コロナ禍での学校の一斉休校は、小原さんのコマツナ栽培にも大きな影響を及ぼしました。学校給食用としての出荷ができなくなってしまったのです。 この窮地を乗り越えた策は、自分自身で一般の消費者にコマツナを届ける販売方法でした。 「インターネットで集客したのですが、すごい数の注文がありました。トラックにコマツナを積んで、1日に100軒くらいは届けましたね」 1束500円のコマツナを1束ずつ、江戸川区内は送料無料にして自ら配達。1軒1軒届けるので14時間くらいかかったものの、売上は1日に10万円程度になりました。 「この時はいつもの3倍くらい働きました。朝5時に起きて、深夜1時まで働いて、3時間くらいしか寝られない。新しいお客さんが増えたこともあって、顧客整理がなかなか終わらなくて。でも、打たれ強いんです(笑)。100キロマラソンをやっていたこともあり、体が痛くなったり、精神的にやられそうになってからが勝負なんです(笑)」 計画的に省力化、合理化をはかることが農業経営のモットーではあるものの、コロナ禍での一斉休校、学校給食の停止は予測不可能な事態でした。しかし、持てる力をフル活用し、作業量も時間もとことんかけて苦難を乗り越えました。 また、緊急事態宣言中の新たな試みとして、休校になった子どもたちを圃場に招き、コマツナの収穫体験を実施しました。イチゴ狩りならぬコマツナ狩りは、子どもたちのみならず大人にも大好評。 「農業経営討論会の中に体験農園をやっている仲間がいて。僕も短期間だったらそのやり方を応用できるなと思ったんです。1ヵ月のうちに400人くらいお客さんが集まりました」 3密にならないよう配慮して、体験できるのは1時間のうち2グループまで。収穫する場所も距離を取りました。コマツナを引き抜いて尻もちをつく子どもの姿に大人たちも大喜び。収穫後にはコマツナの味噌汁の試食もあり、参加者は大満足でした。 消費者にとってコマツナは身近な野菜ではあるものの、どうやって栽培されているかを知る機会はなかなかないもの。収穫体験の実施は、小原さんにとってはコロナ禍を乗り越える方策の1つではありましたが、消費者がコマツナ栽培を知るきっかけになり、さらには、鬱々としたコロナ禍で笑顔を取り戻すという子どもたちへの貢献にもつながりました。 農業は自由。これからも自由 小原さんのこうした農業ビジネスのアイデアは生産者仲間とも共有。お互いに参考にしながら、自分なりの農業経営スタイルを築こうと、皆さん意欲的だといいます。 「みんなといろいろな話をする中で、ある仲間が『農業って自由ですね』っていったんです。これ、名言ですよね。あらゆる産業が自由であるべきなんだけど、農業の場合は、市場出荷にとらわれ過ぎていた時代が長かった。もっと昔は地主と小作という関係にしばられてもいたし。そういう時代からいえば、すごく自由になりましたよね。そして、これからもさらに拍車をかけて自由にできるのだと思っています」 市場出荷から学校給食への出荷に切り替えたことで、栽培も収穫も、すべてを大きく変化させた小原さん。自分なりの手法を自由に展開することで、安定した利益を獲得することができました。そして、予想しなかった苦難の荒波も、自由に発想を広げることでふわりと乗り越えることができ、自分自身のみならず、多くの人にメリットをもたらすことにもつながったのです。 「以前は、市場出荷中心で親父の技術を真似してはいたけれど、出荷先のニーズに合う栽培をしていなかったんです。でも、自分で勉強したことをニーズにはめていったら、全部がうまくはまりました。最初は、ラクしようと思ってやり始めたことなんですけどね(笑)」 農地に限りのある都市農業。広大な農地がある地域や、農業する環境が整った中山間地域と比べれば、東京での農業には様々な制約があることも事実です。 「東京の農業の未来は暗いとよくいわれます。でも、この地域で農業をやりたいという後輩が出てきた時に、農業では食っていけないよとはいいたくないんです。『おお、俺たちと一緒にやろう!そのへんの仕事をするより絶対に儲かるぜ。技術も教えてやる』っていえる先輩になりたい。そうすれば、東京の農業を次世代につなげることができますよね」 狭小地ならではの栽培技術も、消費者が近接しているメリットも知り尽くし、さらに貪欲に知識を得て、自由な発想で健全な農業経営を構築する小原さん。社会の仕組みが変わろうとしているこの時代に、新しい農業のあり方を牽引する頼れるアニキです。 取材・文・撮影/編集部 この記事をシェア 関連記事 2023.5.8 初心者も4種の施設園芸が学べるJA周桑経営実証圃 誰もが学べる実証圃 愛媛県西条市丹南町にある、農産物直売所「周ちゃん広場」は、連 […] アスパラガスメロンJA周桑アムスメロン研修生募集経営実証圃 2022.12.20 巨峰が原点。ブドウと人を育てる 秀果園 はじまりは「巨峰」から 9月14日、長野県東御市和(かのう)地区でブドウを栽培す […] ケーキブドウレーズンワインシャインマスカット巨峰ナガノパープル安芸クイーンロザリオロッソシナノスマイルマスカットノワールジュース 2022.10.5 農業試験場の“文化祭!?”福島県農業総合センターまつりリポート 去る9月2日(金)~3日(土)、福島県農業総合センター本部(郡山市)にて「第15 […] 福島県農業総合センターセンターまつり