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レンコン1本5000円! 野口農園の栽培とブランド化の秘訣(後編)

公開日:2021.4.12 更新日: 2021.6.24
株式会社野口農園の取締役である野口憲一さん。著書『1本5000円のレンコンがバカ売れする理由』(新潮社刊)も話題です。

レンコン1本5000円で販売し、ニューヨークやパリなどのミシュラン星つきレストランに納入する等、レンコンのブランド化に成功している株式会社野口農園

取締役を務める野口憲一さんは、経営を統括しながら大学で民俗学、社会学を教えるという異色の経歴の持ち主。
レンコン生産者の家に生まれ育ちながら、民俗学、社会学の観点からも農業を見つめ、日本の社会において農業そのものの価値を上げていくことを目指しています。

後編では、高値をつけたレンコンが売れるようになったきっかけ、ブランド化の本当の意味など、野口さん独自の考え方に迫ります。

売れるきっかけはスポーツ紙の記事

「ブランドの構築にともなって箱などを作り始めたのは2013年頃でしたが、ぜんぜん売れなくて大変でした。
それがいきなり売れるようになったのは2017年。海外輸出を考えてJETROとやりとりをしていたのですが、そのことがスポーツ新聞『日刊スポーツ』に記事として大きく掲載されたんです。『レンコン世界進出』って。

その後に茨城県議会でも取り上げられて話題となり、売れるようになりました。今年は、マイクロソフト日本法人の社長だった成毛眞さんがFacebookで拡散してくれたり、朝日新聞に掲載されたりして、オンラインショップでは3時間で完売してしまいました」

ニューヨークやパリのミシュラン星つきレストランには、どのような経緯で納入することになったのでしょうか?

「ずっと前から輸出には興味がありました。中産階級が増えている中国で、1本1万円で売ることも考えたのですが、東日本大震災の原発事故の影響によって茨城からは中国に送ることができません。いつかは実現したいと思っているのですが、そのためには、日本一のレンコンにしなければいけないと考えていました。

日本一になるためには、ニューヨークやパリなどのレストランで使われるようになって、まずは海外での評価を上げること。それによって日本での評価も上がるはずと予測し、JETROの方に相談をしたところ、2017年にニューヨークへの輸出が決まりました。

その後、パリのミシュラン1つ星レストランの「レストラン奥田」に営業のメールを送ったところ、シェフの奥田透さんから直接、まずは日本の店に送ってほしいとお電話をいただき、レンコンを食べていただきました。そして、「いうだけのことはある」との評価をいただいて日本のお店への納入が決定したのです。

さらに、奥田さんを通じてパリへのルートができました。商社である兼松株式会社の輸出ルートに組み込んでもらうことにもなって、オランダ、ベルギー、ドイツなどにも送れるようになりました。
現在はコロナ禍の影響で航空便が止まっているところもあるのですが、少しずつ注文が戻ってきています」

野口さんの目で見て厳選

圃場で収穫されたレンコンは、すぐに現場で水洗いされ、トラックにのせて作業場へ運び込まれます。
ここからが何代にもわたってレンコン栽培を続けてきた野口さんの腕の見せどころ。オンラインショップで販売するものや、各地のレストランへ納入するものの選別が始まります。トラックに積まれたレンコンを瞬時に見極めて荷造りしていく様子は、まさに神業!
作業を拝見しながら、選別のポイントを聞いてみました。

傷がついていないもの、変形していないもの、芽が折れていないもの、でしょうか。あとはやはり味ですね。」

この選別は、他の人にはできないものなのでしょうか?

「スーパーへ出荷するものと同じものをミシュラン星つきレストランに納入することはできないので、僕が選別をしています。従業員も選別できるように育成していきたいですが、今のところは僕が一番見分けることができるので、僕がやっています。小さい頃から父の仕事を見ているので、良し悪しがわかるようになったのだと思います。こういうことが“伝承”なのではないでしょうか。

もちろん、父から教わってきたこともありますが、それだけでなく、目からの情報、手触りなどで総合的に判断できる感覚が体に蓄積されているんです。こういったことを社会学では“身体化”ともいいますが、父から教わったことだけでなく、前の世代から受け継いでいる文化的なものなのではないかと思っています。
日本人が自然と共生すること、紅葉などを眺めて美しいと思う気持ちも同じことで、文化的なものの伝承なのではないでしょうか」

軽トラックに積まれたレンコンのなかから、品質の高いものを選別していきます。
発送用の箱のなかに「もくめん」をセット。木の間伐材から作られるもくめんは、レンコンにとって最適な緩衝材となります。
選りすぐりのレンコンを箱に入れ、さらにもくめんをかぶせてしっかりガード。
オンラインショップの注文は、レンコンレシピ集を添えて発送します。
準備完了。新鮮なレンコンを届けるため、その日のうちに発送します。

きれいな箱に入れることがブランディングではない

農産物のブランド化を考える場合、やはり、美しく見せること、きれいなパッケージにすることが重要視されますが……。

「もちろん、味の良さ、パッケージの美しさ、歴史を語ることなどはブランディングには重要です。でも、それだけではないと僕は考えています。美しいデザインを施し、ハイスペックにすることは当然なのですが、そればかりがブランディングではありません。

ブランディングとは、商品イメージをコントロールすることなのです。野口農園のレンコンの場合は、日刊スポーツに掲載された時がその時でした。世界で売れているもの、高級レストランに納入しているものは本物であるというイメージがこの時に定着したのです。

また、価格設定も大切です。1本5000円と決めた時が僕たちのブランド化の始まりでした。生産者がすごい!といわれるようになるために、価値を上げていくために、1本5000円でなければいけないと考えました」

1本5000円のレンコンは、どれくらい販売されるのですか?

「1年のうちに20箱から60箱くらいです。2020年は35箱しか予約を取りませんでした。最もいいハス田で収穫するレンコンのなかのほんの一部です。
野口農園のフラグシップモデルですから、あえて少量しか販売しません。例えば、エルメスの300万円のバッグが大量に販売されたとしたら300万円の価値はなくなりますよね。それと同じことだと考えています。
ただ、無理に販売量を少なくしているわけではありません。フラグシップモデルとして厳しい選別をパスするレンコンは、本当に少ししかないことも確かです。台風が来た年は、1本も収穫できないこともあります。」

トップは少量販売で、その他の一般的な商品は数多く売るというピラミッド型になっているのですね。
野口農園のハス田がバラエティ番組などで取り上げられることもありますが、それもブランド化に貢献していますか?

「テレビで取り上げていただく時は、今日、お話ししたような余計なことはいわないようにしています(笑)。『カルチベ』は農業専門サイトなのであえていろいろお話ししましたが、テレビで伝えるのは、パリ、ニューヨーク、1本5000円、これだけです。長くしゃべってしまうとオンエアではカットされてしまうので、ポイントだけ短く話すようにしています。そうするとオンエアではそこだけが使われるというわけです。それぐらい考えながらやっているんですよ(笑)」

換金可能な価値を作り上げる、ということ

日本の農業には、2つの考え方があります。1つは、機械化して大量生産するという考え方です。もう1つは、自然農や有機栽培といった自然と共存する考え方です。
これらについて野口さんはどう思われますか?

「機械化して大量生産する考え方は、科学万能主義に立ち過ぎているのではないかと思っています。超越的な観点で語るばかりで、農業者の技能は考慮に入れていないことが多いと感じています。この方向だと、農業者の職業意識が上がっていかないのではないでしょうか。

また、自然農や有機栽培などの考え方も、日本のような資本主義社会では難しいと思っています。農家の技術や技能の大切さや、すばらしさだけを語っても、そこに換金可能な価値を作らなければ、特に都市住民には認めてもらえないと僕は考えています。

農家の持つ技術や技能の大切さ、自然のすばらしさや美しさはもちろん僕も充分わかっていますが、そこに換金可能な価値を見出すことが大切だと僕は確信していて、それにはやっぱり高い価格をつけることが一番だと思っています。シャネルがラグジュアリーブランドを作ったのと同じようなことですね。1本5000円というのは単なる金儲けではなく、かなり理念的な産物なのです」

野口農園のレンコンをブランド化した後に、目指すことは何でしょうか?

「僕のやり方は、他の生産者さんにはなかなか受け入れてもらえないこともあります。でも、僕が高値で販売するようになって、多くのレンコン生産者が価格を上げられるようになったのではないか、とも思っています。

あいつの真似をしてみんなで高みを目指そう、そんなふうに考えることができる農業を築き、農家が自分の仕事を認められるようにしていきたいのです。現状を批判したり、人の成功をねたんだりしても世の中を変えることはできません。
世の中を変えるにはビジネスしかない。ビジネスを成功させることで自分自身に満足し、社会に認められるようになれば農業者の価値も上がっていくのではないか。そう願いながら、この仕事を続けています」

最後に、今後の展望を聞かせていただけますか?

「これからもレンコン生産者としてのアイデンティティを引き受けながら、いつかはレンコンだけでなく、他のものも売っていきたいと考えています。例えば、他の農家が栽培したものに僕のシールを貼って販売し、ロイヤリティを得るというような形です。今までより圧倒的に高い値段で、農産物を売ることができるような仕組みを考えています。

生産者自身では高値での販売はなかなかできないことですが、野口さんのブランドとしてシールを貼ることで高値をつけることできるという方法ですね。

「できるかどうかはわかりませんが、やってみたいと思っています。
そして、最終的な目標は何かというと、働いてくれる社員に対して労働の搾取は一切せず、彼らの生活を満足させられるような報酬をしっかり支払い、福利厚生も充実させていくことです。
そのためにはやはりお金が欲しいし、さらにそのお金で、コロンビアやガーナの農家に投資をしたいと思っています。これは僕の人生の目標でもあります」

コロンビアやガーナの農家への投資……その夢のお話、もっと聞かせてください!

コロンビアやガーナでコーヒーやカカオ豆の栽培に携わる人々のなかには、自分で栽培したコーヒーを飲んだことがない人や、カカオ豆から作られたチョコレートを食べたことがない人が数多く存在します。
それなのに、コーヒー農家がコーヒーショップのポスターになっていたりする。コーヒー農家へのリスペクトよりも、単なる店内のインテリアとして飾られているだけという印象を受けます。
また、カカオ栽培をしている生産者も同様です。ベルギーなどのショコラティエはすごいといわれるけれど、カカオを栽培している人々はすごいといわれることがないんです。
僕は、そんな彼らが仕事に誇りを持てるようになるための投資をしたいと考えています。そういったことを農業マネーでやりたいというのが僕の夢なんです

1本5000円での販売や、世界的な高級レストランに納入することで成し遂げたレンコンのブランド化。
そこで得られる利益によって株式会社野口農園で働く皆さんの人生を支え、農業者全体の価値を高め、さらには、海の向こうで精一杯農作業に勤しみながらも恵まれない環境下にいる農家を救いたい、と語る野口さん。

私たちカルチベ取材班も、今までにない視点で語られる熱い思いに胸を打たれたと同時に、働くこととは? 人生の価値とは? そんなことにも思いをはせる取材となりました。

野口さん、貴重なお話、ありがとうございました!

 

撮影/岡本譲治
取材・文/高山玲子

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