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「ハピトマ®」いよいよ出陣! 高機能性トマト

公開日:2021.4.13
静岡大学農学部でトマトの低段密植栽培を研究していた玉井大悟さん(左)と、浜松市場で21年のキャリアを持つ宮地誠さんが出会い、「ハピトマ」が実現した。

品種、栽培、流通を一気通貫で手がける

今、青果流通の世界で目が離せないトマトがある。その名も「ハピトマ(Hapitoma )」。
静岡県浜松市の株式会社ハッピークオリティー(Happy Quality)が打ち出した中玉トマトで、昨年12月上旬から静岡県、首都圏、関西圏での販売がスタート。袋ごとに6〜10度まで糖度を表示。

生鮮食品では初となるGABAとリコピンのダブル成分に加え、生鮮トマトでは初となる「ストレス緩和」の機能性表示食品となる等、新品種やブランドが林立する日本のトマトの世界に、新旋風を巻き起こしている。

同社CEOの宮地誠さん(46歳)は、浜松の市場でセリ人を務めたキャリアの持ち主。21年間働くうちに市場全体の売り上げが半減していた。その背景にある生産現場の衰退をなんとかしなければと40歳で独立、7年目を迎える。

同社は、生産側の「今あるものをどう売るか」ではなく、その真逆。買い手の立場に立って購買者が確実に購入してくれるものを作る「マーケットイン」の発想をもとに、品種、栽培、流通方法を構築している。

「品種選定、栽培方法の研究、その普及に必要な資材や機器の開発……。一気通貫して、全部自社でやっています」(宮地社長)

そんな斬新なスタイルが、農業界はもとより、行政、研究機関、政財界、海外の市場関係者からも注目を集めている。

日本初。ストレス緩和の機能性表示食品に

市場が確実に求めていて、完売は必須。そんな作物が本当にあるのだろうか?

「中玉で糖度は8度以上。1年中安定的に供給可能で、高品質かつ高機能なトマト。これを作れれば、年間2000tは確実に売れます」

すでに売り先も決まっているとあって、宮地さんは自信満々。
これを実現できる品種は何だろう?

フルティカでいこう。栽培法や機能性については、よくわかりませんでしたが、単純に一番おいしいと思いました」

宮地さんはその後、静岡大学農学部発の株式会社静岡アグリビジネス研究所で、トマトの低段密植栽培の研究、普及を続けていた玉井大悟さん(31歳)と運命的に出会い、二人三脚で歩み出した。

玉井さんに品種について相談すると、

「フルティカは、作りやすくて裂果が少なく、しかも病気に強い。リコピンが多くて真っ赤になる。そして機能性も高い。これでいきましょう」

「フルティカ」は、タキイ種苗株式会社が打ち出した機能性成分を豊富に含む『ファイトリッチシリーズ』のひとつ。宮地さんらはこれを『ハピトマ』と名づけて販売。

品種はリコピン含有量の高い「フルティカ」を採用。真っ赤に色づいても裂果しない特性も。

糖度とリコピンの含有量を同時に測れる光センサーを導入して、6〜13度まで選別し、糖度を明記したシールを貼って販売している。

トマトの糖度と リコピン含有量 が同時に計測で きる光センサー を導入。
1玉ずつ糖度を計測し、同じ糖度のものを集めてパッケージ。
GABAとリコピンを豊富に含む機能性食品であることを明示。糖度を示すシールを添付して出荷している。

2020年9月、『ハピトマ』の機能性表示食品の届け出が消費者庁に受理された。その袋にはGABAとリコピンが豊富に含まれていることに加え「一時的なストレスやLDLコレステロールが気になる方に」との一文が添えられている。

GABAを1日28mg摂取すると仕事や勉強による一時的な精神的ストレスを緩和する機能があり、リコピンを22mg摂取すると血中LDLコレステロールを低下させる機能があることが報告されている。
袋の裏面には、「このトマトを200g(7〜15個)食べると1日当たりの機能性関与成分の量の50%を摂取できます」と明記されている。

消費者庁への届け出に当たり、届出資料作成アドバイス等の申請サポートやリコピンの成分分析の面でサポートしたタキイ種苗の小畠諒将さんによれば、現在生鮮の機能性表示食品は100件目前(2021年1月現在)だが、GABAの機能性については血圧低下がメイン。

「ハピトマのようなストレス緩和のヘルスクレーム(健康表示)は、生鮮トマトにおいて日本初です」

こうして「ハピトマ」は、生鮮トマトでありながら、日本初のGABAとリコピンのダブル成分表示と、ストレス緩和効果を明記して、2020年12月から着々と出荷が始まっている。

「フルティカ」を開発したタキイ種苗の小畠さん(左)は、消費者庁への申請サポートと機能性成分のデータ収集に協力。 「機能性表示、やっと実現しましたね」と感慨深げ。

6×6㎝の培地で栽培 3段×年4回収穫

12月3日、袋井市で「ハピトマ」を栽培しているハウスを訪ねた。
トマトの樹はすべてまっすぐ上に伸び、3段目の果実は人の手に届く高さに揃っている。斜めに誘引したり、伸びた分を下ろした形跡もない。

「これが低段密植栽培です」

培地は6×6㎝角のロックウールのみ。その下にはマットもヤシ殻も土もない。とてもシビアな環境で育つトマトであることを物語っているが、茎は太く、実はつややかだ。

6×6cm。 ロックウールの 培地を使用している。

育苗も自社で行っていて、128穴のセルトレイに含水培土を入れ、8月22日に播種を行い、葉が4〜5枚になった9月15日に定植。11月16日に収穫がスタートし、12月20日頃に収穫を終える。

「収穫は3段目で終了。短期決戦が特徴で、年間4回転させます」

と玉井さん。
小さな培地でストレスをかけながら育てるので高糖度を安定的に維持。短いサイクルで株全体を入れ替えるので、病気の蔓延を防げる。複数のハウスを使って年間4作栽培するので、安定した雇用ができる。つまり真夏も栽培可能で作業量にムラがないので、企業的な経営にも適している。

栽培に欠かせぬ養液は、玉井さんが開発したオリジナルの液肥「Happy トマちゃん専用配合」を使用。

3段目の果実を収穫したら、引き抜いて次作の準備に取りかかる。
「低段密植栽培は病害等のリスク回避や、 通年雇用の企業的農業にも向いています」と玉井さん。

それにしても、培地がとても小さい。

「水のコントロールがものすごくシビア。10〜20分で枯れてしまうので、細かな水やりが重要で、玉井にしかできません」

そう話す宮地さんは、今後この栽培方法を広く伝えて「ハピトマ」のFC(フランチャイズ)を展開することで、生産量を増やしていこうと考えている。
それにはトマトの専門家である玉井さんの栽培方法を可視化し、誰もが取り組めるマニュアルが必要だ。こんなにシビアな農法に、経験の浅い生産者が挑戦できるのか?

「玉井ロジックをAI化していこう。静岡大学と3年かけて実証してきました」

栽培に必要な「萎れ検知AI」開発中

「大きな培地をAIで観察すると、水をかけても反応が遅いので効果がわかりません。
逆に、培地が小さいと萎れてきて水を与えるとすぐ元に戻る。AIをリモートで管理するには、小さな培地が適しています」

つまり、ハピトマの生産者を増やすには、トマトの「萎れ具合」を的確に捉えるセンサーが不可欠となる。

現在同社が静岡大学と共同開発に取り組んでいるのは、トマトの「萎れ検知AI」
植物体の様子を常にカメラで検知。画像を元にAIが判断し、的確なタイミングで給水することで「ハピトマ」を育てる。

これまでの研究成果は、葉や果実を研究室へ持ち帰って分析したものや、圃場の培地に含まれる水分や養分を分析したものはあるものの、生きた植物体を直接計測できるツールがない

「あれ? 植物体を直接検知するデバイスがないじゃないか。それなら植物体に現場で何が起きているのか見てやろう」

こうして1億円強をかけてその開発に着手。今年末には製品化する予定だ。宮地さんが描くハピトマの未来と、玉井さんが開発した栽培方法に期待を寄せる人は多く、新たな展開に先行投資する企業や投資家も現れている。

萎れ検知AIがあれば、袋井にいなくても、玉井のやり方でハピトマが作れる。最終的にはスマホで気孔の開閉具合を見て、トマトと対話できるようにしたい

カメラで植物体の萎れを探知。
培地が小さいのでシビアな環境で育つ。萎れるタイミングに合わせこまめに給水。

待望のFC第1号は、サンファーム中山株式会社の中山昂さん(28歳)だ。
FCには中山さんのような若手だけでなく、大型ハウスを持つ、農業資材メーカーも参入する予定だ。

中山さんは、スリークォーターハウスで、「ハピトマ」と同じ方法で、低カリウムメロンを栽培中。
袋井では高級メロンから、花やハーブに転換する人が増え、空きハウスも増えているという。

「そんな空きハウスの利活用にも、ハピトマは向いています。栽培経験のない人でも取り組めます」

と玉井さん。

「ハピトマ」FC 第1号の中山昂さんは、 低カリウムメロンも栽培。

中玉トマトよりも大きな培地で栽培。 通常のメロンとしても十分な甘さがあり、 収穫後追熟なしで味わえる。

市場で「日本の農業をなんとかしよう」と奮起した宮地さんと、トマトの新しい栽培方法に取り組んでいた玉井さんが出会い、世に送り出す高機能トマト「ハピトマ」。独自の発想で品種、栽培、流通の流れを変え、そこに賛同する人たちの力も借りて、日本の農業に「新たなスタンダード」をもたらそうとしている。

 

協力/ 株式会社ハッピークオリティ タキイ種苗株式会社
取材・文/三好かやの 撮影/岡本譲治
「農耕と園藝」2021春号より転載・一部改編

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