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カルチべ取材班 現場参上

クリスマスローズの交配・育種で築く園芸ビジネス  加藤農園(埼玉県東松山市)

公開日:2021.6.30
加藤啓文さん(加藤農園・代表)。現在41歳。奥さんと11名のパートさんとでクリスマスローズ栽培を手がけています。

愛情をかけて大切に育てた植物がすくすくと生長し、花開いた姿を見せてくれた時の喜びはなんともいえないもの。園芸愛好家ならだれもが味わったことのある幸福感ではないでしょうか。園芸植物のなかでも、バラ、ラン、多肉植物、万年青などは熱狂的なファンが存在し、生産、流通、販売といったマーケットを支えていますが、近年、園芸愛好家たちの熱い視線が注がれているのがクリスマスローズです。ちょっと下向きに咲く可憐な花を愛でるだけでなく、育種を楽しむ愛好家も増えているとの情報を聞き、カルチベ取材チームは埼玉県東松山市でクリスマスローズ栽培を手がける加藤啓文さんの圃場におじゃましました。

新花コンテスト最優秀賞を受賞

冬から春にかけて開花するクリスマスローズ。「ローズ」の名がついてはいるもののバラではなく、ヨーロッパや中国に自生するキンポウゲ科の植物です。クリスマスの頃に開花することからこの名がつけられました。イギリスを中心に品種改良が行われ、日本では数十年前から人気となっています。毎年、東京・池袋のサンシャインシティでは「クリスマスローズの世界展」が開催され、多数の来場者が訪れています(2021年はコロナ禍での緊急事態宣言により開催中止となりました)。

加藤さんが育種をしたクリスマスローズ「レッドエンジェル」は、2019年に開催された「第17回クリスマスローズの世界展」において新花コンテスト最優秀賞と人気投票第一位を獲得。また、「アフロディーテ」は新花コンテスト奨励賞を、「ピーチコロン」は新花コンテスト特別賞を受賞しました。

新花コンテスト奨励賞「アフロディーテ」。

長年にわたって交配を繰り返し、多弁花、覆輪という美しさを生み出してきた加藤さんに、クリスマスローズで園芸ビジネスを成功させたアイデアとノウハウをうかがいました。

クリスマスローズでの就農のきっかけ

埼玉県東松山市の田畑が広がるエリアにクリスマスローズ栽培のハウスを構える加藤さん。

「うちの農場は4ヶ所に点在していて、ハウスは11棟、広さは全部で1町程になります。私が農業を始めて2020年12月でちょうど10年になりました。就農する前は両親が営んでいた園芸販売店を手伝っていて、クリスマスローズを売りながら品種改良もやっていたんです」

加藤さん一家が営む園芸店に集まってきたのは、クリスマスローズを育てることだけでなく、交配させて種子を採り、新しい品種を生み出すことを楽しむ育種愛好家たちでした。

「交配することがおもしろくて、愛好家の皆さんと一緒に楽しみながらやっていました。愛好家の方々は種子を採ることができても、設備がないのでその後の栽培まではなかなかできなかったんですね。それならと、私が栽培施設を作って独立し、本格的にクリスマスローズで農業を始めました」

埼玉県行田市にあるテクノ・ホルティ園芸専門学校で植物の栽培、生産、バイオ技術などを学び、様々な経験を積んだ加藤さん。卒業後は、家業を手伝いながら母校の講師も務めていました。

「今は新規就農者に補助金が出たりしますが、私が始めた10年前には2年間の研修を受けなくてはいけないといった条件がありました。私はすでに母校で講師をしていたので、そこに研修に行くというのも意味がないと思い、補助金を受けずにスタートしました。ある程度の資金は必要ではあったのですが、最低限のところから始めています。ハウスは、持ち主が亡くなられて何年も放置されていたものを借り上げ、鉄骨、天窓、ビニルなどを修理しました」

交配、育種のテクニックとは?

取材に訪れた1月末は開花の最盛期。こちらはハウス内に設けられた交配室。

取材に訪れたのは2021年1月末。ちょうど開花の時期でした。ハウス内を案内してもらうと、さまざまな色や花弁のクリスマスローズがびっしりと並べられています。

「2020年の開花数は、5万鉢くらいで、出荷数は3万5000鉢くらいでした。1万5000鉢程度は生育させて翌年の出荷に回すようにしています。2021年は、苗の段階で6万鉢近くできているので、出荷数は5万鉢くらいになるかもしれません。出荷先は、主に園芸店、ホームセンター、ナーセリーなどです。あとは、直接ここにいらっしゃる個人の方にも販売しています。インターネットでの通販は、以前、園芸店を運営していたときにやったこともあるのですが、あまりにも手間がかかったので今はやっていません。ネットショップを経営している業者さんが買い付けに来てくださるので、そこにおまかせしているといった感じです。ここのところはインターネットでの販売が伸びている実感ですが、コロナの影響で園芸を楽しむ人が増えたようで、クリスマスローズ栽培の初心者も増加しています。初心者はインターネットよりお店で買うことが多いので、実店舗の販売数も伸びているのではないでしょうか。園芸業界自体が伸びていると思いますね」

クリスマスローズの花というと素朴な印象がありますが、加藤さんのハウスで育つ花々には、クリスマスローズならではの素朴さに、かわいらしさ、華やかさがプラスされています。これには加藤さんの育種のワザが活かされているといいます。

濃い赤系の覆輪が美しい八重咲きタイプ。
クリーム色に淡いピンクがのって可憐な印象。
人気の高いブラック系の八重咲きタイプ。

「交配は、花の色や柄などをイメージしながらかけ合わせていきます。具体的には、雌しべに他のクリスマスローズの花粉を受粉させて種を採るのですが、思い描いたような個体はなかなか出ないのが難しいところですね。でも、クリスマスローズの魅力の1つは、同じ親でも1株ずつ違う花が誕生することだと考えています。人間もそうですよね、同じ親から生まれた兄弟でもまったく違う。それと同じだなと思っています」

この株の親はどんな花だったか、さらにその親はどんな花だったか、それをデータに残しながら交配を繰り返すものの、想像通りにはならないのがクリスマスローズの育種だといいます。

「お客様から、こういう花を作ってくださいという注文もありますし、私自身もそれを聞きたくて直売をやっているというところもあります。でも、なかなか遺伝が安定しないのがクリスマスローズです。まだまだ進化の途中の花といえるのではないでしょうか」

一般的には、2〜3年目の株が市場に出回ることが多いクリスマスローズですが、加藤さんは早期栽培の技術を確立して1年目の株を出荷しています。そこにはどんな創意工夫があるのでしょうか。

「冬の開花の時期に雌しべに花粉をつけて交配させると、やがて種子がふくらんできます。花首のところに袋をかけておくと、4〜5月くらいに種子が落ちて採種することができます。採った種子は専用の箱に入れて温度処理を施します。まず、25〜30℃くらいで夏の気温を体験させ、その後に10℃以下にして冬の温度を体験させると芽が動いてくるんです。ここで温度処理を間違えてしまうと発芽しなくなってしまうので注意が必要です。また、乾燥すると一気にダメになってしまうので、常に湿らせた状態にしておきます。でも、湿らせておくと病気が出やすくなるので、そこをどう管理するかもポイントです」

受粉後に袋をかぶせた状態。種子が落ちるのを待ちます。
発芽後に植え替えて2ヵ月たった苗。大きく育っているもの、根がしっかり回っているものをピックアップしてさらに植え替えます。

「クリスマスローズは、基本的には種子から育てると開花まで3年近くかかるのですが、うちでは、交配してから咲くまでをいかに短くするかを考えています。一般的には、4〜5月に採種すると、夏を越えて、冬を越えて、発芽は1月くらいになるのですが、うちでは温度処理によって夏と冬を早期に体験させて9月に発芽させています。半年くらいは短くなっているということですね」

こうした温度処理の技術は、育種愛好家たちと様々な実験を繰り返しながら確立。10年前のスタート当初は発芽率1割でしたが、現在は8〜9割の発芽率に到達。技術レベルは年々進化しているといいます。

「失敗したとしても何が悪かったのかを考え、少しずつ改善していくという作業を繰り返し、どんどんいい結果を出せるようになりました。また、個体を選別する時に、強いものを残していくこともポイントです。クリスマスローズは気温25℃以上では休眠する植物なのですが、あえて夏の暑い時期に露地に置いて、その環境下でも残った強いものをかけ合わせていくのです。これを繰り返していくうちに、猛暑にも耐える品種改良が実現できました。これは、この地域ならではの育種といえるかもしれません」

農園がある埼玉県東松山市は、真夏には40℃を記録する日もあり、暑さに弱い一般的なクリスマスローズは枯れてしまうことも多いもの。しかし、加藤さんのクリスマスローズは、暑さを乗り越えた個体を選別しながら交配を繰り返していくため、どんどん強くなり、猛暑となる東京やその周辺地域で栽培しても問題なく育つようになったといいます。

「また、鉢に使用する土も特殊なんです。最近は、夏にゲリラ豪雨などの大量の雨が降りますよね。土によってはああいう雨でアウトになってしまうのですが、うちのクリスマスローズは山野草に使用するような荒い土で水はけを良くしているので、豪雨にも耐えることができます。ポイントは、播種時も、発芽後の植え替え時もすべてこの土を使うことです。植え替え時に土を変えると根に段差ができてしまうのですが、同じ土を使い続けることで根がスムーズに伸びていくのです」

肥料はどのように施用しているのでしょうか?

「うちのクリスマスローズは、交配を楽しむ方に向けて販売することが多いので、植え替え時に基肥を混ぜる程度で、追肥はしていません。強い肥料を与えると、葉は良く伸びるのですが種子ができにくくなってしまうのです。栄養がたっぷりあって葉が茂っている状態では、クリスマスローズ自体が種子を作って子孫を残すことを怠ってしまいますが、肥料を控えめにすればちょっと危ないなと感じ、種子をたくさん作って子孫を残そうとするのです」

数種類の土を配合している加藤さんオリジナルの用土。「ご希望の方には販売もしています」。

育種愛好家も栽培初心者も楽しめる

ハウスの一部を交配室として開放している加藤さん。ここには、クリスマスローズの育種を趣味とする愛好家の皆さんが集まり、交配を楽しんでいるといいます。

「会を作っているわけではないのですが、育種が好きな人が集まっては、みんなでああでもないこうでもないといいながら交配を楽しんでいます。開花の時期は交配のタイミングなので、仕事を休んでここに来る方もいますね(笑)。大阪から月1回のペースで来る方もいるんですよ」

愛好家の方々も、加藤さんの販売に繋がる品種、売れる品種を作っているのでしょうか?

「皆さん、ご自分の好きなものを作っていますね。愛好家の方々はそれぞれ花の好みが違っていて、自分の好みに合わせて突き詰めて交配していくので、いろいろな花が誕生します。でも、皆さん、1つ作ることができたら『できたね!』と満足しちゃって、その品種を増やそうとせずに次の交配に進んでいきます。私が1人で一生懸命増やしている感じですね(笑)」

新しく生まれた花には品種名が付けられていますが、どうやって決めているのでしょうか?

「ここに集まる皆さんで考えています。私はネーミングセンスがなくて(笑)。でも、できたものすべてに品種名を付けるのではなく、展示会やコンテストなどで発表するときに考えていきます。基本的には、花の色や柄を表現するような名前にしていますね」

カルチベ取材チームもクリスマスローズは大好きなのですが、かつて、ネットオークションなどで数十万円の値がついたと聞き、気軽には手を出せない花だと思っていました。現在でも、希少なクリスマスローズはコチョウランと同程度の価格にはなるようですが、園芸店やホームセンターなどではもう少し気軽に買えるようになっているようなので、ぜひ栽培してみたいと思います!

「鉢ごと露地に置いておけばそれほど手間もかかりません。冬期の開花時期には週に数回の水やりをすればいいし、6月半ばくらいになると休眠するので水やりを減らしても大丈夫です。もともと木陰で良く育つ植物なので夏の日射しは苦手。日陰に移動させたり、日よけをするといいでしょう。最近は、バラの栽培をしていた人がクリスマスローズに移行しているとも聞きます。バラは夏場に消毒、施肥、剪定と手をかけなくてはいけないのですが、クリスマスローズは何もしなくても育ちます。鉢植えならコンパクトに育てることができるし、地植えすれば大きく育てることもできます。どなたでも楽しめる園芸植物ではないでしょうか」

今後もさらに交配を重ね、クリアな色のクリスマスローズを誕生させたいと語る加藤さん。

「もともとくすんだ色の花なので、クリアな色を出すのは難しいのですが、これまで時間をかけて交配してきて、かなりくすんだ色を取り除けるようになってきました。でも、まだまだクリアにできると思っています。もちろん一気にできることではないので、年数を重ねてじっくり取り組んでいきたいと思っています」

2022年の年明けには、コロナ禍の収束とともに、再び鮮やかな色合いのクリスマスローズに出会えることを心待ちにしているカルチベ取材チームなのでした。

撮影/編集部
取材・文/高山玲子

 

 

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