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【関西 果実】ハウスミカン

公開日:2021.7.30

時は江戸時代。呉服問屋の若旦那が原因不明の病で寝込んでしまい、食べ物ものどを通らなくなってしまった。医者に診てもらうと、「これは心の病で思うところがあって気を病んでいるのだ」と言う。願いを聞いてやって叶えてやれば治るだろうとのこと。早速、番頭が若旦那の願いを聞いてみると、ミカンが食べたいという。ミカンくらいならお安い御用だと安請け合いした番頭であったが、今は夏の真っ盛り。ミカンが手に入る季節ではなかった。しかし町中を探し回って、ある果物屋の蔵に貯蔵されていた食べられる状態のミカンが1個だけ発見される。その値段はなんと千両。番頭が旦那に相談すると、千両は大金だが、それで息子の病が治るなら安いもの、とミカン1個に千両を支払うことを承認した。ミカンを手にした若旦那は、皮をむいて10房入っていたミカンのうち7房をおいしそうに食べ、残った3房を番頭に渡して、気苦労をかけてしまった両親と番頭の3人で残りを分けるようにと告げた。しかし、番頭は1房百両もするミカンが3房もあれば大金持ちになれると早とちりして、ミカンを持ったまま夜逃げしてしまうのである。

これは「千両蜜柑」という古典落語の1つである。

落語の題材に使われるくらいだから、ミカンという果物は庶民の間でも馴染みのある果物であったのだろう。そして真夏にミカンが手に入らないことも常識であった。今でも蔵に貯蔵しておいて出荷する「蔵出しミカン」は存在するがせいぜい4月まで、連休明けには気温が上昇し、梅雨を乗り切って高温多湿な夏まで無事であったのはまさに奇跡的で、食べ物としての価値はともかく希少価値としての千両は納得の価格である。

しかし今の時代であれば「ハウスミカン」というものが存在する。

ハウスミカンは、特別な品種があるわけではなく、冬場に収穫するのと同じ品種をハウス内で栽培し、冬を迎える直前の10月頃から加温し始めてミカンに春が来たと勘違いをさせることで年内に花を咲かせる方法で、5月頃から9月頃まで収穫ができる夏場に旬を迎える果物だ。加温の時期をずらして果皮が緑色のまま出荷できるようにした「グリーンハウスミカン」というものもあり、気温が上昇し始める連休明け頃から量販店の売場にも並べられ、暑い夏にさっぱりと食べられるフルーツとしてはピッタリの一品だ。

ハウスミカンが作られるようになった背景には、1970年頃にミカンの価格が暴落したことがある。収益性が低くなったことで露地ミカン離れが進み、中晩柑類への転換やブドウ、イチゴなどに移行したものも多かったが、栽培技術が確立され始めたハウス栽培のミカンに挑戦しようと地域を挙げて産地化を進めたところがいくつかあった。ハウスミカンの産地化を進めた地域は、もともと田んぼを改植してミカン畑にしたところなど平坦なところが多く、もとの露地ミカンの木をそのまま生かしつつハウスを建てて栽培する方法がとられたため、ゼロから栽培をせずとも出荷を継続させながら転換が可能であった。

当時の夏場は果物の主力であるリンゴの出荷量が少ないこと、他の品目も種類が乏しかったり旬が短くて売り場作りが難しかったり、輸入のカンキツ類もハウスミカンがピークを迎える時期には端境が生じやすいことなどから夏場のアイテムとして注目された。市場への導入もスムーズだったようで、価格的にも露地ミカンの3〜6倍という高単価を維持しながら生産量は増産されていった。ハウス内で管理するため水管理もしやすく、食味の良い高品質なものが作れるため価格は高くても評価が高く引き合いも強かった。

 

近年では、様々な国からの輸入カンキツが次々と解禁されてラインナップが増え、他の品目もいろいろな品種のものが開発されて売場をにぎわすようになったため、かつてのような引き合いはなくなったが、価格面では今でも露地ミカンの2倍以上を維持している。

千両は今の価格でいうと1億円程らしく、千両ミカンほどの価値はないかもしれないが、高級フルーツとしての地位は何とか守り続けている。

しかし、施設の老朽化やミカンの樹の老木化も進み、新たに投資をしてまで継続するかというと、後継者不足もあり、年々、生産面積も生産量も減少しているというのが現状である。

 

著者プロフィール

新開茂樹(しんかい・しげき)
大阪の中央卸売市場の青果卸会社で、野菜や果物を中心に食に関する情報を取り扱っている。
マーケティングやイベントの企画・運営、食育事業や生産者の栽培技術支援等も手掛け、講演や業界誌紙の執筆も多数。

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