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カルチべ取材班 現場参上

東京・八王子発 都市で育てる パッションフルーツ

公開日:2021.8.31 更新日: 2021.10.11
東京の八王子市で、パッションフルーツの露地栽培に取り組む浜中俊夫さん。

8月、八王子パッション出荷開始

8月1日、住宅地に囲まれた浜中俊夫さん(48歳)の圃場では、ツヤのあるグリーンの葉が生い茂り、緑色の丸い果実が何個も釣り下がっていました。時折トケイソウのような姿をした紫色のドラマチックな花も見られます。グリーンから紫色に色づいた果実にちょっと手を触れただけで、地面に落下してしまいました。

三好「うわあ、すいません。とってもデリケートな作物なんですね」

浜中「そーっと歩いて下さい。熟したパッションフルーツは、ちょっとの振動で落ちてしまいますから」

東京都西部に位置し、人口56万人を擁する中核市の八王子市で、パッションフルーツの出荷がいよいよ始まろうとしていました。

パッションフルーツ(passionfruit)は、トケイソウ科トケイソウ属、南米原産のトロピカルフルーツの一種。「パッション」という名前は、「情熱」の意ではなく、Y字のめしべの形をキリストの受難の姿に見立てたことに由来しています。

6月を過ぎると次々と見事な花を咲かせるパッションフルーツ。中央にはめしべ、その周囲に5本のおしべがありますが、浜中さんはこの時期になると、おしべを手で外し、めしべの先端に花粉を付着させる授粉作業を行っています。

「1玉100g以上のA品に仕上げるのが、目標です」

1果ずつおしべの花粉をめしべの先端に付着させる人工授粉を行っている。

「次の一手」にパッションを

温暖化が進む中、日本各地でパッションフルーツの栽培が進んでいますが、その生産量ダントツ1位は鹿児島県。続いて2位は沖縄県。熱帯生まれの作物の栽培に有利な南国の2県が上位を占めるのには頷けます。続いて3位は意外なことに東京都。といっても南に位置する小笠原、三宅、八丈島等の島嶼地域が主な産地でした。ところが近年、同じ東京都内でも内陸に位置する八王子市の生産者たちが、「パッションフルーツの産地化」に力を入れているのです。

始まりは十数年前。同じ八王子市内でシクラメン等の鉢植えを生産している石川耕平さんが、小笠原のパッションフルーツの生産者を訪ねました。春先になると野菜苗を販売している石川さんは、当時グリーンカーテンとして人気のゴーヤの苗を育てると同時に、「次の一手」となる新しい作物を探していたのです。夏になるとつるを伸ばし、グリーンの大きな葉をたくさん繁らせるパッションフルーツは、陽射しを遮るグリーンカーテンとしても有効。なおかつ紫色の果実は酸味と甘味があり、フルーツとしても楽しめる一石二鳥の作物になると確信して、早速八王子で栽培を始めます。

一方浜中さんの家では、植木を中心に栽培。4〜5月にピンクの鮮やかな花を咲かせるオオムラサキツツジの苗を育て、造園業者へ出荷するのが主な仕事でした。

「2本束ねてトラックへ乗せるのが仕事。1日1000本出荷したこともあります」

最盛期には売り上げ全体の9割を植木が占めていましたが、それもだんだん下降気味。植木と並行して野菜の栽培も始め、「次の一手」を探し求めていた時、石川さんからパッションフルーツの話を聞き、「これだ!」と思ったそうです。

鹿児島、沖縄県に続き、東京都が生産量第3位を占めている。[特産果樹生産動態等調査(2018)より]

八王子市はもともと養蚕が盛んな地域でしたが、現在も多くの農家が営農を続けています。その作目は、野菜、果樹、花き、シイタケ、畜産等多岐に分かれていて、「八王子といえばこれ」と誰もが思い浮かべる農産物がなかったのも事実。そこで2人は、農家の仲間たちに「パッションフルーツを八王子の名産品にしよう!」と呼びかけ、2013年「八王子パッションフルーツ生産組合」を結成。現在は13人のメンバーが、野菜、鉢物、植木、酪農等、各自の得意分野を生かして、栽培と普及に努めています。

受粉と剪定を同時進行。苗1本から30玉収穫

とはいえ関東の内陸部での栽培実績は少なく、最初は手探り状態だった浜中さん。石川さんが育てた苗を仕入れ、20〜30本の苗から栽培を始め、徐々に規模を拡大してきました。現在は、12aの露地畑で420本の苗を育てています。

栽培を続けるうち徐々にわかってきたのは、パッションフルーツは、八王子の気候でも越冬可能なこと。それでも他の永年性の果樹のように、同じ苗を育てて収穫し続けるのではなく、毎年新しい苗を定植し、「一年草」の感覚で育てる方が、収量も品質も高いこと。なので、現在も毎年5月初めに苗を定植して、6月に開花、授粉と剪定を同時進行で行って、8月初旬〜10月初旬まで出荷するのが、例年のスケジュールになっています。

パッションフルーツの茎はやわらかく、自立することができません。朝顔の鉢植えのように蔓を回して側枝を垂らす行灯型、ゴーヤのようにネットを張り、そこを伝って生長を促す方法、ブドウのような棚仕立て等、多様な仕立て方がある中で、浜中さんが選んだのは、「逆L字型栽培」でした。

逆L字型栽培で、大玉がスズナリに。

つまりマルチングした畝に苗を定植したら、主枝をまっすぐ上に伸ばし、頭の高さに届いたら、横に倒して鉄管パイプに固定して芯を止め、そこから側枝を垂らして果実を実らせるのです。

「千葉県の熱帯植物が得意な農家さんに教えていただきました。受粉や剪定の作業効率を考えると、この仕立て方が一番いい」

確かに手の届く範囲に花が咲くので、授粉作業もスムーズ。高温に強く、気温の上昇とともに繁茂し始めるパッションフルーツは、放置すると枝葉が伸びてジャングル状態。6〜7月に並行して行う剪定も果実の中身を左右します。実に光が当たらなければ、着色が悪くなってしまうので、「オールA品」を目指す浜中さんは、側枝と側枝の間を空け、十分光が入る形に剪定するよう心がけています。

すると、側枝1本当たり5〜10玉。苗1本につき30玉の収穫が可能に。いずれも100gを超えるA品に生長しています。

「できれば40玉は取りたい」

と浜中さん。元々熱帯生まれの果樹なので、暑さに強いと思いきや、意外に高温に弱く花芽が飛んでしまったり、グリーンカーテンのように、ネット伝いに伸ばすと、着果しないまま繁茂したり。まだまだその生態に「???」と、首を傾げることも少なくありませんが、樹と葉と花のバランスを見極めながら、探究は続きます。

人により異なる「おいしい」のタイミング

パッションフルーツは収穫後4〜5日、常温で追熟させると、果皮が濃い紫色に変わっていきます。

浜中さんは、主にネットを通して注文に応じていますが、送り先の9割は八王子市外。西隣の山梨県から、モモやブドウを贈られた人が、「お返しに」とパッションを贈るケースが増えているのだとか。これまで東京産のフルーツといえば、ナシやブルーベリーが中心でしたが、パッションを贈られた人から「これは珍しい!」と喜ばれるケースが増えているそうです。

八王子発。県外への贈答品としてもニーズは高まっている。

消費者向けに直送する際、難しいのはその食べ時。もともと酸味の強い作物で、徐々に甘味とのバランスが変化していきますが、人によって「おいしい」と感じるタイミングが異なるのです。

「根っから酸味のあるフルーツが好きな人は、そのまま楽しめますが、『一個食べて酸っぱいと思ったら、もう少し追熟させて下さい』と、手紙を添えたり、メールを送ったりしています」

その酸味に「ハマる人はハマってしまう」のもパッションならでは。一度生の果実を味わうと、また食べたくなる。そんなリピーターが増えています。

広がる加工品。捨てる果実がほとんどない

カットするとなかから出てくる明るく黄色い果汁と、種子の周りのゼリー質を味わうパッションフルーツは、生食に限らず、洋菓子、和菓子、ジェラート、ジュース、ジャム、料理のソース、カクテル……、その酸味を効かせて、幅広いジャンルの食品の加工品原料として使えることも大きな特徴です。

カットすると黄色い可食部が現れる。酸味のある果汁と種子の周りのゼリー質を味わう。

「パッションを八王子の名産品にしていくために、加工品は絶対必要。組合ができた当時から、みんなの間で『パッションはお菓子に合うよね』という話は出ていました」

生果の販売は、個別に行っていますが、地元のJA八王子が大口の注文を取りまとめたり、加工品の企画も担当。一方地元の八王子商工会議所は、農家と地元商店の橋渡し役を積極的に務めていて、洋菓子店や飲食店を中心に、地元産のパッションフルーツを使ったユニークな商品が続々と登場しています。

八王子産のパッションフルーツがピークを迎えるのは9月。この時期売れ残ったり、規格外で手元に残った果実も、浜中さんはすべて中身をかき出し、保存袋に入れて冷凍して、加工原料として販売しています。「1kg取り出すには、33個必要」なので、その手間と電気代を考えると、採算度外視は覚悟の上。宣伝の一部と捉えています。加工品を通してパッションフルーツの魅力を伝えられること、捨てる果実はほとんどなく、ほぼ全量を食品として流通できることもまた、パッションならではの強みだからです。

八王子のどら焼き専門店「万叶(まかな)」では、パッションフルーツ×マンゴー入りのどら焼きを販売。

輪作で土壌病害を防ぐ

収穫を終えた11月。浜中さんはすべての苗と支柱を引き抜いて更地の状態に。土壌消毒は行わず、サトイモ、ニンジン等別の作物を育てた後に苗を定植……つまり輪作を行うことで土壌病害を防いでいます。さらに冬の間に、牛ふんと鶏ふん等の堆肥を8t投入。追肥は定植後15日に一度のタイミングで8-8-8の化成肥料を与えます。

浜中さんのパッションフルーツは、1本の支柱に何十個も実をつけるので、一般的な園芸用の支柱ではその重みに耐え切れません。なので、工事現場の足場で使われている長さ5.4m×直径22mmと48.6mmの鉄管パイプを組んでいるので、毎年圃場を変えるのは大変なのですが、あえて場所を変えて栽培を続けます。

「鉄管パイプ、防草シート、マルチ、苗……、資材費はかなりかかっていますが、ようやく揃ってきました」

植木やサトイモを栽培している農地と輪作することで、土壌病害を回避。

一時期ハウス栽培も試みましたが、場所を固定すると輪作できず、栽培コスト、果実の大きさ、栽培の手間等を考え合わせ、八王子で作るなら、露地栽培のほうが有利との結論に達したそうです。

浜中さんがパッションフルーツを始めた当時、それまで植木の栽培がメインで果樹の経験はゼロ。直売できる顧客の名簿はなく、ゼロから開拓してきました。それでも毎年購入するリピーターが増え、小学校のグリーンカーテンや、学校給食にも採用されるようになり、八王子を代表する農産物として、徐々にその認知度は高まっています。

「ここまでくるのに10年かかりました。みんなで加工品を開発したり、飲食店に出荷したり。グループを組んで取り組まないと、体力がもちません。それでもまだ、伸びる可能性はある」

組合の仲間たちと沖縄の産地を訪ねた時、ハウス栽培がメインで、9月に定植し、4〜8月にかけて出荷。八王子とは出荷時期がまったく異なることを知りました。

八王子を起点にパッションフルーツの魅力が伝われば、地続きの都心でも「食べたい」人が続々と現れるに違いありません。とはいえ首都圏での生産量には限界があり、他県のパッションフルーツの産地に目が向くのは必定。パッションにハマるのは「一年中食べたい」人が多いので、出荷時期の違いは、有利に働きます。八王子のパッションが盛り上がれば、連鎖反応で日本全体のパッションに目が向くはずと、浜中さんは考えています。

ーー都市近郊の農家にも可能性はあるのでは?

「都市近郊で、1品目200万円/10aを稼ぎ出す作物を作るのは、本当に難しい。まだまだマイナー作物なので、夏野菜ほど売れません。ただ、果樹栽培の経験があって、顧客リストのある農家なら、常連のお客様に『パッションもいかがですか?』と提案できるので、第二、第三の作物としてチャレンジする価値はあるかもしれません」

八王子にパッションフルーツの生産組合が生まれて10年。これまでの果樹とは違う形で、13人の生産者がその魅力を発信中。地元の市民や飲食店も巻き込んで、その影響は、全国の産地にも波及していきそうです。

樹上で徐々に色づく浜中園のパッションフルーツは、9月に出荷のピークを迎える。(写真提供/浜中園)

文・写真/三好かやの

浜中園
https://hamanakaen.com

八王子パッションフルーツ生産組合
https://hachioji-passion.tokyo

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