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【関西 果実】イチジク

公開日:2021.9.30

「いちじくにんじんさんしょにしいたけ」というのは、数の数え方を子供に教える時に使われた「かぞえ歌」で、地方によっていろいろなかぞえ歌があるようだが、このイチジクを使ったものが最もポピュラーなものだという。身の回りのものを当て字で数字に見立てているので、ニンジンもサンショウもシイタケも数字を意味するものではないのだが、イチジクだけは語源が数字の1に由来する。

1日に1個ずつ熟すから「一熟」と呼ばれていたものが転じて名前になったといわれているイチジク。日本に持ち込まれたのは江戸時代で、「無花果」という漢字が当てられているが、花がないわけではなく、実の内側に向かって咲くので花が外から見えず、花が咲かないのに実がつく果実だと思われていた。

花が内側に咲くので、そのままでは受粉ができないのだが、これは自然界の絶妙な仕組みによって成り立っている。イチジクの花に寄生する「イチジクコバチ」という昆虫がいて、このメスバチがイチジクの雄花の花粉を雌花へと運んでくれるのだ。

イチジクにはオスとメスがあって、実の外側からオスのイチジクの雄花に通じている細い管を通って実のなかに入ったメスバチは、なかで卵を産み、力尽きて死んでしまう。その卵から生まれた何組かのメスバチとオスバチが交尾をする。オスバチはメスバチを外に出すためのトンネルを掘り、力尽きて死んでしまうが、無事に実の外に出た花粉をつけたメスバチのなかからメスのイチジクの雌花にたどり着くものがいるのだ。メスのイチジクは雌花が咲く時にほんのわずかのすき間ができるのだが、その瞬間を狙ってメスバチは実のなかに入って産卵する。その時にメスバチについた花粉が雌しべについて受粉するという壮大な仕掛けになっているのだ。

これを聞くとイチジクの栽培は大変なのだろうと思ってしまうのだが、実は日本で栽培されているイチジクは意外と簡単に栽培できる。江戸時代に日本にやってきたイチジクは、広島に持ち込まれた後、兵庫の川西地区で独自に品種改良された。その後、単為結果性の「桝井ドーフィン」が生まれ、受粉しなくても実をつけることができるようになったのだ。

その栽培の容易さから全国に広がったイチジクだが、現在出荷量が最も多いのは愛知県で、次いで和歌山県、兵庫県、大阪府と近畿勢が占め、奈良県と京都府も8位以内に入るなど、関西地方で広く栽培されている。高温多雨の西日本がイチジクの栽培適地であることと、保存や運搬が難しく、消費地の近くである必要があるからだが、他にも理由がある。

日本の果樹の多くは幕末の前後に海外から持ち込まれ、水田の改植跡地を利用して栽培が始まった。イチジクも同様で、本来は水田に適さない作物なのだが、川西で始まった栽培の技術は飛躍的な進歩を遂げて関西圏に広がり栽培方法が確立されたのだ。

しかし戦中戦後の食糧難の時代に再び水田へと戻され、その後の復興の時代に減反政策と高度経済成長によって収益性の高い作物であるイチジクが再び見直され栽培が再開される。もとのイチジク栽培地の存在や、長年にわたり培われてきた栽培技術が功を奏し、関西各地がイチジクの栽培地へと復活を遂げたのだ。

大阪市東部市場の産地別の入荷量を見てみると、生産量が最も多い愛知県は5位以内にも入っておらず、地元・大阪府からの入荷が多く、広島県、兵庫県や近隣の和歌山県からも入荷がある。

品種は地域性が強く、近畿は「桝井ドーフィン」、広島県は「蓬莱柿」、福岡県は「とよみつひめ」と、どの地域もほぼ1品種で、日持ちしないため、消費も基本的には地元消費が主体となっている。季節になると必ず売場が作られる人気商材で、大阪府では「桝井ドーフィン」の需要が高いが、近隣産地の生産量が減っているため、別品種であっても広島県や福岡県などからの入荷量で補っているのが実状で、他産地の入荷量は伸びている。

出荷ピーク時の価格は大きな変化は少なく安定しているが、雨の影響で品質が低下しやすいので値崩れを起こすことがある。

量販店でも季節商材としての人気は高く、タルトやロールケーキ、大福などのスイーツ需要も高いが、栽培自体は簡単でも収穫が夜中作業であったり、収穫期には集中的に実がなるので時間も労力もかかったりなど、農作業は非常にハードで高齢化もともない生産量は減少を続けている。イチジクを専門に栽培している生産者はほとんどおらず、後継者がいてもイチジクはやめて他の作物に力を入れるというところも少なくない。

需要は高いので課題は生産効率を上げることと労力軽減にあるが、高級フルーツではないのでコストをかけるわけにはいかない。IoT、ICTの活用や農業技術の革新などスマート農業の発展に期待して、今は少しでも生産量が減るのを食い止めるしかない。

イチジクは古代エジプト時代から存在し、旧約聖書にも登場する歴史ある果物だ。様々な効能があり、不老長寿のフルーツと考えられるなど人類の歴史とともに「復活」をイメージするものとして歩んできた。

そしてイチジクの花言葉は「多産」。新型コロナウイルスの影響もあり、経済もひっ迫しているが、かつてのイチジクがそうであったように、様々な苦難を乗り越えて復活を遂げ、再び多くの富を産み出すことができる社会が来ることを願う。

著者プロフィール

新開茂樹(しんかい・しげき)
大阪の中央卸売市場の青果卸会社で、野菜や果物を中心に食に関する情報を取り扱っている。
マーケティングやイベントの企画・運営、食育事業や生産者の栽培技術支援等も手掛け、講演や業界誌紙の執筆も多数。

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