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最新の栽培技術の宝庫  JRフルーツパーク仙台あらはまへ

公開日:2021.10.5 更新日: 2021.10.7
イチジク狩りの来園者を自ら案内する菊地さん。

仙台の沿岸部で16品種のイチジクを栽培

震災から10年が過ぎた今年3月、仙台市の沿岸部、若林区荒浜地区に、多品種多品目の果樹の摘み取りを楽しめる体験型観光農園がオープンしました。その名も「JRフルーツパーク仙台あらはま」(以下フルパ)。総面積11ha。うち圃場が8.1haを占めていて、敷地内には加工施設やレストラン、研修施設や貸農園等が併設されています。

農園ではブルーベリー、ブドウ、イチジク、ナシ、リンゴ、キウイ、スグリ類、イチゴの8品目156品種を栽培中。誰もが多様なフルーツと多彩な品種に出会える、これまでにないフルーツ主役のテーマパークです。

開園から半年が過ぎた9月、現地ではイチジクの摘み取りが始まっていました。

「昨年植えたイチジクの苗は、全部で16品種750本。なかには枝葉ばかり繁茂して、なかなか実をつけないのが2品種ほどありますが、なんとか枯れずに全部根付きました」

そう話すのは、果樹園の栽培指導に当たる菊地秀喜さん。宮城県農業・園芸総合研究所でリンゴの育種を手がけ、「サワールージュ」を育成。同研究所の所長を退職された後、震災後、仙台を拠点に農業事業に着手していたJR東日本の系例会社「仙台ターミナルビル株式会社」へ活躍の場を移されました。

同社は、2016年から「せんだい農業園芸センター(みどりの杜)」の再生整備事業を進めてきました。この施設は市営の農業・園芸のふれあいの場として親しまれていたのですが、津波に襲われ大きく被災。その後運営を同社等が引き継いで新たな形で生まれ変わりました。菊地さんは施設内の1.8haの圃場で、ナシ、リンゴ、ブドウ、ブルーベリー、イチジクの栽培に挑戦。研究所時代の2009年から取り組んでいた、ジョイント栽培でナシとリンゴを植えつけたところ、2年目から摘み取りが可能になったのです。

せんだい農業・園芸センターでは、ジョイント栽培のサワールージュがスズナリに(菊地さん撮影)。

さらに沿岸部の荒浜地区に、「農と食のフロンティアゾーン」として広大な体験型農園が整備されることになりました。同社はJR東日本系列の企業で、仙台の駅ビル「エスパル」や「ホテルメトロポリタン」を運営しています。これまでホテルや飲食店を経営してきたノウハウを生かし、栽培から飲食や加工も一貫して行う6次化や、これを実現させる新たな人材を育成する新たな試みも始まろうとしています。

「これまで農業への企業参入は、資本を投じて、栽培を地元の生産者に任せるケースが多かったのですが、ここは社員自ら畑に出て、汗を流し、作業に取り組む農園です」

今年3月の開園に向け、なんと1万2千本もの苗木を植え続けてきました。

来園者にはパックを渡し、あらかじめ摘み取りのイメージを伝える。

東北に生食用イチジクの魅力を広めたい

9月にイチジクのシーズンがスタートして以来、菊地さんは、首からカウンターを吊り下げ、翌日収穫可能な果実を数える毎日。イチジクは天候や品種によって収量が大きく変わるので、「摘み放題」にすると、翌日の来園者の分がなくなってしまいます。そこであらかじめ予約をとり、来園者にパックと収穫用のハサミを渡し、1人約400gを詰めて持ち帰ることに(料金は1人800円・税込)。新型コロナの予防も兼ねて、その場での試食も行わない。そんなスタイルで運営しています。

現地を訪れた9月12日、ちょうど「バナーネ」「セレスト」「カドタ」の3品種が収穫期を迎えていました。宮城県では、イチジクを甘露煮にして食すのが一般的で、生の果実を味わう習慣はなかったそうです。

「宮城県で甘露煮用として栽培されていたのは、『在来種』と呼ばれていたブルンスウィック(ホワイトゼノアの名で流通していますが、異品種)でした。世界には生で食べられるおいしいイチジクが、まだまだあることを知らせたい」

日本の生食用は「桝井ドーフィン」が主流で、愛知県や和歌山県をはじめ、西日本で広く栽培されていますが、冬場の気温がマイナス6℃以下になる福島県以北で経済栽培するのは難しいそうです。だから、東北地方では耐寒性の強いイチジクを、甘露煮にして味わう食文化が根付いていました。ところが、

「兵庫で発表された、イチジクの耐寒性ランキングによると、寒さに最も弱いのは桝井ドーフィン、次がヌアールドカロンでした。それ以外はマイナス10℃以下までなら、なんとかなりそう。ここは気温が下がってもマイナス7〜8℃前後なので、大丈夫なはず」

来園者はまず、入口近くで実をつけている「バナーネ」の大きさに圧倒されます。続いて小ぶりで茶色い「セレスト」、イタリア原産で緑色の「カドタ」等、色も大きさも味わいも異なるイチジクが生でそのまま味わえることに、誰もが驚いていました。

ねっとりした食感が特徴で、なかには1果100gを超えるものもある「バナーネ」。
アメリカ生まれの茶色い果実で、20〜40gと小粒な「セレスト」。
熟しても果皮は淡いグリーン。イタリア原産の「カドタ」。

イチジクの収穫は、9月上旬の「セレスト」や「バナーネ」に始まり、11月上旬、黒イチジクと呼ばれる「ビオレソリエス」まで、品種リレーが続きます。いずれも生食用で、すべて完熟で味わえるのが魅力。果実が小さく、共選出荷には向かない品種や、他所ではなかなかお目にかかれない希少な品種に出会えるのも、ここを訪れる人たちの楽しみとなりそうです。

9月上旬から11月上旬まで、多彩な品種が楽しめる。

根域を制限するポット栽培、ジョイント栽培も採用

興味深いのは、「フルパ」が体験型観光農園であると同時に、最新の栽培方法にチャレンジしていることです。例えば、イチジクの株元をよく見ると、苗を直接地面に植えているところと、根元を黒い不織布のポットで二重に覆い、ポットごと地中に埋めて、根域を制限している箇所があります。全品種二通りの方法で栽培しているのです。

「二重ポットで根域を制限すると、全体的に樹が落ち着いて早く実がなる傾向があります。ところが、『ブリジャソットグリース』は根域を狭めると、あまり実がつきません。この品種は地植えで栽培したほうがうまくいくのかもしれません」

さらに、この圃場では隣の主幹を連結させる「ジョイント栽培」にも挑戦。当初は神奈川県農業試験場でナシの栽培方法として開発された技術で、宮城県ではリンゴにも採用されていますが、イチジクの産地での栽培例はまだ少ないそうです。

主枝を連結させるイチジクのジョイント栽培も行っている。

東北で生食用イチジクを栽培するには、地植えがよいのか、根域制限すべきか、はたまたジョイントで主幹を連結させて、互いに樹勢を高め合うのか……。どの品種にどの方法が適していて生産性が上がるのか、解明されるのはこれから。今後の展開に注目が集まります。

細い若木に、大玉果実がたわわに実る

そもそも果樹のジョイント栽培は、神奈川県農業技術センターで、ナシの栽培のために開発された技術でした。果樹を単独ではなく、連結させ集合樹として育てる斬新な栽培法。大苗を植え、主幹をやわらかいうちに直角に曲げ、先端部を隣の樹の肩部に接木して連結させていきます。複数の樹を直線上に並べて連結させて育て、もし樹勢が強すぎたら、幹を間伐して樹勢を調整できます。現在はリンゴ、ブドウ、モモ、カキ等にも採用されていて、宮城県は早くからリンゴのジョイント栽培の試験研究に取り組んでいました。

「ジョイント栽培には、早くから果実を実らす早期成園、省力化が可能で、素人でも作業がしやすく、一直線に並んでいるので果実を収穫しやすい。台木を選ばない。全体に防風・防鳥ネットをかければ、施設化も可能で、管理しやすい等、多くの利点があります」

と菊地さん。イチジクに続いてナシのエリアを訪れると、幹を白くコーティングされたナシの若木が、見事に一直線に並んでいました。そこには早生から晩生まで、12品種が植えられていて、9月には丸々とした「あきづき」「なるみ」「甘太」等が、実っていました。

さらに、子どもでも手の届く高さに一直線に果実が実るので、収穫しやすいのもジョイント栽培ならでは。1玉500g以上の果実も期待できます。

ナシのジョイント栽培を行ない、定植後2年目から収穫可能に。

手の届く高さのある若木の細い枝に、大玉「なるみ」が実っている。

リンゴは34品種。80日間楽しめる

続いてリンゴの圃場へ。こちらにもジョイントされた樹々が並び、赤や黄色の果実を実らせていました。ジョイント栽培が最初に行われたナシに比べ、台木の種類が多いリンゴはまだ未知の部分が多いそうですが、苗木を連結させて早期成園を実現させ、安定した栽培を続けるには、相性の良い台木を用いるのがポイントのようです。

リンゴの圃場では、赤・黄の34品種が交互に並んでいる。

果皮が鮮やかな赤色の「秋茜」、農研機構が育種した「錦秋」、岩手県奥州市の高野卓郎氏が育種した「奥州ロマン」、同じ「ふじ」でも系統の異なる「宮美ふじ」「パインアップル」等が並んでいます。

さらに果皮が黄色い「シナノゴールド」「トキ」「もりのかがやき」「ぐんま名月」、岩手大学で生まれた「はるか」、弘前大学が育成した「きみと」も。皮をむいても褐変しない「千雪」、酸味が強く、アップルパイ等の洋菓子に適した青リンゴ「グラニースミス」等。合わせて34品種。まるで生きた「リンゴ図鑑」のよう。

「赤と黄色の品種を、交互に植えました。リンゴの収穫は、9月20日から12月10日まで。11月には黄色いリンゴの食べ比べも楽しめると思います」

「フルパ」内には、「あらはまマルシェ」と名づけられた農産物直売所があり、園内で収穫されたフルーツや、ホテルメトロポリタン仙台のシェフがプロデュースしたコンフィチュール、近隣の農家が栽培した野菜や加工品が販売されています。取材に訪れた日は、イチジクやブドウが並んでいましたが、人気のイチジクは瞬く間に完売。10月〜11月末には、赤と黄のコントラストも鮮やかに、多様な品種のリンゴが並びます。

普段私たちは、「ふじ」や「ジョナゴールド」等、同じ名前のついたメジャーな品種のリンゴを、袋や箱単位で購入して、食べ続けることが多いのですが、ここに来れば、珍しい品種や、初めての新品種、昔懐かしいリンゴにも出会うことができます。そのなかから「お気に入り」が見つかるはず。リンゴを味わう楽しみが、どんどん増えていきそうです。

マルシェの直売所。人気のイチジクは瞬く間に完売していた。

店内にはカフェ・レストラン「Le Pommes(レポム)」があり、地元で穫れた野菜を使ったカレーや、宮城県が育成したイチゴの「もういっこ」「にこにこベリー」、ブルーベリーやカシスを使ったパフェやジェラートも味わえます。さらに、加工体験室「あらはまキッチン」では、穫れたての旬のフルーツを使ったお菓子や料理の講習会も開催する予定。栽培、加工、販売とフルーツのすべてを学べる体験型総合学習の場でもあります。

レストランでは地元産の素材を使った、カレーが人気。

様々なリンゴがあるなかで、菊地さんがこれから来園者に伝えていきたいと考えているのは、お菓子や料理の材料として展開する「クッキング・アップル」の可能性です。試験場時代、育種に携わった「サワールージュ」は、震災から4日後の2011年3月15日に品種登録されました。真っ赤な果皮とさわやかな酸味が特徴で、製菓に適した宮城県生まれのリンゴとしてデビュー。地元の洋菓子店やレストランを中心に世に広まっています。

宮城県が育種した「サワールージュ」は、酸味と真紅の果皮が特徴(菊地さん撮影)。

「日本では、お菓子用のリンゴといえば『紅玉』と思っている人が多いのですが、『サワールージュ』や『グラニースミス』、福島県が育成した『ほおずり』等、使えるリンゴはまだまだある。同じ品種でも収穫する時期によって酸味の出方は違うのです」

さて、ブドウの圃場を歩いていると、なぜか天井から地面に向かって黒いパイプがつながっていました。

「ハウスの屋根に降る雨水を集めて電源なしで潅水する、イスラエル製のチューブを使って自作したシステムです。ここは海が近く地下水のECが高いので、それを薄めて樹の負担を低減する効果もある。見えないところで日本初、世界初の技術をいろいろ試しているんですよ」

イスラエル製のチューブで、ハウスの屋根に集まった雨水を、土中へ潅水(菊地さん撮影)。

津波被害に見舞われた仙台市の沿岸部に、一年中新鮮なフルーツが味わえる大型の体験農園が出現しました。それはまた、ジョイント栽培はじめ最新の品種や栽培技術を駆使し、栽培・加工・販売まで視野に入れ、トータルでプロデュース。誰もが新しい東北の果樹栽培を学べる「フルーツの総合大学」でもあるのです。

イチジクは11月中旬、リンゴは12月上旬まで収穫体験が続く。

取材・文/三好かやの

JRフルーツパーク 仙台あらはま
https://stbl-fruit-farm.jp/arahama/

*栽培技術に関する見学や視察については、事前予約をお願いします。

 

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