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【関西 野菜】ギンナン

公開日:2021.10.20

秋は匂いを感じる季節だ。

マツタケを代表とするキノコの匂い。キンモクセイの匂い。レモンやスダチ、ユズなどの香酸カンキツの匂い。焼き芋の匂いにサンマを焼く匂い。食欲の秋は香りも重要な要素となっている。そして、ギンナンの匂いもまた違った意味で秋を感じさせてくれる独特のものだ。

「暑さ寒さも彼岸まで」という慣用句があるが、彼岸の中日である春分の日と秋分の日を境に日長は変化する。二十四節気では秋分の前が「白露」で、朝露がつき始める季節という意味だが、秋分の日を過ぎると日中はまだまだ暑さが残り夏日や真夏日になる日もあるが、朝晩の気温は下がり肌寒さを感じる日もあり、朝露が残る日も多くなってくる。朝晩の気温差が大きくなる時期で、この気温差が続くと植物のなかには冬の準備を始めるものが出てくる。

日長が短くなることを「短日」と呼ぶが、当然、太陽の光の当たる時間が短くなり、植物がエネルギーを作り出す光合成に必要な光の量も少なくなっていく。樹体を維持するために必要なエネルギーが光合成によって作られるエネルギーを下回ると、植物は生きていくことができなくなってしまうので、植物は様々な対策をして生き残ろうとしている。

冬でも葉を茂らせる常緑樹と呼ばれるもののなかでスギなどの針葉樹は、まっすぐ天に向かって伸び、高い位置に葉をつけて少しでも得られる日照量を増やそうとしている。

逆に冬に葉を落とす落葉樹と呼ばれる植物もある。葉を維持するのに必要な養分をカットして冬の間は樹や根に養分を蓄えてじっと春が来るのを待つ、休眠状態に入る植物だ。この植物は日照時間が短くなってくると葉で光合成した養分を樹や根に送り込み、光合成を行う葉緑体を分解するのと同時に自らの身を守るための色素を作り出す。その後、休眠の準備が整うとその色素も分解して葉を落とす。この色素はいわゆるポリフェノール類やカロテノイドと呼ばれる物質で、赤や黄色に発色する。

秋が深まってくると葉緑体はすべて分解されて緑色の色素は姿を消し、紅葉(黄葉)した葉を茂らせた樹へと姿を変える。これを美しいといって日本人は愛でるのだが、実は植物が何とかして生き残ろうとする姿を見て感動しているのだ。

その意味がわかっている人は少ないと思うのだが、生き物の「生きざま」を見て心を動かされているというのは何とも日本人らしい。

この落葉樹のなかで黄葉するものの代表格がイチョウである。

野山だけでなく、都会の公園や街路樹でも多く利用されており、街路樹のなかでは最も多いといわれている。その理由はいくつかあるのだが、樹の生長が早いこと、樹齢が長いこと、水分が多く燃えにくいこと、病害虫に強いことが主な理由で、関東大震災の時にも火災で燃えずに生き残った樹も多かったため、震災後に植樹が増えて急増した。

雌雄別株の裸子植物で、黄葉の頃には雌株が実を結び、落葉とともに落果する。果実は強烈な匂いを放ち、公園などでもシーズンになると思わず鼻をつまんでしまうほどだ。この果実の果肉のなかにある種子の部分が食用のギンナンになる。

漢字で書くとイチョウもギンナンも「銀杏」だが、ギンナンと発音する時には種子を意味することがほとんどだ。公園や街路樹の果実を拾う人の姿が増えるのも秋の風物詩のひとつだが、果肉にはイチオールという成分が含まれており、人によっては炎症を起こすこともあるので素手では触らないほうが良い。種子を取り出すには果肉を潰して取り除く必要があり、拾った果実を地面のなかに埋めておいて腐らせてやわらかくしてから取り除く方法が一般的だ。

しかし、ギンナン産地ではそんなことはしていられない。もちろんイチョウの樹も天然のものや街路樹などではなく食用に栽培しており、落ちた果実を拾うのではなく落ちる直前に収穫して、機械で果肉を潰して洗浄機で洗浄して果肉を取り除く。その際に水のなかで浮いてきた種子は中身が入っていないなどの不良品なので除外し、取り出して乾燥させたものを研磨剤で種子の表面を磨いてから大きさで選別して出荷する。

意外と手間がかかる他、やはりあの強烈な匂いとも戦わなければならないので大変な作業である。

全国のギンナン出荷量の上位は、1位が愛知県で次いで大分県、福岡県、静岡県。近年では香川県も増えている。大阪市東部市場に入荷してくる産地別の入荷量を下記グラフに示す。

静岡県と熊本県が安定して多く、他の産地は年によってバラつきが大きい。

産地によって、バラで箱に入れられて出荷されるものや、50gや300gなどで真空パック詰めにして出荷されるものもある。

ギンナンは保存がきくのでうまく保管すれば1年でも平気で持つのだが、品種によって水分量なども異なるため、カビが生えやすいもの、殻が薄くて乾燥に弱いものなどもあり、市場では真空パック詰めのものの引合いが強くなっている。

前述のとおり保存がきくので1年中でも販売できるのだが、やはり秋のイメージが強いので、新物の入荷が始まる9月頃から店頭に並び始めて10~11月が最も引合いが強くなる。

昔は網状になった小さな煎り器を使って囲炉裏端で煎って食べていたようだ。パチパチとギンナンがはぜる音も年配の方にとっては秋の風物詩のひとつだったようだ。しかし現代では囲炉裏も少ないし、そんな面倒なことはしなくなったので一時期は需要が落ちていた。

ところが近年になって、ペンチなどで割れ目を入れてから紙封筒やキッチンペーパーでくるんで電子レンジで1分程加熱すれば簡単に食べられるということがTVやネットでも話題になり、絶滅の危機は回避できた。

食べ過ぎると良くないともいわれているが、青酸配糖体が含まれており、喉の痛みを和らげたり肺や気管支の調子を整えたりする漢方薬としても昔から利用されてきたこともあり、気温差が激しく乾燥気味な秋にはピッタリの食材ともいえる。

目で黄色い葉を愛で、鼻で果実の匂いをかぎ、耳で殻を破る音を聞き、舌で種子を味わう。果肉には皮膚に炎症を起こす成分も含まれているが、種子には粘膜を守ってくれる成分が含まれている。まさに五感で秋を感じることのできる農産物だ。

著者プロフィール

新開茂樹(しんかい・しげき)
大阪の中央卸売市場の青果卸会社で、野菜や果物を中心に食に関する情報を取り扱っている。
マーケティングやイベントの企画・運営、食育事業や生産者の栽培技術支援等も手掛け、講演や業界誌紙の執筆も多数。

 

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