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日本バイオスティミュラント協議会 2021年度 第4回講演会 レポート (前編)

公開日:2021.11.2

2021年9月16~17日の2日間にわたって、日本バイオスティミュラント協議会による第4回講演会がオンラインで開催されました。バイオスティミュラントとは、直訳すれば生物刺激剤。近年ヨーロッパを中心に広く世界で注目を集めている、農業資材の新しいカテゴリーです。バイオスティミュラントは、植物や土壌に対して、よりよい生理状態をもたらす物質や微生物を指し、植物や土壌が本来もつ自然な力を活用することで、植物に良好な影響を与えます。

第4回講演会では、バイオスティミュラントに関する日本やヨーロッパ、米国の現状や課題についての報告のほかに、バイオスティミュラントについて4つの講演が行われました。4つの講演では、バイオスティミュラント資材としての「海藻」と「多糖類(キチン・ビール酵母)」の実例が詳しく紹介されました。それぞれの分野におけるトップランナーによる講演は、バイオスティミュラント資材の大きな可能性を示すものとなりました。

講演会の様子を前編と後編に分けて紹介します。前編では、9月16日に開催された2つの講演「海藻液肥の農業への利用 ~紅藻キリンサイ液肥の果実・野菜・カキへの効果実例~」と「かに殻由来の機能性成分 低分子量キチン」についてレポートします。

海藻液肥の農業への利用 ~紅藻キリンサイ液肥の果実・野菜・花きへの効果実例~

高知大学名誉教授の大野正夫氏

海藻液肥の歴史

北欧を含めてヨーロッパでは、古くから海藻を肥料として利用してきました。一方、日本では、森林の腐葉土が海へと流れ、沿岸でも豊かな土壌があり、肥料として海藻を利用することは、それほど多くはなかったようです。ところが、今から30年ほど前、ビニールハウスなどの栽培施設の利用が盛んになると、次第に状況が変わっていきました。ハウス内では液肥が使用されるようになり、海藻液肥が利用されるようになったのです。1990年代には、南アフリカ産の大型の海藻エクロニア・マキシマを原料とした液肥「ケルパック」が登場しました。

現在、輸入されている海藻液肥の原料は、主にノルウェイ産のアスコフィラム・ノドサム、南アフリカ産の エクロニア・マキシマ、チリ産のレッソニア、中国産のコンブ、東南アジア産のホンダワラ類です。これらの褐藻類の海藻には、多糖類のアルギン酸、ラミナリン、マンニット、フコイダンなど、各種ミネラル、アミノ酸、ビタミン、植物ホルモンなどの植物成長促進因子群などが含まれていて、肥料として高い効果が期待されるわけです。海藻液肥を利用すると、農作物に甘味が出る、根がしっかりする、サツマイモの実入りがよくなるといった効果が現場からも報告されています。実際に、褐藻類に由来する海藻肥料では、発根、発芽、養分吸収、生育を促進すること、樹勢が旺盛となること、病虫害やその他の傷害に対する抵抗力が高まること、糖度が増し、色づきが良くなり、果実が大きくなるなど品質が向上すること、収量が増えることが期待されています。また、化学肥料の常用による土壌中の微量要素の不足を改善して、連作障害を軽減する効果や、収穫作物の貯蔵期間を伸ばす効果も認められています。

紅藻キリンサイから液肥が誕生

大野氏は、数年前から、自ら養殖してきたキリンサイという紅藻類の海藻が肥料として役立つと考えてきました。大野氏が研究、養殖している紅藻類の海藻キリンサイは、変異により緑色を呈しています。キリンサイには、抗ガン作用、抗酸化作用、抗菌作用などの薬理的な効能をもつ成分が多く含まれています。そのため、養殖したキリンサイは研究用に研究者へと提供され、イタリアレストランなどで食材としても利用されてきたそうです。年間100kg~1tほどのキリンサイを取り扱っています。キリンサイの特徴は、成長が速く、有用な成分を多く含むので、肥料の成分になる可能性が高いと考えられたわけです。

キリンサイを液肥にした商品は、今年から販売が開始されています。キリンサイは土佐湾で養殖されています。本来は熱帯産で、フィリピンなどでは大規模な養殖が展開されています。大野氏は日本でのキリンサイ養殖に長く力を注いできました。そして、このたび液肥として商品化に成功したのです。ここで、キリンサイ液肥の製法を紹介しましょう。凍結保存したキリンサイの葉体を裁断して絞り、全量の80%以上を搾汁します。凍結した葉体から得られる搾汁は、紅色色素のフィコエリスリンにより、ピンク色の液体となります。液肥商品は100倍に薄めて利用します。

キリンサイには優れた特徴があります。海藻液肥に使われる海藻の成分を比べてみましょう。海藻の成分は、キリンサイとコンブでは同じくらいであまり変わりません。一方、ミネラル成分について調べてみると、コンブに比べると、キリンサイにはカリウムが多く含まれます。カリウムが多いと甘味が増し、成長が速くなるといわれます。キリンサイの速い成長にはカリウムが関係している可能性もあるようです。

キリンサイ液肥による栽培事例

キリンサイの絞り汁には、増粘剤となるカラギーナンが含まれるので、プリンなどの食品にも利用できます。キリンサイは食品として利用されているので、とても安全です。

キリンサイ液肥を使った栽培事例をみてみましょう。1つめは、ビニールハウスで栽培されるメロンです。液肥を使うと葉が大きくなり、さらに果実が30%ほど大きくなりました。大きなメロンは1個で約3.8kgあり、甘味があることから、贈呈品としての販売にも期待が高まります。2つめはビニールハウス内でのトマト栽培。キリンサイ液肥を使うと、トマト果実は甘味は変わりませんが、うま味が増して、水っぽさが少なくなります。3つめは、サツマイモ。岡山県の農業法人がキリンサイ液肥を利用して栽培しました。収穫前に掘ってみると形が良いことがわかりました。4つめは、ドラゴンフルーツ。やはり良好に成長しました。5つめはヒナギク。キリンサイ液肥で栽培して3週間後に比較すると、茎がしっかりして、花のもちがよいことがわかりました。

キリンサイ液肥の肥料効果をもたらす要因として、カリウム、粘質多糖類カラギーナンの働き、アミノ酸と酵素の働きなどが挙げられています。また他の海藻液肥のデータから、キリンサイ液肥にも植物ホルモンが含まれると推測されます。紅藻類キリンサイを材料とした新しい液肥に期待が高まります。

カニ殻由来の機能性成分 低分子量キチン

焼津水産化学工業株式会社 樋口昌宏氏

カニ殻から生まれた低分子量キチン(LMC)

焼津水産化学工業株式会社では、カニ缶詰工場から出るカニ殻を利用して「だし」や「カニ風味調味料」を機能性成分として抽出しています。さらにキチン・キトサンやN-アセチルグルコサミンといった機能性食品素材を作っています。焼津水産化学工業株式会社は、この分野での世界の老舗メーカーであり、独自の技術を用いて、キチンから低分子量キチン(Low Molecular Chitin、以下LMCと略します)を開発しました。この講演での主役であるLMCは、健康食品の素材として利用されているものです。

さて、キチンはエビやカニなどの甲殻類、昆虫類、キノコなどの真菌類に含まれる成分です。キチンは、N-アセチルグルコサミンが重合してできたもので、分子量は100万以上。自然界では、分解されにくい性質をもっています。そのキチンを特殊な技術で分解してできたのがLMCです。LMCは、数十個のN-アセチルグルコサミンからできていて、平均の分子量は3000ほど。大きさは15μmで、花粉と同じくらいのサイズです。

LMC3%の分散液は白濁しています。これを100~500倍に薄めて葉面散布します。LMCはキチンを独自の食品加工技術により低分子量化した食品素材です。自然界に存在し、植物体や土壌微生物により分解され、物質循環しています。このためLMCは安全性が高いのです。

LMCと病原抵抗性

LMCには植物に作用して、植物に本来備わっている力を引き出す効果があります。その1つが植物の病原抵抗性を高める効果です。例えば、トマトの発病抑制。トマトの病気である斑点細菌病とかいよう病に対して、LMCが発病を抑制することが確かめられています。どちらの病気についても、LMCを処理した場合には、無処理と比べて、発病が明らかに抑制されたのです。抑制効果は、対照薬剤とした殺菌剤(カスガマイシン・銅水和剤)と同程度でした。キュウリやキャベツでの実験でも、LMCの有効性が確かめられています。なお、LMCに農薬効果はありません。

LMCは植物に備わっている抵抗性を増強させる働きがあります。そのメカニズムは次のように考えられています。まず、昆虫や糸状菌などが植物を傷つけると、植物体からはキチン分解酵素が分泌されます。それらの酵素により昆虫や糸状菌の体のキチンが分解されます。それらのキチン断片を認識することによって、植物は害敵の存在を感知するわけです。ここで、LMCはこのキチン断片と同じ構造をしています。そのため、植物体内ではキチン断片の刺激と同じように、LMCによって防御反応が引きおこされます。このように、LMCを害敵として感知した植物体内では、生体防御に関わる反応が誘導されるというメカニズムが示されているのです。このメカニズムを確かめる実験を次に紹介しましょう。

LMCの推定される作用メカニズムを確かめるために、LMCの刺激によって植物体内で働く遺伝子の変動、つまり遺伝子発現の変動が調べられました。実験の材料はモデル植物のシロイヌナズナです。LMC 60ppm (0.006%)を試験液にして、対照群には水を添加しました。そして発現するRNAを抽出して、マイクロアレイ解析が行われました。実験の結果、LMCを添加すると、ストレス耐性などに関連する遺伝子群が活性化されることが明らかになったのです。その中でも注目されたのがCRK遺伝子です。CRKは、活性酸素種を調節するといわれるタンパク質。このことから、LMCは植物体内で発生する活性酸素の調整に関わることがわかりました。つまりLMCによって、植物体内では活性酸素の調節という反応が生じて、それによって生体防御反応が高められていたというわけです。

植物の本来の力を引き出すLMC

LMCには植物の生育をよくする効果もあります。この実験では、育苗時のトマト苗にLMCを葉面散布しました。その結果、地上部、地下部ともに30ppm処理区が生育が良く、60ppm、120ppm処理区でも生育がよくなりました。ここでポイントになるのは、LMCは不溶性の粒子で、植物の成長に直接的に影響を与えるような栄養にはなり得ないということです。このため、LMCが植物自体が本来もつ能力を引き出したものと推測されました。そこで、次に紹介するように、LMCが植物ホルモンとも関連している可能性が検討されました。

植物ホルモンはシグナル伝達物質として重要な役割を果たします。植物ホルモンと病原抵抗性の関係は、古くからよく研究されてきました。その一方、植物ホルモンと乾燥や高温などの非生物的ストレスとの関係は近年になって注目されるようになりました。例えば、傷害応答に働くジャスモン酸の合成が誘導されると、ジャスモン酸の刺激により、いくつもの遺伝子が活性化されて、植物体の乾燥耐性が高まるといった現象が知られています。このように、病原抵抗性のような生物的ストレスに関連する植物ホルモンが、非生物的ストレスにも関係していることがわかってきたのです。そうだとすると、LMCの刺激は、植物ホルモンの生合成にも関わっているのでしょうか?

そこで、LMCと植物ホルモンの関係が調べられました。注目したのは、サリチル酸とジャスモン酸という植物ホルモンです。サリチル酸は病原菌の感染によって生合成されます。ジャスモン酸は昆虫の食害などによって生合成され、さらに果実の成熟や老化促進、生育阻害、病傷害応答に関わることが知られています。

実験の結果、サリチル酸では、低濃度のLMCを処理したときに、9日後に活性が上昇しました。ジャスモン酸では、高濃度のLMCを処理したときに、5日後に活性が上昇しました。どちらも時間が経過してからの応答であることなどから、LMCが間接的にジャスモン酸やサリチル酸の生合成の活性を高めたと考えられます。このように、LMCによって、植物はサリチル酸やジャスモン酸といった、非生物的ストレスにも関わる植物ホルモンが活性化されることがわかったのです。

土壌(微生物)の本来の力を引き出すLMC

LMCは土壌環境へも影響を与えます。カニ殻をそのまま土壌にまいても、キチンは分解されにくいので、効果が現れるまでに長い時間がかかります。そこでLMCを利用してみました。すると、放線菌など、いわゆる善玉菌は、LMCを添加して0.5時間で増加しました。一方、フザリウム菌など、いわゆる悪玉菌は、LMCを添付して0.5時間で減少しました。土壌微生物へのLMCの影響が速やかに現れたわけです。

また、森林土壌を使った実験でも、LMCを添加すると微生物の量や組成が変化して、放線菌類が増加することが確かめられています。このように、LMCを添加した土壌では、悪玉菌の増殖が抑えられて、微生物叢が多様化することが確かめられているのです。

植物にはキチンが含まれませんが、キチンを分解する酵素は存在し、キチンへの感受性があります。LMCはキチン断片と同じ構造のため、植物はLMCを害敵と勘違いして、植物が本来そなえている生物的ストレス(病原微生物)への防御に関わる反応が誘導されると考えられます。さらにLMCは非生物的ストレス(乾燥や高温など)への耐性を高める効果もあると期待されます。

また、LMCは土壌へも影響します。実験では、速やかに有用土壌微生物である放線菌が増加し、有害土壌微生物であるフザリウム菌が減少しました。このとき、LMCは直接フザリウム菌の減少には関与していません。放線菌以外にも多くの土壌微生物の増殖をもたらし、土壌微生物叢の多様化をもたらすと期待されます。

取材・文/保谷彰彦

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