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日本バイオスティミュラント協議会 2021年度 第4回講演会 レポート (後編)

公開日:2021.11.10

2021年9月16~17日の2日間にわたって、日本バイオスティミュラント協議会による第4回講演会がオンラインで開催されました。第4回講演会では、バイオスティミュラントに関する日本やヨーロッパ、米国の現状や課題についての報告のほかに、バイオスティミュラントの実例報告として4つの講演が行われました。4つの講演は、バイオスティミュラント資材としての「海藻」と「多糖類(キチン・ビール酵母)」の実例が詳しく紹介されました。それぞれの分野におけるトップランナーによる講演は、バイオスティミュラント資材の大きな可能性を示すものでした。

講演会の様子を前編と後編に分けて紹介します。後編では、9月17日に開催された2つの講演「「海藻と林床の腐葉土起源養分を含む土壌表面付近の地下水の農業利用」」と「ビール酵母細胞壁水熱反応物による植物および土壌微生物への作用」についてレポートします。

海藻と林床の腐葉土起源養分を含む土壌表面付近の地下水の農業利用

株式会社海藻研究所 新井章吾氏

肥料としての海藻

中海の沿岸にはオゴノリ類を中心とした藻場が広がっています。オゴノリ類が枯死して湖底に堆積すると、アサリなどの底生生物が死んでしまい、生息できなくなることが報告されています。中海では昭和30年代頃までは海藻類が刈り取られて、農作物の肥料として利用されていたそうです。ところが、化学肥料が普及するようになると、藻刈りが行われなくなってしまったのです。近年、中海と宍道湖では、環境を保全するために再び藻刈りが行われるようになり注目を集めています。それらの活動で新井氏は中心的な役割を果たしてきました。そして、藻刈りで得られた中海の海藻オゴノリは、乾燥させて粉砕しペレット状にして肥料として販売されています。

ここで気になるのは海藻肥料による塩害ですが、それは心配ないようです。海藻に含まれる塩分は、陸上植物と同程度。海藻を乾燥させる時に残るナトリウムはわずかなので、海藻肥料を耕作地に蒔いても塩害は起こりません。その一方で、海藻に含まれるミネラルは、植物と土壌中の微生物にとって有用な成分です。

ところで、海藻と海草はどちらも「かいそう」ですが、生物学的には全く異なる生物群です。海藻は藻類の仲間なのに対して、海草は水草の一種で、海中に生育する種子植物です。

海藻には多くのミネラルが含まれています。海水に多く含まれるのは塩素、ナトリウム、マグネシウム、カリウムといったミネラルです。一方、海藻に多く含まれるのは、それ以外のミネラル。海水の数倍から数万倍のミネラルが含まれています。それらのミネラルは、長い年月をかけて、陸上から海へと流れた成分であり、農地では不足しがちです。そのため、海藻に含まれるミネラルには、連作と化学肥料の使用で疲弊した農地の土壌を回復させる効果が期待されているわけです。

海藻肥料を使った栽培事例

伝統的な海藻肥料の使用法は、土の上に置くだけです。土壌にすき込んだり、発酵させずに使います。苗のときには、海藻肥料を藁の上に置くようにして効果を調整するといった工夫がなされています。具体的な事例として、大分県杵築市神鳥柚子園における海藻肥料の効果をみてみましょう。

まずは柚子です。慣行栽培では、一定期間ごとに農薬をまきます。対照として、無農薬で海藻肥料を与えると、柚子の葉が大きくなり、果実の大きさと皮の厚さが約2倍になりました。柚子は皮を利用するので、皮が厚いことは、好ましいことなのです。さらに、果実の糖度が上がり、ビタミンCが多くなることが確かめられています。ここでの海藻肥料は、浜に打ち上がるホンダワラ類、ヒジキの加工残渣などが利用されています。

また農薬を使用したときよりも、ハモグリガの幼虫が極めて少なくなります。なお、海藻自体に害虫忌避成分はないので、植物が忌避作用を活性化させていると考えられます。

海藻肥料を利用し、無農薬・無除草剤にしてから、ヒヨドリ、ホオジロ、ヒバリによってアゲハチョウの幼虫が補食され、コガネグモやカマキリによってアゲハチョウなどが補食されるようになりました。このため、農薬を使う必要がなくなりました。ネオニコチノイド系農薬を使用しなくなり、飼育しているニホンミツバチと天然のニホンミツバチの分蜂数が増加したり、農地の周辺ではホタルが戻ってきたりと周辺での環境がよくなったそうです。

また、海藻肥料を利用する前には、多いときで2週間に一度の割合で農薬などを散布していました。海藻肥料を使うことで、その手間と農薬代を節約できるようになったそうです。

海藻肥料で育てた「海藻柚子」が一流料理店へ販売されています。そのつながりで他の農作物も高い値段で取引されるようになりました。

無施肥・無農薬でも海藻を使用した場合には、ナバナは大きく育ちます。またサクランボの木では、海藻肥料によって樹勢がよくなったことが写真からもわかります。海藻肥料をまくと、微生物により土がふかふかになります。すると、周辺の雑草も大きくなるが、土が軟らかいので雑草自体は抜きやすくなります。

(左畝)海藻未使用、(右畝)海藻以外無施肥・無農薬。
2012年に定植されたサクランボの木。左は2015年から海藻を上置き、右は2013年から海藻を上置き。

海藻には陸から海に流れ込んだミネラルが濃縮され、多糖類も豊富に含まれています。これらの成分によって土壌では微生物が増えて、土壌の有機物が分解されます。それらは養分となり植物に吸収されるのです。

土壌の表面近くを流れる地下水の農地への利用

ここまで紹介した事例のように無施肥栽培がうまくいく理由として、森林の腐葉土を起源とする養分が農地を含む土壌表面付近を通過しているからではないかと新井氏は考えています。

大分県杵築市で、海藻以外は無施肥の畑の土壌を調べてみると、窒素やリン、カリウムが豊富に含まれていました。これは、農地の土壌付近の地下水に含まれている、森林の腐葉土に由来する養分によるものだと考えられました。

農地が多いことで知られる米子市の例もみてみましょう。米子市を流れる法勝寺川の河床からの湧水を調べました。すると湧水量は 9.3~285.2 l/m²/h で、最も流水量 の多い地点におけるケイ酸、全チッソ、全リンの供給量は1時間当たりそれぞれ、2481.24、 399.28、8.556mg/l でした。また、生物にとって欠かせない酸素も十分量が含まれていました。それら養分と酸素は山と川、湖沼、海の間にある農地の土壌中をゆっくり通過していると考えられます。

日本の国土の66%が森林であり、腐葉土が次々に生まれます。それらの腐葉土の養分を含む地下水は、土壌表面付近を流れています。この地下水を農業に利用する技術を開発することは、今後の日本の農業だけでなく水産業にとっても重要な課題となりそうです。リンやカリウムは有限であり、今後も十分量を輸入できるか見通せません。そのような状況においては、バイオスティミュラント資材を含めて、天然資源や森の腐葉土が大事になりますし、地下水をうまく活用していくような工夫が必要だと新井氏は考えています。生産基盤となる農地を整えながら、海藻を使うとより効果的になると期待されます。

ビール酵母細胞壁水熱反応物による植物および土壌微生物への作用

アサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社 北川隆徳氏

ビール酵母から生まれたBS資材

ビールを造れば造るほど、多くのビール酵母ができます。そのビール酵母を分解して作られるのが酵母エキスで、食品に使われます。酵母を分解すると、酵母エキスのほかに、酵母細胞壁が残ります。このビール酵母の細胞壁を過熱水蒸気を用いた水熱反応処理して生まれるのが「酵母細胞壁水熱反応物 (以下、CW1と略します)」です。酵母の細胞壁から生まれたCW1には、BS資材としての魅力的な特徴があり、すでに農作物栽培や芝管理などで活用されています。

CW1は植物に刺激を与えます。CW1を添加された植物には、地上部と地下部で様々な反応が生じます。そのわけは、CW1が植物病原菌の成分と似ているから。ビール酵母細胞壁の主な成分は、グルコースが重合した多糖類です。CW1を添加された植物は、病原菌に感染されたと勘違いして、防御反応を活性化させるのです。実際に危険にさらされた植物は、細かい根をはり、花を咲かせて、タネをつくることが知られていますが、CW1を添加された植物では同様の反応が生じます。

植物の生理活性を高めるCW1

CW1には発根を促進する効果があります。CW1を使うと、根に含まれる2種類の植物ホルモン含量が変化します。1つはオーキシンです。オーキシンには発根や根の伸長生長を促進する効果があり、例えばイネでは、側根を増やすことが知られています。CW1により、オーキシンの根での含量が増加します。

もう1つはサイトカニンです。サイトカイニンには細胞分裂を促進し、側芽を生長させる働きと同時に、側根の生長を阻害することが知られています。サイトカイニンの根での含量は減少します。つまり、根でオーキシンが増えることにより発根が促進されて、サイトカイニンが減ることにより側根が増えるという仕組みが働いているのです。

土壌の性質を変えるCW1

CW1には、三価鉄イオンを二価鉄イオンに還元する性質が備わっています。このような還元性は、土壌や微生物に作用します。じつは、土壌に三価鉄イオンが含まれると病原菌など、いわゆる悪玉菌が増えるのに対して、二価鉄イオンが含まれると納豆菌や乳酸菌など、いわゆる善玉菌が増えることが知られています。このため、CW1を土壌に加えることで、二価鉄イオンが増えると、土壌の有用菌が活性化し増殖するため、悪玉菌の増殖が抑えられるというのです。2つの事例をみてみましょう。

1つめはトマト青枯病菌の例です。実験によると、CW1を土壌に添加しなかったトマトは、トマト青枯病菌の影響で枯死しました。一方、CW1を添加すると、トマトは病原菌の影響を受けずに成長しました。CW1自体はトマト青枯病菌に対して、抗菌活性を全く示しません。そのため、CW1により土壌中の三価鉄が二価鉄に還元されたことで、トマト青枯病菌が死滅したと考えられるわけです。

2つめはジャンボタニシの例です。写真のように、大分県の農地で、2019年にジャンボタニシの食害でイネが大きな被害を受けました。ところが、2020年にCW1処理したところ、食害が減ったのです。このときCW1は鉄資材とまぜて散布されています。このようにジャンボタニシの食害が減少したメカニズムとして、次のような仮説が立てられています。

まずCW1散布によりイネの側根が増えます。すると側根から土壌中の二価鉄が植物体内に吸収されるようになります。じつはジャンボタニシなどの軟体動物は二価鉄イオンに弱いことが知られています。というのも、体内で二価鉄と反応して活性酸素が発生するため、衰弱して死んでしまうのです。このため、ジャンボタニシは鉄を含む植物を食べずに避けると考えられています。なお、CW1自体はジャンボタニシに全く影響も及ぼさないことが確かめられています。

土壌の有用菌を増やすCW1

CW1には土壌の有用菌を増やす効果もあります。栃木県のイチゴ圃場の土壌フローラを解析した研究を紹介しましょう。CW1によりイチゴは根張りがよくなり、生育も旺盛となります。そこで土壌の細菌などの微生物を詳しく調べたところ、CW1無処理の対照区と比べてCW1処理区では、細菌群集に明確な違いが見られました。そして土壌微生物の種類や量が変化することが確かめられました。このとき、CW1処理区で根の周り(根圏)で増えるのは、バチルス類(納豆菌)や根粒菌類などの有用菌が増えることがわかったのです。

芝を元気にするCW1

CW1には芝を元気にする働きもあります。ゴルフ場での事例をみてみましょう。CW1処理すると、白く細かい新しい根が多くなります。これは発根が促進されているためです。またサッチの分解が速いことから、微生物活性が高いこともわかります。さらに、芝の土壌の硬さを表す指標であるコンパクションが向上し、霜が降りにくいといった特徴も報告されています。

他にも、芝生の穴のふさがりが早く、芝の回復が早いことが示されています。また病気によって裸地化してしまった場合にも回復が早く、病気の再発も抑えられるようです。

このようにCW1を使用すると、芝が元気になり、肥料や農薬の使用量などが減ります。そのため、慣行の管理と比べると、CW1を利用した新たな管理によって、約22.3%のCO2を削減できることが示されています。

ビール酵母の細胞壁に由来するCW1は安全な物質です。その優れた特徴は、バイオスティミュラント資材として広く活用されるものと期待されます。

取材・文/保谷彰彦

 

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