HOME 読みもの カルチべ市場動向 【関西 野菜】カブ カルチべ市場動向 【関西 野菜】カブ カブ 公開日:2021.11.25 「名物や蕪の中の天王寺」 これはカブという野菜が好きすぎて自分の号(ペンネーム)にまで「カブ(蕪)」の字を使った江戸時代の画家でもあり俳人でもある、大阪生まれの与謝蕪村が詠んだ歌だ。聖徳太子が建立した日本最古の寺の一つである四天王寺がたたずむ大阪の天王寺地域が江戸時代にはカブの名産地であったことを意味している。 聖徳太子の時代までの日本は地域信仰心が強く、それぞれの地域ごとに決まりごとがある地方分権国家だったため、なかなか統制が取れなかった。これらをまとめて中央集権国家を築こうと考えた聖徳太子は、仏教を広めることで皆が同じ思想を持つようになれば統制が取れるようになるだろうと考え、各地に寺を建立したのだ。そのなかの一つで中心的な存在であったのが四天王寺である。寺には多くの修行僧がおり、また寺を中心として集落が発展していったため多くの食料が必要だった。 当然、修行僧であるから食事は精進料理である。修行僧たちは米や大豆、野菜などを自ら栽培して調理したり加工したりして利用していた。四天王寺が立つ大阪市天王寺区に寺田町という地名があるが、由来は「寺の食材を確保するための田畑」という意味で、この辺りが農産物の産地であったと考えられる。なかでも最も利用価値が高く、よく栽培されていたのがカブだ。 カブの漢字「蕪」は「草かんむり」と「無」で構成されているが、これは地面をカブの葉が覆いつくして地面が見えなくなる、ということを意味している。カブはカブラともいわれるが、語源は「カブル(=被る)」で、同じ語源を持つ言葉には「兜(かぶと)」があり、「頭を覆うもの」を意味している。カブは種子を播くとあっという間に地面が見えなくなるくらいに葉が生い茂ることからこう呼ばれるようになったようだ。 『三国志』にも登場する名軍師である諸葛孔明は、かつては軍にカブの種子を持たせ、軍営地でカブを栽培して食料を確保したと伝えられている。この話を聞いた当時の日本の女帝であった持統天皇がカブの栽培を推奨し、多く栽培されるようになったようだ。ここから全国に広がり、各地で様々な種類のご当地カブが誕生したのだがそれだけにとどまらない。その後の時代にはハクサイや漬け菜、ブロッコリーなど様々なアブラナ科の野菜へと姿を変えていった。カブは今日本で食べられている多くのアブラナ科野菜の祖先ともいえる野菜なのだ。 そして、そのカブのなかでも原点だと考えられるのがなにわの伝統野菜「天王寺蕪」で、近年在来種の種子が発見されて復活し、今でも大阪府内で栽培出荷されている。これが与謝蕪村の詠んだ歌に出てくるカブのことで間違いないだろう。 しかし、2度の大きな戦争とその後の高度経済成長の時代に都市化が進み、今は天王寺周辺には農地は残っていない。近代化のなかでカブの品種改良も進み、日本各地の「ご当地カブ」とは別の新品種が主体に栽培されるようになっていった。 今、大阪市東部市場に入荷してくるカブは福岡県産、徳島県産、千葉県産が主体で、この3県で全体の4分の3を占めている。地元の大阪府産は7番目でありながらも全体の1%程度と少ない。 カブの入荷量自体は微減傾向の横ばい状態である。カブといえば漬物が主な用途であるが、キムチ以外の一般家庭での漬物需要は減っており、漬物は居酒屋などの漬物メニューが主な用途で、漬物屋も一般消費者ではなく飲食店への卸売が大きなウエイトを占めている。2020年からコロナ禍の影響もあり外食や漬物屋の需要が激減しており入荷量も減少、今後は回復が望まれつつも未知数という状況だ。 一般的には秋冬と春の2作があるが、大阪の市場ではカブといえばもっぱら秋冬のものというイメージで、量販店でも千枚漬けをはじめとした正月用の漬物商材としての色が濃いため12月の中旬以降が需要期となる。 正月におせち料理を作ったり食べたりする風習も年々薄れているというのが実状であることを考えると、カブの需要も減少していくことは避けられないのかもしれない。 今、日本各地にはご当地カブと呼ばれる様々なカブが伝統野菜や特産物として栽培されている。「聖護院かぶ」や「津田かぶ」、「日野菜かぶ」などは有名だから聞いたことがある人も多いだろう。カブには大きく分けて西洋カブと和カブ、その混合種の3種類があるのだが、フォッサマグナと呼ばれる西と東を分断する縦のラインを境にカブの分布が大きく変わる。この縦のラインのことを「かぶらライン」と呼んでおり、西日本はほとんどが和カブで東日本は西洋カブが多い。 しかし、西日本の一部に西洋カブ、東日本の一部に和カブが特産となっている地域がある。西日本は長崎で、鎖国時代にも港が開かれており、西洋の文化が色濃く残っている町だ。また東日本では函館や青森の津軽地域、新潟などであるが、これらは移住も含めて関西地域の文化が持ち込まれた地域であるため、同じくカブの種子も持ち込まれて栽培されるようになったことがうかがえる。 カブは種子が運ばれた先でも地域の気候風土に合わせて進化を遂げ、さらに様々なアブラナ科植物へと変化してきた、日本の食文化の原点ともいえる野菜である。 カブは、日本の食文化を未来へとつないでいくためにも残していきたい野菜だ。 著者プロフィール 新開茂樹(しんかい・しげき) 大阪の中央卸売市場の青果卸会社で、野菜や果物を中心に食に関する情報を取り扱っている。 マーケティングやイベントの企画・運営、食育事業や生産者の栽培技術支援等も手掛け、講演や業界誌紙の執筆も多数。 この記事をシェア 関連記事 2023.5.23 【関東 切り花】アスチルベ アスチルベは小さな花が集まった花穂を持ち、花色にくすみがかった雰囲気があることか […] アスチルベ 2023.5.16 【関西 果実】セミノール 日本で商業利用されているカンキツ類は多く、時期的には露地栽培のもの […] ミカンセミノールカンキツ 2023.5.15 【関西 野菜】泉州タマネギ 世界の伝統的な食事のレシピやレストランを紹介するウェブサイト「TasteAtla […] タマネギ泉州タマネギ