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長野で多彩な品種を栽培する「リンゴ探偵」 長野県長野市 やまさ農園 関 博文さん

公開日:2021.12.27 更新日: 2021.12.30
数あるクッキングアップルの中で、関さんが最も可能性を感じている「グラニースミス」と。

リンゴが赤く色づかない

関 博文さん(59歳)は、長野市でリンゴをメインにサワーチェリー(酸果桜桃)、アンズ、モモ、西洋ナシ、和ナシなど多品目を栽培。「ふじ」を中心に「秋映」「シナノゴールド」「シナノドルチェ」等を栽培していますが、さらに生食用、調理用、シードル用、Red-Fleshed Apple(赤果肉リンゴ)など、合わせて約60品種を栽培しています。

関さんは、1983年に21歳で就農した当時、8月に出荷する「早出しリンゴ」を栽培していたそうです。

「昔は、7月下旬からリンゴにかけた袋を外して葦簀の上に並べて、その上から水をかけると数日で赤くなる。仏壇にお供えするタイミングで出荷していました。食べてもあまりおいしくないんですが、それでも高値で売れる時代でしたね」

自宅と圃場のある穂保・大町地区は標高330mで、千曲川のすぐ近く。その河川敷や周辺の圃場で栽培を続けていました。

かつてサクラは4月中〜下旬に満開になっていたのに、近年は入学式かその前に咲く。柿も積算温度が足りなくてなかなか渋が抜けなかったのに、今では完全な甘柿に。温暖化や気候変動の影響は、だんだんリンゴの果実にも現れるようになってきました。

「9月以降の気温が高くなって、なかなか色がつかなくなっているんです」

リンゴには味わいが求められる昨今、昔のように水をかけて赤くするわけにもいきません。そこで、

「長野は、他の産地に比べて標高差があるのが特徴です。7年前からここより200m高い豊野地区に、畑を借りて栽培を始めました」

加工原料としての適正を探る

かくいう関さんは、現在合わせて3haの圃場のうち2haでリンゴを栽培。一番多いのは、生食用の「ふじ」です。そしてさらに……

「今現在は、これだけあります」
「うわあ、すごい数ですね」

上段は西洋ナシ、和ナシと柿。中段は日本、下段は外国にルーツを持つクッキングアップルたち。

西洋ナシ、和ナシ、カキ、酸味のある国産リンゴ、外国産のクッキングアップル……。

農園を訪れた10月中旬、案内された作業場の前には、全部で18種の果実が並んでいました。まるで品種の展示会のよう。同じ長野市でもなかなかお目にかかれない、珍しい品種も少なくありません。

「品種の数は多いですが、あくまでも試作のレベル。実際に作ってみて、加工品種としての可能性を探っています」

そんな関さんが栽培しているリンゴたちの一部を紹介しましょう。

紅玉 「国光」と並ぶかつての主力品種。デリシャス系や「ふじ」の登場で生産量は激減。果皮が鮮やかな真紅色で酸味が強いので、リンゴを使ったお菓子に欠かせぬ品種として、人気が再浮上している。

スリムレッド 群馬県で育成された小ぶりなリンゴで、「ふじ」の受粉樹としても使える。果皮が薄く、丸かじりにピッタリ。皮をむかず、切り分けなくても味わえるので、手軽に味わえるリンゴとして期待が高まっている。

シナノプッチ 長野県で育成された小玉リンゴで、田中康夫元知事が命名。果重は150〜200gと小さく、丸かじりに適している。県内にはこの品種を栽培して、積極的に小玉を売り出すグループもある。

さんたろう 「はつあき」×「スターキング・デリシャス」の交配で、農研機構が育種した「三たろう」の一種。酸味があるので「さんたろう」。製菓用リンゴとしての可能性を探っている。

ブラムリー イギリスで広く栽培されているクッキングアップル。長野県では小布施町の生産者がいち早く着目し、積極的に栽培している。10月収穫の完熟果は、乾燥させるととても美味。

グラニースミス オーストラリア在住のトーマス・スミス夫人が、偶然実生から見出した黄緑色の品種。歯ごたえと酸味があり、洋菓子に適している。

ゴールデンラセット アメリカ生まれのシードル用のリンゴ。見た目はまるで和ナシのよう。東御市のワイナリーで試作。シードルのベースに使用している。

手をかけず販売できるルートを

それにしても関さんは、なぜこんなにいろいろなリンゴを作るのでしょう?

かつて、リンゴ農家の人たちは、より色づきが良く、より美しい果実を求めて、果実に満遍なく光を当てて色づきを良くしようと、周りの葉を取り除き、果実を日のあたる方向へ向ける「葉摘み、玉回し」の作業に追われていました。

ところが25年ほど前、長野県果樹研究会の理事会で、

「日本の果物は、生で食されるよりも、お菓子やパン、ジュースやジャム等、何かしら加工を施されてから消費される分が増えている」

という話を耳にしました。つまりせっかく葉を摘んで、玉を回しても、どこかで砕かれたり、カットされたり、加熱されたりして加工材料になってしまうなら、わざわざリンゴに手をかける意味がない。最初から手をかけずに乗せられる加工原料や業務用のルートがあるなら、多少値段が安くても、そこを目指そう。そう考えるようになったのです。

シードル用品種「ゴールデンラセット」。見た目はまるで和ナシのよう。

とはいえ、農協出荷や直売と違い「加工向け専用」の販売ルートは、独自に開拓しなければなりません。そこで思いついたのは「お菓子屋」さん。関さんは根っからお菓子好きなので、何の苦もなく地元の洋菓子店「お菓子工房」に通い詰め、お店の人に「いつもありがとうございます」と顔を覚えてもらった頃合いに「うちのサワーチェリー(酸果黄桃)を使ってもらえませんか?」と声をかける。そんな方法でアプローチしていきました。

2005年当時、世はパティシエブーム。そのなかでよく耳にしたのは、パティシエたちの「甘味は砂糖で調整できるけど、酸味のないフルーツは使にくい。レモンを足すとレモンの味になってしまうから、もっとすっぱいリンゴがほしい」という声でした。

「そういう需要があるのなら、『葉摘み・玉回し』をせずに、すっぱいリンゴを作ろう!」

「ブラムリー」、「グラニースミス」、「コックスオレンジピピン」、「レネット・デュ・カナダ」、「ブレナムオレンジ」、「ベルドボスクープ」、「ゴールデンラセット」……。酸味があって、加工適性の高い品種があると聞けば、友人知人、試験場、それでもなければ国のジーンバンク。あらゆる伝をたよりに探し出し、穂木を手に入れ、自分の樹に接ぎ育てる。周囲の人が目を見張るその探究心と行動力、栽培意欲は、まるで「リンゴ探偵」のようです。

こうして20品種以上の「すっぱいリンゴ」を栽培するようになり、洋菓子店を中心に出荷を続けるようになりました。

手のかからないグラニースミス

すっぱいリンゴを作り続けて20年。数ある品種のなかで、最も可能性を感じるのは?

「グラニースミスですね。条件がよけれえば、摘果がほとんどいらないんです」

摘果や葉摘の手間もかからず、製菓用として人気の「グラニースミス」。

リンゴというのは、中心花の周りに4つの側花が咲いて結実するのですが、多くの品種は果実を充実させるために、中心果を残して人の手で側果を取り除きます。ところがグラニースミスの場合、「自家摘果」といって自分で側果を落とすので、手がかかりません。

関さんは、他のリンゴの摘果が終わってから、グラニースミスを見回って、逆果や、形の悪いもの、混み合っている部分を間引くだけ。青リンゴとして出荷するので、葉摘みや玉回しもいりません。そして、適度に酸味もあって「お菓子用に使いたい」という人たちの評価も高いのです。

「スマートフレッシュを使うことで、鮮度を維持して長期に販売できるので、安心して生産量を増やせます」

気がつけば、「グラニースミス」は、「ふじ」に次いで生産量の多い、二番手の人気品種となっていました。

世界で人気の「ピンクレディー®」も栽培

もうひとつ、関さんが長野県の生産者仲間たちと作り始めたユニークな品種があります。それは「ピンクレディー®」。1973年オーストラリアの園芸試験場で「ゴールデンデリシャス」×「レディウィリアムス」から生まれた「クリプス・ピンク(Cripps Pink)」という品種です。

果皮が明るいピンク色の「ピンクレディー®」。1玉ずつロゴ入りのシールを貼って出荷する。

果皮が鮮やかなピンク色。適度な酸味と爽やかな甘味があるこのリンゴ。ヨーロッパでは「まるでシャンパンのよう」と知られるようになり、ブランドアップルとしては現在12ヵ国で栽培されています。このリンゴを生産・販売するにはライセンスが必要です。『日本でも作ろう』と仲間に呼びかけたのは、安曇野市の中村隆宣さんでした。

そして関さんも、それにいち早く応えて一緒にこのリンゴを作り始めます。こうして2006年、長野県のリンゴ生産者を中心に「日本ピンクレディー協会」を設立。その栽培と普及は、9人の生産者から始まりました。

「ピンクレディー®」の特徴は、収穫時期が遅いこと。関さんの農園で「ふじ」の収穫が始まるのは11月10日頃。「ピンクレディー®」は、さらに遅い11月20日以降に始まります。

「雪が降るか、降らないか、ドキドキしながら収穫しています。ふじは糖度が高いので、多少凍っても耐えられますが、ピンクレディー®はそれほどじゃない。凍ってしまうと本来の味でなくなって、肉質も落ちてしまうので、天気予報を見て、気温が下がりそうだったら慌ててとらないといけません」

関さんたちが日本で初めて「ピンクレディー®」を作り始めた頃、収穫直後の果実は酸味が強すぎて、すぐには売れないだろうと判断。貯蔵して2月のバレンタイン頃に売り出そうというのが戦略でした。ところが最近は、収穫直後に食べても、そんなに酸っぱくないのだとか。温暖化の影響はここにも現れているようです。

現在長野県の会員は31名に増えました。さらに北海道や東北、北関東にも広がって、全国で44名が、8660本のCripps Pinkと、1540本のMatilda(Cripps Pinkの枝変わりで色づきの良いもの)を栽培。県境を越えてネットワークを結び、世界に通じるブランドアップルを作り続けています。

丸葉台+わい性台の上に穂木を接ぐ

さて、リンゴの世界ではかつてはマルバカイドウを台木として、苗を育てる「丸葉台」が主流でしたが、樹の枝葉が大きく広がることと、新品種の穂木を接いでも、収益が上がるまで時間がかかるのが難点でした。

そこで長野県を中心に広まったのが「わい化栽培」。わい性台木を使い、樹が小さいうちから果実をつける方法です。さらに大きな苗を高密植で植えつけ、支柱で支え、まだ樹の細いうちからたくさん果実をならせる「新わい化」という方法も考案され、普及しています。

しかし、そんなわい化栽培にも、弱点がありました。

「栽培条件の合っているところはいいけれど、水はけが悪かったり、潅水施設のないところは、適さないんです」

そこで関さんが取り入れているのは、「半わい化栽培」という方法です。つまり丸葉台の上にわい性台木を接ぎ、そのまた上に作りたい品種の穂木を接ぐ、方式。しっかり根を張る丸葉台で全体を支え、中間にJM7などのわい性台木を入れることで、生長を早めるのです。そこから4本主枝を伸ばし、それぞれに果実をならしていきます。

丸葉台、わい性台木の上に穂木を接ぐ「半わい化栽培」で、苗木を育てる。

大型台風で自宅とリンゴが浸水

そんな関さんが、台木の重要さを思い知る出来事がありました。

2019年10月12〜13日、長野県を襲った台風19号により、長野市では千曲川の堤防が決壊。流域の1,360haが浸水。大町地区の関さんの自宅は床上35㎝まで水に浸かり、周辺の圃場も被害に遭いました。

大町地区の河川敷にはリンゴ園が多く、すぐ近くを千曲川が流れている。

被災した直後は、家族とともに避難所へ。やっと水も引いたので「ホームセンターで道具を買って片付けに行こうか」と思っていたところへ、テレビ局がやってきました。報道陣は、被災した人たちに声をかけ、取材を依頼しては断られ、お願いしては断られ……そんなやりとりを繰り返していました。どんどん奥へ進み、一番奥で準備していた関さんのところへやってきて、取材の交渉をするなかで、「いいですよ」とあっさり承諾。その日被災状況と片付けの様子が、全国ネットで放映されたのです。

するとそれを見ていた、スイーツジャーナリスト、パティシエ、ジャム工房の店主など、リンゴを通じてそれまでご縁のあった人たちが驚いて、いてもたってもいられず現場へ駆けつけてきました。そして泥出しを手伝ってくれたり、リンゴジュースについた泥を洗い流してくれたり、なんとか被災を免れたリンゴや西洋ナシを使って、ジャムを炊いてくれたり……数々の支援も受けました。

被災直後の様子。堤防近くのリンゴも倉庫も水に浸かっている(写真提供/関博文氏)。

この時被害が大きかったのは、大町地区よりさらに下流の津野・赤沼地区。家もリンゴも根こそぎ流されてしまった人が多かったそうです。それに比べれば、家は半壊で、掃除すれば倉庫も使える。なんとかなると、奮起していた関さん。

では、水に浸かったリンゴの樹は、どうだったのでしょう?

「われわれとリンゴは、この河川敷で何度も浸水を経験しています。今回はたまたま堤防が切れて、泥と大量の水が流れてきただけ」

周囲では、泥が入って根が窒息してしまうので「周りの泥を退けろ!」と、必死で泥出しするボランティアの姿もありました。それでも関さんは、「グラニースミス」を1本だけ泥除けもせずに残しておいたそうです。すると、

「今も無事ですよ。ぜんぜん問題なかった。やっぱり大丈夫だと思いました」

被災した年、さすがに水と泥に浸かった下3分の枝についていた果実は廃棄しましたが、中・上段の汚れていない実は収穫して出荷しました。被災したリンゴも樹は、以前と変わらず今年も実をつけています。

「やっぱり丸葉の台木は強いんです。これがわい性台木だったら、ダメだったかもしれません。水害を受けた時は、台木の違いが出ると思います」

水害がもたらした泥は、雑草の種も運んできたようで、「見たこともない草がボワボワ生える」現象も。土壌検査の結果、肥沃度も高そうなので、過剰施肥は禁物。普及センターから「毎年様子を見ながら少しずつ与えるように」と指導を受けています。

水害を乗り越えて

「この辺まで水に浸かったけど、今年もちゃんと実をつけている」と関さん。

リンゴの強さに助けられ大水害を乗り越えて、それでも温暖化との闘いは続いています。
「やはり適地適作が一番。できればさらに標高の高い600m以上の場所で作りたい」

加工に適していて、手がかからず、それでいて使い手に喜ばれる品種を。そして災害に強く、なおかつ充実した実を、早期につけられる台木や樹形はどこにある?

「リンゴ探偵」の探求は、まだまだ続きます。

関さんのリンゴの樹には、いろんな品種が接いである。

取材協力/やまさ農園 関 博文
取材・文/三好かやの
撮影/岡本譲治

<参考>
日本ピンクレディー協会 http://pinklady-japan.co.jp/

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