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【関西 果実】王林

公開日:2022.1.20

 

「独眼竜」の異名を持つ伊達政宗で知られる伊達家は福島県の桑折町(こおりまち)というところが発祥の地と伝えられている。歴史的には、源義経をかくまっていた奥州藤原氏を源頼朝が滅ぼし、戦功のあった中村念西が陸奥国伊達郡を賜ったのち、高子岡の地に城を築き、中村の姓を伊達に改めたことに由来する。「驕れる者も久しからず」と冒頭で読まれた『平家物語』の平家滅亡が伊達家を生んだことになる。そんな伊達政宗の曾祖父の伊達稙宗(たねむね)が築いた巨大山城である桑折西山城が今、歴史界では大きな注目を浴びている。

「城下町」という言葉は現代では聞き慣れたものだが、自分の居城の近くに家臣や住民たちを呼び集めて住まわせ街づくりを行ったのは、戦国武将として名高い織田信長の小牧山城だとされていた。しかし、最近の研究によって、信長よりも30年も前に伊達稙宗によって城下町がすでに形成されていたことがわかってきたのだ。

周辺の武将たちを制圧して従え、東北に一大王国を築こうとした稙宗であったが、実子や家臣の反逆にあい、道半ばにして失墜することとなる。それから関ヶ原の戦いを経て、約70年後に政宗が仙台に城と城下町を築き、東北地方の覇者となった伊達家であるが、稙宗はあまりにも時代を先取りしすぎたともいえるのかもしれない。

さて、この桑折町にはもう一つ歴史に刻まれるべき誕生秘話がある。それが今回の主役である「王林」だ。

「王林」は、「ゴールデンデリシャス」という黄色いリンゴと「印度」という赤いリンゴを掛け合わせて生まれた青いリンゴで、表面にポツポツとした「サビ」と呼ばれる点があるのが特徴だ。開発者である桑折町の農家、大槻只之助氏は食味にこだわって品種改良を行ったのだが、見た目が悪いということで農林水産省の審査をパスすることができず、品種登録が認められなかった。しかし、肉質はち密で歯ごたえも良く、多汁で酸味が少なく甘みが強い「王林」は、その食味の良さから食べた人の評価は高かったので、当時の農協の組合長であった大森常重氏によって「リンゴのなかの王様」という意味を込めて「王林」と名づけられた。

赤いリンゴは着色の具合によって市場価値が大きく変わるため、葉を摘んだり玉回しを行ったり反射シートを敷いたりと、着色を進めるための作業が必要となる。また、貯蔵用のリンゴは貯蔵性を高めるために袋掛けを行ったりもするのだが、これらが手間と時間がかかる一方で、「王林」は色づけをする必要がなく袋掛けなしでも貯蔵性が高いので、生産者にとっても都合が良く各地へと広がっていった。

今では青森県を中心にほぼ周年出荷できるリンゴとして栽培され、量販店の売場づくりに赤と青の彩りとして「ふじ」と双璧となっている主力品種だ。

一度は認められなかったものが時代を経て評価されるようになり、地域を超えて一大王国を築いたという歴史は伊達家の歴史に通じるものがあるというと大げさだろうか。

大阪市東部市場に入荷した近年の「王林」の入荷量推移を見てみると、2017年をピークに右肩下がりとなっている。これは量販店の売場づくりに変化が生じているからだと考えられる。

 

関西では長野県産が先に入荷スタートして青森県産が追いかける形になるのだが、赤いリンゴは早生種の「つがる」に始まり、「早生ふじ」、「サンふじ」へと移行していく。そのなかに、「シナノスイート」などの近年、人気が高まってきた品種が分け入る形となる。量販店では赤いリンゴとの対照で青色や黄色のリンゴが並べられるわけだが、近年では「黄王」、「トキ」、「ぐんま名月」などの食味の良い品種が次々に台頭し売場を賑やかすようになってきた。ここ数年では「はるか」という新品種も徐々に評価が高まっている。また、年明けてからの貯蔵リンゴについても、CA貯蔵や1-MCPなどを用いた新しい貯蔵技術が使われるようになり、持ちの良い「シナノゴールド」の評価が高まって入荷量も増えてきている。

 

 

これらに押され、赤いリンゴに対する彩りとして扱われていた「王林」のニーズが徐々に減っているという現象が起きているのだろう。もともと見た目が悪い「王林」は、見た目も良く食味も良い他の品種に押され、貯蔵性の高さも画期的な貯蔵技術の出現によって長所とは呼べなくなってきたわけだ。

 

では「王林」の時代は終わったのかというと、実は香港をはじめとする海外での評価は高い。酸味の強い果物を好まないアジア地域や諸国では、酸味が少なく甘みの強い「王林」がもてはやされているのだ。

 

「王林」の人気が高まったため、「日本のリンゴは赤色よりも青色や黄色のもののほうがおいしい」というイメージが定着し、他の黄色系の品種の人気も年々高まっている。

 

 

桑折町で生まれた「王林」は青森県で主力品種の一つとして定着し、日本全国へ出荷されて販売されるようになった。その後は海外にも出荷されて、今や香港などではその名のとおり「リンゴの王」として君臨している。

しかし海外でも次々と新しい品種の人気が追随してきており、平家物語の冒頭でも「盛者必衰」と語られているように「王林」がいつまで栄華を誇れるかは未知数だ。

これからも国内外のリンゴ品種の動向に注目していきたい。

 

著者プロフィール

新開茂樹(しんかい・しげき)
大阪の中央卸売市場の青果卸会社で、野菜や果物を中心に食に関する情報を取り扱っている。
マーケティングやイベントの企画・運営、食育事業や生産者の栽培技術支援等も手掛け、講演や業界誌紙の執筆も多数。

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