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機能性食品「高知なす」とその生産者を育成中!

公開日:2022.3.8
安芸市「アグリード土佐あき」のハウスでは12月上旬、「土佐鷹」を栽培中。

冬春ナスの生産量日本一!

高知県東部、土佐湾に面した安芸地区は、日本屈指の施設園芸地帯。冬場も温暖で多日照の気候条件を活かし、ナスやピーマン、ミョウガ等の促成栽培が盛んに行われています。

ナスといえば、夏野菜のイメージが強く、露地でも栽培が可能な「夏秋ナス」の産地は東北から九州まで広範囲に分布していますが、気温の低い冬場に出荷可能な「冬春ナス」の大産地は、温暖な四国と九州に限られています。

なかでも2位の熊本県、3位の福岡県を引き離し、年間生産量36,000tとダントツの1位に輝いているのが高知県。出荷は10月〜翌6月頃まで続き、全国の「冬春ナス」の3分の1を占めています。

県内でも栽培が盛んなのは、土佐湾に面した東部の安芸市、芸西村、安田町、室戸市周辺で、10月〜翌6月まで約9ヵ月。長期にわたり出荷は続き、140haで栽培し約19,000tを出荷。全国の消費地へナスを供給し続けています。

品種は促成栽培に適し長年主力を務めた「竜馬」。これと「千両」を交配し、高知県農業技術センターが開発し、2009年に品種登録された「土佐鷹」が中心。さらに低夜温下での収量が高く、無加温栽培にも適した「慎太郎」等も栽培されています。

 

 

1日2本で血圧改善につながる

3本入りのパッケージを刷新。「高めの血圧(拡張期血圧)が気になる方へ」というコメントを添えて、発送している。

そんな「高知なす」に、朗報が届きました。

2020年、JA高知県が出荷するハウス栽培のナスが、血圧改善効果のある「機能性表示食品」として登録されたのです。

「えっ、ナスが機能性食品?」と、意外に感じる人も少なくないと思います。

とりたててカロリーが高いわけでなく、ビタミンやミネラルが豊富というわけでもありません。そんなナスのどこに・どんな機能性成分が隠れていたのでしょう?
JA高知県安芸営農経済センター部長の大谷順之さんが教えてくれました。

「それは、ナスに含まれる神経伝達物質の一種で『コリンエステル』という成分です」

きっかけは、信州大学農学部の中村浩蔵准教授が「血圧改善効果がある食品」について調査を進めていたところ、コリンエステルに血圧を下げる効果があることを発見したことに始まります。

2017年、信州大学を代表機関として農研機構生研支援センター革新的技術開発・緊急展開事業(うち経営体強化プロジェクト)「新規機能性成分によるナス高付加価値化のための機能性表示食品開発」(ナス高機能化プロジェクト)が発足。高知県農業技術センターが共同研究機関、JA高知県、高知県安芸農業振興センターも協力機関となり、県内ナス生産者も含めて共同で研究を進めました。そして、このナス高機能化プロジェクトで実施された臨床試験でナスの機能性が実証され、ナス機能性表示食品が誕生したのです。

コリンエステルは、野菜のなかでもナスに最も多く含まれることが判明。さらに全国からナスを取り寄せて調査した結果、高知県で栽培される冬春ナスに、最も多く含まれる品種があることがわかったのです。

同じナスでも、「旬」といわれる夏秋のナスより、低温が続く冬場のナスにコリンエステルが多いのは、なぜでしょう?

「夏の高温期に育つ露地物の夏秋ナスに比べると、高知の冬春ナスはハウスでゆっくり育ちます。その間により多くのコリンエステルがじっくり蓄積されることが、ナス高機能化プロジェクトでわかったのです」(大谷部長)

中村准教授の研究により、その量はピーマンやトマト等、他の作物のなんと3,000倍に及ぶことがわかりました。

これまで機能性表示食品に登録された生鮮食品といえば、品種を特定するケースが多いのですが、JA高知県が出荷する「高知なす」の場合、生産者によって栽培品種は異なります。そこで県内で栽培されている「竜馬」「土佐鷹」「慎太郎」「はやぶさ」を調査したところ、4品種とも有効な量のコリンエステルが含まれていることも実証されました。

こうして「高知なす」は、2020年9月、機能性表示食品として消費者庁への届け出を完了。翌21年3月からパッケージを刷新し「高めの血圧(拡張期血圧)が気になる方へ」というコメントつきで、ナスの効用を明記するようになりました。

「ナスの機能性が実証されたのは、日本初。おそらく世界でも初めてでしょう」と大谷部長。

ナス生産量日本一。センサーでサイズ、形、色をチェックして、収穫の翌日、翌々日には全国へ。

安芸市にあるナスの集出荷場では、生産者から続々とナスが届けられ、連日選果選別作業が続いています。3本入りの袋に「1日100g(約2本)を目安にお召し上がりください」と、食べ方の提案も添えて全国の消費地へ。「高知産のハウス栽培のナスは、血圧の高い人にいいらしい」。そんな新常識と一緒に広まっています。

ナスと一緒に“人”も育てる

アグリード土佐あきのハウスでは、研修生がナスの栽培を学んでいる。

日本一のナス産地である安芸市には、そんな機能性の高い「高知なす」を育てる生産者を育てる場所があります。それは(株)アグリード土佐あき(以下アグリード)。品質の高い「高知なす」を栽培する就農者の研修施設で、JA高知県の出資法人として2015年10月に設立されました。

安芸市を中心とする安芸地区では、農協出荷だけでも600軒を超える農家がナスを栽培しています。それでも生産者の減少傾向は続いていて、若手生産者の育成は急務となっているのです。

これまで高知県、JA高知県、生産者、安芸市が連携して「安芸市担い手支援協議会」を設立。就農希望者をベテランの「受け入れ農家」が受け入れて、2年間の研修を経て3年目に独立を果たす。それが全国的に見られる新規就農者のサポート体制ですが、安芸でナス農家として独立するには、ハウスを取得しなければなりません。ところが、
「2年の研修期間を終えて、3年目に独立される方もいますが、安芸市の場合、すぐ使える空きハウスが少ないのが現状なのです」
そう話すのは、アグリードの代表取締役専務の有光 大さん。

親元就農や親戚や知人にハウスを借りるケースを除き、就農希望者は2年の研修期間を経て、3年目から一事業者として市や農協が保有する「サポートハウス」で栽培を続けます。利用料は16aで年間90万円。そこから収穫したナスの売り上げから必要経費を支払い、一事業者として経営するのです。
独立した生産者として実績を積んだ後、改めて国や自治体の事業を活用し、ハウスを新設したり、中古ハウスを改修するなどして自前のハウスで栽培開始。非農家出身者が安芸地区でナス生産者としてようやく独立を果たすのは、研修も含め5年目以降というのが、一連の流れとなっているようです。

支援事業を活用して新規就農を実現するには、産地の生産者としてベテランに負けず劣らず高品質なナスを、安定して大量に栽培できる技術を、短期間に身につけなければなりません。アグリードは、そんな就農希望者たちをサポートするために生まれました。

1人800本を担当。1本から300個収穫を目指す

研修生とともに作業を行い、最新の栽培技術を伝える有光さん。

現地を訪れると、6連棟で33.6aのハウスがありました。安芸地区ではスタンダードタイプの新設ハウス。なかでは「土佐鷹」の栽培が進んでいます。

「6年の間に独立したのはこれまで2人。一期生は去年ハウスを建てて栽培しています。二期生はJAのサポートハウスで栽培中。三、四期生は今、ここで学んでいます」(有光さん)

研修は苗の定植が始まる8月からスタート。定植の作業は全員で行いますが、それ以降の作業は、各自決められたエリアを担当します。苗木の数は800本。主枝の誘引、糸吊り、芽もぎ、そして収穫。担当エリアの手入れを個々で行います。こうして9月末、収穫がスタート。翌年6月まで長期間続きます。

「長期間栽培するので、しっかりナスの手入れを身につけていきます。同じ場所の同じ樹を、毎日見るのが大事。そうして作業の反復を重ねながら、体で覚えていきます」

樹形はスタンダードな4本仕立て。日光が果実にしっかり当たって鮮やかな茄子紺色になるように、すっきりした樹形を保ち続け、最終的に1本の樹から280〜300個の実を収穫するのが目標です。

樹をすっきり仕立てて採光性を高め、美しいナスづくりを目指す。

「土佐鷹」は、もともと節間が長くゴワゴワした姿をした樹が多かったそうです。ところが有光さんの指導の下、研修生たちが仕立てる苗はスリムですっきり。見慣れた人が訪れて「土佐鷹っぽくないね」と言われることも多いそうです。
「最近は、こういう仕立て方も増えてきました。通気性と見通しがいい。こうすることで、作業のスピードと効率も上がるし、結果的に病害も出にくいのです」(有光さん)

大産地の最先端技術を学び、就農に生かす

取材している間にも、ハウス内の花から花へ、お尻が丸く大きなハチが飛び交っていました。それはクロマルハナバチ。苗を植えたばかりの高温期や動きが止まる厳寒期以外は、トーン付けは行わず、受粉はクロマルハナバチに任せています。

さらにアザミウマやコナジラミ等の害虫の駆除には、土着の「タバコカスカメ」を活用。購入資材としての「スワルスキーカブリダニ」を導入する等、日頃の管理作業のなかで、20年前からIPM(総合的病害虫管理技術)を積極的に導入してきた、高知県の先端技術を学んでいます。

ハウス内を飛び交い、受粉を行うクロマルハナバチ。

そしてアグリードのハウスは、施設内外の環境をモニタリングして、複数の環境因子を高度に制御する「統合環境制御技術」を導入。モニターの画面には温度、湿度、風、土壌水分、CO2濃度等の数値が映し出され、刻々と移り変わるハウスの環境データを数値で把握することができます。

ナスに急激な温度変化は禁物。換気窓の開閉度合いを6段階に分け、徐々に温度を上げ下げする設定になっています。
また、測定値のなかでも有光さんが特に注意しているのが「雲量(うんりょう)」。曇天が続いたら、その日の日射量に応じて室温の設定を補正する等、天気によって自動的に設定を変えることも可能です。

ハウス内の環境因子をリアルタイムで測定し、統合環境制御技術を導入している。

研修生は、各自の栽培日誌をつけていますが、日々の管理作業を続けながら、栽培に適したハウスの環境設定を数値で学ぶことができるのも、「アグリード」の強み。ナス栽培に適した環境要素を数値化し、ここでしっかり身につけることは、独立後の栽培にきっと役立つはずです。

研修生たちが栽培したナスは、JAの集出荷場へ。研修中は給料を得ながら栽培技術を習得し、3年目以降はサポートハウス等を借りて自己資金で経営。アグリードの他、地元の受け入れ農家に通う研修生も合わせて毎年10人程度が研修を続けているそうです。
もともと栽培技術が高く、キャリアを問わず高品質なナスが求められる大産地で、生産者として独立するのはなかなか難しい世界ですが、アグリードと受け入れ農家による高度で手堅い研修を受けた後、約8割の研修生が就農しています。

ただ今2人の女性が研修中(中央の女性はアルバイト職員)。後列左は安芸営農経済センターの大谷さん。

取材当日は、2人の女性が独立を目指して研修中。ナスの生産量日本一の安芸地区で、長年積み重ねてきた栽培技術がここに集結。アグリードは、その機能性を認められたナスとともに、産地の未来を担う新しい生産者を育てています。

 

取材協力/JA高知県 安芸営農経済センター
監修(ナス機能性)/中村浩蔵(信州大学学術研究院農学系准教授)
取材・文/三好かやの 撮影/杉村秀樹

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