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白く長い根が自慢!「三関せり」

公開日:2022.3.17
秋田県湯沢市で栽培される「三関せり」。藁でくくった1kg束は、料理店に人気。

 

雪中のハウスで2月に食べ頃を迎える

春の七草の冒頭に唱えられ、日本で最も歴史の古い野菜のひとつ「セリ」。レンコン、クワイ、ワサビと並ぶ水生蔬菜の一種で、水を好み、野草として親しまれるだけでなく、昔から自生のセリをもとに各地で選抜が進められ、田畑で本格的に栽培。産地が形成されてきました。

秋田県南部に位置する湯沢市で栽培される「三関(みつせき)せり」もそのひとつ。2月13日。雪に覆われた田に建ち並ぶ18棟のハウスでは、収穫が最盛期を迎えていました。
セリといえば、鍋料理やお雑煮そして七草と、年末年始に需要が高まり、その価格もピークを迎えます。ところが、
「うちのセリを食べるなら2月がオススメ。もちろん年末のセリもうまいんですが、新葉(しんぱ)が出てくるこの時期は、味も香りもまた格別なんです」
そう話すのは、株式会社CRAS(クラス)の代表取締役奥山和宣さん(36歳)。会社名は地域特産の「Cherry(サクランボ)」「Rice(ライス)」「Apple(リンゴ)」「Seri(セリ)」の頭文字。さらにラテン語で《明日》を意味しています。

 

(左から)高山大輝さん、奥山和宣さん、藤山雄太さん。

 

以前は家族経営でこの4品目を栽培していた奥山さんが、生産者仲間の藤山雄太さん(37歳)、高山大輝さん(35歳)に声をかけ、2019年に設立しました。地元の人たちを雇用し、本格的に「三関せり」を出荷する企業農業を実践しています。

添え物、脇役的存在から鍋の主役へ

収穫作業が続くハウスに入ると一面に明るいグリーンのじゅうたんが広がっています。水深30〜40cmのセリ田のなかで、ゴム長を履いて膝上まで水に浸かりながらの収穫作業。まず水中に、セリ専用の大きなフォークを突き刺し、セリの根っこを掘り起こしていきます。
「上から茎を手で引っ張ると、大事な根っこがブチブチ千切れてしまいます」
と、作業に当たる藤山さん。掘り起こした根元を、その場で揺らすと、太く、白く、長い根が水のなかから現れました。
「三関せりは、根が命。ここがおいしいと評判です」

ハウス一面に広がるセリ。水中で土を掘り起こし、真っ白な根を切らずに収穫する。
水中で揺らすと、白い根が現れる。

確かに茨城県や宮城県産のセリに比べ、三関せりは、丈が短く株が太く根が長いのが特徴。寒さに耐えながら時間をかけてじっくり育つので、この姿になるようです。

秋田ではセリは昔から郷土料理の「きりたんぽ」に欠かせぬ食材で、根も葉も味わうもの。特に根と株の付け根は甘く味が濃いので、泥をきれいに洗って鍋物の具材や天ぷら等にして味わう食習慣がありました。

さらに10年程前から、東北全体で「せり鍋ブーム」が巻き起こります。鶏や鴨出汁のなかに、セリをさっとくぐらせて味わうスタイル。それまでどちらかといえば「添え物」や「脇役」的な存在だったセリが、一躍主役に躍り出て、脚光を浴びるようになりました。それと同時に「いいセリは、根っこがうまい!」という評判が、全国的に広まっていったのです。

20年でキロ単価は2倍に!

東京都中央卸売市場の市況によると、2002年、セリの年間取扱量は、916t。キロ単価は660円で取り引きされていました。そこから徐々に減り続け、2021年は361tに。一方、単価は上がり続け、キロ1,348円。約2倍になっています。

和宣さんの父で、「三関せり出荷組合」組合長の奥山優一さん(67歳)によれば、三関地区では、江戸時代からセリが栽培され、昭和40年代には産地が形成されていましたが、年末に雪が降ると同時に収穫を終えていたそうです。ところが、

「二十数年前、ある人がハウスで作り出すと、年を越しても葉色もよく根の立派なセリが穫れるようになりました。これを機にハウス栽培が三関全体に広まっていったんです。私も仲間に声をかけ、農家4軒共同でハウスを13棟建てて作り始めました」

かつて「三関せり」は、「背負い子」と呼ばれる行商の女性たちが電車に乗って秋田市内へ運び、「たんぽ屋」と称される料理店や、市民市場で販売。県内を中心に出回っていました。ところがハウス栽培が始まり栽培期間と生産量が伸びるに従って、県外や首都圏へ出荷。単価も徐々に上がっていきました。

「三関せり出荷組合」のメンバーは、現在45人。優一さんが組合長に就任して以来、売上額は4年連続で1億を超えるまでに。家族経営の枠を超え、和宣さんのように法人化して栽培に取り組むチームも現れました。

収穫を終えたセリは、作業場に移され改めて根っこを洗浄。専用の洗浄機で上と手前からシャワーを飛ばし、2つの水流の交差地点に根元を当てて、細かい泥を落としていきます。
続いて選別作業。枯れた葉や汚れた葉を手作業で取り除いていきます。

豊富な地下水を生かし、根っこを洗浄する。
収穫、洗浄、出荷調整を、10人体制で行っている。

 

300年かけて農家が育成

出荷サイズは1束100g。針金入りの結束テープで束ねていきます。料理店向けに出荷している業務用は1束1kg。藁で束ねた姿は堂々としていて美しく、取引先にも好評です。

三関せりの栽培は「元禄年間に堰の傍らに繁茂していたセリを食した」のが始まりと記録されています。セリは水を好み、種子ではなくランナーを伸ばしてどんどん増えていくので、生産者自ら優良な株を選抜し、改良を重ねてきました。昭和35年の調査によると、関口系、下関系、水上系、本内系、戸沢系と集落ごとに系統の違うセリが存在していたそうです。

現在も各農家が自ら育てた株のなかから新芽を伸ばし、翌年の種ゼリを育てています。株元がしっかりしていて他産地よりも丈が短く、白く長い根を伸ばす「三関せり」は、生産者自身の目と手により、300年以上かけて育成されてきたものなのです。

そんなセリ栽培に欠かせないのが土作り。白く長い根を持つ株を育てるため、農家はそれぞれ工夫を凝らしています。優一さんが長年使ってきたのは粉末の「炭」。豪雪地帯の湯沢では長年「雪消し」として圃場に散布している資材でもありますが、これを土壌改良剤として圃場に投入することで、白く立派な根ができるといいます。

続いて和宣さんが新たに導入したのは、「ふすま」。収穫を終えた夏場のセリ田に投入することで、土壌微生物が急増し酸欠状態に。ビニルをベタがけすることで、有害な病害虫の発生を抑えるのです。

土壌改良剤として粉末の炭を投入。
夏場の圃場に「ふすま」を投入。病害虫の抑制に役立つ。

 

「根が美人」な鍋セットを発売開始

こうして安定的に大量に「三関せり」を栽培し、全国の顧客へ直接発送する体制を築いた奥山さん。今シーズン新たに「事務所兼農産物加工所」を設立しました。そこでCRASオリジナル「秋田ゆざわ根が美人鍋」セットを製造中。

セリは鮮度が命の作物なので、市場や料理店を経由して他の食材と組み合わせていると、時間が経過して本来の味や香りが届かない。それならば生産者自らセットを組んでお客様に直接届けよう! そんな思いから誕生しました。

その内容は、「三関せり」5束に、フランス鴨のスライスとつみれがセットになった「タイプ1」と、比内地鶏とつみれの「タイプ2」があり、さらに三関産ふじ100%使用のリンゴジュース、鍋料理を締めくくる稲庭うどんもついてくるという充実ぶり。セリが5束もついているのは、「たくさん味わってほしい」という生産者の願いからです。

今シーズンからオリジナルのせり鍋セットを販売。

 

収穫は3月まで続き、雪が解け、春が訪れるとサクランボ、続いてリンゴの作業も始まります。米と果樹、そしてセリを組み合わせた複合経営。優一さんから和宣さんが経営を受け継いでから、セリ10a、サクランボ50a、リンゴ50a。栽培面積はほとんど変わらぬまま、販売先を開拓し、品質管理を徹底したことで着実に売り上げを伸ばし、以前の2倍になっているそうです。
「江戸時代から300年続いて、今ここにあるのがこのセリです。私が栽培できるのは、あと30回ぐらいしかありません。世のなかはどんどん変わっていくので10年後、20年後を見据えた経営をして、『あと一歩』前に進んでいきたい」

今年2月、奥山さんが東京調布市の自然食品店「納々屋」へ送ったセリは、「春のデトックス野菜」として、飛ぶように売れていました。時代が変わっても、春になると誰もが食べたくなる——そんなセリの魅力と味わいは変わらず、多くの人に愛され続けています。

セリハウスの向こうにはサクランボ畑。雪が解ければ果樹の作業が始まる。

 

 

取材協力/秋田県湯沢市 株式会社CRAS 奥山和宣さん
株式会社CRAS https://www.yuzawa-cras.com

取材・文/三好かやの 撮影/杉村秀樹

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