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若手が描く、水耕レタスの未来像

公開日:2022.6.10
自社のレタスの栄養を分析し、β-カロテンを600μg以上含む緑黄色野菜であることを明記している。

 

レタスは緑黄色野菜?

このレタスのパッケージをご覧下さい。
「緑黄色野菜β-カロテン含量1,860μg」と記されています。緑黄色野菜といえば、ニンジン、カボチャ、ホウレンソウ等、色の濃い野菜が多いなかで、

「えっ? レタスって緑黄色野菜だったの?」

と意外に思う人も多いのではないでしょうか?

「可食部100g中に600μg以上のβ-カロテンが含まれている。それが厚生労働省の定める緑黄色野菜の基準です。結球レタスよりも非結球のリーフレタスの方が、β-カロテンが多く含まれていて、うちのレタスを測定したところ、1,860μg/100gで、基準値の約3倍。立派な緑黄色野菜です」

と、茨城県北部に位置する高萩市でこのレタスを栽培している株式会社愛テックファーム取締役の松本 剣さん(31歳)が教えてくれました。同社は、2017年9月の創業。レタス栽培を始めて、4年目を迎えています。

高萩市にはかつて石炭を採掘する炭鉱の町として栄えた歴史があります。そこで採掘に必要な火薬などを扱ってきた株式会社アイテックが、新規事業としてレタスの水耕栽培に着手しました。現在大型ハウスが立ち並ぶ農園のある場所は、炭鉱時代の住宅の跡地だそうです。栽培面積5,000㎡。ハウスに足を踏み入れると、一面に明るいグリーンの絨毯のような、水耕栽培のベッドが広がっていました。

 

3種のレタスのセットが人気

すき間なく植えられたグリーンリーフが、収穫時期を迎えている。

 

レタスは年間通して求められる商材で、施設で安定して栽培する技術も確立されていることから、近年は異業種から参入し、太陽光利用型ハウスや閉鎖型の植物工場を設立して栽培に取り組む企業が増えています。

農場の設立にあたり、同社は1年中安定的に栽培可能なレタスの水耕栽培を選択。なかでも福岡県久留米市の株式会社プランツが開発した「P式たん液水耕栽培移動ベンチ方式」を採用して、1日500kg、量にして4,800株を生産しています。

松本さんは、茨城大学農学部大学院卒。食生命科学を学んだ後、大手コンビニエンスストアの商品開発を担当するベンダー企業へ。そこで数々の新商品を開発しヒットを飛ばしていました。もともとマーケットリサーチや商品開発を得意としていたので、同社へ入社したときは、営業担当でした。そもそも「売るのが専門なので、栽培を担当する予定ではなかった」のですが、諸般の事情で立ち上げスタッフのなかで最も若い松本さんが、レタスの栽培管理を担当することに。

レタスも水耕栽培の経験もなかったため、先にこの方式でレタス栽培を開始していた、宮崎県門川町の「ひむか野菜光房」で1カ月の研修を経て、高萩での栽培をスタート。播種、移植、定植のサイクルを繰り返し、レタスを栽培しました。ところが思うように販売先が見つからず、売上がなかなか伸びません。

当時は既に全国で数百社が水耕レタスの栽培に着手していて、量販店では棚の争奪戦に。「水耕栽培のレタス」というだけでは、先行他社との差別化が難しく、なかなか販売先が増えませんでした。また、レタスの相場は天候に左右されがち。ハウスで安定的に栽培していても、露地物が高いときはよく売れて、安いときは売れなくなってしまう。そんな難しさもありました。

そこで松本さんは、「改めて市場をリサーチしなければ」と奮起。北関東と東北と首都圏の量販店を200軒訪ね、生鮮野菜の売り場を見て歩きました。

松本さんは、200軒のスーパーの棚をリサーチし、新商品を開発。

そして、「1種類ではなく、うちで栽培している3種類のレタスをセットにして販売しよう」という結論に達したのです。サラダを作るなら、単一ではなく様々な色や食感の品種をミックスしたほうが、食べる人はうれしいはず。大事なのはボリューム感と値頃感。そう確信した松本さんは、「ほぼ3日で」新商品を企画しました。

グリーンリーフ、フリルレタス、レッドオークの3種類をミックスした商品を開発。個食、ファミリー、大容量……量目のバリエーションもどんどん増やして提案したところ、各店舗のバイヤーの目に止まり、月間の売り上げも30万円から、3ヵ月後に400万円、半年後には1,000万円を超えるまでに。

今や水耕レタスも戦国時代。消費者ニーズにマッチした商品開発と、他社との差別化が必要なのです。

フリルレタスの「フレアベル」を栽培。播種から約1ヵ月で定植。
レッドオークの「サンドラ」は、オランダのライク・ズワーン社が開発した品種。

 

200〜300種を試食して品種を選定

取材に訪れた4月末、愛テックファームではグリーンリーフの「フレアベル」(雪印種苗)、濃紫色の「サンドラ」を栽培中でした。上から見ると花のような形をした「サンドラ」は、世界中で最も多くのレタスを育種しているオランダのライク・ズワーン社が展開する「サラノバシリーズ」のひとつ。松本さんたちは、これまで200〜300品種を試作して試食を重ねて品種を選定しました。セットに入れる3品種を時期に合わせ、数種類ずつ栽培しています。

選定の基準は、同社の商品にマッチすること。特に葉色が紫色の品種は、鮮やかな色のものを。1株当たりの葉の枚数、水耕パネル1枚当たりの重量、栽培日数、味……いくつもの観点から選定していきます。

播種から4日後。均一に発芽している。
播種から約2週間で移植、さらに2週間後に選別も兼ねて定植を行っている。

栽培をはじめたばかりの頃は、研修先の宮崎の農場と連絡を取り合いながら作業を進めていましたが、気象条件も同じ日の天気もまるで違うため、参考にならないと判断。気象庁が出している高萩市周辺の気象データと、過去1年間の農園の情報をもとに、積算温度や光量を予測して、独自に栽培の流れを予想しながら取り組むようになりました。

「うまく育たなかったり、病気を出したこともありました。でもデータの積み重ねが大事で、一度失敗したら、次は絶対成功させるぞ。トライ&エラーの繰り返しで、なんとかここまでやってきました」

露地での栽培に比べ、施設を活用してシステム化された水耕栽培は、栽培未経験者も参入しやすいと言われていますが、それでもうまくいかず、ちょっとしたハウス内の環境の変化や栽培上のトラブルをいち早く察知する「センス」も必要と考えています。

「農家の方が、微妙な気温の変化に気づいてハウスを開けたり閉めたり。日頃感覚的に行っている作業は、数値化して第三者に伝えられるはず。そんな職人気質や細やかな気づきが大事なんです」

ハウス内の飽差が規定値に達すると、自動的にミストを噴出。

新商品も開発。自販機での販売も…

栽培は未経験ながらも、創業期の苦境を乗り越え、市場調査の結果をもとにヒット商品も開発。経営を軌道に乗せた松本さんは、レタスとは異なる新商品を開発しました。種子を播いた育苗トレーを覗くと、レタスとは異なるアブラナ科の双葉がぎっしり並んでいます。

複数のアブラナ科の作物の芽がランダムに発芽中。

 

「こちらはベビーリーフ。カラシナ、ケール、コマツナ、ターサイ……。レタスはひとつも入っていません。全部アブラナ科で、季節によって作れるものをブレンドして育てています」

こうして生まれた商品が「根つきベビーリーフ」です。

 

コマツナやケール等、複数のアブラナ科を栽培している。

 

これまでベビーリーフといえば、葉の部分をカットして袋詰めしたものが多かったのですが、同社の商品は栽培時に培地となっているスポンジと根をつけたまま、「根つき」で販売しているのが特徴です。

「袋のキリトリ線からカットして、そのまま洗って軽く水にさらすと、シャキシャキした食感が楽しめます」

同社のベビーリーフは「香りがいい」「鮮度が高い」「使いやすい」と評判に。3種のレタスに続く、人気商品となりました。

根つきのベビーリーフは、キリトリ線からカットして利用できる。

そんな松本さんは、レタスやベビーリーフを使ったメニューを撮影し、同社のインスタグラムで紹介中。さらに新しい試みもはじめています。

「こちらがレタスの自動販売機です」

農場前の自販機でレタスを販売中。

 

農場前に自動販売機を設置して、ご当地価格で販売中。看板商品のレタスに加え、ケールやホワイトセロリ等、市場には出回っていない珍しい商品も並んでいます。山あいの不便な場所に設置したにもかかわらず、よく売れるようになりました。

そこに新たなビジネスチャンスを見出した松本さんは、JR高萩駅に交渉し、駅の売店や構内の自販機でレタスを販売する計画が着々と進行中。独自のアイデアで開発した商品は、さらに需要が伸びています。

学生時代、食品の研究をしていた頃から、「日本の健康指数、健康寿命を伸ばしたい」という思いが強かったという松本さん。

「本来リーフレタスはビタミンやミネラルが豊富なのです。水耕のレタスは栄養価が低いというイメージを払拭して、味わう皆さんの健康に貢献したい」

2019年に栽培をはじめて丸3年、農場内では第二農場の建設も着々と進んでいて、トマトやイチゴの試験栽培も展開中。高萩の愛テックファームは、新たな展開を迎えています。

水耕も土耕と変わらず、健全な根の生育が大事。

 

取材協力/茨城県高萩市 株式会社愛テックファーム
取材・文/三好かやの
撮影/岡本譲治

株式会社愛テックファームInstagram

  https://www.instagram.com/itecfarm

株式会社ひむか野菜光房

 https://himuka-yasai.jp

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