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カルチべ取材班 現場参上

茨城発。地域を元気にするワイン

公開日:2022.6.24
地元で酒類の卸業を営む山口景司さん。自らブドウ栽培とワイン醸造に着手。

巨峰の産地で醸造用ブドウを栽培

茨城県水戸市から北へ約20km。常陸太田市瑞竜町は、ブドウ栽培の盛んなエリア。昭和30年代に栽培が始まり、生食用の「巨峰」を中心に、巨峰の自然交雑実生から育成されたオリジナル品種「常陸青龍」も栽培。8〜10月の収穫期には、ぶどう狩りの観光客で賑わいを見せています。

現地を訪れた4月末、巨峰を栽培するブドウ棚が広がるこの地区で、ちょっと変わった姿の樹が並ぶ圃場を見つけました。樹高は低く、枝は細く、両側に誘引され、一直線に連なっています。
「これはカベルネ・ソーヴィニヨン。ワイン用の品種です」

教えてくれたのは、山口景司さん。地元で大正時代から続く酒卸問屋「合名会社山口」の四代目。製造元から酒屋や飲食店へ、日本酒、焼酎、ウイスキー……あらゆるお酒を扱ってきた山口さんが、自らワインの醸造に乗り出したのはなぜでしょう?

「問屋というのは、お酒を作る人と飲む人の中間地点にあります。地域が元気になる別事業を始めたい」

地元では個人商店が減り、大手資本の店ばかりが増えていきます。「もっと地域でお金が回るように」と地元のお米で仕込む酒造り、かぼちゃを使った焼酎……地元で栽培された農産物からお酒を作り、地域を盛り上げるブロデューサーとしても活躍してきました。

栽培→製造→流通→販売……。ずっと一連のお酒の流れの「真ん中」に身を置いて、「作り手」と「飲み手」の間を行ったりきたり。気がつけば、都会に行った若者は地元に帰らず、一時は100軒を誇った瑞竜町のブドウ農家も徐々に減り、耕作放棄地が目立ってきました。
「自分もものづくりを始めよう」

そうして2016年、20aの農地を借りてワイン用ブドウの苗を植え始めます。

同じ高さの樹が一直線に連なる垣根式。ワイン用ブドウ特有の仕立て方だ。
長梢を両側に倒し、そこから伸びる新梢からブドウを収穫。「ギヨ・ダブル」のスタイル(4月28日撮影)

 

ボランティアの手を借りて、孤軍奮闘

とはいえ栽培については、素人なのでブドウ栽培のイロハもわからず、四苦八苦していたところを助けてくれたのは、瑞竜のベテラン農家の人たちでした。

また、茨城県内には明治期に本格的なワイン醸造を始めた「牛久シャトー」があり、2016年、水戸市内にまちなかワイナリーの「ドメーヌ・水戸」が登場、翌17年にはつくば市が「ワイン・フルーツ」特区に認定される等、老舗に新興ワイナリーも加わって、地場産ワインを盛り上げようという気運も高まっていました。そんな中で山口さんは、ワインを軸にまちづくりを手がける常陸コミュニティデザイン株式会社を設立。県内の先駆者と情報交換を重ねながら、栽培と醸造について学んでいきます。

しかしワインに関わる働き手はたった1人なので、最初は地元の人たちに声をかけ、苗の植え付けや収穫等、人手の必要な作業を手伝ってもらいました。

2018年3月、地元の人たちに声をかけ、苗木の定植を行った。
収穫の様子。レインガードの下に着果したブドウの房を切り取ってその日のうちに醸造所へ。

 

日本一若い醸造家を採用

着々と栽培面積を増やし、現在1.3haで2500本を栽培。山口さんは、朝4時に起きて畑へ向かい、2時間ほど作業をして、それから問屋の仕事へ……。それでも足りない時は夕方もまたブドウ畑へ向かう。そんな日々が続いていました。
「手が足りない。さすがに1人ではもう限界です」
そんな時現れたのは、成田 楓さん(21歳)でした。非農家出身の成田さんは、農業に興味を抱き、茨城県立農業大学校(茨城町)へ。果樹栽培を学び、卒業後はその知識を生かせる職場を探しましたが、思うような就職先になかなか巡り会えませんでした。
「県内の果樹生産者は、ほとんどが家族経営。繁忙期にパートタイマーを雇うだけで、若者を年間雇用できる農園がないのです。『お嫁に行けば』と言われたことも…」(成田さん)

山口さんは、そんな成田さんを即採用。栽培管理と醸造責任者に抜擢しました。まだ21歳でお酒もやっと飲めるようになったばかり。先入観のないまっさらな状態で、県内のワイナリーで研修を受け、準備を進めています。
「おそらく、日本で最も若い醸造家だと想います」(山口さん)

弱冠21歳。醸造責任者に抜擢された成田 楓さん。

栽培品種は、カベルネ・ソーヴィニヨン、シャルドネ、メルロー、ソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・ノワール、マスカット・ベーリーA。日本ワインの世界では「定番」と呼ばれる品種を選んでいます。
「マニアックな希少品種より、誰もが知ってる手堅い品種の方が売りやすい。長いこと流通業界にいたせいか、そう感じます」

中でも比較的栽培しやすく、収量の多いマスカット・ベーリーAは、地元の特別支援学校の生徒たちと栽培。昨年初めての収穫を迎えました。
「大人になったら、一緒に飲もう!」
そんな風に、ワインを通じて地域の人たちとつながり、盛り上げていく。瑞竜で生まれる新しいワインには、そんなビジョンも描いています。

 

茨城のワインに、新たな可能性を

ワイン用に適した品種は、「ヨーロッパ種」と呼ばれ、日本で栽培すると開花時期が梅雨に当たるのが難点。垣根式の場合、小さな屋根の「レインガード」を付け、雨から果実を守る方法が採用されています。

そこで山口さんは、露地の圃場以外にも巨峰を栽培していたハウスを活用して、ワイン用品種を栽培。屋根全体がビニルで覆われ、結果母枝は頭上に伸びています。
「ハウス内の方が気温が上がるので、新芽の成長が早いんです」

巨峰を栽培していたハウスの棚を活用し、ワイン用品種を栽培。
頭上に新芽が連なる。「同じ品種でも露地より生長が早い」と山口さん。

こんなふうに、元々ブドウ産地である瑞竜町は、使える農地や資材が豊富。山口さんが農地を借りる地主に挨拶に行った時、びっくりしたことがあります。

「10aの地代がとても安い。『えっ、それひと月分ですか?』って訊いたら、『いや、1年分です』と。正直僕が手土産で持参した、ビール1箱の値段より安い。これからワインを作りたい人には、茨城がおすすめです」

今、ワイン作りを目指す新規就農者が増える中、その多くが、冷涼な長野や北海道を目指していますが、山口さんによれば意外に「茨城」も適地なのだそうです。
「元々ブドウ栽培に適しているし、首都圏に近い。そして何より放棄地が増えていて、地代が安い」

収穫間際の圃場の様子。
レインガードの下に一列に並ぶマスカット・ベーリーA。

これまでは、できたブドウを牛久のワイナリーに運んで醸造。敢えて社名は冠さずに販売してきました。そして今春、いよいよ自社のワイナリーを設立。新たなブランド名を冠したワインを11月にリリース。成田さんが醸造を担当します。
「その名も武龍(ぶりゅう)ワインと名付けます」

ワインづくりを思い立って6年。作り手から飲み手まで、地域の人を一気につないで盛り立てる、新しい茨城のワインが誕生します。

ワインづくりのはじまりを告げる、春の新芽。

 

取材・文/三好かやの
撮影/岡本譲治
取材協力/常陸コミュニティデザイン株式会社

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