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【関西 果実】マスカットベリーA

公開日:2022.9.5

 

日本では、ブドウと言えば生食用のブドウを思い浮かべるだろうが、世界的にはワインなどの加工用ブドウのほうが栽培面積は大きい。世界のブドウの栽培面積の6割は加工用に栽培されているのだ。

世界で最も作られている品種は生食用の「巨峰」だが、次いでワイン用のブドウとしてよく知られる「カベルネ・ソーヴィニヨン」、以下、上位はワイン用の品種がほとんどを占める。

 

 

日本の加工用ブドウは日本全体のブドウ栽培面積の1割程度で、ほとんどが生食用に栽培されている。近年、人気が高まっているのは「シャインマスカット」だが、品種別の栽培面積は平成30年の統計では「巨峰」、「ピオーネ」、「デラウェア」のほうがまだ大きい。

 

 

日本でもワイン専用品種の「シャルドネ」や「メルロー」などが栽培されているが、生食用のブドウを醸造用に並行して栽培しているものも多く、なかでも白ワイン用は「甲州」、赤ワイン用は「マスカットベリーA」が最も多い。「甲州」と「マスカットベリーA」は2010年代に国際ブドウ・ワイン機構にもワイン用ブドウ品種として登録されており、輸出する際にラベルに品種名が明記できるため、近年、注目度が高まっている。ワイン用として利用されているブドウのなかでは、「マスカットベリーA」の栽培面積が圧倒的に多い。

「マスカットベリーA」は新潟県の高田(現在の上越市)の岩の原葡萄園を創設した「日本のワインぶどうの父」と呼ばれる川上善兵衛氏の手によって1931年に誕生した。アメリカ系の生食用品種のベーリー種とヨーロッパ系の生食・醸造両用品種のマスカット・ハンブルク種を掛け合わせたもので、山梨県にあるサントリーの登美の丘ワイナリーの前身である、寿屋山梨農場に導入されてワイン用に栽培されるようになった。その後、全国に広がっていき、生食と醸造の両用で利用されるようになったのである。

かつては果物店や量販店でもメジャーな品種で、川上氏がアメリカから持ち込んだ「キャンベル・アーリー」とともに高い人気を誇っていた。しかし、1970年代以降に新しい品種が生み出され、摘果やジベレリン処理などの栽培技術の革新によって「巨峰」や「種なしピオーネ」が台頭しはじめると、徐々にその人気の座を奪われていった。

現在、生食用として流通している「マスカットベリーA」は、ほとんどがジベレリン処理によって種なしで販売されており、「ニューベリーA」と表記されているものもある。

 

 

「マスカットベリーA」全体の生産量が多いのは山梨県、兵庫県、広島県、福岡県、岡山県などだが、主にワイン用に栽培している産地も多く、大阪市東部市場に入荷してくるものの9割以上は広島県産である。なかでも福山市の沼隈町は日本ではじめて「マスカットベリーA」の種なし栽培に成功して導入がはじまった地域で、今でもメインの品種として栽培されている。

8月の中旬頃からハウス栽培のものの入荷がはじまり、その後、露地ものに移行して9月いっぱいくらい入荷が続くが、近年は他の品種の人気に押されて年々入荷量は減少傾向にある。

 

 

果皮は硬くて食べられないが、糖度は高く適度な酸味もあり、果汁も多く、食味の良いブドウ品種で、香りの高さと濃厚さが好まれて今でも熱烈なファンはいる。

他のブドウ品種、特に「シャインマスカット」の人気に押されて生食用の流通量は減少しているが、日本産のワインの価値が世界に認知されはじめ、醸造用途としては需要が高まっている。重油高と円安の影響で輸入ワインも高騰を続けており、今後は国産ワインがますます見直されていくだろう。

国内の生食用では、売れ筋で作りやすく単価も高い「シャインマスカット」に他品種から移行する傾向が強く、「巨峰」や「ピオーネ」などの黒ブドウの作付量も減少している。しかし、量販店の売場などでは「シャインマスカット」だけでなく、黒ブドウも含めて多品種を陳列して売り場を賑やかしたいという思いは強いため、逆に黒ブドウのニーズが高まっている。

気候変動の影響で着色不良などの生理障害や病害虫の被害も増えているなか、「マスカットベリーA」は比較的栽培しやすい品種で高温多湿にも強く、生食用と醸造用のどちらでも利用できる多様性の高いブドウ品種だ。

この機会に再び見直されて新しい価値を見出し、復活してもらいたい。

 

 

著者プロフィール

新開茂樹(しんかい・しげき)
大阪の中央卸売市場の青果卸会社で、野菜や果物を中心に食に関する情報を取り扱っている。
マーケティングやイベントの企画・運営、食育事業や生産者の栽培技術支援等も手掛け、講演や業界誌紙の執筆も多数。

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