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【関西 果実】クリ

公開日:2022.11.7 更新日: 2023.3.10

「食欲の秋」と言われるように秋になると食欲が増すが、食欲が増すのにはちゃんと理由がある。
氷河期頃に地球上に誕生した人類は、もともと体内にエネルギーを貯蔵するために、摂取したものを脂肪として蓄えるようにできているらしく、気温が下がってくると体脂肪を増やそうとする仕組みになっているのだ。

また、外気温が低いと体温を維持するために基礎代謝も上がり、カロリーの消費量が増える。それを補うためにも摂取カロリーが多く必要となる。だから秋から冬にかけて気温が下がってくると摂取量が増えるというわけだ。

加えて最近の研究によると、脳内物質も食欲に関わっているようだ。

人間が幸福感や満足感を得るとセロトニンという物質が分泌されるのだが、この物質が体内で作られるのには日長とも深く関係があり、秋分の日を境に日長が短くなってくるとセロトニンの量が減ってくる。当然、食べたときに分泌されるセロトニンの量も相対的に少なくなるため、おいしいものを食べたときの幸福感や、お腹一杯になった満足感も夏場に比べると得にくくなってくる。だから、もっと幸福感や満足感を欲するようになり、ある意味歯止めが利かなくなって食欲が増すということのようだ。

しかも秋だけが「秋の味覚」と呼ばれるように、他の季節に比べて旬を感じたりおいしいと感じたりする食材が溢れており、さらに食欲に拍車をかけるのではないだろうか。
そんな秋の味覚のなかでも、人類が最も長く利用してきた食材がクリだ。

10万年前にアフリカ大陸で誕生した現代人の祖先は1万年前には世界中に分布を広げていた。日本でも世界文化遺産に登録された「北海道・北東北の縄文遺跡群」のなかのひとつである青森県の大平山元遺跡など1万年以上前の遺跡が見つかっており、この頃から日本各地にも定住をはじめたと思われる。

氷河期が終わり縄文時代に入ると温暖化が進み、最高期には今よりも気温が2~3℃くらい高く海水面も5m程は高かったようだ。
はじめは狩猟採集で食料を得ていたが、次第に自分たちで栽培もするようになっていった。

日本最大級の縄文集落跡である青森県の三内丸山遺跡には栗林の跡が残っており、またクリの木を利用した建造物の跡なども発見されている。植林や栽培が行われていたようで、日本で最初の農耕がはじまったと考えられている。

この頃はクリ以外にもドングリやトチ、クルミなども食べられていたようだが、アク抜きをしなければならないドングリやトチ、硬い殻を割るのが困難なクルミに比べて、茹でて皮をむけばそのまま食べることができるクリは重宝され、主食として頻繁に利用されていたようだ。

クリの種類は世界的にはヨーロッパ種、中国種、アメリカ種、和種に大別され、ヨーロッパ種は皮がむきやすく、茶色っぽいいわゆるモンブラン色をしている。中国種は「天津甘栗」に代表されるように甘みが強く皮がむきやすいが、小ぶりなのが特徴。アメリカ種は渋皮がむきやすく、果肉は粉質で甘味が多く香気に優れるが病気に弱く、一時期は壊滅状態となったこともありほとんど流通していない。和種は皮がむきにくいが、大粒で色が黄色く風味が良いのが特徴だ。和種はもともと山野に自生していた芝栗や山栗を品種改良して生まれたもので、今、栽培されている品種は全国的には「筑波」が多く、「丹沢」、「銀寄」、「利平」などが代表的な品種であるが、「ポロタン」など皮がむきやすい特徴のある品種もある。

古くから保存食としても利用されており、「搗(か)ち栗」と呼ばれる乾燥して鬼皮と渋皮を取り除いたものが「勝ち」、「軍」、「利」という音を連想させることから、出陣の際のげん担ぎや勝利の際の祝い事などにもよく登場したという記録が残っている。

一年中入荷のある輸入の中国産が多いのだが、国産の収穫時期の入荷量は国産比率が高く、茨城県産と熊本県産が大半を占める。熊本県は15年程前に台風の被害があった影響で出荷量がそれまでの半分以下にまで落ち込み、少ない入荷量のまま推移している。茨城県は東日本大震災の風評被害の影響があり、今でも輸出などで厳しい販売状況が続いている。

皮をむくのが大変なので輸入のむきグリのほうが好まれ、スイーツ店をはじめとした業務関係での需要は高いのだが国産品は直接取引が増えており、市場経由は減少を続けている。とくに優品や外品、Lサイズ以下の小粒などは業務加工向けに出荷されるため、市場に入ってくるのはほぼ秀品で階級も3L、2Lといった大粒のもので、様々なSKU(Stock Keeping Unit:在庫保管単位)に対応するため、ほとんどがバラでの入荷か小分けにされていても1kgのネット入りである。

季節感があり、様々なジャンルの菓子原料としての需要は高くシーズンになると引き合いも強いのだが、前述のとおり昨今は市場を経由しなくなっているので市場における入荷量は減少傾向が続いている。消費者の人気も高く、季節になると食べたくなる商材のトップクラスであるにもかかわらず、やはり調理の手間のせいで原体としての需要は減少の一途をたどっており、今後も加速するだろう。

しかし、産地としても安い業務加工用の引き合いだけが強くなっていくのでは魅力的な商材とは言えず、安い輸入品に押されて価格も低迷していくなら生産を止めてしまう農家も増えていくことになる。最低賃金も引き上げられているため、むきグリとしての加工賃も商品単価に上乗せされると消費者も手が出しにくくなってしまう。

重油高や円安の影響がどこまで続くのか未知数だが、輸入物の単価が上がったからと言って国産品の需要が跳ね上がるとは考えにくい。もしかすると消費そのものが縮小してしまうことにもつながりかねない。

有史以前から日本人に幸福感を与え続けてきた食材の価値ある歴史が、これからも続いていくことを強く望んでいる。

著者プロフィール

新開茂樹(しんかい・しげき)
大阪の中央卸売市場の青果卸会社で、野菜や果物を中心に食に関する情報を取り扱っている。
マーケティングやイベントの企画・運営、食育事業や生産者の栽培技術支援等も手掛け、講演や業界誌紙の執筆も多数。

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