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カルチべ取材班 現場参上

巨峰が原点。ブドウと人を育てる     秀果園

公開日:2022.12.20
昭和31年に定植して以来、ずっと果実を実らせている巨峰の樹。

はじまりは「巨峰」から

9月14日、長野県東御市和(かのう)地区でブドウを栽培する㈱秀果園を訪れました。現場ではブドウが収穫の最盛期。全国から注文を受け、若手のスタッフたちが朝早くから収穫したブドウを作業場へ運び、選果して次々と箱詰めする発送作業が続いていました。
その合間を縫って農園に併設された直売所を訪れる人の姿も。ブドウ棚の下に並ぶベンチに腰掛けると、テーブルに試食用のブドウが出てきます。グリーン、紫、黒……。カラフルで、形も大きさもさまざま。まるで宝石のよう。

——全部で何品種作っているのですか?
「カタログに正式に載っているのは29。それ以外に、試験栽培も含めてもいろいろあるから全部で37品種ぐらいかな?」
と話すのは代表取締役の渡邉隆信さん(64歳)。現在は多彩な品種が味わえると評判の秀果園ですが、ブドウ栽培の始まりは1955(昭和30)年。隆信さんの実父、竹内和秀さんにより伊豆からもたらされた「巨峰」の穂木から苗木を育て、地元の生産者仲間と、この品種の栽培に取り組んだことがきっかけでした。

現在は日本を代表するブドウの大粒品種となった「巨峰」は、1942年静岡県伊豆の民間育種家で「栄養周期理論」の提唱者としても知られる、大井上康(おおいのえ・やすし)氏によって育種されました。
「石原早生」と「センテニアル」を交配させた4倍体。ずば抜けて粒が大きく、糖度も高いこのブドウに可能性を見出し、伊豆にあった大井上氏の研究所から、穂木を譲り受け、挿し木で苗を増やし、長野での栽培に取り組んだ和秀さん。それでもその栽培方法を確立するまでに、10年の歳月を要したそうです。
「巨峰は4分の3がヨーロッパ系のヴィニフェラ種、4分の1がアメリカ系のラブルスカ種。乾燥地帯で育ったヨーロッパ種の血が濃いので、日本ではどうしても病気に弱く作りにくかったのです。

それでも傾斜が多く、雨の少ない上に晴天率の高いこの地域の地形と気候は、ブドウ栽培に適していました。さらに高級ブドウを自分の手で作りたいと考えた和秀さんは、地元の仲間たちと研究を重ね、栽培技術を確立。最適に生育できるように管理する技術が確立され、それまで養蚕とリンゴ栽培が中心だった和地区は、日本有数の巨峰の産地となり、㋲の字の屋号で知られる秀果園は、いつしか「巨峰の秀果園」と呼ばれるようになりました。

有核の「巨峰」を作り続ける

「巨峰」といえば、無核=種なしが大半を占める昨今ですが、秀果園では従来の有核の巨峰を作り続けています。実はこの品種、無核よりも有核で作る方が難しいそうです。

「4倍体の巨峰は、2倍体のシャインマスカットなどに比べ、花粉が少なく生殖能力が劣ります。ですからその年の気温や前年の生育状況により、露地や高地でしっかり種の入った果実を作るのはとても難しいのです」

それでも有核の「巨峰」にこだわり続けるのはなぜでしょう?

長年、秀果園のブドウを食べ続けている人の中には、「種なしより、味に深みがある」と、ずっと買い求め続ける人が多いのだとか。
「気候的にも栽培が難しい有核のブドウを作りこなしてこそ、より高品質なブドウを作れると考えています。有核か無核かは、品種により判断しないといけません。巨峰に関しては、高品質な有核ブドウが作れることが、先人が築いた最も大切で基本的な技術を継承することにつながると考えています」

栽培が難しい「種あり巨峰」は、今でも秀果園の代名詞。

栽培指導でフィリピンへ

その後、和秀さんは台湾へ出向いてブドウの栽培指導当たるなど、海外でも活躍。さらに「フィリピンへブドウの栽培方法を指導に来て欲しい」との要望があり、それに応える形で現地へ向かったのは、次男の隆信さんでした。
「ベトナム戦争が終結した1980年代。フィリピンでは砂糖の値段が下がり始めていて、それに現地ではそれに代わる作物の研究が始まっていたのです」
隆信さんは、フィリピンのプランテーションで、10年がかりで栽培の可能性を探りましたが、その途中でエドゥサ革命が起き、政情が不安定になったため帰国。その後、アジア各国から絹紡糸の原料を輸入する仕事に就いていましたが、20年前、44歳で実家のブドウ栽培を引き継ぐことになりました。
当時は栽培面積60a。うち9割が巨峰で、1割は伊豆の井川秀雄氏が育種した「伊豆錦」を栽培。隆信さんは、新たに直売所を設けたり、会員制でブドウを販売したり、圃場にすべてビニルをかける等、農園全体の改革を進めていきます。

フィリピンでブドウの研究にあたるなど、海外経験も豊富な渡邉社長。

「いつまでも巨峰だけの時代じゃない。新しいことやらなくちゃ。経済性のいい品種にどんどん変えていきました」
全国に産地が広がった巨峰の価格は低迷。どうすればそれを有利に販売できるかと考えた渡邉さんは、「おいしい高級ブドウを、求める人に、適正な価格で」売る、戦略に出ました。東京の高級フルーツ店に自園の巨峰を売り込み、販売に成功。それを皮切りに、百貨店、海外へ輸出……高品質のブドウを販売し、利益率を上げていきました。

さらに20年ほど前から、ブームを先取りして6次化にも着手。その先駆けは、完熟した巨峰のジュースでした。

早摘みと完熟の2種類のジュースのほか、ワインやケーキ等、6次化商品も多数。

「普通のブドウジュースは余った果実を搾って作りますが、うちの場合はずっと樹に残しておいて完熟させてから搾る。だからとっても濃いんです。それとは別に早摘みの巨峰を搾ったジュースもある。こちらは酸味が残っているので爽やかな味わいです」
そんな2種類の巨峰ジュースに続き、ワイン、パウンドケーキ、さらにシャインマスカットのフローズンスムージーも製造。最新作のスムージーはタイなど、シャインマスカットの人気が高い海外へ輸出する予定です。

巨峰とシャインに加え、多彩な品種を栽培

「巨峰」中心の栽培から一転。現在は30数品種を栽培している秀果園。数ある品種の中でも、売れ筋トップは、根強い人気を誇る「種あり巨峰」と、全国的に生産量が増えている「シャインマスカット」。いずれも多くの注文が舞い込むので、どちらが1位とはいえないくらい、その人気は拮抗しているそうです。
特に「シャインマスカット」は、みずみずしい食感と独特の芳香、皮をむかずに味わえる手軽さが人気で、全国的に産地と生産者が増えていますが、房や粒の大きさ、品質はさまざま。秀果園では、贈答用のブドウを中心に販売しています。
「650〜700gの大房で、毎年すぐ売り切れに。すごい人気です」

百貨店や高級フルーツ店で販売するクラスのシャインマスカット。

続いて人気が高いのは、「ナガノパープル」。長野県果樹試験場が育種した、皮ごと食べられる紫黒色の種なし品種で、人気も高いのですが、
「皮が薄くて割れやすいので、水の管理が難しい。特に今年は8月中旬に長雨が降ったので、かなりの数が割れてしまいました。まだまだ勉強です」
とのことです。

さらに、取材当日収穫時期を迎えていたのは……

安芸クイーン
シナノスマイル

巨峰の実生から国が育種した「安芸クイーン」は、大粒の鮮紅色。長野県で民間育種された「シナノスマイル」は、明るい紫色で、皮に渋味があり、「ワインに合う」と評判に。「この品種を探していた」とわざわざ指定して買い求める人もいるほどです。
さらに大粒で樹齢を重ねた樹で完熟させると糖度が20度を超える青色の「翠峰」、巨峰系の赤色品種「クイーンニーナ」、秀果園で初めて種なしに挑戦したヨーロッパ系高級品種「ロザリオロッソ」、シャインマスカットの系統品種で、「黒いシャイン」として期待視される「マスカットノワール」等、個性あふれる新品種を次々に取り入れて栽培。
人気のシャインマスカットやナガノパープルと希少種を合わせたセット、一般には出回っていない希少種だけのセットも販売。ネットによる予約注文と、直売所での販売で、生果は毎年売り切れています。
品種が増えると樹の管理も販売も、作業が増えて大変なはず。それでもなぜ、30種以上の品種を栽培し続けるのでしょう?
「それは樹が伐れないから。伐れないから増えていくわけです」(渡邉社長)

 

ブドウも人も7年かけて独り立ち

ブドウの樹は、どんな特徴があって、どれだけ売れるか見極めるには、圃場に苗木を植えてから少なくとも7年かかるそうです。
「難しいのはジベレリンを使って種なしにするタイミング。糖度、酸度、外観、香り……。トータルで『いける』と結論が出るまで7年かかります。その前に新しい品種が出てきて植えていく。だからどんどん増えていくんです」
ブドウ栽培は、野菜のように研修先で1〜2年研修を受けて独立しても、すぐには経営的に自立できない難しさがあります。そこで渡邉さんは考えました。
「それには非農家出身の若者が、独り立ちできるような環境を作らなければ。うちで実習して、終わったらうちの社員として働いて、しばらくしたらタイミングを見計らって独立すればいい。独立後の販売支援も継続します。今、そんなプログラムを作ろうとしています」
なので、秀果園にはいつも独立を目指す若手の社員や実習生がいてにぎやか。多彩な品種と真剣に向き合いながら、日々栽培技術を磨いています。

我山統彬さん(29歳)もその一人。ブドウ農家を志し、秀果園に入社して5年目を迎え、農園全体の管理と農場長を任されています。

入社5年目にして、多彩な品種の栽培を手がける我山さん。

そんな我山さんに圃場を案内していただきました。収穫を間近に控えた圃場には、ブドウに房が一直線。しかも均等に並んでいます。
「基本的に平行枝短梢剪定。H型と呼ばれる仕立て方で育てています」
人手が必要な房作りの時期には、アルバイトも雇用して作業に当たっているので、初心者でも作業が可能で、房の位置も等間隔になる。そんなメリットがあるそうです。
除草には自走式のロボット草刈機を使用。土づくりには有機肥料のほか、酵素資材を散布して土着菌を活性化。微生物による分解を促しています。多彩な品種を同時に栽培する上で、最も難しいのは施肥の量とタイミング。同じ品種でも樹によって、またその年の気候によっててんでバラバラ。根域に分量を調節しながら手で散布していきます。
「シャインは肥料食いがよく、巨峰は肥料が多すぎると枝ばかり伸びて繁茂しますが実ができません。有核(種あり)の巨峰は、肥料の量がとてもシビア。多過ぎると大小の粒が入り混じった『親子房』になってしまうので、非常に気を使っています」

大粒のレーズンが人気の的

そんな我山さんが、力を入れているのが秀果園オリジナル「セミドライぶどう」の販売です。収穫作業と同時期に品種ごとにブドウの果実を乾燥機にかけ、セミドライの状態に。やわらかくジューシーな半生ブドウは、「巨峰」はより甘味が濃縮され、「翠峰」や「ジャスミン」等、青いブドウはより香りと酸味が強くなり、生果とはまた異なる魅力があります。国産のレーズンは希少な上、大粒で品種ごとに異なる味わいが1年中楽しめると評判に。
「ネット通販で1年中よく売れます」

手前右から時計回りにシャインマスカット、カッタクルガン、巨峰、シナノスマイル、ルーベルマスカット、ピオーネ、天山。粒の大きさ、色、香り、品種の特徴がぎゅっと濃縮されている。

2019年2月、我山さんはセミドライぶどうを携え、一路ドイツ・ベルリンへ——。毎年開催されている「フルーツロジスティカ」で紹介しました。世界中からフルーツの生産者や流通業者が集まる世界最大級の展示会です。すると、
「このでっかいレーズンは、なんなんだ?」
「うちもほしい」
と評判に。「巨峰」をはじめとする日本で生まれた大粒の食用ブドウのレーズンは、欧米にはないようで、世界中から集まったバイヤーたちにも、一目置かれていました。

2019年2月、ドイツベルリンの「フルーツ・ロジスティカ」に出展。(三好撮影)
セミドライの巨峰やシャインマスカットは、世界のバイヤーに好評だった。(三好撮影)

多彩な品種をどんどん取り入れ、ブドウも人もじっくり時間をかけて育てる。より良いものを全国、そして世界へ。そんな志を抱いて、渡邉社長と次世代型のブドウ屋を目指す若者たちは、日々多彩な品種たちと向き合い続けています。

渡邉社長の元には、高品質なブドウの作り手を目指す若者が集結。

《参考文献》
植原宣紘 編著『ブドウ品種総図鑑』(創森社)

株式会社 秀果園
https://syuka-en.com/

フルーツロジスティカ
https://www.fruitlogistica.com/en/

取材・文/三好かやの
撮影/杉村秀樹

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