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渡辺和彦の篤農家見聞録

また食べたくなるタマネギ! 作物がタンパク質をも吸収する事実は1975年に学問的裏づけされていた

公開日:2023.1.1 更新日: 2022.12.27

今回訪ねたのは、タマネギ名人としてその名を馳せる兵庫県淡路島の落合良昭さん。そのおいしさの秘密は魚かすにありました。

淡路島を代表するタマネギ生産者

今回紹介する淡路島のタマネギの栽培農家・落合良昭さん(60歳)は、筆者が兵庫県立農林水産技術総合センターでの現職時代、非常勤講師として勤めていた兵庫県立農業大学校で講義をしていた教え子の1人である。彼は渡辺和彦の一番弟子だと世間に公言し、当時の私の試験は満点を取ったとご自身で言われる。自分で満点と豪語できるのはよほどの自信の表れで、非常に立派である。

卒業後は淡路島のJA営農指導員として36歳まで活躍し、後は父上の農業を引き継ぎ、現在に至る。卒業後も年に何度か農事相談で電話をかけてきて、各種ヒントを与え続けてきた覚えがある。

今回の連載に当たり、執筆予定の篤農家の多くから、「先生が執筆されるのでしたら、まず淡路島の落合さんでしょう」と言われるほど、彼は篤農家の間でも著名である。

淡路島で主にタマネギを生産している 落合良昭さんは農家としては5代目。タマネギの圃場は 約1.5haで、基本的には奥様の公美(まさみ)さん(54歳)と二人体制だが、収穫時期に2~3人と、植えつけ時期に4~5人を臨時で雇っている。タマネギ以外だと、冬場にフルーツケール、フルーツキャベツ、ミニハクサイを栽培。ニンニクも少しではあるが手がけている。「メインはタマネギで、淡路島で落合農園のタマネギを知らない人はいません(笑)。今年還暦ですが、あと10年は続けたい。若い頃のような体力はないですが、高い品質といぶし銀のようなタマネギを作りたいですよ。糖度が高いからおいしいという『数字』で売るのではなく、『また食べたい!』と思われるタマネギを作り続けたい」とご本人は言われる。

落合農園のタマネギ品種はカネコ種苗株式会社の他よりも食味に優れる品種で、あまり公表したくないとのことで、品種名は伏せておく。東京のかの有名な高級スーパー店にも卸しているが、その名もご本人の希望で公表はできない。本記事担当の編集者がその都内の店舗に行ってみたところ、落合さんの顔写真とコメントを合わせて「兵庫県淡路島産 落合さんのたまねぎ」として店頭に陳列されていたそうで、同店でも特別に力を入れて販売をされているようである。約10年前から同店に毎年継続出荷しているそうだ。

島に伝わる伝統農法を知り、魚かす肥料にこだわる

淡路島のタマネギには約150年の歴史がある。落合さんは、肥料については淡路島で「タマネギの祖」と尊敬を集めている田中萬米(まんべい)さんの子孫から聞いた農法を守っている。当時は化成肥料がなく、牛ふん堆肥などを使い12cm間隔でタマネギ苗を植え、その間にニシンの身を刺し、天然のミネラルを与えて作ったのが、当時の淡路島のタマネギだそうだ。

落合さんは田中さんの農法に倣い、化成肥料は使わず、有機肥料ベースで作れば伝統的な淡路島のタマネギができると考え、魚かすを使いはじめた。落合さんは言う。「魚かすは高知県の魚かすを取り扱う老舗肥料店から直送で買っています。魚かすは糖度が上がると言うより、コク、旨みが出るんです。一般的な魚かすはカツオ6割、他の雑魚4割ですが、うちの魚かすは約8割をカツオが占めています。6割のものとは歴然とした効果の違いがあります。また、私たちが普段食べているソウダカツオとは違うもので、肥料に使うカツオを選んで使っているんです。これで旨みとコクが普通とは違う、おいしいタマネギができるんですよ」。

落合さんのタマネギは三要素肥料を基本とし、ベースとなるものは有機肥料しか使わない。栽培しているカネコ種苗(株)の品種は、「落合さんが手がけると一層おいしくなる」とまで言われる。

 

落合さんお手製のチラシはキャッチフレーズ「また食べたくなる玉葱」で消費者の心を掴む。魚かすなどの肥料のこだわりや、生産者おすすめの食し方も紹介。

 

また、落合さんが旅館の板長から聞いたところによると、その旅館で鯛しゃぶをするためにタマネギで出汁を取るそうだが、落合さんのタマネギで出汁をとると、「ごっついコクが出る!」と驚かれたそうである。プロの料理人からもお墨付きの評価を得ているのだ。

ここで落合さんの昔話を一つ。今でも忘れることができないそうだが、父親からタマネギ栽培を引き継いだばかりのとき、当時、販路はJAだったが、販路を広げようと大阪の某大手スーパーに売り込みに行った。まだ当時、落合さんは栽培についてあまり知識もなく、化成肥料を使っていた。大手スーパーの担当者は落合さんの目の前でタマネギを割り、糖度計を持ってきて甘みを測った。すると「落合さん、糖度は9度! これなら普通や」と一言言われ、そこで商談は終わったそうだ。そのときの悔しさといったら表現のしようもなく、淡路島への帰路、「今に見ていろ、ぜひうちで売って下さい!」と言わせてやる、と誓ったそうである。悔しさで眠れない日々が続いたと言うが、おかげで今があると落合さんは胸を張る。

約50年前から実証されていた魚かすの効果

落合さんから魚かす肥料について伺った後、私にはにわかに思い出されたことがあった。そこで、魚かす肥料(有機成分)は植物根から吸収利用されるが、その根拠となる一つの基礎研究結果を紹介する。ここで最も大切なことは、リービッヒの無機栄養説によれば、植物は17種の無機栄養元素だけでも完全に成長することは間違いではないのだが、各種アミノ酸・核酸をはじめグルコース、 各種ビタミン類も植物は吸収利用できることを筆者はラジオアイソトープ実験で知っていた(本誌2022年春号で紹介)。また前号(2022年秋号)では、エタノール、ビタミン、植物油、ゲル化デンプン(アミラーゼで分解後吸収)なども植物は吸収利用できることを示した。しかし、 こうしたことは今から半世紀近くも以前、1975年に東京大学の森敏名誉教授(当時は助手)が、日本土壌肥料学会で「植物の無機栄養説批判:(1)植物の高分子吸収能について」のタイトルで発表されている。森先生らは、「植物が低分子の有機物を吸収することは衆知の事実である。そこで、高位エネルギーレベルの従属栄養源である『タンパク質』を用いて実験を行った『B.S.A』牛血清アルブミンを合成し、それを水稲幼植物に吸収させてみた。そして水稲根はB.S.A.を吸収する。10mMのATPによりこの吸収は促進されるし、Mgとの相乗効果が高い」ことを発表されている。

筆者は今頃になって森先生の初期の論文を見て驚いたのだが、落合さんがタマネギ栽培で使う魚かす肥料が植物に吸収利用される事実を、タンパク質アルブミンで少し間接的だが確認されていた、森先生の先見性に心から頭が下がる。森先生はその後、リービッヒ学説の欠点を1986年まで19回(支部会含む)にわたり、発表し続けておられる。うち7回(1977年以降)は西澤直子先生との共著発表が主で、根端部の電子顕微鏡観察結果が各種入ってくる。森先生の博士論文も「植物の無機栄養説批判」だそうだ。先生方の研究を一番理解してくれたのは当時農技研(後に神戸大学教授)の阿江教治さんだったそうだ。当時の私はまだ若く、学会には自分が発表するときは参加させていただく程度だったが、講演要旨は現在もネットで拝見できる。 今の私にとってはまったく正しいことを、半世紀も前に熱気高く述べられていたであろう森先生。まったく正しいことを今頃になって褒め讃えるのもおかしいのだが、私は心より両先生の「リービッヒ批判論」を肥料業界職員全員、農水省も含め、日本土壌肥料学会員も真実として受け止めるべきときが来ていることを感じている。もちろん、今までは常識と考えてきたことの大幅改定が必要で、障壁も多いと思うが、正しい知見を世間の皆様に啓蒙・普及することは非常に大切なことと筆者は強く感じている。

次の図1は、西澤・森グループが、ヘモグロビンで稲は完全な生育をできることを水稲のポット栽培で示され、学会で初公開された写真である。ちょうど私も学会に出席させていただいていて、当日は大切な発表を西澤先生がなされるとの噂でもちきりの上、定員100人程の会場は立ち席もぎっしりで、参加者全員が大発見を緊張した気持ちで拝聴させていただいた雰囲気を今でも覚えている。

図2は根端細胞の断面だが、ヘモグロビンを根の表面細胞が取り込み、根内に入れ、それを消化している。図3は3Hでラベルしたヘモグロビンの根での写真で、明らかにヘモグロビンが根に取り込まれている証拠写真でもある。


今から15年程前、静岡県焼津市の肥料卸業の丸石株式会社の大石秀和社長に、同社主催の講演会にお伺いした折、講演前に魚かす肥料工場を見学させていただいた。 静岡では高級茶の収穫前には魚の血を肥料として施用されているとのこと。今では魚の血は汚泥肥料の範疇に入るのだが、その高価な肥料を使うと高級茶ならではの風味が出るそうだと教えていただいた。そのことを森先生たちはすでにご存じであった。魚かすは独特の臭いがあるため、ヘモグロビンでの水耕栽培を実施されていた当時の学生さんの苦労も大変であったと思うが、これらの業績は1992年「栄養ストレスと植物根の超微細構造に関する研究」の題名で日本土壌肥料学会賞を授与されている。西澤直子・森敏両先生の共同研究で、現実の植物は、先生方が発見された「エンドサイトウシス(細胞飲食)」能力があることも、非常に貴重な知見である。

取材協力/落合農園

取材・文/一般社団法人 食と農の健康研究所 理事長兼所長
元兵庫県立農総技術センター部長  農学(京大)博士 渡辺和彦

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