HOME 読みもの アグリニュース 【緊急リポート】ソテツに壊滅的被害を与えるカイガラムシが、日本に侵入 アグリニュース 【緊急リポート】ソテツに壊滅的被害を与えるカイガラムシが、日本に侵入 公開日:2023.2.21 カイガラムシの1種であるアウラカスピス・ヤスマツイ(Aulacaspis yasumatsui)は、近年、ソテツ類の害虫として注目されています。本来の生息地はタイやベトナムなどですが、1994年にフロリダ州マイアミに持ち込まれて蔓延し、ソテツ類に壊滅的な打撃を与えました。その後、世界のいくつかの地域でも、ソテツ類に深刻な被害をもたらしています。 このカイガラムシが、日本にも侵入したことが判明しました。2021年から2022年にかけて奄美大島山羊島周辺のソテツが大量に枯死していることが確認され、枯死の原因となったカイガラムシがアウラカスピス・ヤスマツイであると同定され(2022年11月29日 )、国内での生息初確認(同年12月5日)となったことが、鹿児島県の森林技術総合センターにより報告されています。このカイガラムシは非常に厄介な害虫ですが、奄美大島での被害拡大を阻止する防除策と同時に、日本国内での分布拡大に備えた対応が必要になります。 はじめに 撮影/内田大輔氏 アウラカスピス・ヤスマツイは、1972年にタイで初めてソテツ(Cycas revoluta)上で発見され、1977年に新種として記載されました。アウラカスピス・ヤスマツイは、英名で「CycadAulacaspis Scale」とされ、CASと略されます。本記事でも、以下CASと表記します。 CASの生息地はアンダマン諸島からベトナムまでとされ、最初に発見されたタイも含まれます。現在は中国、シンガポール、香港、台湾、ケイマン諸島、プエルトリコとビエケス諸島、アメリカ領バージン諸島、ハワイ諸島(ハワイとオアフ)、フロリダなど世界各地に侵入しています。さらに、定着はしていないものの、ヨーロッパでも確認されています。本来の生育地では、宿主植物であるソテツ類に致命的な被害を与えることはありませんが、それ以外の地域ではソテツ類の害虫として認識されています。 CASの脅威は、1994年にフロリダ州マイアミに持ち込まれて明らかになりました。フロリダは、造園用などのソテツ栽培が盛んな地域です。フロリダに輸入されたソテツにCASが付着していたと考えられています。やがて、CASはフロリダに広く蔓延し、ソテツが次々に枯死していったのです。さまざまな防除策はうまくいかず、この害虫は急速に侵入範囲を拡大しました。1996年には、この害虫がソテツ類にとって壊滅的な脅威であると認識されるようになったのです。国際的なソテツの園芸産業や造園産業は、この害虫が多くの地域に急速に侵入することで、大きな打撃を受けました。 さらに、CASの分布は拡大しつづけ、グアムの固有種キカス・ミクロネシカ(Cycas micronesica)の自生地や、台湾のタイワンソテツ(Cycas taitungensis)の自生地へ侵入し、両種を絶滅の危機にさらすことになったのです。これらの状況をもとに、フロリダへの侵入から10年もたたずに、国際自然保護連合ソテツ専門家グループは、CASを自然植生のソテツ類に対する最大の脅威としました。 日本への侵入 現在、ソテツ類は3科10属371種に分類されます。その中で、ソテツ科ソテツ属は118種に分類され、おもに東南アジアを中心とする熱帯・亜熱帯に分布します。日本にはソテツ(C.revoluta)1種が九州南部や沖縄諸島を中心に、南西諸島などに自生します。自生地以外でも、観賞用として日本各地に植栽されているので、馴染みのある植物です。 奄美地方では、ソテツは古くから人々の暮らしと密接な関わりを持ち、幹や実は食料として、葉は田畑の肥料として用いられてきました。ソテツは樹勢が強く、台風や干ばつなどの影響を受けにくいという特徴があります。また根では根粒菌と共生しているため、痩せ地にも生育しています。こういった特徴から、奄美群島や沖縄地方では、海岸や山地などに生えており、生態系の面からも重要な樹種とされます。 このようにソテツは日本においても重要な樹木ですが、その自生地である奄美大島山羊島周辺で、2021年から2022年にかけてソテツが大量に枯死していることが確認されました。それらの枯死の原因が、本来であれば侵入を食い止めなくてはならなかったCASだったのです。 撮影/内田大輔氏 CASの特徴 CASは宿主であるソテツ類に容易に寄生して高密度になり、葉を壊死させ、最終的にはソテツを枯死させます。また、ソテツの根にも侵入し、深さ60cmにまで入りこむという珍しい種です。CASの食害によって、徐々にソテツの体内からある種の炭水化物が枯渇していくことが、枯死の主な要因とされています。 CASは白い介殻をもつマルカイガラムシ類です。成熟したメスは長さ1.2~1.6mmで、形は変化に富んでいます。オスは長さ0.5~0.6mmで、細長い形をしています。フロリダでの研究では、成虫のメスは一度に100個以上の卵を産みます。24.5℃では、孵化するのに8~12日、メスは75日まで生きます。 中国・深圳での野外観察によると,CASは1年のうち暖かい時期にはソテツ上で最大8世代が発生します。フロリダでの観察では、マイナス6.7℃に4時間さらされても、ソテツ上のCASは生存し、日中には活動を始めることが確認されています。 自然植生のソテツへの影響 撮影/内田大輔氏 CASが侵入した後の自然植生のソテツ類への影響がよく研究されているのは、グアムでのキカス・ミクロネシカ(C. micronesica)です。以下に、グアムでの長期的な3つの研究を紹介します。 1つめの研究では、6年間の研究により、苗木や幼木がCASの草食によって、成長した植物よりも早く枯れることが明らかになりました。苗木は9ヶ月以内に、高さ100cm未満の幼木は40ヶ月以内に枯死しました。CASが侵入した6年間では、枯死率が92%でした。 2つめの研究では、CAS侵入前の2005年から2020年までの15年間のデータが得られました。その結果、2006年までに幼木の枯死率が100%、2014年までに幼木の枯死率が100%となり、CAS侵入から15年後ではキカス・ミクロネシカの枯死率が96%でした。 3つめの研究では、2002年の時点で、キカス・ミクロネシカは島で最も豊富な樹種であり、推定157万本でしたが、2013年には62万本まで減少したことが判明しました。 さらに、グアムの研究では、この地域の頻繁な熱帯サイクロンに対して、キカス・ミクロネシカが本来備えている回復力が、持続するCASの加害によって損なわれることも明らかにされています。 防除方法の開発 フロリダでは、CASによるソテツ加害を軽減するために、機械的、栽培的、化学的、そして生物的防除法が用いられています。機械的および栽培的防除法では、CASのついた葉を取り除き、安全に処分します。また、植物を高圧のジェット水流で洗い、CASを落とし、幼虫を溺死させることで、被害を軽減させることができます。 また、園芸用オイルや魚油をソテツの葉や幹に塗布すると、CASの個体数が大幅に減ることがわかっています。ただし、ソテツの葉は表面の凹凸により、オイルが浸透しにくい部分ができてしまうこともあり、結果にはばらつきが生じます。マラチオンやセビンなどの殺虫剤とオイルを混合すると、オイル単独よりもカイガラムシの死滅率が高くなります。ただし、これらの殺虫剤の使用は、CASの天敵昆虫にも悪影響を及ぼす可能性があります。 これらの機械的、栽培的、化学的防除法は高価であり、その効果は一時的であることが多く、ソテツの自生地では適用が困難です。現時点で、経済的で効果的、かつ長期間持続する唯一の方法は古典的な生物的防除かもしれませんが、その利用には慎重な判断が必要になります。実際に、フロリダ州の10以上の郡で、生物的防除として約15,000匹の寄生バチが放たれていますが、その効果にはばらつきがありました。自生地での使用には困難がつきまとうと予想されます。 管理の難しさ 残念ながら、CASは非常に防除が困難な害虫です。薬剤や油剤の効果はまちまちであることが多いようです。毒性の強い殺虫剤は効果が高いかもしれませんが、生物的防除の妨げになりますし、在来生物への影響も大きくなります。また、このCASは、防除後にすみやかに植物に再び侵入します。これは根に生息している個体が一因とされ、防除をさらに困難にしています。 25年前のCASのフロリダへの侵入から、世界各地への蔓延により、ソテツ類の園芸産業は壊滅的な打撃を受け、さらに2種のソテツが自生地で絶滅の危機にさらされています。このようなCASの拡大は、基本的に輸入されたソテツに付着していたものによると考えられています。 CASはサイズが小さいこと、ソテツの葉の表面が複雑であるため、低密度の付着は目視では発見がほぼ不可能とされます。また、CASの繁殖力が旺盛であるため、新たに侵入した地域で急速に拡大する可能性があります。ソテツはCASの食草によって徐々に炭水化物が枯渇して、枯死します。 奄美大島へCASの侵入は、自然植生のソテツにとっての脅威となります。さらなる蔓延を防除するために、これまでに得られた知識をもとに、迅速な対策を考える必要があります。 参考サイト/鹿児島県森林技術総合センター ソテツを加害するカイガラムシ Aulacaspis yasumatsui の国内初確認について(報告) http://www.kpftc-pref-kagoshima.jp/kadai/Aulacaspis_Yasumatsui.pdf 参考サイト/鹿児島県森林技術総合センター ソテツのカイガラムシ防除チラシ20221208.pdf http://www.kpftc-pref-kagoshima.jp/soudan/%E3%82%BD%E3%83%86%E3%83%84%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%82%AC%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%82%B7%E9%98%B2%E9%99%A4%E3%83%81%E3%83%A9%E3%82%B720221208.pdf 協力/高梨裕行・バナナワニ園 清水秀男 文/保谷彰彦 この記事をシェア 関連記事 2023.9.15 日本の伝統文化と科学からみた絶滅危惧種ムラサキ 何百年もの間、人々は伝統的に植物に含まれる化合物(ファイトケミカル)を染料、香辛 […] ファイトケミカルムラサキ絶滅危惧種 2023.9.2 第38回 花卉懇談会セミナー 〜園芸植物の生産・管理に活用できるLED照射技術の開発と実装〜 去る2023年7月22日、表題のセミナーが東京農業大学世田谷キャンパスにて開催さ […] 花卉懇談会LEDラン栽培 2023.9.1 植物の復活には「奇跡の遺伝子」ではなく、多くの遺伝子が関わっていた! 復活植物はアフリカ、アジア、オーストラリア、南米に分布し、季節的または周期的に乾 […] クラテロスティグマ復活植物奇跡の遺伝子