農耕と園藝 online カルチべ

生産から流通まで、
農家によりそうWEBサイト

お役立ちリンク集~カルチペディア~
カルチべ市場動向

【関西 果実】蔵出しミカン

公開日:2023.2.21

木枯らしが舞っている。
冷たい風が肌をなでる。
やさしく吐く息も白い。

澄んだ空気は悪くないけれど、いつまでも外にいるのもつらい。
早く家に帰ってコタツにもぐりこもう。

コタツに入って真っ先に手に取るのは山積みになったミカンだ。
大きさ、重さ、硬さ、ヘタの部分をよく吟味して選ぶ。
これだ。これが一番甘い。自信がある。

皮をむいてパクリッ。
「失敗した!」
で、もう1個選ぶ。

今度は大丈夫かな。
皮をむいてパクリ。
うん、今度はおいしい。
おいしいから、またひとつと手が伸びる。

 

私が子供の頃は、これが冬の定番だった。手が黄色くなるまで食べたものだ。

ミカンは晩秋から冬にかけて果実を実らせる植物なのだが、年中売り場に並んでいる。これは時期によって品種や産地が違うからかというと、それだけではない。栽培方法や出荷方法の違いによって大きく3種類に分けられるのだ。

本来のミカンの木は春に花を咲かせ、暑い夏に緑色の小さな実をつける。それが肥大して色づき、9月末〜10月に収穫期を迎える極早生からはじまって12月末に収穫する晩生まで様々な品種がある。

これをハウスのなかで栽培し、冬に春が来たと勘違いさせて花を咲かせ、春から夏にかけて出荷されるのがハウスミカンで、ハウスのなかを加温するかしないかで出荷時期をコントロールして4〜10月頃まで出荷させることができる。コストがかかるため単価は高く、入荷量も冬に比べると極端に少ない。

そして1~3月のミカンは、12月頃に収穫された晩生ミカンを貯蔵して出荷したもので、蔵のなかで貯蔵されることが多く、「蔵出しミカン」と呼ばれている。


蔵出しミカンには貯蔵性の高い品種が用いられるが、外皮もじょうのう(薄皮)も硬めで酸度の高いものが適している。皮が薄いと貯蔵中に押しつぶされてしまうだけでなく、果汁が漏れてカビが生えたり腐ったりしてしまう。酸度が高いと収穫したてのものは酸っぱすぎるのだが、酸によって腐敗が抑制されるため長期保存が可能となり、貯蔵中に徐々に酸が抜けていき出荷時にはちょうど良い酸味が残り、コクが生まれるのだ。

大阪市東部市場に入荷してくる蔵出しミカンは、主に和歌山県産と徳島県産で、とくに和歌山県海南市の下津町は日本でも有数の蔵出しミカン産地で日本農業遺産にも認定されている。

どの産地でも収穫したミカンは木箱に詰められて、土壁の木造蔵のなかで熟成されることが多い。木や土は蔵のなかの空気中の水分を吸ったり吐いたりするので湿度を一定に保ってくれる働きがあり、ミカンの貯蔵性を高めている。

出荷まで放置されているわけではなく、木箱の場所を入れ替えたり、蔵の空気を入れ替えたり、品質チェックを行ったりと、入念な管理下に置かれている。

手間がかかる分、単価も高めで1~3月にかけてのミカンの価格は上昇傾向となる。

しかし、貯蔵中に酸が抜けるといっても、糖度が上がるわけではない。もとのミカンの糖度が低いと水っぽいボケたような味になってしまう。そのため糖度を上げるための工夫が行われているのだ。

ミカンの糖度を上げる仕組みは意外と簡単だ。ミカンの木が吸収する水分が少ないと、木は頑張って果実の糖度を上げる。乾燥させて木にストレスを与えれば糖度は上がるのだ。

そこで、地面にシートを敷いて雨などの水分が地面に届かないようにしている。土中の水分が蒸発して気体となったものは多孔質素材のシートをすり抜けて空気中に逃げていくため、シートの下が蒸れることはない。シートは太陽光線を反射して、色づきも良くなるというおまけつきだ。

しかし、果実の糖度を1度上げると、木の寿命が1年縮むと言われている。それだけ大きな負担がミカンの木にかかるのだ。

ミカンの木は寿命を縮めてまでも、われわれのために尽くしてくれている。ただ「このミカン甘い」と言ってもらうためだけに。でも、ミカンが甘くたって、人の人生を左右するほどの力にはなれない。単にミカンが甘いというだけだ。

この話を聞いていると、効率化と成果主義のために犠牲になってきたサラリーマンを思い浮かべてしまう。身を削って会社のために働きつづけてきたはずだった。ただ「甘い」と言ってもらうためだけに。

ミカンの木の「生産者」としての寿命はおよそ40年。サラリーマンの職業寿命とほぼ同じだ。役目を終えたミカンの木は次の世代のために切られて捨てられて燃やされる。

これまでどんなに甘い実をつけてきたミカンも、若いミカンの生産力にはかなわない。寿命を縮めてまで尽くしてきたミカンでも、やはりいつかは切って燃やされるのだ。

しかし、ある生産農家の人は言う。

「これまで自分たちのために一所懸命身を削ってきたミカンの木を切るときは、本当に断腸の思いなんです。涙が溢れてくることもあるんですよ」

「ミカンが甘くておいしい」という事実自体は大したことではないのだろうけれど、その陰で努力を続けてきたミカンの木や生産農家の思いは計り知れないものだ。ミカンが甘いということに幸せを感じられるようになれば、人生の価値は上がると私は思う。

小さなことだけれど、忘れられつつある価値。そんな価値を探すのも悪くないのではないだろうか。

著者プロフィール

新開茂樹(しんかい・しげき)
大阪の中央卸売市場の青果卸会社で、野菜や果物を中心に食に関する情報を取り扱っている。
マーケティングやイベントの企画・運営、食育事業や生産者の栽培技術支援等も手掛け、講演や業界誌紙の執筆も多数。

この記事をシェア