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【関西 野菜】ワサビ

公開日:2023.3.17

和食が世界遺産(ユネスコ無形文化遺産)となってから今年で10周年を迎える。今、世界では日本食に注目が集まっていて各国に日本料理店が数多く生まれたり、コロナ禍の影響はあったものの日本を訪れる外国人観光客が日本での食を楽しんだりしている。

和食が世界遺産に登録された理由は農林水産省のWEBサイトを見ると、

南北に長く、四季が明確な日本には多様で豊かな自然があり、そこで生まれた食文化もまた、これに寄り添うように育まれてきました。

このような、「自然を尊ぶ」という日本人の気質に基づいた「食」に関する「習わし」を、「和食;日本人の伝統的な食文化」と題して、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。

とある。

さらに和食の特徴が4つ、以下のように記されている。

①多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重
②健康的な食生活を支える栄養バランス
③自然の美しさや季節の移ろいの表現
④正月などの年中行事との密接な関わり

しかし海外で人気の高い日本食は、実はその多くがラーメンをはじめとする日本の日常食、いわゆるB級グルメで、世界遺産に登録された和食の特徴である「日本人の伝統的な食文化」とは少しニュアンスが異なるものであるように感じる。

では、日本における伝統的な食文化の食材である野菜はどうなのだろうか?

今、日本で栽培されて流通している野菜の種類は、ざっと150種類くらいと言われている。このなかで、日本が原産と考えられている野菜は何種類くらいあるかご存じだろうか。

現在でも野菜として比較的利用されているものだと、セリ、ミツバ、ウド、ジュンサイ、フキ、ジネンジョ、ミョウガ、そしてワサビと、10種類にも満たない。

しかも日常的に利用されているものは非常に少ない。他にアシタバやヒシ、クコなどもあるが、ジュースやお茶など、または健康食品の原料として用いられることはあっても、食卓にのぼることはまずないものが多く、そういったものを含めても20種類にも満たないのだ。

世界遺産に登録されたと言っても、野菜のほとんどは海外から日本に持ち込まれて栽培が始まったものばかりということなのだ。もちろん、その後に日本で独自の進化を遂げて日本特有のものへと変化し根付いていったものなのだが、世界のなかでは類を見ないくらい最も長く続いている一大王朝の国でありながら、文化的なものは海外から入ってきたものが根本にあるようだ。

しかしながら、そのなかで日本で古来、利用されてきて、今もなお日本の食には欠かせない「ザ・日本」と言っても良い野菜がある。

それが今回のテーマであるワサビだ。

ワサビは海外の呼び名も国を問わず「wasabi」で、種を表す学名は「japonicum」と日本の名称が使われている。

飛鳥時代の木簡に記されたものが最古の資料だが、それ以前から薬用的に利用されていたと考えられている。もともとは自生のものを利用していたが、栽培が本格化されたのは江戸時代で、徳川家康に献上された静岡県の有東木という地域のワサビが絶賛され、門外不出となったことから、自生のものを移植して栽培を始めたと伝えられている。

ワサビの葉が徳川家の家紋の葵に似ていることからも江戸幕府で庇護の対象となった。ちなみに、有東木地区の今の名称は静岡市葵区である。

江戸時代の中期以降には現在の寿司の原型が誕生し、また蕎麦切りの原型も同じような時代から発展し普及していったため、並行して欠かせないワサビも普及していった。

大阪市東部市場に入荷したワサビの月別のデータを見てみると、年末の12月と初夏から夏場にかけての需要が高いように見える。

一口にワサビと言っても、外食でも家庭でも、ほとんどはチューブの加工品や粉ワサビが利用されており、なかに含まれているのも西洋ワサビ(ホースラディッシュ、または山ワサビと呼ばれる)が多い。わざわざ生のワサビを買ってすりおろすというのは一般家庭では稀で、利用しているのはこだわったものを出す日本料理店や居酒屋、蕎麦店などがほとんどだ。

ワサビは多年生の植物で、何年もかけて成長したものを収穫・出荷するので収穫に適した時期があるわけでもないため年中いつでも出荷できる。特別な需要期があるとすれば年末くらいだが、基本的には需要がある分だけの入荷となっている。

では、初夏から夏場にかけて入荷量が増えるのはなぜだろうか?

ワサビには水ワサビ(沢ワサビ)と畑ワサビ(陸ワサビ)がある。水ワサビは渓流や湧水を使用して、水が濁らずに常に清水が流れ続ける山間部の勾配のある場所で栽培される水栽培のワサビで、畑ワサビは山林の落葉樹の山間を利用したりハウスなどに畝を立てて土で栽培するワサビだ。

大阪市東部市場に入荷しているワサビのほとんどは静岡県産の水ワサビである。

水ワサビは収穫期というのはないのだが、畑ワサビは地域にもよるが5〜9月くらいが収穫期となるような栽培方法が多く、品質は水ワサビに比べてやや劣るが、広い栽培地で効率良く栽培できるため安価に流通させることができる。

その畑ワサビが出回る時期には全国的にワサビの相場が安くなる傾向にあり、全体的な出荷量も増えるため、主に水ワサビだけが入荷している市場においても影響を受けて安値となる。入荷量が多いから安くなるというよりも、安いから需要が伸びて入荷量が増えるというのが理由だと考えられる。

しかし、暑さに弱い水ワサビは夏場の高温期になると、品質が低下したり生育不良となり太物が採れなくなることで8月以降は入荷量が減り価格も高転するため、その後の畑ワサビの入荷がなくなるのと合わせて年末の需要期に向けて高騰していくわけだ。

前述の通り、ワサビの需要のほとんどは外食需要だ。コロナ禍の影響で業務需要がなくなった影響を受け、2019年をピークに入荷量は激減した。

これは産地にとっても大ダメージだ。さらに外国人観光客の減少も影響を受けて、生のワサビを利用している高級な飲食店の需要が激減したことと、観光ワサビ園なども来訪者が減ったため、二重三重のダメージを受けた。筆者がコロナ前に訪れた安曇野の観光ワサビ園は、かなり賑わっていたが、一時期は閑古鳥という時期もあったようで非常に心が痛い。

安曇野の観光ワサビ園。

ワサビ産地の危機的状況ともなったわけだが、ひとつだけ好機が訪れたのは海外への輸出が年々増加してきていることだ。いまや寿司は、海外でも特別食ではなく日常食になりつつある。生のワサビの流通は多くないのだが、加工品を含めたワサビそのものの需要は海外での寿司の普及とともに増加しており、江戸時代の寿司の普及とともに激増したワサビの歴史が繰り返されようとしている。

ただ、海外でもワサビの栽培は増えてきており、日本産以外のワサビに価格競争で勝てなくなってしまう可能性も否めない。

しかし日本の各地でも畑ワサビだけでなく、例えば糸魚川では豊富な水源を活用したハウスのワサビ栽培が行われているところも出てきている。これらも含めた新たな技術の革新には大いに期待をしている。

世界遺産として登録された和食のなかでも日本の伝統を最も長く受け継いできて、今もなおその需要が絶えない純日本産の野菜であるワサビ。その火を消さないように、新しい栽培技術なども含めて日本の価値とともに世界に発信していかなければならないと思う。

 

著者プロフィール

新開茂樹(しんかい・しげき)
大阪の中央卸売市場の青果卸会社で、野菜や果物を中心に食に関する情報を取り扱っている。
マーケティングやイベントの企画・運営、食育事業や生産者の栽培技術支援等も手掛け、講演や業界誌紙の執筆も多数。

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