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初心者も4種の施設園芸が学べるJA周桑経営実証圃

公開日:2023.5.8
JA周桑の経営実証圃。若者も中高年も栽培技術を学んでいる。

誰もが学べる実証圃

愛媛県西条市丹南町にある、農産物直売所「周ちゃん広場」は、連日新鮮な地元の野菜や果物を買い求める人たちで賑わいを見せています。そのすぐ隣に「研修生募集中!!」と掲げた看板が。その先にはパイプハウスが10棟並んでいます。

「ここはJA周桑が運営する経営実証圃。今、実習生は7名ですが、本格的な就農を目指して毎日来られる方が4人。まだ勤めに出ている人や、大がかりな研修は難しいけれど、『ちょっと前向きに考えたい』という人もおられます」
と、栽培指導を担当する越智栄二さん。

農業を始めたい、興味があると思っても、栽培のノウハウがわからない。農地を借りるにはどうすればいい? 自前のハウスを建てるにはどれくらいの資金と労力が必要か? 心配や不安は尽きません。そこでJA周桑では、2019年に直営の経営実証圃を設立。研修生たちは、ここへ通って日々農作業に従事しながら、アムスメロン、キュウリ、イチゴ、アスパラガス。4種類の野菜の栽培技術を学んでいます。

自分に適した作物を選ぶ

経営実証圃の一角、アスパラガスのハウスで作業を進めているのは、研修生の玉井 心(こころ)さん。1998年生まれの24歳です。非農家出身で農業経験はありませんが、テレビ番組でアスパラガス栽培の様子を見た時に「自分もやってみたい」と思ったそうです。そこで地元のJAを訪ねたところ、素人でも一から技術を学べる実証圃があることを知りました。玉井さんは、2021年の7月から通い続け、作業に従事しながら技術を習得し、就農準備を進めています。

「アスパラを作りたい」と研修を始めた玉井さん、現在はキュウリの栽培も学んでいる。

「今は地下茎に養分を溜めている時期で、2〜3月頃に出てきた新芽を収穫します。アスパラガスは、一度株を植えたら、何度も生えてくるのがいい」

玉井さんのように49歳前に就農する場合は、国の「新規就農者育成総合対策」の対象となり、最長2年間150万円/年の助成を受けることができます。
実証圃での研修費用は無料で、研修期間は原則2年。年末年始以外は通年研修を行っていて、月100時間の実習の他、農協の指導員による座学の講習も受けながら就農準備を進めていきます。

アスパラガスは一度株を植え付けたら、春と夏に何度も収穫できる。通常15年、うまく管理すれば20年以上穫り続けられる。そんなところに魅力を感じて、当初はアスパラの栽培を希望していた玉井さんでしたが、実証圃では他の作物の栽培も体験できます。すると、
「今、キュウリについても学んでいます。苗の定植から始まって、消毒したり、収穫したり。
最初はアスパラガスだけで就農しようと思っていましたが、キュウリの方が自分に向いているかもしれない。今、悩み中です」

4つの作物を栽培するハウスが建ち並び、研修生たちが作業を進めている。

実際にここで複数の作物に触れ、作業に従事するうち、最初に考えていたものとは別の作物へ変更するケースもあるのだとか。本格的に就農する前に、4つの作物の栽培方法を、実地で学び比較して、最適な作物を選べることも、この実証圃の強みです。

アラ還世代がメロンを栽培

JA周桑直営の「周ちゃん広場」には、6月になると多くの人が行列をなして買い求める人気商品があります。それはアムスメロン。40年ほど前から栽培が行われていますが、糖度14度以上の果実が購入できるとあって、早朝から行列ができるほどです。
以前は冬春イチゴの裏作として、栽培されていたのですが、近年は高齢化が進み、イチゴの高設栽培が広がって、その後作としてメロンを作る農家が減ったことなどから、作り手が減少していました。産地として新たな生産者の登場が望まれる中、この実証圃でアムスメロンの栽培を学び、栽培農家として独立を果たした人たちがいます。

JA周桑のアムスメロン。毎年シーズンには行列がで、即日完売の人気商品。

日和佐雅彦さんは、地元で鉄鋼関係の企業に勤務していましたが、定年退職後農業を志し、毎日せっせと経営実習圃に通ってメロンの栽培技術を習得しました。22年の春、自宅の隣に8aのハウスを建てて栽培を開始。初めての栽培は不安や心配がつきものです。とくに「周ちゃん広場」で販売するには、たとえ就農1年目でも、糖度を14度以上に仕上げなければ販売できません。

農協の栽培指導の担当者とこと細かに連絡を取り合い、摘芯や摘果のポイント、水やりのタイミング等を確認しながら栽培を進めました。圃場と選果場、2度の厳しい糖度チェックを経て、見事合格。さらに近年JAのアムスメロン部会が取り組んでいる、秋作のメロンにも挑戦。夏と秋、2度の出荷を実現しています。日和佐さんは、
「せっかくハウスを建てたのだから、少なくとも10年は作り続けたい」と意欲満々。

実証圃に毎日通って技術を習得。夏と秋、二期作に挑戦する日和佐さん。

そんな日和佐さんのご近所に住む櫛部文恵さんもまた、実証圃でメロンの栽培を学び、就農したメンバーの一人です。
「農協の広報誌に『素人もできます』とあったので応募しました。私の場合、定年前だったので、研修を始めた時はまだ今治の会社に勤めていました」

研修期間中、櫛部さんが日中実証圃へ通えるのは、土日だけでしたが、出勤前実証圃に立ち寄り、日和佐さんに前日習ったことを教えてもらい、会社帰りにまた実証圃に立ち寄って、その日の復習をする……そんな毎日でした。

人生百年時代、日和佐さんや櫛部さんのように、地元企業で活躍してきた定年間際の「アラ還世代」もまた、第二のライフワークとして農業への道を選ぶ人が多いのです。前出の玉井さんのように、国の就農支援の対象ではありませんが、それぞれのライフスタイルや事情を鑑み、柔軟な形で研修に臨めるのも、この実習圃の魅力です。

定年前に会社勤めを続けながら、同期の日和佐さんの協力を得て、メロン栽培を学んだ櫛部さん。

櫛部さんは、自宅近くに空いている農地があったので、持ち主に交渉したところ、スムーズに借りることができました。ハウスの資材はJAを介して「使わなくなった人がいる」と聞きつけ、譲り受けることに。分解して借りた農地へ運び、広さ5aの連棟式ハウスを準備できました。このように研修中も研修後も農協とつながりの中で、農地や資材、栽培に関する地元の有益な情報が得られるのもこの制度の魅力なのです。

櫛部さんは、農協を介して空いたハウスの資材を譲り受け、5aのハウスを設置。

出荷前、メロンの糖度が14度を超えるかどうかは、収穫から10日前の水管理にかかっています。日和佐さんも櫛部さんも農協の指導担当者に何度もハウスのメロンの様子を伝えて指示を得ながら潅水作業を行い、水やりを行って適正な糖度のメロンを作ることができました。農家としては新人でも、きちんと販売できる作物ができるのは、研修後も見守り続ける農協のサポートのおかげです。

JAの強みを生かし新たな農業者を育てる

取材に訪れた10月末、経営実証圃のハウスを覗くと、アスパラガス、キュウリ、アムスメロンに加え、イチゴの苗が白い花を咲かせ、収穫を迎えようとしていました。

実証圃で栽培したイチゴは、隣接する「周ちゃん広場」で販売される。

JA周桑ではイチゴ栽培にも力を入れていて、主力品種「紅ほっぺ」の栽培に力を入れています。実証圃ではその「紅ほっぺ」に加え、愛媛県農林水産研究所が育成した「紅い雫」も栽培されていました。
こうして実証圃で栽培されたアスパラとキュウリは、JAの選果場を経由して一般市場へ。イチゴはお隣の周ちゃん広場へ、アムスメロンも糖度検査をクリアすれば、周ちゃん広場で販売できます。

豊富な栽培経験をもつ石原さん(左)と越智さん(右)が指導に当たっている。

ここで常に研修生の指導に当たっている越智栄二さんと石原保志さんは、地元で栽培農家として活躍してきた経験の持ち主で、その実績と経験をもとに、親身になって後進たちの育成に当たっています。
「農家さんはそれぞれ人の顔が違うように、作業するときの優先順位や考え方が違います。農協に提示される情報や作業内容を、噛み砕いて、研修生たちがいかに自分に合う形で吸収できるか。そこを伝えるのが我々の役目です」

これまでJAが築いた栽培技術や販路を活用し、収穫した作物は市場や「周ちゃん広場」で販売。独立してからも、栽培過程で疑問や悩みが生じたら、農家目線でいつでも相談できる人がいる。そんなJA周桑の経営実証圃から新たな生産者が巣立っています。

越智さんの背中には、新たな研修生へのメッセージが綴られている。

 

2022年10月27日取材
取材・文/三好かやの
撮影/杉村秀樹

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