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【関西 果実】セミノール

公開日:2023.5.16

 

日本で商業利用されているカンキツ類は多く、時期的には露地栽培のものだけでも秋から初夏まで様々な品種が栽培され流通している。

食味としての人気が高いのは甘さと酸味のバランスが取れたものだが、食味だけでなく食べやすさも人気を二分する要素となっている。

まず、じょうのう(薄皮)ごと食べられるというのが重要な要素で、おいしくても薄皮を手でむかなければならないと評価は下がる。次に外皮が手でむきやすいということ。オレンジのように外皮がむきにくくても、ナイフで切ったらじょうのうごと食べられるというのであれば評価は下がりにくいが、それでも手で簡単にむいて食べられるほうが評価が高い。そして、種子がない、もしくはほとんどないということも評価を上げる重要な要素となる。

外皮が硬くて手でむきにくく、じょうのうもむかなければならず、種子も多いカンキツは、まず土俵にも上がれない。それが酸っぱ過ぎたり苦味があったりすると、ますます敬遠されて手に取る人は少なくなる。ハッサクなどがその代表的なものだ。

ちなみに筆者はハッサクが大好きだ。あの独特のサクサクした食感は他のカンキツにはないものだろう。とくに樹上完熟させた「農間紅八朔」(紅ハッサク)は香りも良くジューシーで、この手のカンキツ好きにはたまらない。

とは言え、やはり手で外皮がむけてじょうのうも食べられて種子もなく、甘さと酸味のバランスが取れたカンキツはとても魅力的だ。

われながら贅沢だなぁと思わなくもないが、今の世の中、食べるものがあふれていて選択肢が多く、加工品なども含めると競合は多く、少しでもマイナス要素があると見向きもされなくなってしまうのがフルーツの宿命なのだ。

秋にスタートする極早生の「温州ミカン」から中晩柑と呼ばれるカンキツ類まで、とにかく食べやすくて食味の良い品種を栽培して出荷しようと育種も盛んに行われ、次々と新しい品種も生まれている。

そんななかでシーズンのラストを飾るものの一つが「セミノール」だ。

日本で開発された品種ではなく、故郷はアメリカのフロリダ州。地図で言うとアメリカの右下にあるフロリダ半島の付け根の辺りだ。セミノール湖というジョージア州との境界付近にある湖から名づけられた。

緯度で言うと鹿児島県の離島がある辺りで、ダンカングレープフルーツとダンシータンゼリンを掛け合わせて育成された。それが太平洋戦争の後、カリフォルニア大学から日本に種子が持ち込まれ、農学博士である田中長三郎が庭で栽培していたものを、後に三重県の篤志家である桂 清吉という人物が発見して商品化されたそうだ。

「セミノール」は収穫時期が3月末~4月頃になるので、当時はそんな時期にミカンが樹になっていること自体が珍しかったのではないだろうか。綺麗なオレンジ色の「セミノール」を見て、とてもおいしそうに見えたに違いない。

 

 

食べてみると手で外皮がむけるし、じょうのうごと食べられる。酸味が強くて種子はあるが、置いておけば酸味は抜けるので、気温が上がってきて少し酸味のあるフルーツがおいしく感じる4月下旬〜5月にかけて、うってつけのカンキツだったに違いない。

 

 

今でも入荷が多いのは4月下旬〜5月上旬にかけてだ。

 

 

この時期は他の品目も含めて手軽に食べられるフルーツが少ない時期でもあるので、当時はとても重宝されたはずだ。

ところが1960年代以降、外貨割当制度によるオレンジの輸入が解禁された。はじめは制限があったため輸入量も少なかったが、1990年代に入ると輸入が自由化され、一気に海外からオレンジが入ってきたのだ。「バレンシアオレンジ」や「ネーブルオレンジ」のような外皮の硬いオレンジ類だけでなく、手で外皮がむきやすい「マーコット」や「ミネオラ」などの新しい品種も次々と入ってくるようになり、国産のカンキツ類の地位を圧迫するようになっていった。

アメリカで生まれて日本に持ち込まれた「セミノール」だが、アメリカ産の輸入オレンジにその地位を奪われていくという皮肉な結果となったわけだ。

 

 

ここ5年くらいの推移を見ても、入荷量は年々右肩下がりとなっている。

「セミノール」は極晩生というシーズンの一番最後に収穫するカンキツなわけだが、開花から摘果などの作業は他の品種とそれほど差があるわけではない。

樹になっている期間が長いので、天候による影響も長く受けることになる。冬場の寒波による霜害や凍害、春先の長雨、晩霜、春の急な気温上昇など、多くのリスクを抱えて栽培しなければならない。しかも、収穫後に酸を抜くために貯蔵も必要なため、設備が必要であると同時に気温が上がっていく時期なのでカビや腐敗のリスクも高いのだ。

比較的安価な輸入のカンキツと競合になるため、手をかけてまで作り続けようという意欲が低下するのは仕方がないのかもしれない。

しかし、ここ数年で世界情勢が急変していることも事実だ。重油高による輸送コストの高騰、円安による輸入コストの上昇、コロナや戦争の影響などもあり、輸入農産物にとっては向かい風となっている。

逆にこれまで輸入の農産物に圧迫されていた国産のフルーツにとってはチャンスだとも言える。海外での日本産の農産物の評価も高まっているなかで、輸出という新たなチャンスも生まれている。

カンキツの「セミノール」の語源となったセミノール湖の「セミノール」とは、アメリカが誕生する以前から、もともとフロリダに住んでいたインディアンの一族の名称のことだ。アメリカの独立戦争やイギリス、スペインなどとの争いごと、南北戦争などに利用されたり巻き込まれたりした歴史を持つ。ここでは多くは語らないが、そんななかでも権力や圧力に屈することなく最後まで戦い、民族を護り続けてきた結果、少数ではあるが生き残ったと伝えられている。

いつの時代も、どんなものであっても永遠に栄華が続くものなどあり得ないのだ。

 

著者プロフィール

新開茂樹(しんかい・しげき)
大阪の中央卸売市場の青果卸会社で、野菜や果物を中心に食に関する情報を取り扱っている。
マーケティングやイベントの企画・運営、食育事業や生産者の栽培技術支援等も手掛け、講演や業界誌紙の執筆も多数。

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