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カルチべ取材班 現場参上

多品目栽培に取り組む女性農家

公開日:2019.1.25 更新日: 2019.2.21

今、農業に携わる女性が増えています。

なぜ農家になったのか?
どんな思いで取り組んでいるのか?
描いている夢は?

カルチべ取材班がご夫婦で有機栽培に取り組む女性を訪ねました!

茨城県常陸太田市。福島県との県境にほど近い里山で農業を営む伊藤幸子さん。
ご主人の達男さんとともに長年にわたって海外のNGO活動に尽力したのち、日本に帰国。
12年前にこの地で農業をスタートしました。こだわりは、有機栽培と個人宅配での販売。そこには女性ならではの知恵と感性が散りばめられています。

心を動かされたエチオピアでの体験

幸子さんは東京都小平市の出身。一般的なサラリーマンの家庭に育ちました。
「小学校の卒業文集に『将来なりたいものは、牛を飼う人』って書いているんです。子供の時から自然が好きでした」

恵泉女学園短期大学園芸生活科に進学し、園芸・農業・畜産などを学んだ後、メキシコやグアテマラを旅して、人々との温かな交流に心を動かされ、国際協力の道に進もうと考えました。
そんななかで出会ったのが、途上国で国際協力をするという同じ志を持つ達男さんでした。

結婚後は、達男さんとともに発展途上国で農村開発プロジェクトに携わりました。なかでもエチオピアでの体験は、現在の幸子さんの農業に大きな影響を与えているといいます。

夫の達男さんは清泉女子大学でフィールドワークの講師も務めます。
授業の一環として学生は農業の体験もします。

「エチオピアに滞在したのは1986年から1989年。内戦状態のなかに干ばつが起こり、日本からも緊急援助隊が派遣されました。私たちはマーシャ村というところで復興の仕事に携わったのですが、そこには電気もガスも水道もない。石油製品もないし、ゴミもない。現地の人々は雨だけに頼って農業をしているので、雨が降らなければ飢えてしまうという暮らしぶりでした」

日本と同じ時代にありながらもこういった暮らしをしている人々がいること、そのなかで誰もが必死に生きようとしていることに大きなショックを受け、重労働を強いられている女性や子供たちを援助するために、他の日本人スタッフや現地のスタッフとともに、家庭菜園での野菜づくり、料理、育児、保健衛生などを紙芝居や寸劇に取り入れて啓蒙に力を尽くしました。

伊藤家の営農ポリシーとは?

常陸太田市で農業を始めたのは2002年。「日本に戻って農業をしたい」という幸子さんの強い思いを達男さんが受け入れて実現しました。2人とも50歳を迎えていました。

自宅前に広がる里山の風景。下の畑は元田んぼで長年堆肥を入れて土を改善しました。
干ばつに苦しむエチオピアの人々の暮らしを綴ったアルバム。

「雨が降らないというだけで作物がとれない、乾いた土はツルハシで叩いても割れない……そんなエチオピアの過酷な環境に比べると、日本は一年中雨が降るし、土もやわらかい。水も木も落ち葉もたくさんあって、とても農業に適したところなんです。それなのに日本の農地には建物が建ち、駐車場になっていく……もったいないことですよね。そんなふうに日本の農業が廃れていくことがすごく嫌だったんです」

そんな思いでこの地に住み始め、少しずつ野菜づくりをするうちに土地を貸してくれるという地主さんと出会い、本格的に農業をスタート。その後、「うちの土地も使ってほしい」という地主さんが続々と現れ、現在では野菜畑・田んぼ・お茶畑を合わせて約1・7haほどの作付面積となりました。

栽培している品目はハクサイ、ブロッコリー、レタス、コマツナ、ニンジン、ゴボウ、ミズナ、パクチー、トマト、キュウリなど多品目。年間通して60〜70品目を生産しています。
野菜の栽培品目を決めるのは常に幸子さん。季節に合ったおいしいもの、病気に強くて育てやすいものを幸子さんの感性で選び、作付計画を考えます。

達男さんの役割は機械の操作や圃場整備などの力仕事。収穫や出荷は2人で一緒に行っています。栽培方法は完全な有機農法。近所の酪農家からもらう牛ふん堆肥を使い、ボカシ肥料は自ら手作りします。害虫には虫除けネットと捕殺で対応しているといいます。

「草取りもしっかりやりたいところなのですが、なかなか間に合いません。でも、マルチはできるだけ使わないようにしています。あれは1回使うごとに捨てなくてはならず、ゴミになってしまうので……。1月に播くニンジンとカブだけはマルチがないと雑草に負けてしまうから、その時だけは使っていますけど」

作付けの記録は大切な財産。品目、生育状況などがきめ細かく書き込まれています。

地球にできるだけ負荷をかけずに農作物を栽培する……これが伊藤家の営農ポリシー。各国で様々な人々と出会い、多種多様な農業を体験してきた伊藤さんのまなざしは、日本の里山に暮らしながらも地球全体を見つめています。

口コミで増えた個人宅配の顧客

販売ルートは個人宅配に限定しており、JAやスーパー、産直販売所などへの出荷は行っていません。現在、顧客は65家族ほど。宣伝やPRなどは一切していませんが、口コミで増えていったといいます。発送は1週間あるいは2週間おきとなっていて、顧客が選択することができます。価格は段ボール1箱ごとに1月から6月は2000円、7月から12月は2500円と設定されています(送料込み)。

「今の時期は15品目くらい入れていますが、2月以降になると10品目くらいになります。その季節にできた野菜をみんなで山分けしましょうというスタイルで、作物を商品だと思っていないんです。だから、品目ごとの単価も決めていません」
食べている人が自分の言葉で伝えてくれることがいちばん信頼できるとの思いから、インターネットでの販売も行っていません。

「虫もついているかもしれないし、形も良くないかもしれない。そういう野菜を食べていただくことで、お客さんは私たちの暮らしを支えてくださる、そういう関係を築きたいと思っています。この思いはインターネットでは説明できないんですよね。今風じゃないですね(笑)」
そう話す幸子さんですが、発送前には顧客に向けたメッセージをメールなどできめ細かく配信しています。畑の様子や幸子さんの暮らしぶりなどが伝わるこの“お便り”には都会に住む顧客も心癒され、温かなコミュニケーションが続いています。

少量多品目栽培の畑。毎年、有機農業実習として途上国から研修生がやってきます。
今年もこの畑でアジア各国の研修生が種播きを体験しました。
鮮やかに色づいた赤カブ。「土のなかを想像しては、赤、白、緑といろんな色があったら楽しいなあと思いながら種蒔きをしています」。
達男さん手作りの道具。ニンジンの種子を捲いて覆土した後、これで鎮圧します。
線引き棒も便利な道具の1つ。通常は機械を使う作業も自らの手で行っています。
収穫したものを運び込み、出荷の準備を行う作業小屋。
個人宅配用の段ボール箱。10~15品目の野菜をたっぷり詰めて発送します。

女性に向いている少量多品目栽培

この地で農業を始めて12年たった今、得たものは何だったのでしょう。

「農業は、技術や経験が1年1年積み重なっていくんです。それがうれしいですね。かつての国際協力の仕事では人間関係を築かなくてはいけなかったのですが、1つのきっかけでそれが一気に崩れてしまうことがよくありました。でも農業は、失敗したこともすべてが経験として積み重なり、次の栽培に活かされていくんです。やった分だけ返ってくる。もちろん自然が相手なので返ってこないこともありますが、それでも『あ、そうか!』と納得できることが確実にあるんです。農業は体力や年齢に応じて仕事量を減らすことができるんです。それを自分で考え、自分で計画して、自分でやる。これが他の仕事にはない面白さかな」

「有機での少量多品目栽培なら大きなハウスを建てる必要もないので、少額の初期投資で始めることができます。私たちは50万円程度で始めました。そんなところも女性向きかもしれませんね。でも、機械を動かすことも、畑を耕すことも1人では大変ですから、女性には『よく働くパートナーを探せ!』と言いたいですね(笑)」

少量多品目での野菜栽培は、細かく気がつき、細かく動くことができ、細かく感じることができる人、どちらかというと女性の方が向いている農業スタイル。70歳を過ぎてもずっと農業を続けたいと幸子さんは語ります。

『農耕と園藝』2015年1月号より転載・一部修正
取材・文/高山玲子

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