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カルチべ取材班 現場参上

病院勤務から農家へ転身 杉浦農園の取り組み

公開日:2019.2.12 更新日: 2019.2.22

カルチべ取材班 現場参上シリーズの第2回目。

千葉県我孫子市でご主人とともに農業に取り組み、多忙な毎日を送りながらも家族を支える。

今回は、自分の夢も実現させてきた杉浦和代さんをご紹介します!

ナバナが咲く圃場にて。

「私の原点は、故郷の北海道で春になると眺めていた堆肥の山の思い出なんです」

そう語るのは、千葉県我孫子市で杉浦農園を営んでいる杉浦和代さん。ご主人の勲さんとともに、ツマミナの栽培を始めたのが今から 40 年以上前。子供の頃に故郷の北海道で見た農地の風景を心に描きながらひたむきに農業を続け、現在では地域に密着した野菜作りを展開し、多くの顧客から信頼を得ています。

病院勤務から農家への転身

20 代の頃は、親戚が運営する東京の病院で働いていた和代さん。農業を営む勲さんと結婚して初めて、農作物栽培に携わったといいます。

病院を退職後、当時、人気が高かったツマミナを夫婦2人で無我夢中になって作りました。生まれ育った北海道では農業は身近な存在ではありましたが、自分自身で野菜を育て、出荷し、収入を得るという仕事はこれが初めてでした。結婚する前、2人の間では、和代さんは農家の仕事を手伝わなくていいと話をしていたといいます。

しかし結婚後、農業の才能がぐんぐん伸び始めたのは和代さんのほうでした。

ご主人の勲さんは東京都出身。 和代さんとの結婚前に千葉県我孫子市に農地と住まいを構え、農業をスタートさせました。

「深夜 12 時には起きて畑へ行き、夜が明ける前から収穫して、朝いちばんに主人が市場へ届ける。そんな毎日でしたが、生き甲斐を感じることができたんですね」

見よう見まねで覚えた作業も農業の先輩である勲さんより手早くなり、営農のアイディアも次々と提案。きめの細かい気配りができる和代さんは、女性ならではのパワーを発揮し、いつしか杉浦農園になくてはならない存在となっていきました。

地域密着型の営農スタイルを確立

40 年の間、地主の協力もあって農地はどんどん広がり、現在ではおよそ2・5ha。ホウレンソウ、コマツナ、ハクサイ、ネギ、ブロッコリー、エダマメ、カボチャなど、年間約 15 品目を栽培しています。そのすべてを地元の直売所とスーパーに出荷。かつては都心の高級食料品店からの大量注文にも応じていましたが、現在は、地域密着型の営農スタイルを確立しています。

収穫直前のコマツナ。土には堆肥を混ぜ、低農薬で栽培。
生命力のある作物が育ちます。
野菜の魅力をストレートに伝えるコメントが販売数を伸ばす秘訣。
ご長男の奥様が描いた似顔絵入りのポップ。
この親しみやすさが顧客の心をとらえます。
ヒマワリマークをあしらった杉浦農園ラベル。
かつて、ヒマワリを栽培していたことからこのデザインが生まれました。

我孫子の自然環境を存分に活かし、低農薬で育てる野菜は地域住民から高い評価を得ているといいます。売り場で杉浦農園のラベルのついた野菜を探す人も少なくありません。

「販売用のビニル袋には生産者名が入ったシールを貼りますが、お年寄りにはその文字が小さくて読みにくいんですね。それならと、息子がデザインしたヒマワリマークのラベルも貼ることにしたんです。うちの野菜がどれなのかがわかりやすくなったと、お客様に喜ばれました」

さらには、販売棚に手描きのポップを設置したり、素材を活かしたレシピを紹介したり。夏場に大人気となっている杉浦農園産のエダマメにいたっては、茹でたてのものを試食として惜しみなく売り場に出しています。そのおいしさは口コミでどんどん広がり、完売の日が続くといいます。

「お店でお客様に会った時には、旬の野菜のおいしい食べ方や上手な保存法をお伝えすることもよくあります。うちの野菜で離乳食を作ると、赤ちゃんがパクパク食べるという嬉しいお話を聞かせていただくこともあるんですよ」

大切にしているのは、地域の人々とのコミュニケーション。丹精込めて作った野菜を安心して食べてもらいたいという作り手の思いを、多くの人に伝えたいと語る。

「販売してくださっているお店は、私たちがお客様と接点を持てる大切な場所です。時間を忘れておしゃべりに花が咲くこともよくありますね。忙しい毎日だけど、こういう瞬間があるからこそ、明日へのエネルギー源をいただけるんですよね」

生産者と消費者という枠を越えてつながるお互いの気持ち……これこそが杉浦農園の野菜をすくすくと育てる最上の栄養分なのです。

杉浦農園を支えてきた人々

「子供たちが小学生だった頃は、近くの中央学院大学の学生さんにアルバイトをお願いしていました。私たち夫婦が深夜から畑に行ってしまうので、学生さんには下宿してもらって、子供たちの面倒を見てもらったり、勉強を教えてもらったり。本当にお世話になりました。その方々とは今でも交流があるんですよ。農作業を手伝ってくださるアルバイトの学生さんもいましたね」

現在でも、農作業をサポートしてくれる人々の存在は杉浦農園にとって大切な“財産”。なかでも、長年にわたって和代さんと勲さんを支える近隣のパートの方々は、なくてはならない存在です。

第11期生体験実習講座の会場を依頼された時の様子。

「収穫、袋詰めなどを担当していただいています。私が畑に行けない時でもパートさんたちにお仕事をおまかせできるので、とても心強いですね」

また、最近では援農ボランティアの皆さんにも大いに助けられています。我孫子市が支援する我孫子型「地産地消推進協議会」の援農ボランティアのメンバーが杉浦農園に惚れ込み、熱い思いを持って作業に取り組んでいるといいます。

「皆さんには本当に助けていただいています。私も精一杯のことをさせていただき、感謝の気持ちをいつもお伝えするように心がけています」

パートさんや援農ボランティアの皆さんに食べてもらうために育てているという聖護院大根。

一日の農作業を終え、満たされた気持ちで帰宅の途につく援農ボランティアの皆さんの後ろ姿を見る時、和代さんの心も癒されるのだといいます。仕事を持っている女性はとかく忙しいもの。なかでも、農業を営んでいる女性は常に多忙を極めています。和代さんもしかり。ご主人とともに農業ビジネスを拡大させながら家族を支え、2人の息子さんも育て上げたこの 40 年間、ひと息つく間もない日々を過ごしてきました。

驚くのは、そんな毎日でありながらも、農家・主婦・母親としての役割だけでなく、書道家や着付け講師としての顔も持っていること。特に書道は 40 歳で習い始め、短期間のうちに師範の資格を取得。現在では 15 名程の生徒が和代さんの元に通います。さらに、小学1年生の習字教材用のお手本作成も毎月こなしているといいます。そんな多忙な毎日をいったいどのように乗り越えているのでしょうか?

「健康が第一ですよ。日常生活のなかに程良い興奮と好きなことをたくさん取り入れて意欲を高め、その流れに乗って短時間に集中させるようにしています。もちろん、やり残してしまう仕事もあります。時間の流れを失ってパニックになることもありますが、“その日、その時の自分” を仕事に割り振るように心がけています。自分は誰に対してどんな役割を担っているのか? そう自問して日々の行動をチェックし、前日の晩に行動のシミュレーションをすれば満足感を得られて、ストレスもたまりにくいのではないでしょうか」

畑が育む喜びと幸せ

最後に、改めて和代さんに「畑は好きですか?」と、聞いてみました。

「大好きですね! 杉浦農園は農場を職場としているパートさんの率直な意見を聞き、現場を探る努力をしています。そんななかでお互いを励まし合い、信頼関係が生まれているのです。常に刺激を与え合える仲間を作り、地域になじみ、そしてお客様との和が広がる。作物と同じように積み上げていく仕事だからやりがいがあるのです。時には介護施設に入られている方々が畑にナバナを摘みにいらっしゃることがあるのですが、施設では見たことのないような笑顔になったり、介助がないと歩けなかった方が畑のなかではスタスタと歩いたり……そんなこともあるんですよ。そういう出来事は、私にとっての喜びでもありますね」

我孫子市長賞を受賞したこともある、杉浦農園のホウレンソウ。賞のために栽培したものではなかったため、受賞には杉浦さんご夫婦が最も驚いたといいます。
我孫子市長賞を受賞したホウレンソウの畑。 「ここは気温の寒暖差があるので、いい作物が育つのかもしれません」。

採れたての新鮮な野菜を介護施設や独り暮らしのお年寄り、子育て中の若いお母さんなどに提供する機会も多いといいます。

「それがいちばん楽しいことかな。栽培して売ることよりも、こっちのほうが楽しいかもしれません(笑)」

農業を介して、農作物を介して多くの人と気持ちをつなぎ、幸せを分かち合うことが、和代さんの支えとなっている。

『農耕と園藝』2015年2月号より転載・一部修正
取材・文/高山玲子

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