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カルチべ取材班 現場参上

富士山の麓で、農薬を使わない、有機栽培にこだわる女性生産者の取り組み

公開日:2019.2.27

富士山が目の前にそびえる畑で、
無農薬・有機栽培にこだわって野菜作りを続ける平岡英里さんを訪ねました!

静岡県富士市で有機栽培での農業を営む平岡英里さん。富士山を間近に眺めることができる農地を借りて、たった1人で「なないろ畑」を運営しています。

「富士市で生まれ育っているので富士山の姿はずっと身近にありました。農作業中は下ばかり向いているのですが、ふと顔を上げた時に富士山が見えると、救われた気持ちになりますね」

小柄で女性らしい雰囲気を持った平岡さんと、雄大な富士山の姿。なないろ畑には、こんな素敵なコントラストが存在している。

農業研修で学んだ有機栽培のノウハウ

平岡さんが1人で農業をスタートしたのは今から 10 年程前のこと。富士山麓の朝霧高原近くの「ビオファームまつき」で1年間の農業研修を経て独立しました。31 歳の時でした。農業に興味を抱いたのは、大学卒業後に就職したフルーツトマト栽培を手がける農業生産法人がきっかけでした。ここでフルーツトマトのみならず様々な農業に触れ、学んでいくうちに“就農”に心が傾いていったといいます。

「大学は千葉大学の園芸学部だったのですが、もともと農業より環境について学ぶことに興味がありました。中学生の時、国語の教科書に砂漠を緑化した日本の団体のことが載っていて、それを読んでから緑を増やす仕事に関心を持つようになったんです」

園芸学部で緑や土について学んできたものの、実は農業としっかり向き合った経験が少ないことに気づいた平岡さん。もっと農業を知りたいと、フルーツトマト栽培の会社に勤めながら農業に関する情報収集をし、農家の作業の手伝いなどをしていくうちに、自分自身で農業をやってみたいという気持ちが高まりました。

そして「ビオファームまつき」とめぐり合います。富士山麓の地の利を活かした有機農業や様々な6次産業に取り組む「ビオファームまつき」では農業研修生を受け入れていて、平岡さんはここで有機栽培のノウハウを学んだといいます。

なないろ畑の向こうには富士山がそびえる。「この辺りはたまに台風が来るくらいで、常に温暖な気候。農業に適している地域だと思います」

土の力、そして自分の力を信じて

その後、現在の農地を借りて農業を始めることとなるが、女性が1人でトライすることに不安はなかったのでしょうか?

「私自身、それほどガツガツやるタイプではないので、人を雇うような規模ではできないだろうなあと思い、まず自分1人でどれくらい栽培できるか、どれくらいの数のお客さんに販売できるかを試行錯誤しながら始めてみたんです。それをやっているうちに 10 年経ってしまったという感じです」

栽培しているのはハクサイ、ダイコン、長ネギ、レタス、ブロッコリー、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、トマトなど一般家庭で使われる野菜が中心。少量多品目で栽培しています。

「“なないろ畑”という名前も、ちょっとずついろいろな種類の野菜を作りたい、という思いから付けました」

広大な土地を区割りして、多数の農家が使用している農地。
その一画を借りています。「ここはすべての畑に農業用水が引いてあります。 野菜を洗う時や、雨が降らない時の水やりに便利ですね」
朝霧高原の酪農家から提供される牛ふん堆肥を使っている。

就農当初から無農薬栽培、有機栽培にとことんこだわってきました。もともと、この畑は何も栽培されていない草地だったため、過去の農薬の心配はなかったといいます。そして、まずは土の力を高めるために畑全体を焼き、耕すことから始まりました。
「自分で農業をやるのなら減農薬ではなく、完全な無農薬、有機栽培でやりたいと思っ
ていました」

朝霧高原の酪農家から提供される牛ふん堆肥を使い、鳥害にはネットを張って対応、虫の害が多い時には捕殺する……平岡さんは、その作業のすべてを1人でこなしています。育苗用のビニルハウスや、道具を保管する小屋も業者に依頼することなく、自分で建てたといいます。
「建て方を業者さんに教えてもらったり、1人でできないところはお手伝いいただいたりしたこともありましたけど、基本的には自分でやりました」

基本的に農作業は1人で。日々のマルチ張りも、「もう慣れてしまいましたね(笑)」。 苦労より、やらなくちゃ! という思いのほうが強いといいます。

季節ごとに作業に変化があり、天候にも左右され、会社勤めのように予定どおりに仕事をこなせないのが、農業。でも、雇われて働くのではなく、仕事のすべてを自分で決めることができるこのスタイルが、平岡さんには合っているのだと語ります。

「季節や天候、野菜の体調、私の体調を考えながら、自分のペースで仕事ができることが楽しいですね。そのほうが野菜にとってもいいような気がします」

土の力を信じて有機栽培に取り組んでいると語る平岡さん。その言葉の裏側には、“自分自身の力も信じている”そんな思いも込められているのだと感じました。

コミュニティーに根ざした野菜の販売

野菜の販路は、契約している顧客への配達が中心。富士市内に点在している顧客の家々を自らが配達して回る。その数はおよそ 30 軒。週に1回もしくは2週に1回のペースで届けています。

「10 年続けて買って下さる方もいるんです。よくもまあ、我慢して買って下さっているなと(笑)。
野菜をずっと買って下さっている方のお子さんが、私の野菜を食べて大きくなっていく……これはいちばんうれしいことですね」

10 年にわたる顧客とのつながり。そのなかには、生まれたばかりだった赤ちゃんが小学生になっている家庭もあります。平岡さんが自分自身で配達することにより、味の感想を聞いたり、おすすめ料理法を伝授したりと、コミュニケーションも深まるといいます。各家庭の野菜の好みもしっかり把握しているので、箱詰めの際には顧客によって種類を変えることもあるのだそう。

一般家庭の他に、レストランにも野菜を販売している。
取材当日も「これからこの野菜を配達するんですよ」と忙しそう。
育苗などに使用しているビニルハウス。
ビニルの張り替えも業者に依頼することなく、平岡さん自身が行います。

「食べて下さる方の顔を見てお届けしないと、やる気につながらないというか……。反応がないと頑張れないような気がします。だから、今の栽培と販売の形は、私にとっていちばんいい方法なのかもしれません」

家庭で料理を作るのは多く場合、女性。そして、日常のなかでお互いにコミュニケーションを深めていくことも女性が得意とするところです。たった1人での農業は女性には少々酷なのでは? とつい考えてしまいますが、平岡さんのようにコミュニティーのなかにしっかりと根ざした営農なら、実は、女性のほうが向いているのかもしれません。

播種時に使用するロープも手作り。60 ㎝間隔でしるしがつけてあります。
木材を組み合わせて作った線引き棒も便利な道具。
もちろん平岡さんのハンドメイド。
「ナスなどの雨が好きな野菜の根元には、マルチを敷くと水が通りにくくなるので、代わりにワラを敷きます。このワラもいただいたものなんですよ」
近隣の企業からいただいた落ち葉は、春の育苗のための踏み込み温床に使います。

なないろ畑に描く未来像

今の営農スタイルを継続しながら、今後は違った形でも農業に関わりたいと考えている平岡さん。そのキーワードは、子供たち。

「以前、中学生が職業体験で畑に来たことがあるのですが、ある男の子が畑に入ることができなかったんです。土のなかに入れなかった。汚れることが嫌で土に触れることができない子もいて、それは衝撃的でした。これからは、私が作った野菜を届けるだけでなく、子供たちに野菜が育つ過程を見せてあげたり、土に触れる機会を作ってあげたりしたいと思っているんです」

これまでにもカフェと協力して、なないろ畑で育った野菜を使った料理教室を開いたことがあるといいます。参加者は、なないろ畑に自由に出入りしながら、種播き、栽培、収穫を体験し、最後に自分で育てた野菜を調理して食べるという企画でした。

「お子さんたちがはりきって畑に来てくれました。自分で種子を播いたもの、自分で植えたものには、やはり違う思いがあるのかもしれませんね。今後はこういったこともやっていきたいと思 っています」

現在、42 歳。一昨年、会社員の男性と結婚した。ご主人は農業には携わっていませんが、なないろ畑の野菜を食べては率直なコメントをくれるといいます。それを聞くことによって平岡さんの視野もさらに広がり、今まで以上に“食”について考え、子供たちの成長にも関わっていきたいと考えるようになったそう。

今後、ご主人が農業を手伝うことはないのでしょうか?

「それはないですね(笑)。主人には頑張って会社で働いてほしいです(笑)」

パートナーを得て、これまで以上に安心感を感じられるようになったと平岡さん。ご主人の存在に支えられ、雄大な富士山に見守られながら、なないろ畑の野菜は今日も元気に育っています。

『農耕と園藝』2015年3月号より転載・一部修正
取材・文/高山玲子

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