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新規就農ガンバリズム

ママズベリー[前編]子供が幼稚園に上がるタイミングで 思い切ってイチゴ農家に転身!

公開日:2019.2.12 更新日: 2019.2.21

新規就農までの取り組みと、これからの経営についてうかがう『新規就農ガンバリズム』。
今回は、千葉県長生郡でイチゴ農園「ママズベリー」を営む斉藤久さんを取材しました。

開業して6年になりますが、それ以前は、農業にまったく携わることはなかったといいます。

その斉藤さんが、どのようにして農業を始め、 小さいながらも堅実な経営を続けてこられたのでしょうか?

パートの仕事の代わりに始めることになった農業

斉藤久さんがイチゴ農園「ママズベリー」を営む千葉県長生郡長柄町は、都心から1時間余で行ける距離にありながらも、今なお豊かな自然が残っています。
そこで生まれ育った斉藤さんが農業を始めたのは、一般的な家庭の主婦がパートに出るのに近い感覚だったとか。斉藤さんがこう説明します。

「子供が幼稚園に入ると、それまでのように付きっきりでいる必要はなくなりますよね。それで、多くの主婦がそうするように、パートに出ようと思ったんです。でも、パートに出れば、勤め先の都合に合わせて出勤しないといけない。子供が幼稚園から帰ってきても、必ずしも迎えてあげられないかもしれない。自宅近くにある農地で仕事ができれば、いつも迎えてあげられると考えました」

この点は多くの新規就農者と比べ、斉藤さんが恵まれていたと言えるかもしれません。代々、長柄町で暮らしてきた斉藤さんの実家には農地があったことで、パートの仕事に出る代わりに、新規就農という選択が思い浮かんだといいます。
それまでは農地を近隣の兼業農家に貸していましたが、借り手も少なくなってきて、草刈りなどの管理だけをしなければならないことも新規就農に踏み切ることを後押ししたようでした。

しかし、斉藤さん自身、それまで農業に関わったことは一度もありませんでした。ご両親も農業に携わっていたわけではなく、今では斉藤さんの農業をサポートしてくれているお母さんも元は小学校の教師。定年退職後、趣味のガーデニングや家庭菜園で土いじりをしていたものの、本格的な農業の経験はなかったそうです。
斉藤さんが、土地はあっても、農業を始めるに当たって最低限必要な技術、知識はなかった当時を振り返ります。

斉藤さんの営む「ママズベリー」。

「農業に関してまったく知識はなかったので、まず千葉県の農林振興センターに行って、率直に『農業を始めたいんですが、何をやればいいのかまったくわからない』と相談しました。それで、紹介してくれたのが千葉県立農業大学校でした。農業大学校は、若い学生さんが通う農業の専修学校なのですが、私のような新規就農を希望する者を対象とした短期の研修コースも用意されていて、私は3ヵ月間、通いました。農業の基礎的な知識を座学で習うとともに、鍬の使い方、トラクターの動かし方を教わり、校内の農場でホウレンソウを栽培しました。ただ、農業大学校での授業で、最も印象的だったのは『農業は手間がかかるわりに、そんなに儲からない』と教えられたことでした。農業大学校の卒業生の中でも、実際に農業を始められた人は2割から3割。始めてみたものの、すぐに辞めてしまった人もいて、思い描いた通りの農家経営を継続している人になると1割程度と教わったので、そんなに甘いものじゃないな…と思いましたね」

新規就農の希望者を受け入れているのですから、受講者の多くは希望に胸を膨らませていたことでしょう。しかし、その希望だけが先走っては、堅実な農家経営は難しくなります。そのことを伝えたくて、農業大学校の先生たちは農家経営の厳しさを諭したのかもしれませんが、元々、パートの仕事の代わりに新規就農を思い立った斉藤さんにとっては、大いに不安を助長する教えだったようです。

より良い農作物を作るだけじゃない農園の雰囲気作りも大切に……

それでも、とにかく続けようと考えた斉藤さん。自らの農園を開くことになれば、そこで栽培する作物を選ぶ必要がありました。斉藤さんはイチゴを選んだわけですが、その理由についてこう説明します。

「第一の理由は、イチゴが好きだったから(笑)。せっかく農家を始めるんだったら、好きな作物を作りたいなって……。それに農業大学校の授業で、作物ごとに必要な労働時間を教えてもらったんです。実際に働くのは私と手伝いの母親だけですから、一時的にでも月間の労働時間が2人でできる範囲を超えている作物は選べません。その点、イチゴは大規模にしなければ、2人で十分にやっていけるように思えたんです」

農業大学校で農業のイロハを学んだとは言え、詳しい知識、技術については、卒業後にイチゴ農園で研修を受けることになります。斉藤さんは農業大学校と、農業大学校の同窓生に紹介された2カ所のイチゴ農園に通い、苗の定植から、収穫までの一連の仕事を実地で学んでいきました。

「イチゴを栽培する技術の習得はもちろんのこと、実際の農家の経営に間近に接することができたのは大きな収穫でした。お世話になった農園では、イチゴ狩りのお客様が不快に思わないよう、農園を清潔にしておくのは当然として、子供が遊ぶキッズコーナーやキーホルダーなどのイチゴグッズの販売コーナーを設けて、お客様に楽しんでもらえる雰囲気作りをされていたんです。その農園で獲れたイチゴを使ったアイスクリームも売っていたし…。単にイチゴをうまく栽培していればいいわけじゃないことを教えてもらいました」

農家経営は、収穫された作物を、農協を介して販売するだけでは利益率は決して高くはありません。農家自らの直販に加え、イチゴ農園の場合、観光農園として多くの方に来てもらえれば利益率を高められます。斉藤さんにとって研修先の農園の取り組みはとても印象深かったようです。

無利子融資の支援資金を利用し開業資金1200万円を確保

この頃になると、どのような農園にしていくのかといった希望も具体化してきましたが、それを実現するには、相応の初期投資が求められます。
斉藤さんの場合、元々、農地があったので、農地取得の資金は必要ありませんでしたが、イチゴの高設栽培を選択したため、大きな初期投資が必要であることに変わりはありません。
しかし、斉藤さんが用意できた自己資金は 50 万円程度でした。
そこで、斉藤さんは千葉県、農協が用意している「新規就農支援資金」を利用することにしました。1200万円の無利子融資を受け、ビニルハウスなどの設備を準備。自己資金の約 50 万円は、直販やイチゴ狩りのお客様用の駐車場の整備、看板の製作などに当てました。斉藤さんがこう続けます。

「無利子の融資なので審査は厳しいと事前に伺っていました。承認してもらえるかどうか心配だったのですが、私の場合、すでに農地があること、母親が手伝ってくれるなど家族の支援を受けられていることもあって、承認していただけたのかもしれません。農業大学校の同窓生などからは、農地の確保が大変だという話も聞いていますから、本当にラッキーでしたね」

自己資金で設置した看板。

斉藤さんの農園は、かつては田んぼだったところにビニルハウスを建てている。古くから稲作を営んできた農家の中には保守的な人が多く、稲作のままであれば農地を貸すことはあっても、斉藤さんのように田んぼにビニルハウスを建てるような転作を希望する者には渋ることも少なくありません。
稲作での起業を目指す人など、新規就農者の多くが、高い利益率を期待できる商品作物での起業を目指しているわけで、優良農地の確保は決して簡単なことではありません。斉藤さんが言うように、あらかじめ農地を所有していた点は、農地の確保から始めなければならない新規就農者と比べれば、幸運でした。

こうして300坪のビニルハウスを整え、イチゴの品種を「紅ほっぺ」、「章姫」に決定。研修先の先輩農家から、比較的栽培が簡単で、小規模な農地でも収益を望めるとのアドバイスを受け、この2品種を選んだといいます。
より大規模な農園であれば、イチゴ狩りのお客様にいろんな食味を楽しんでもらうため、収量が少ない品種も取り入れていますが、斉藤さんとお母さん2人だけで管理可能な300坪に規模を限定したため、収量が多い2品種に絞ることにしました。
農園名は「お母さんがつくるイチゴ」という意味から、「ママズベリー」と決め、農園名の入 った看板や直販用の箱も製作し、着実に農園開業の準備を進めていきました。

品目を決めた理由は「イチゴが好きだったから」という斉藤さん。

直販のほか、地元の知り合いの紹介で、近隣の道の駅「ながら」などの販路も確保して、後はより良いイチゴを作るだけでしたが、イチゴ農園で十分な研修を受けたつもりであっても、新規就農であった斉藤さんにとって、最初の年は戸惑うことの連続だったといいます。

「今から思うとイチゴ農家なら、誰もが知っていることさえわかっていなかったと思えることもたくさんありました(笑)。知識として知っているつもりでも、日々のイチゴの管理の中では活かせていないというか…。例えば、イチゴの病害の中でも、うどんこ病の防除はとても重要ですよね。アミスター、ストロビーといった薬剤を使うのですが、これは単剤で水に溶かして散布しないといけない。でも、薬剤の付着をよくする展着剤を加えて散布してしまったので、薬害が出てしまいました。すぐに研修先の農家の方に相談したら、散布方法の誤りを指摘してくれました。イチゴ農家としては恥ずかしいことですね。でも、ベテラン農家には当たり前のことでも、1年目ではできない、気付かないことが多いものです。私にとっては研修先の農家でしたが、困 った時に相談できる人がいることは本当にありがたかったですね」

直販、イチゴ狩りに来られたお客様にくつろいでもらうように設置したイス。

斉藤さんの農園では、通常、9月の定植をした後、10 月中旬にはマルチフィルムを張り、冬の寒さに曝される時季には暖房を焚きますが、その時期についても研修先の農家に相談。都度、指示を仰いでいきました。

「研修中のノートには、マルチを張る時期、暖房を焚き始める時期を書きとめてありしたよ。でも、毎年、同じ日にやればいいってものじゃありませんからね。天候によっては早める時もあれば、遅らせる時もある。実地に研修を受けたとしても、1シーズンだけでは、自分の判断が正しいかどうか不安に思うことはあります。だから、何でも相談しました」

電話で尋ねることもあれば、時には斉藤さんの農園まで来てイチゴの状態を見てもらい、子細にアドバイスしてもらったといいます。そうやって、1年目のシーズン、斉藤さんの不安、戸惑いとは裏腹に予想以上の収量が得られ、まずまずの滑り出しとなり、イチゴ農家としての第一歩としては十分な成果が得られました。

(次回につづく……)

『農耕と園藝』2012年7月号より転載・一部修正
取材・文/斉藤勝司

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