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園藝探偵の本棚

第2回 そこにある鉢植えの意味とは

公開日:2019.2.21

「鉢植えと人間」

2018年12月12日 第一刷
[著者]田嶋リサ
[発行]法政大学出版局
[入手の難易度]易

 映画やテレビドラマの画面に花や植物が出てくると、何という植物なのか、生なのか造花なのか、誰が生けたのか、どの花屋さんが協力したのか、といった興味が一度に湧き出して止まらない。そういう人は、もう、「園藝探偵」と呼んで間違いない。まだ本人がそのことに気づいていないだけだ。

「園藝探偵」とは、植物や土に直接触れずに、園芸関連の本や資料を読み、語るといった間接的なアプローチで園芸を楽しむ活動だ。僕らは古い資料を探して、いつの間にか置き忘れてきた大事なこと、見逃してきたような興味深い話題を発見し、それを味わい、活かしていく。今日はまず、過去の膨大な資料のなかから、どのように読むべきものを見つければいいのか、そんな話をしてみたい。

 資料探しの実際は、ネット検索やオークション、古書店めぐりといった方法が思い浮かぶかもしれないが、実は、いちばん大切なのは、最新の情報をチェックすることだと思う。新聞の一面下にある広告欄や書評欄を読んで、「これは!」と思う本は読んでみる。

 なぜ新刊が重要かというと、まず出版物は、今、世の中に出すべき理由が十分に検討された上で出されているからだ。人は今ある問題を解決したくて本を買う。もうひとつ、何かのテーマに沿って体系的に知識を得るために本を買う。この場合、著者の考え方や内容はもちろん、その思想を育んだ参考文献が大事になる。新しい本は、今まで出された本や論文をベースにわかりやすくまとめられていたり、新しい知見や反論が書かれていたりするはずで、自分の知識をアップデートしたり、修正するのに必要なことだと思う。学習したことを別なところで使うときには、抽象化したり法則化したりする必要もあるし、逆に、人に説明したり説得するときには、具体的な事例をわかりやすく話すことも求められる。著者が訴えたい内容についても、参考文献や引用元の資料に当たることでより理解が深まることもあると思う。

 今回、紹介するのは、昨年末に出版されたばかりの新刊だ。年明け早々、探偵仲間の村山雄一さんに教えてもらった。著者、田嶋リサは、新しい感覚で見せる盆栽作家でもありながら、大学に戻って鉢植えの文化や人間との関係について研究してきた。 著者の研究の原点にあるのは、「なぜ人は、植物を鉢に植え、身近に置き、育てるのだろうか」という問いだった。この大きな問いに対する答えを見つけるために歴史を考察し、鉢植えが置かれる空間や映画の中で、どのようなシンボルとして描かれているかといった興味深い対象を取り上げて分析していった。ところどころに、盆栽作家ならではの気づきや経験に基づく深い理解のしかたが随所に感じられる。この本は鉢植えと人間との関係そのものに着目し「鉢植えの文化論」としてまとめた自身の博士論文が元になっているという(猪俣佳瑞美の名前で発表)。もう15年ほど前になるが、著者は若い人たち向けの盆栽入門書を書いている。伝統的な知識や技術を踏まえた上で、現代的な表現としての盆栽作りを紹介していて、今読んでも面白い。一般に盆栽が批判的に取り上げられる要素である針金をかけて形を変えて表現していくことに積極的な意味を持たせているのが興味深い(すぐに針金かけてみたくなる)。

 植物や園芸文化という大きなくくりでは、あまりにも多岐にわたるから、自分の問題意識とぴたりと合うことはめったにないのだが、著者の新刊は違っていた。ここでは、植物だけでも鉢だけでもない、外国人向けの日本文化としての盆栽でもなく、「鉢植え」をど真ん中に据えていて、今までありそうでなかった本だと思う。まず、「鉢植え」の歴史を西洋と東洋そして日本について概略をわかりやすくまとめている。日本は地理的に大陸の隣に海を挟んで位置しているため、過去から現在に至るまで大陸の影響を受けながら、変化発展し、日本的な独自性を獲得するような型がある。「鉢植え」もまた同じように文化的な発展をしていった。

 最初は貴族や権力者ら一部のものであった渡来植物や鉢植えは、時代を経るに従って庶民のものになっていく。珍しい外来の植物や突然変異、斑入りなど形態の希少性を「瑞兆」と捉え大切に扱われた鉢植え。それを高貴な人々が所有し誇示する一方で、実際に手入れを受け持っていたのは「山水河原者」などと呼ばれる封建社会の階層の外に位置した人々であり、彼らの仕事はケガレを清める働きをしていた。こんなふうに歴史を通じて一貫して「鉢植え」が大切にされてきたことの背景を明らかにしている。こうした歴史の先に1960年代の観葉植物ブームや狭い路地に植木鉢がずらりと並ぶ下町の風景があるのだ。

 ほかにも、「鉢植え」と「盆栽」の違いは?なぜ奇妙な姿の珍品を愛好するのか?なぜ「盆栽は男性のもの」「ガーデニングは女性のもの」といったイメージがあるのか?鉢植えをオフィスに置くと仕事がはかどるのか?こんな問いにも答えを見出すヒントがたくさんあった。

 鉢は植物の生命を包み保護する容器であると同時に、ときには枯死に至る過酷な場にもなりうる。著者は、生と死を含み成り立つ「鉢植え」の表象を9つのキーワードを挙げてまとめている。「自分」「他者」「財力・権威」「気晴らし」「卑小さ」「スノビズム」「未熟さ」「儚さ」「不朽不滅」。これらの言葉が意味することは互いに相反し、また重なり合って、「鉢植え」の価値をつくっている。それはとてもユニークで他のモノや商品と比較できないような人間との関係の親密さや奥深さがあると思う。

  こうした、非常に緻密で繊細な分析のほかにも、豊臣秀吉所用の陣羽織の文様とペルシャ絨毯に描かれる伝統的な柄との関連であるとか、「レオン」(1994年フランス・アメリカ合作映画 /リュック・ベッソン監督)、「誰も知らない」(2004年日本映画/是枝裕和監督)など有名な映画に登場する鉢植えの表象としての意味といった興味深い例示に惹きつけられ、人間や社会にとっての「鉢植え」の持つ多様な可能性に何度もうなずかされた。

 冒頭に書いたように、この本は先人の研究、知見を一望できる価値のある1冊だと思う。文注と巻末に参考文献があるので、読むべき文献は改めて読んでみよう。論文や出版物のうち、インターネットで公開されているものや、国立国会図書館や大学などでデジタル化し一般公開されているものも増えているので、まず、そこを調べるようにしよう。

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プロフィール

松山誠(まつやま・まこと)
1962年鹿児島県出身。国立科学博物館で勤務後、花の世界へ。生産者、仲卸、花店などで勤務。後に輸入会社にてニュースレターなどを配信した。現在、花業界の生きた歴史を調査する「花のクロノジスト」として活動中。

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