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第8回 花や植物が人を癒やす

公開日:2019.4.5 更新日: 2019.4.10

「看護覚え書」

[著者]フロレンス・ナイチンゲール
[訳者代表]薄井坦子・小玉香津子
[発行]現代社
[入手の難易度]易

今日のテーマは病院と花。
よく「病気のお見舞いに鉢植えはよくない。鉢植えは根っこが付いているから〈寝付く〉に通じるから縁起が悪い」と言われるのだが、これは、いったいいつ頃からそうなったのだろうか。

昔の写真には、病室に鉢物が飾られていたり、文章の中で病室に鉢物を持ち込む様子が描かれていたりする。例えば、物理学者、寺田寅彦の「病室の花」がそうだ。第4回目に紹介した「日本の名随筆」の「花」に収められている。

寺田は随筆家としても知られるが、1919(大正 8)年、胃潰瘍で吐血し東大病院に入院する。退院後の翌大正9年に病気静養中に随筆を執筆し始めている。「病室の花」はそのころ書かれたものだ。

《発病する四五日前。三越に行ったついでに、ベコニアの小さい鉢を一つ買って来た。書斎の机の上へ書架と並べて置いて、毎夜電燈の光でながめながら、暇があったらこれも一つ写生しておきたいと思っていたが、つい果たさずに入院するようになった》。

入院の日、妻は他の道具と一緒に鉢植えを病室に持ってきてくれた。鉢は寝台ののすぐ横にある台の上に載せられた。

《灰色の壁と純白な窓掛けとで囲まれたきりで、色彩といえばただ鈍い紅殻塗りの戸棚と寝台の頭部に光る真鍮の金具のほかには何もない、陰鬱に冷たい病室が急にあたたかくにぎやかになった。宝石で作ったような真紅のつぼみとビロードのようにつやのある緑の葉とを、臥ながら灰色の壁に投射して見ると全く目のさめるように美しかった》。

寺田はこの生きている植物の花の「色彩」について話を続ける。造花には代えられない美しさがあると感じるのはなぜか。外形からは説明がつかない差異を人は感じ取れる。それは、人間普通の感覚の外にある微妙ななにかだ。

《こんなことを考えながらベコニアの花をしみじみ見つめていると、薄弱な自分の肉眼の力ですら、花弁の細胞の一つひとつから出る生命の輝きを認めるような気もする。》

そういうふうにして寺田の入院生活が始まった。

その後も、「菜の花一束」「西洋種の蘭の鉢」「大きなベコニアの鉢」「サイクラメン」「ポインセチア」(ポインセチアは見たことはあるが、初めて名前を知った、と書いている)「大きな寄せ植え」など次々と見舞いとして持ち込まれる。水やりなどの世話は看護婦(現在は「看護師」)がやってくれた。寺田は殺風景な病室で花を見ながら、想像の世界に遊び、懐かしい思い出にひたる。見舞いに連れてこられた甥っ子は、鉢植えの花をのぞきこみ、木札に書かれた花の名を大きな声で一つ一つ読み上げるの感心した。こんなふうにして寺田は三週間の入院生活を終える。花期が終わり、また元気がなくなった鉢もあったが、寄せ植え以外の鉢は看護婦に頼んで置いて帰った。この随筆では、最初から最後まで鉢植えは縁起がよくないというような話は出てこない。

前置きが長くなった。今日、紹介したいナイチンゲール(18201910)の「看護覚え書」という本は、地元の「ブックオフ」で見つけた。沿線に看護学校があるので、看護系の書籍や教科書がたくさんある。この本も、そういう人が持っていたのだろう。長年にわたって改訂を重ね、2010年の改訂では「看護婦」をすべて「看護師」と書き直したことが冒頭に記されている。この本が書かれたのは1860年だという。クリミア戦争で活躍し有名になったナイチンゲールは、この年に自身の看護学校を設立した。(日本は安政から万延元年。幕末、万延元年遣米使節が咸臨丸を随行してようやく海を渡る時代だった。)

この本のなかに、ナイチンゲールが植物や花について書いたメモがあるかもしれない。索引がついており、そこを読むと、「美しい事物」「美しい色彩」(が病人に回復をもたらす)、「ベッドからの眺め」(は回復への鍵、「切り花や鉢植えの病室への持ち込み」「色彩や明るさの身体的効果」「花(病人への)効果は身体にも及ぶ」「花の形や色彩は患者の苦悩をぬぐう」「花一束に狂喜した熱病患者たち」というような項目があることがわかった。こうした覚え書きは、看護師のためだけに書かれたものではない。病気になった人を看護する立場になる人(とくに女性を意識して)が読んで自分で考えることができるようなヒントになるように書いたものだという。以下、具体的にどんなことを述べているのか抜き出してみたい。

「変化」(五章 変化は回復をもたらす一つの手段)

長期にわたって病室に閉じ込め、同じ天井と同じ周りの風物とを眺めて暮らすことは病人の線形を痛めつける。回復には変化が必要だ。

《美しい事物、物を変化させること、とりわけ輝くように美しい色彩が病人に及ぼす影響については、まったく評価されていない》。

こうした色彩や変化への渇望は、患者の「気まぐれ」と捉えられがちだが、その「気まぐれ」が患者の回復にとって何が必要であるかを知る手がかりになるから観察が必要だ。

《私が見てきたところでは、熱病患者のばあい(私自身も、熱病で倒れたとき感じたのであるが)最もはげしい症状を現わすのは、(仮病舎などに入れられて)窓から外がまったく見えず、見えるものは天井や壁面の板の節目ばかり、といった患者たちであった。色鮮やかな花一束に狂喜した熱病患者たちの姿を、私は一生忘れないであろう。そしてまた(これは私自身のばあいであったが)病床に一束の野の花が届けられたときのこと、そしてそれ以来、回復への足どりがずっと速くなってきたことを、今もありありと思いだす。》

この効果は、単に気分的なものではなく、身体にも及ぶ。ものの形や色彩や明るさがどのように身体まで影響をもたらすのかはまだ分かっていないが、私たちは現実にそれらが身体的効果をもつことを知っている。患者の目に映るいろいろな物の形の変化や色彩の美しさは、まさに患者に回復をもたらす現実的な手段なのだ。ただ、この変化は「ゆっくりした変化」でなければならない。たとえば患者に版画を見せるなら、1枚を患者の見える壁にかけ、1日おき、あるいは1週間、1ヵ月おきに取り替えるといったことによって患者を楽しませることができる。

 病室を不潔で汚れきった空気に閉じ込めておきながら、健康に害を及ぼすという理由で切花や鉢植えを持ち込みを禁止するのは間違っている。

《植物は混み合った部屋のなかで、室内の炭酸ガスを吸収して酸素を産出してくれるのである。切り花もまた、水を分解して酸素を出してくれる。》

 健康な人でも心に悩みごとがあるときは外に出ることで気晴らしできている。病人は身体的な苦痛とともに精神的な苦痛が加わってくる。

《そのとき患者に必要なものは、自然が与えてくれるあの感銘なのである。》
《(病人が見つめるのが冷たい壁ではなく)花であれば、けっしてそういうことはない。その形や色彩は、いかなる議論や詮索にもまして、患者から苦悩をぬぐい去ってくれる。》

 病人は外からの変化が与えられない限り、自分で自分の気持ちを変えることはできない。このことが苦悩なのである。病人の食事については配慮が必要だとわかるなら、心の状態にも配慮が必要なことがわかるだろう。

《いろんな花や可愛らしい品々などを、その変化に気を配りつつ見せること、そうした配慮によって患者の神経は安らぎを得る。》

ちょっとした手仕事や書きものでも患者ができるなら、それはなによりの救いとなる。小さなペットなどは、長期の慢性病の病人にとってはこよなき友となることが多い。

《かごの中の1羽の小鳥が、同じ部屋に何年も閉じこもって動けない病人の唯一の楽しみであることもある。(第12章)》

ナイチンゲールや寺田寅彦の時代と現代は、科学的な知見が当時とは比べ物にならないほど積み重なって、現在の医療があるのだろう。いろいろなタブーもいつの間にか、「常識」となった。病を得て、心もとない単調な日々を過ごす闘病者に、枕元の花や鉢植え、「小鳥」までも!が許されていた、その時、それらが持っていた価値は、今も変わらないのではないだろうか。

参考
「日本の名随筆 花」宇野千代編 作品社 1983年
寺田寅彦の「病室の花」は「青空文庫」でも読める。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2436_10271.html

*文中には「三越」「江戸川の大曲の花屋」で花を買ったことが書かれている。またドイツ留学時代にシクラメンを「アルペン菫(ファイルヘン)」と教えてもらったことを記す。

「園藝探偵」2 誠文堂新光社 2017年 P28 全生園の宮川量の仕事

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