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新規就農ガンバリズム

女性初の剪定士も取得! 日本一のリンゴ産地の未来を支えたい

公開日:2019.4.22 更新日: 2019.4.24

今回の「新規就農ガンバリズム」は、前編・後編にわたって津軽の石岡りんご園に密着。後編では、地域の名産「はつ恋ぐりん」も登場する。

航空自衛隊に入隊。さらにパイロットを目指してニュージーランドで訓練中だった石岡紫織さん。

一時帰国していた08年6月に時に父が急逝し、3haのリンゴ園を受け継ぎ、栽培を始めた。農業機械の操作は苦ではないが、それまで父が担当していた「男仕事」がわからない。それでも、同じ下湯口地区でリンゴを栽培する父の仲間の力を借りて、なんとか1年目を乗り切った。

園内には、祖父や父の残した「ふじ」の樹も。降雪に負けないように、開心形でどっしりと仕立ててある。

降雹で価格暴落 自分で売らなければ

ところがこの年の4〜6月、青森県のリンゴ農家は、広範囲にわたり霜と雹の被害を受けた。雹の当たった幼果には穴が開いてしまい、価格は暴落。なかには「キロ単価10円代」のものもあったという。被害面積は約8200ha。青森県全体の35%に及んだ。

紫織さんは、就農1年目でいきなりピンチに直面。経営者としての仕事は、農協へ判子を持参し、降雹被害対策の融資を受けることから始まった。父の譲さんは、主に農協を中心に出荷していたので、見知らぬ消費者に直接販売した経験がない。この年は、行政も補助金を投入して被害果の販売促進や価格低迷の防止策として、都会で消費者と対面してリンゴを販売する「マルシェ」を開催した。それまでの販売方法に限界を感じた紫織さんは、そうした機会を積極的に活用した。

「お台場、青山の国連大学前……マルシェと聞けば、片っ端から申し込んで、売りに行きました」

見えない場所で安く買い叩かれるよりも、お客さんに状況を説明して販売したい。そんな思いで出向いたマルシェで、対面販売醍醐味を知る。

「目の前で自分のリンゴが『おいしい』と、買ってもらえるのは楽しい」

その一方で悔しい思いもした。聞けば東京では、年内に出回るリンゴのほとんどが長野県産で、青森産は販売されていない。4月以降の貯蔵リンゴが多いのだ。東京に「おいしい」と認めてくれる人がいるのに、販売できていない現実を知る。最初の年は「ヤフーオークション」で販売したが、買い叩かれてしまい、通常金額ではなかなか売れない。

そこで独自にHPを立ち上げた。すると東京や関西方面から注文が舞い込み、「おいしかった」とリピーターになる人も。

「顔も知らない人なのに買っていただける。自然にお客さんの名前を覚えるようになりました」

こうして就農して最初の2〜3年は、売ることに力を注いでいた感がある。しかし、同じ集落の先輩たちに「売るのもいいけど、いいリンゴ作らねば、まね(ダメ)んだよ」といわれ、いいものを作るのが先だと実感。新品種の勉強会や剪定の講習会にも積極的に参加するようになった。

若木の大敵は野ネズミ フクロウの営巣を促す

昨年10月13日。そんな紫織さんと、時折にわか雨の降るリンゴ園を歩いた。弘前市下湯口地区は、明治時代からリンゴ栽培が盛んな場所。丘陵地帯で日当たりも水はけもよく、足元をクローバーが覆っている。これは地面を覆う草を定期的に刈り取って鋤き込み、土に還元させる「草生栽培」。

こうすることで、土中に有機質が増え、土壌の菌のバランスが保たれる効果がある。「うちの畑は元から土壌がいい。土について勉強すればするほど、施肥も最低限に抑えるようになりました」

試作も含め約20品種を栽培しているが、全体の5〜6割を「ふじ」を占める。葉を落とさず、ギリギリまで葉に栄養分を送る「葉とらず」ふじ、果実の周囲の葉だけ落として陽光に当て、まんべんなく着色させる「サンふじ」、生育途中の果実に袋をかけて日光を遮り、鮮やかなピンク色に果皮が染まる「有袋ふじ」など、同じ品種を作り分ける。年内はネットで直接注文に応じ、年明けの3月から冷蔵庫に貯蔵したサンふじを売り出している。

農園には祖父や父が植えた、樹齢30年を超える開心形の太い樹がある一方、紫織さんが就農してから植えた、矮化栽培の若木や「初恋ぐりん」など、新品種の苗も育成中。細い樹の根元には、黒いメッシュのプロテクターがついている。

「これはネズミよけ。矮化栽培は野ネズミとの戦いです」

苗木や若木を育てる際に、野ネズミが樹皮を食い荒らし、枯らしてしまうのが悩み。若い樹の根元には黒いBOX型の捕獲器を設置。捕えた野ネズミをそのまま溶かしてしまうという。さらにその食害を防ぐために、リンゴの樹の上に設置したものがある。それは鳥の巣箱。しかもかなり大きい。

「フクロウ用です」

昔から「リンゴは30年で成熟し、100年たっても実をつける」といわれてきた。祖父や父が植えた樹は、幹が太く雪が積もっても折れない形に仕立ててある。フクロウはこうしたリンゴの老木にできた樹洞に営巣し、野ネズミを捕食。リンゴ園の環境は、そんな共生関係にあった。

しかしここ20年の間に品種の切り換わりが激しく、樹を小さく仕立てる矮化栽培が普及したことで、フクロウが営巣できる巨木が減少。同時に野ネズミが増えた。代わりに巣箱を設置してフクロウを呼び込む試みを続ける生産者が集う「下湯口ふくろうの会」の活動に参加。フクロウは繁殖期に1家族で1200匹のネズミを捕食するといわれている。紫織さんは巣箱を見上げながら、「ここでヒナが育つといいなあ」と願っている。

樹洞のある老木に営巣し、野ネズミを捕食する。紫織さんの母・留実子さん撮影。
野ネズミ対策として、フクロウ用の大きな巣箱を設置。
野ネズミによる若木の食害を防メッシュ状のプロテクタ。
矮化栽培は野ネズミ捕獲器の設置がマスト。

りんご協会に所属女性初の剪定士に

石岡りんご園を受け継いで、今年で10年目に突入。圃場の入り口には大きな看板がある。モリニア病、黒星病、うどんこ病に効果のある「インダーフロアブル」とアブラムシ類対策の「コルト顆粒水和剤」の展示圃場。看板には紫織さんの名前と「公益財団法人青森県りんご協会」と明記されている。

これは昭和21年、澁川傳次郎氏が設立した日本で唯一のリンゴに関する民間団体で、会員向けに最新の栽培、病害虫防除に関する技術の情報提供、各種講座や新品種の試食会などを実施している。青森には、リンゴ生産者に関わる研究機関として、試験場、弘前大学、そしてりんご協会がある。大学が最先端の研究機関なのに対して、協会は生産者自身が集まり、現場の状況に即した実践的な情報交換の場。農薬や資材の試験も独自に実施している。

「青森県りんご協会」の青年部に所属。薬剤の試験にも積極的に協力している。

近年は、黒星病の被害が深刻で、これまで使用していた薬剤が効かなくなっている。有効な資材の選定は急務となっているので、紫織さんは協力を惜しまない。

りんご協会の約6千人の会員のなかで、紫織さんは青年部に所属して、基幹青年にも選ばれている。さらに同協会が認定する「剪定士」の資格も取得。女性では初の快挙だ。

「自分で枝も切りたいし、薬のことも学びたい。勉強会に参加するリンゴ農家の娘さんや、お嫁さん、増えています。『行ってこい』って送り出してくれるお父さんが増えている。いい傾向ですね」

これから日本一のリンゴ産地を支えていくのは、紫織さんのような気骨ある女性たちなのかもしれない。

 

 

「農耕と園藝」2017年5月号より転載・一部修正
取材・文/三好かやの
取材協力/https:/石岡りんご園

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