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新規就農ガンバリズム

地域のブドウの風味を生かしたい! 気候風土で醸す、ナチュラルワインをつくっています

公開日:2019.4.29

本日の「新規就農ガンバリズム」は山形県南陽市でナチュラルワインのワイン作りに密着した後編。

今回は醸造に至るまでのより詳しい道のりをたどる。

種子ありのデラウエア作ってください!

藤巻一臣さんが移住した山形県南陽市は、生食用デラウエアの産地で、今も多くの樹が残されている。急な山の斜面を切り開いて作られた圃場も少なくない。

昭和40年代、ジベレリン処理による種子なし技術や、袋がけによる防除など技術の普及により、贈答用として高値で取り引きされていた。

同市はともにレストランを経営する有限会社ジュン・アンド・タン社長平高行さんの故郷でもあるので、藤巻さんはここから贈られるブドウを毎年食べていた。

「それがもう劇的に美味かったんです」

後に大阪で知り合ったワイン生産者で醸造家の藤丸智史さもまた、郊外の畑で同じ品種のブドウからワインを作っていた。藤巻さんは、丸さんの畑を手伝った経験を元に、南陽市のデラウエアを同じ作り方で栽培してみた。すると、山形のブドウの方が、酸がしっかりしていて断然美味かったんです。これならいいワインができる」そう確信した。

ジベ処理不要。種子ありのデラウエア買います

南陽市では、農家の高齢化が進み、80歳を過ぎてもなお現役でブドウ栽培を続けているベテランが多い。就農1年目。近所の農家のブドウのジベレリン処理がうまくいかず、キロ単価60円で買い取らていった。それを知った藤巻さんは、近所の農家に呼びかけた。

「ブドウを有核で作ってください。僕がキロ250円で買います。種子はあった方がいい。ジベレリン処理はしなくていいから」

ワインは皮ごと絞るので、なかに種子があっても構わない。種子の周りにできる酸は、ワインの味作りにおいて極めて重要なので、なくすわけにはいかないのだ。そもそもブドウ農家がジベレリン処理に要する時間は長く、タイミングを逸すると種子が入ってしまうため、人件費をかけて一気に作業する農家も少なくない。ジべレリン処理をしないブドウを一定価格で買い上げることは、省力化とコスト削減にもつながる。決して悪い条件ではなかった。

ただ、藤巻さんが農家にお願いしたのは、「ナチュラルワインを目指しているので、圃場に除草剤を撒かないでください。手が足りなければ僕が草刈りに行きます」ということ。

1年目の収穫は100㎏だったが、2年目は3tと一気に急増。大部分が近隣農家から買い上げたものだ。規定通りの作り方であれば、キロ250円。糖度が高ければ、さらに高値をつける。藤巻さんは、既存の品種とベテラン農家のブドウを生かして、ワインを作り続けた。

栽培は農家 醸造はNZで学ぶ

栽培技術は近隣のベテラン農家から多くを学んだ。すぐ近くに住む土屋繁雄さんもその1人。異変のある葉を見せて、それは何の病気か、原因や対策を教わった。その妻の君代さんによれば、藤巻さんがブドウを買い取るようになったことで、人を7〜8人雇って2〜3日かけていたジベ処理も必要なくなったそうだ。藤巻さんが立ち上げた株式会社グレープリパブリックには、勤勉な若手のスタッフが多く、収穫時になるとレストランや都会から、多くの人が手伝いにやってくる。

それを見た君代さんは、「若い人が、一生懸命稼いでいるのを見るのは楽しい。私も歳とっていられないね(笑)」と嬉しそうに話していた。醸造に関しても素人だった藤巻さん。就農した時はすでに50歳目前だった。体が動いて味覚や嗅覚が利くのは、せいぜいあと年と考えた時、大阪の藤丸さんが、「冬の間、南半球へ行ってみては?」とアドバイスしてくれた。サービスマンとして20年以上のキャリアを持つ藤巻さんが、南半球の作り手として最も衝撃を受けたのは、ニュージーランドの「ドン&キンデリー」というワイナリー。そこで醸造を担当しているアレックス・クレイグヘッドさんへ英語でメールを送った。

「当方49歳。無限の体力あり。あなたがやめろというまで働きます」

「条件は?」

「ベッドとシャワー」

「じゃあ来なさい」

そんなやりとりで、交渉は成立。アレックスさんの元で1ヵ月間醸造を体験した。夏になると、アレックスさんが家族ぐるみで来日。南陽市に滞在し、ワイナリーの立ち上げと、醸造の指導に当たっている。

アンフォラで根源的なワインを

そんな藤巻さんが目指すのは、「ナチュラルワイン」。栽培・醸造の過程で、土に戻らない物質は使わず、極力自然条件を利用。してワインを作る方法だ。職場のレストランで、さまざまなワインに巡り合うなかで、自身が「もっともおいしい」と感じていたのだ。

最近は国内にも新しいワイナリーが増えているが、その大部分はステンレス製の大型タンクを使用している。ところが藤巻さんは、大きな素焼きの壷のような「アンフォラ」を使おうと考えた。

アンフォラは醸造用の大きな素焼きの甕で、これにブドウを入れて素足で踏み込むやり方は、有史以来、もっともプリミティヴなワインの醸造法といわれている。ブドウの質や自然条件に左右されやすいので、大量生産のワインの仕込みには適さないが、自然の力を利用した風味の強いワインができることから、グルジアなどを中心に、少しずつアンフォラでワインを作る人が増えているという。

太古の昔からワイン醸造に使われていたアンフォラを抱える藤巻さん。ヨーロッパでもその風味が見直されている。
念願のアンフォラがスペインから到着した際の様子。
アンフォラが並ぶ醸造所。大きな甕が地中に埋められている。
デラウエアを投入し足で踏んで潰し、発酵を促す。10ヶ月かけて醸造する。

とはいえ日本でアンフォラは手に入らないので、スペインのメーカーから取り寄せることに。

数日後、念願のアンフォラ1㎘入り8基と、700ℓ入が、建築途中の新しいワイナリーに届いた。金属製のタンクと違い、安定感がなく、地震などで倒れると割れるので、地中に埋めて固定しなければならない。壷の間に何入れれば固定できるのか、地元の土建屋などに相談した結果、ガラスの材料となる「硅砂」がよいのでは? という話になり、これを間に入れて固定した。その後藤巻さんが訪れたバルセロナでも、同じ硅砂を使って安定させていることが判明。

「手探りでやってきたけれど、間違いなかった」と安堵した。

正式に醸造免許がおり、翌日からアンフォラにブドウを投じて醸造開始。なかでもネオマスカットは発酵が強く、アンフォラの口から泡が吹き出すほどの勢いがある。

「国内にワイナリーの一部でこれを使っている所はありますが、アンフォラ主体で醸造するのは、おそらくうちが初めてでしょう」

空いた農地には、カベルネソーヴィニヨンなど、ワイン用品種の苗木を植えている。
ブドウの師匠えもある土屋さんご夫妻。君代さんは「藤巻さんがきてから、若者と話す機会が増えた」と嬉しそう。
醸造の師匠のアレックスさん(右)も、ニュージーランドから南陽へ。ワイナリーの立ち上げに協力している。

新田地区の農家が作ったデラウエア、複数の品種を混ぜて作る「キュベ新田」も着々と醸造を終え、10ヵ月間熟成させる。

南陽市にやってきて数年、地元の人やレストランの仲間たち、南半球の醸造家も巻き込んでワイナリーを立ち上げた。

委託醸造ではなく、この地に根付いていたブドウの風味を生かし、この地の気候風土のなかで醸す、ナチュラルワイン。今年もたのしみだ。

 

 

 

 

 

「農耕と園藝」2017年12月号より転載・一部修正
取材・撮影/三好かやの
写真協力/株式会社グレープリパブリック

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