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園藝探偵の本棚

第16回 花を自分で育て、供える・活ける

公開日:2019.5.31

季刊『銀花』1998年秋 第115号

[発行]文化出版局
[入手の難易度]易

3年前に同居していた義母が84歳で亡くなってから、仏壇の花は、「できるだけ自分たちで育てたものを供えたい」「一年中、何かしら花を咲かせられたらいいのに」と考えるようになった。

種子を播いて鉢植えにして育てたものを切って活ける。義母は花が大好きだった。特にスイセンを好んでいて、いろいろな種類が庭に残っている。それに毎年少しずつ新しいものを増やそうと思う。種子は、100円ショップで取り扱うようになったのがいい。どれでも2袋で100円。売れているのだと思うが、街なかでも地方でも比較的手間がかからず、病気に強い野菜や花の種子が少量で手に入るのはうれしい。

種子や球根も買うが、花苗もいろいろ買う。ただ、現在の流通では、「わい化剤」(植物の生長を抑制しボリュームを保ったまま小さな姿を保つための薬剤)をかけてあるものが多く、庭で育てても切り花にできるような長さにならないものが多い。茎が30cmくらい伸びてくれれば、いろいろな飾り方ができると思う。

お仏壇にお供えした花(筆者自宅)。

花は自分たちで育て、買わない・売らない 佐渡島の花文化

今回紹介する「銀花」はもう20年前のものだ。新潟県・佐渡島の人たちが1年中、何かしらの花を育て切らすことなく、毎朝のようにお墓に花を捧げている、という習慣が紹介されている。そんな記事を見つけ、僕の参考になるようにと、福島県・昭和村でカスミソウを育てている菅家博昭さんがメールに資料を添付して教えてくれた。菅家さんの地元でも、「ボンバナ」といって、お盆のときにお墓に供えるのは、地元に咲く野の花を摘んだものを使うということを聞いていた。全国各地に花屋があり、スーパーマーケットで花を買えるようになったのはほんの50年、100年前のことだ。それ以前にも人々は春と秋の彼岸に、お盆に、年末年始に花を供えてきた。そのために、花を摘んだり、育てたりしていたのだろう。そういうことを考えさせてくれる記事になっている。

どんな花が供えられるのか

涅槃会(3月15日)……ヤブツバキ
・灌仏会(旧暦4月8日)=お薬師さんの日……レンゲツツジの「上げ花」(天道花)
・水苗代の水口の供花……ツツジの枝
・春の彼岸(3月)……ネコヤナギ、スイセン、キンセンカ、ヒサカキ、ミツマタ、沈丁花、カーネーション
秋の彼岸(9月)……コスモス、キク、コギク、SPギク、ダリア、百日草、ケイトウ類、カクトラノオ、オミナエシ、グラジオラス、クジャクソウ、シオン、センニチコウ、カイガラソウ、アスター
・普通の日……佐渡人が丹精して育てる花は、神仏に捧げられるものであって、部屋飾りや活けて鑑賞するためのものではない。売ることも買うこともしない。シャクナゲ、スターチス、ユリ、ゴテチャ、アイリス、アスター、キキョウ、ダリア、ガイラルディア、アワモリショウマ、アジサイなど季節ごとに咲く栽培品や自生する花を用いる。

季節を知らせる木の花、野の花

・まだ寒い山林から一年分の焚き付けの枝を集めるのは女性の仕事。菊咲きイチゲの花がさく頃が山仕事の始まりで、別名を「嫁泣かせ」と呼ばれる。この頃、フクジュソウやユキワリソウが咲き始め、ひな祭りのころ、村の女児は山に入り、花を摘み、「雛の花迎えをする」。ユキワリソウを地元ではジザクラバナ、ツチザクラとも呼ぶ。

・佐渡の雛の節句は月遅れの4月3日。この頃、マンサクやツバキが開花し、春の到来を告げる。

「ユーラメ」とは、佐渡島や飛島(山形県)に特産のデイリリー、トビシマカンゾウの花を指す。5月から6月、この黄色いユーラメが咲くと漁期となる。ユーはウオ「魚」、ラメは「はらむ」。卵を抱えた魚が産卵にやってくる。鯛やフグ、コチなどが磯に群れをなすという。

5月、「サオトメバナ」タニウツギ(田こなし花、切り田花、荒起花、田植え花)を田の神に供える。

5月、「テントウバナ」野山にレンゲツツジが咲く。苗代のミナクチ(水口)にツツジの枝を立てる。苗代の神へのお供え。月遅れの5月8日に「シンガツヨウカ(四月八日)」の灌仏会の花祭りを行う。このとき、長い竹の先にツツジの花束をゆわえて家の前に高く立てる。これを佐渡ではシャカバナ、ダイシバナ、タカバナ、アゲバナ、テントウバナと呼ぶ。村によって違う。

宿根木(しゅくねぎ)地区の花伝承のこと
①シャクナゲはお釈迦さんの喜ぶ花
②仏さんはアジサイの花を喜ぶ。
③ツツジ(レンゲツツジ)の花は仏さんが喜ぶ。
④シンガツヨウカはツツジの花を立てる。
⑤ヒガンザクラは先祖さまに立てよ。
⑥シダレザクラは阿弥陀さんのよりしろ。
⑦シオンの花は元祖さんの花

・地域のお墓に花を備えて守るのは、島のお年寄り。生活のための雑事から離れて時間に余裕ができたものの役目は、墓を守り、人々の安全を祈ることだという。

・記事の後半、「佐渡 花が暦をめくる島」を書いた地元の植物・民俗研究者、伊藤邦男は佐渡の自然と文化についていくつもの著作がある。

漁民文化と花産地の関係

日本の花の産地は黒潮の影響か、太平洋の沿岸部に沿ってずらりと並んでいる。鹿児島、宮崎、大分、高知、和歌山、渥美・知多両半島、静岡、神奈川、千葉(房総半島)……戦時中の房総半島南部の漁民と花づくりをする女性の生き方を描いた田宮虎彦の『花』(1964)でも、漁村と花づくりが密接につながっていた。

西日本でクジラの漁をやっていた人々が沿岸に北上して関東・東北各地に住み着くといった歴史もある。水田を広くつくれない海辺に暮らす人たち。男は危険をものともせず、家族のために漁に出、女は家を守るために働き、魚の行商に歩いた。彼らは季節を知らせる木の花や草花を大切にした。彼らが愛した花々は、この記事にあるように、家族や地域の人たちの暮らしの安全を祈るための花であり続けてきたのかもしれない。

参考
*天道花とは (「植物生活」コラム 川崎景介氏「天道花、高く」)
https://shokubutsuseikatsu.jp/article/column/p/2843/

*南房総の花の歴史 「花は心の食べもの」川名りんさん
http://bunka-isan.awa.jp/About/item.htm?iid=568&TXSID=dyeuhwiw

*季刊誌『銀花』は、1970(昭和45)年に創刊された。「年齢や性別にこだわることなく、暮らしの中の美を求め、味わい深い人生に誘う趣味の雑誌」(雑誌通販サイトFujisan.jpの紹介文から)として日本の暮らしの美意識を紹介し続けてきた。2010年春号(第161号)で休刊となった。

休刊にあたって、当時の編集長のメッセージ
https://hazukihh.exblog.jp/12467129/

 

園藝探偵的 検索ワード

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プロフィール

松山誠(まつやま・まこと)
1962年鹿児島県出身。国立科学博物館で勤務後、花の世界へ。生産者、仲卸、花店などで勤務。後に輸入会社にてニュースレターなどを配信した。現在、花業界の生きた歴史を調査する「花のクロノジスト」として活動中。

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