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カルチべ取材班 現場参上

標高1000m、南相木村からスイートコーンをお届け! ナチュラルラボラトリー

公開日:2019.6.11

726日、長野県南佐久郡南相木村を訪ねた。標高約1000 m。村を流れる南相木川沿いに10の集落が点在している。レタスの産地として知られる、川上村や南牧村の北側に隣接しているが、村全体の8割を山林と原野が占めており、単一の作物を大量に栽培できる農地は少ない。

朝6時、村のスイートコーン畑を訪れた。全国的に猛暑日が続いた 7月、40℃を超える地域が続出していた時期。標高の高い村の気温は20℃。「下界」よりずっと涼しい。

長野県南相木村、ナチュラルラボラトリーのスイートコーン圃場。左から順に早生、中生、晩生と、収穫時期をずらして栽培している。

平地ではスイートコーンの出荷は終盤を迎えていたが、ここではまだ始まったばかり。収穫期が遅いのも高冷地ならではだ。

村の総合戦略として
農業に着手

「バキッ、バキッ!」

3人の男性が身の丈よりも大きく育ったスイートコーン畑の畝間に分け入り、コーンをもぎとり、カゴいっぱいになったところで、抱えて戻ってくる。長い間、雨は降っていなかったそうだが、カッパも長靴も朝露にびっしょり濡れている。

採れたてのコーンの皮を剥いでみると、粒がぎっしり。虫喰いもなくきれいに揃っていて、1本400g を超えている。

(左から)奈良から移住した城戸さん、ナチュラルラボラトリーを立ち上げた篠原さん、父の畑を受け継いだ中島さん。

高冷地とはいえ、アワノメイガやアブラムシには防除が不可欠。定植から収穫までの間に2度、プレバソン等を散布している。

「僕らは大型のブームスプレイヤーを持っていないので、軽トラに乗って散布したり、届かないところは畑のなかに入ってマスクして散布しています」

この日収穫したのは早生タイプの「おおもの83」(ナント種苗株式会社)。村では春になっても低温が続くため、4月26日にハウスで播種をして、5月11日に圃場へ定植し、ようやく収穫期を迎えた。

「うちの村でも高温障害で、今年は実が小さめなんです」

そう話すのは、ナチュラルラボラトリーの篠原真也さん。標高が高く、夏も冷涼な南相木村でも、猛暑の影響から逃れられないようだ。

プロデューサーの篠原さん。村の総合戦略の一環としてスイートコーンの栽培に着手。

村の職員である篠原さんは、村が設立した有限会社南相木村故郷ふれあい公社へ出向。3年前、その一部門として「ナチュラルラボラトリー」を立ち上げた。篠原さんは、それまで農政、教育、観光など、様々な部署を経験し、総務課で村の総合戦略の策定を担当。高齢化と過疎化が進むなか、移住者を増やし、働く場を作るには、村の基幹産業である農業の底上げが必要だと感じ、自ら実践することに。プロデューサーとして栽培に着手した。

村内にはレタスやハクサイ、ブロッコリー等の農家が多いが、篠原さんらは冷涼な気候を生かし、高価格で首都圏へ売り込める新しい野菜の栽培を始めた。そのひとつがスイートコーンで、今年で2年目になる。

朝どりのコーンをその日のうちに東京へ

スイートコーンのために借りた圃場は約30a。地権者が高齢で栽培できなくなった場所で、地元のそば生産組合が遊休農地にならないようにと、そばを植えていた農地を借り受け、栽培を始めた。

とはいえ篠原さん自身、農家出身ではなく、栽培経験もない。そこで、「経験のある方にスタッフとして来ていただいたり、地元の農協が推奨している栽培履歴に従って、作付けしました」

品種は、実が大きく、高糖度が望める上に、1株から2本のコーンが採れる「おおもの」を選択した。土壌には地元JAが定めた基準に従って、「あいのう有機」、「炭酸苦土」、「リン酸特号」、「硫化燐安」に加え、微量要素を補給する「ミネパワー」を施用している。

こうしてできたスイートコーンは、初年度から糖度1718度をマーク。直接販売している仲卸やレストランから高評価を得ている。

さらに「おおもの」を8388日タイプと早生から晩生へ、収穫期に時間差が出るように栽培している。

収穫したての「おおもの83」。
「おおもの83」。4月にハウスで苗を仕立てて定植した。

「一番奥の列では、ヤングコーンも採っているんですよ」

指差す先に向かうと、穂の先端に細長いコーンができている。その皮をむき、ひげ根のような絹糸(雌しべ)を取り除くと、小さな粒がぎっしりとついたやわらかな実が現れた。

「これがレストランのシェフたちに喜ばれています」

7~8月は、平野部では高温すぎて夏野菜が不足する時期。同時期に、果菜、葉菜、根菜が採れる。そんな地の利を生かして栽培する野菜たちが、都会のシェフたちから高評価を得ている。

移住者と地元農家の所得向上を目指す

篠原さんと一緒に収穫を担当している城戸竜太さんは、奈良県からIターン。もともと大学農学部の研究員として働いていたが「机の上で学んできたことを、実践の場で生かしたい」と単身移住。ナチュラルラボラトリーのスタッフとして働いている。

大学で農業を研究していた城戸さん。「自ら実践したい」と移住。
最近家の農業を受け継いだ中島さん。作業中に瞼をブヨに刺されてしまった。

南相木村の人口は約1000人。その1割を移住者が占めていて、ここ数年は横ばいの状態だ。なかには城戸さんのように就農を目指して移り住む人もいる。ナチュラルラボラトリーは、その受け皿として移住者を雇用し、いずれは生産者として独立。篠原さんは彼らが栽培したものを買い取って、首都圏を中心に全国へ販売するシステムを構築したいと考えている。一方、中島義房さんは、南相木村の農家出身。最近まで村外の企業に勤めていたが、父の農地を受け継いで就農しようと考えていた矢先、篠原さんに「一緒に働こう」と誘われた。

「ここに来る前に、自分の家の畑で仕事して出荷してきました」

夏は涼しいが、冬は氷点下20℃以下になるので、農作物の栽培は難しい。そんななか、篠原さんは、スイートコーンの他に、ケールやトレビス、カリフローレ等、西洋野菜の栽培も始めている。

収穫を続ける城戸さんと中島さん。朝露でカッパがぐっしょり濡れている。
篠原さんが根元を切り落とし、現場で調整。
畑の横に設けた作業場で、大きさごとにコンテナに並べる。

「城戸さんが村に定住して就農して、中島さんが冬場も地元で働ける。そんな村にしていきたい」

村づくりの総合戦略の根幹に、新しい野菜作りがある。

車で片道3時間、東京の店や市場へ

別の圃場でホワイトコーンも作っているとのことで、移動した。するとそこは電気柵に囲まれた畑の一角。「おおもの」のホワイトバージョン「ホワイトレディー」を栽培している。白と黄色、2色のコーンの組み合わせは、レストランや量販店、仲卸にも歓迎されている。

周囲にトウモロコシ畑のない場所を選んで栽培。
皮をむくと、真っ白な粒が現れる。

「周りにコーン畑があると、交雑してバイカラーになってしまうので、近くで栽培していない場所を選びました」

周囲には住宅があり、すぐ近くには村営の公営住宅が見える。「子どもがいる世帯は、月1万円」で借りられるという。

この朝収穫したスイートコーンは、外皮をむき、根元を切り揃え、圃場近くの作業場で、サイズを揃えてコンテナへ。

「昼過ぎから、東京の大田市場の仲卸さんへ運びます」

村から東京まで片道3時間。夏野菜が収穫できる6~10月までの間、栽培を続けながら週2回自ら配送している。

ハクビシンよけのネットと電気柵は欠かせない。

2020年までに、知名度を上げたい

スイートコーンの出荷準備が一段落したところで、中島さんがマルチに穴を開けて種子を播き始めた。こちらは「おおもの88 」で、7月末に播いて10 月に収穫する晩生タイプだ。もう気温も下がって、スイートコーンのニーズも少なくなっている時期に、なぜ作るのか?「10月のコーンはさらに甘いんです。これをペーストに加工して、ジェラートを作ってみました」

と篠原さん。夏は涼しく、多様な作物がとれる反面、冬は寒さが厳しく、作物を栽培できないのが村の弱点。甘味の強い10月どりコーンのペーストを原料に、ジェラートを作った。その味は好評で、村の温泉施設「滝見の湯」や、オンラインストアでも販売している。

10月どりのコーンから作ったジェラートは、南相木村の新たな特産品に。

村の人口はここ数年1000人を推移。篠原さんらは、栽培と併行して移住者を増やすイベントや試みも数多く手がけていて、「2020年も人口1000人を維持」することを目指している。

「再来年の夏は、ちょうどオリンピック期間中。それまでに村の知名度を上げて、東京でうちの野菜を取り扱っていただける飲食店さんを増やしていきたい」

と、抱負を語る篠原さん。その足がかりとして、村で育てたスイートコーンを、自ら運び続ける。

「農耕と園藝」2018年9月号より転載・一部改変
取材・文/三好かやの 写真/杉村秀樹

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