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第18回 名文を読む~「ライオンゴロシ」世界でいちばん恐ろしい名前の植物

公開日:2019.6.14 更新日: 2019.6.19

『なんじゃもんじゃ 植物学名の話』

[著者]上村登
[発行]北隆館
[入手の難易度]易

その名も「ライオン殺し」。世界で一番恐ろしい植物

『なんじゃもんじゃ 植物学名の話』。著者の上村登(1909-1992)は、牧野富太郎と同じ土佐出身の植物研究者だ。植物分類学、とくにコケ類を学び、農事試験場や高校の教員、大学の講師、短大の教授になった人物だという。ナンジャモンジャゴケを研究し命名した国立科学博物館の植物研究部長だった井上浩ととても親しい友人だったようだ。

この本では、国際的に共有されている「学名」とは何か、また205種類におよぶ国内外の植物の学名や和名について詳しく説明し、付録として国際命名規約の日本語訳をつけている。小さな本だが内容は濃い。

今日は、この本の202番めに紹介されている世界で一番恐ろしい植物を取り上げる。その名は、「ライオン殺し」。南アフリカ原産、百獣の王ライオンをも殺すという植物だ。この恐ろしい名前の付いた植物は、いったいどんなものなのか。著者が書き残した解説文は、植物愛好家の間で名文中の名文と呼ばれている。僕もあちこちで繰り返し紹介してきた。それではさっそく、その説明文を謹んで引用させていただく。

「この植物の果実の本体は二.五~三センチ位だが、先の方に幾対かの逆刺のついた硬い木質の刺が一〇~一二本位生えていて、直径は一〇センチ以上もある。成熟期にライオンが生育地に入ると果実の木質の堅い楔はたちまちライオンの足に刺さり、歩くたびに深く肉に食いこんでいく、苦痛に耐えかねて除こうともがけばもがく程深く食いこむ。百獣の王といわれてもやはり四つ足動物の悲しさ、せい一ぱい脳味噌をしぼって口で引き抜こうとガッと咬みつけば、楔はライオンの上下両顎にグサッと刺さり、両顎が綴じ合わされて、巨獣の骨も砕くというあの恐るべき咬筋の力を以てしても抜くことができない。

さすがの百獣の王も、ここに到っては苦痛のうめきも物凄く、ついには地表にのたうちまわれば、そのあたり一面の刺果が背といわず腹といわず、からだ中の皮肉に食い入ってゆく。南アフリカの高原で、動かぬ植物の敵になすところを知らず、のたうちまわる百獣の王の姿こそ思うだに凄絶の極み。運よく口に刺っただけでこの植物の密生地を脱出しても、両顎を綴じ合わされて食物はおろか水さえも飲むことができなくて、餓えと渇きと苦痛で痩せさらばえた姿で、最後の力をふりしぼって果てしなき草原をよろめきさまようライオンの姿、ついに力尽きて草原に屍をさらす百獣の王、まことに肌に粟を生ずる情景であろう。やがて屍も腐り果て、巨大な白骨が横たわる頃には、そのあたりには Harpagophyton*(*正しくはHarpagophytum の新しい群落ができる。百獣の王の屍が分解した有機物は、この植物の絶好の栄養となることであろう。」

……どうだろうか。僕はもう、数えきれないくらいこの文章を読み返したが、読むたびにぞくぞくする。熱く乾いた風、傷つき疲弊したライオンの悲哀。園芸の楽しみは想像力を働かせる領域がとても大きく重要であることを思い出させてくれる。

僕は若い頃、新宿区百人町にあった国立科学博物館の新宿分館に月に何回か通ってシダ類標本の整理をするアルバイトをしていた。この名文を教えてもらったのは、当時、植物研究部の主任研究官をされていたシダ類の専門家、中池敏之先生だ(のちに千葉県立中央博物館副館長を務められた)。先生からは、グライダー設計のヒントになったと言われる「アルソミトラ・マクロカルパ」のタネを見せてもらったりしたのを思い出す。

その後、デイビッド・アッテンボロー監督の「植物たちの挑戦」という植物映像作品の名作ビデオを見る機会があり、そこで初めて動画で「ライオンゴロシ」に出会った。おそろしいBGMとともに俳優・山本圭さんの渋いナレーションが入る、たまらない映像だ。アッテンボローは動物のドキュメンタリーを得意とするが、「生き残り戦略」を駆使する植物たちを、意思を持つ動物のように見せるというのがこの作品の魅力。乾いた風の吹くサバンナ。身の毛もよだつような危ない刺を持つ果実が、砂だらけの草原の中でじっと獲物が来るのをじっと待っている。やがて、この恐ろしい待ち伏せになんの警戒心もなくやってくる動物がいる。来た!足音が聞こえる! 来た!何が来た? やってきたのは、ダチョウの群れだった。

人間の役に立つことで滅びゆく殺し屋たち

「ライオンゴロシ」は、草原を歩き回る動物を草むらで待っている。ライオン狙いというわけではなく、どんな動物でもいい。じっと待っている。なかでもダチョウは彼らにとって遠くまで連れて行ってくれる長距離バスかタクシーみたいな存在らしい。ダチョウの足の指は2本でとても大きく、砂漠を苦もなく走れるように進化しており、走り出すと時速60kmくらいまでスピードを出せるという。よくラクダと比べられるのだが、足も似ている。ライオンゴロシはこの足をねらってしがみつく。鳥類は外傷に強いと言われていて、ダチョウも多少の刺ではなんともない。ライオンゴロシはその足にしがみついて生息域を広げていくのだという。

『滅びゆく植物 失われた緑の楽園』(ジャン=マリー・ペルト1998)によると、ライオンゴロシは、鮮やかな赤紫のすごく目立つ花をつけるらしい。地面に這うような姿で生育する植物で、学名は、ハルパゴフィトゥムHarpagophytum procumbensという。ハルパゴスとは大きな刺、かぎ爪のこと。プロクンベンスは、前方に傾いたとか逆さに曲がったという意味で、合わせて【巨大な逆刺のある植物】というような表現になっている。

このライオンゴロシには2種類あり、カラハリの半砂漠地帯、ナミビア中央から東部、ボツワナ西部、南アフリカケープ州北部という黄金の三角地帯に分布している。現地では「悪魔のかぎ爪」とよばれ、家畜の蹄を傷めるなど人間には迷惑な植物なのだが、地元(ブッシュマンやバントゥー族など)の間では、古くから伝統療法でさまざまな治療に役立ってきたという。上村の著作では、なんの役にも立たない、と書かれているが、1904年に関節痛やリウマチの関節痛に対する薬効が発見され、さらにドイツで詳しく調べられた結果、結石やコレステロールを阻止する特効薬として知られるようになった。しかし、栽培が難しいために、急速に乱獲されるようになっていく。当時、栽培はうまくいっておらず、また生息地での雨不足によって果実を十分に成熟させることができず絶滅への道を進んでいった(※20年を経た現在では様子が違ってきているようです)。

参考
『滅びゆく植物 失われた緑の楽園』 ジャン=マリー・ペルト著 工作舎 1998
『熱帯植物 天国と地獄』清水秀男 エスシーシー 2002

 

園藝探偵的 検索ワード

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プロフィール

松山誠(まつやま・まこと)
1962年鹿児島県出身。国立科学博物館で勤務後、花の世界へ。生産者、仲卸、花店などで勤務。後に輸入会社にてニュースレターなどを配信した。現在、花業界の生きた歴史を調査する「花のクロノジスト」として活動中。

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