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新規就農ガンバリズム

信州・原村で、自然農法のニンニク栽培で事業化に挑戦 農園縁側 池渕 崇さん[前編]

公開日:2019.8.2 更新日: 2019.7.29

今回の「新規就農ガンバリズム」では、長野県の八ヶ岳山麓にある原村で有機無農薬のニンニクを栽培している農園縁側の池渕 崇さんを訪ねた。食用ホオズキ、ニンニク、トウモロコシなどを栽培していたが、今年から品種を絞りニンニクに注力。ニンニク収穫機や乾燥機の導入、農業IoTを活用した効率化にも取り組んでいる。栽培へのこだわり、事業を成長させ、農家として自立していくための計画について伺った。こちらは前編・後編でお届けする。

今年はなかなか気温が上がらず、例年よりも2週間遅れて収穫を迎えた。
収穫したばかりのニンニク。今年の収穫量は、昨年の約600㎏から約2tへ大幅にアップ。

池渕さんが農業を始めたきっかけはとてもユニークだ。大学卒業後は、東京のベンチャー企業に就職。営業所の立ち上げに携わり、全国を転々とする日々を送っていた。そんなある日、いきなり社長から呼び出されて「田んぼやらない?」と提案される。

「その頃の僕は、仕事がうまくいかず煮詰まっていたので、社長が察してくれたのかもしれません(笑)。知らない土地に行くことには抵抗がなかったので、試しに行ってみようか、と」

営業職から農業へ。池渕さんの実家は農家ではなく、まったく縁がない未知の世界だ。2011年の2月、社長の知人から原村のセロリ農家の小島さんを紹介してもらい、畑の一角を借りることになった。

「雪が降る中、畑に案内されて『ここ使っていいよ』と言われたけど、一面真っ白でどこからどこまでが畑かもわからない。僕の格好はスーツで、革靴はどろどろ。これから何をやるのかまったく想像がつかないし、住むところも、農具もない。とりあえず近くにアパートを借りて、小島さんの畑の手伝いをしながら農家の仕事を覚えることにしました」

先輩農家のセロリ畑に毎朝通いつつ、少しずつ農具を揃え、自分の畑でも野菜を作り始める。

「セロリ農家なので、ほかの作物の育て方はわからない。当時92歳の小島さんちのおばあさんが自家用に野菜をつくっていたので、教えてもらいながら、見よう見まねでやっていきました」

地域コミュニティへの参加をきっかけに自然農法の世界へ

小さな農村で生活をしていくには、とにかく知り合いを増やすことが大事。そこで、移住してすぐに『星空の映画祭』という地元のイベントのボランティアに参加する。

「それほど地域貢献したいという意識があったわけではないのですが、会社員で給料をもらいながら農業をやっていたので、時間的に余裕があったし、ほかの農家さんにはできないことが自分にはできるんじゃないかと思って」

その活動の一環として、映画祭のチラシを配っていたら、地元の朝市の実行委員長に声をかけられ、その翌日から池渕さんも野菜を出店することに。

映画祭のボランティアスタッフの紹介で3年目から借りている畑付きの古民家。家の畑で育てた野菜は朝市で販売している。

池渕さんが有機無農薬を知ったのも、こうした活動を通じて自然農法を実践している農家の方と仲良くなったことがきっかけだ。

「有機無農薬の本を読んでみたものの、最初は正直、あまり興味が湧きませんでした。映画祭のメンバーにその話をしたら『安曇野パーマカルチャー塾』を強く勧められ、通ってみることにしたのです」

安曇野パーマカルチャー塾では、月に1度、1泊2日または2泊3日で講座を開いている。池渕さんは塾生になり、3月から11月までの約8ヵ月間、安曇野に通って自然農を学んだ。

しかし、習ったことを自分の畑で試してみると、ちっともうまくいかない。虫がたくさんつき、ぜんぜん手が追いつかないのだ。このままではダメになってしまう、と困り果てていたときに、安曇野パーマカルチャー塾の授業で見学した、松本市にある(公財)自然農法国際研究開発センターhttp://www.infrc.or.jp/(以下、自然農法センター)のことを思い出す。

「自然農法センターのキャベツは、無農薬なのに虫食いがなく、とてもきれいだったのです。どうやったら、こんなにきれいなキャベツができるのだろう? と強い印象が残っていたので、ここで学べば道が開けるのではないか、とすぐに電話をかけました」

すでに研修生の募集は終わっていたが、諦めきれず、センターへ訪ねて直談判してみることに。そこで話を聞いてくれたのが、現在は、信州の新規就農者の相互支援グループ「信州ぷ組」で技術指導をしている石綿さんだ。

「事情を説明したら、石綿さんから『何のために自然農をやりますか?』と質問されました。『僕はちゃんと経営を成り立たせたいです』と答えたら、『じゃあ、私のところに来てください』と言ってくれて」

同センターは、自然農法を確立するための技術研究開発と、その技術を用いて農家の生産性を上げる、という2つを目的とし、石綿さんは主に後者の研究活動をしている。

研修生の募集は締め切られていたので、見学という名目で約1年間、作物栽培の基本技術や知識、科学的なアプローチの手法を学んでいった。

技法や自然の法則がわかると、どんどん面白くなってくる

当初は農業を続けるつもりはなく、ちょっと経験してみよう、という程度の軽い気持ちだった、という池渕さん。自然農法センターで栽培の基礎を勉強するうちに、農業に対する意識に変化が生まれてきた。

松本の自然農法センターで作られたトウモロコシは、9割を農協に出荷している。無農薬では絶対にあり得ない、と思っていたことが実現できているのだ。研修で栽培管理を実践しながら学んでいくことで、徐々にその理由が見えてくる。

「キャベツの苗を植えるときに、スコップの角度をすごく注意されました。ただ掘って埋めればいいと思っていたのが、活着しやすいのは直角なのです。そういう細かい部分を、きちんと丁寧に教えてくれる。怒られるけれど、それもまたうれしくて」

農具の扱いひとつから、すべての技法が緻密な科学的根拠に基づいており、管理のひとつひとつの小さな積み重ねが生育に影響していくことを知る。ほかにも、地域ごとに風がやむ凪の時間帯があることも教わった。凪の時間帯に苗の植え付けやマルチやハウスのビニール張りなどをすれば、作業効率がいい。自然の法則が分かり始めると、だんだん面白くなってくる。

「知らなかっただけで、もっとちゃんと勉強すれば、必ずうまくいく、という夢を見せてくれたのが石綿さん。小出しでチラッとヒントをくれて、すぐに答えは教えてくれない。自分で調べて、考えて、実践していくと、また次のヒントを与えてくれる。これがすごくありがたかったですね」

新規就農者の勉強会で土づくりに注力

現在は、新規就農者のための相互支援グループ「信州ぷ組」に参加して、農業の技術や経営の勉強を続けている。特に力を入れているのは土づくりだ。月一で土壌診断の勉強会に通い、2017年には土壌医検定資格試験の3級に合格した。

定期的に圃場の土を安曇野の研究所に送り、土壌分析をしてもらい、その診断結果をベースに、緑肥ソルゴーや自家製の嫌気性ボカシなど、何をどのくらい入れるのかを決めている。

「同じものを作っていても毎年、畑ごとに必要な要素が違う。それに合わせて、入れるものも量も変わります」

八ヶ岳山麓は、畑によって標高差があり、気温、湿度、風の影響など、大きく条件が異なる。

近年は気候が不安定なこともあり、なかなか予想通りにはいかないが、土壌分析の結果や施肥量、植え付け時期を細かく記録して、試行錯誤を続けている。

信州ぷ組の圃場視察会。土壌の分析結果、施肥量、植え付け時期などを説明し、生育状況を見ながら、メンバーでアドバイスし合う。

会社を退職し、ニンニク農家として独立

昨年までは、会社の一事業として農業をしていたので、収穫物はすべて東京の会社に送っていたそうだ。

「最初のうちは量が少なかったので、会社の福利厚生として、社員たちに配られていたようです。収量が増えてからは会社を通して、東京の市場やスーパーで販売してもらっています」

農地は少しずつ増やしていき、今は10ヵ所で合計9.5反とハウス4棟を借りている。当初は、食用ホオズキをメインに、ニンニク、トウモロコシ、トマト、ナス、エダマメなどを作っていたが、徐々に品目を絞り、これからはニンニクをメインにしていきたい、とのこと。その理由のひとつは、競争相手が少ないこと。もうひとつは、信州は冬が長く、半年間畑が使えないから。その間、畑を寝かせておくのはもったいない。除草などの管理がいらず、長い冬の間に静かに育ってくれる作物は貴重だ。しかも、ほかの野菜に手がかかる夏が来る前に収穫期が迎えられるので、非常に効率がいい。ほかにタマネギという選択肢もあったが、より安定的に作れるのがニンニクだった。

標高1200m、1100m、950mの3ヵ所の圃場でニンニクを栽培しており、標高や土壌によって植え付け時期や管理方法を調整している。

今年1月には会社を退職し、農家として独立。利益が出なくても給料が保証される会社員とは違い、これからは自分がすべてのリスクを背負うことになる。それでも独立を決意したのは、信州ぷ組のメンバーからの影響が大きい。

「ぷ組のメンバーはみんな自営業で、借金を抱えて必死でやっている。彼らと付き合っていると、自分の甘さがすごく身に染みて。会社員なら赤字でも食べていけるけれど、それに甘んじたくはなかったのです」

独立を機に、ニンニク植付機と収穫機を購入。今後、作付面積も増やしていく予定だ。農機の購入費用は、自己資金に加え、以前に勤めていた会社の社長に出資してもらった。当座の目標は、経営を成り立たせることだ。

「今期は売上500万円。作付面積も増やして、4年後には3000万円くらいに拡大する計画です」

小さな村なので、機械を買うと周囲が心配してくれる。空いている土地があれば、すぐに紹介してもらえるのは、池渕さんの人柄と、これまでの地域活動で得られた信頼による部分も大きいだろう。

「続けるには理想も大事だけれど、回していかないといけない。ちゃんと経営として続けていけるように、新しい技術もどんどん取り入れて、計画に沿って実践していくつもりです」

池渕 崇さんとパートナーの真帆さん。真帆さんは、崇さんの独立を機に勤め先を退職し、農業を手伝っている。

 

取材協力/池渕崇・池渕真帆
文・写真/松下典子

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